「これで最後だ!」
時空を司る剣が魔王の体に食い込む瞬間を、ジューダスは遥か上空から見詰めていた……。
――幾ばくかの『平和』と呼ばれる≪焔≫
幾許かの平和と呼ばれる光
その陰には常に悲惨な争いがあった……
其の影には常に悲惨な争いが0101った
葬列に参列する者は皆…一様に口数も少なく
葬列に参列する者は 皆一様に口数も少なく
雨に打たれながらも歩み続けるより…他にはないのだ――
雨に濡れながらも 歩み続けるより他にはないのだ……
ザッザッ、と不規則な音がするにつれ、土の中へと消えていく小さな箱。
それを見つめる女性の顔色は青く。
「ミント……」
「大丈夫、です」
夫―クレスに笑い返す声は、哀しみに震えていた。
ダオスとの最終決戦の時。
瞳を閉じて暗闇(やみ)に 吐息を重ねる
本人も気付いていなかったが、この時すでにミントは妊娠していた。
そっと触れた温かな光は 小さな鼓動
戦いが終わった後に体調を崩し、そこで初めて明るみに出た嬉しい事実。
否定接続詞(mais(メ))で綴じた書物(かみ)が 歴史を操る
最初は仲間達全員が祝福してくれた。
そっと振れた灼かな光は 誰かの『焔』…
……しかし。
「クレスさん…私……」
「大丈夫だよ、こういうのには個人差もあるし……」
そう励ましながらも、クレスの表情も不安に満ちていた。
仲間達と別れ、自分達の時代に戻って。
そしてクレスと結婚し、チェスターと協力しながら村の復興に勤しんでいる間に半年が経ったが。
気付けば道程は 常に苦難と共に0101った
ミントのお腹はある時期以降、大きくならなかった。
耐えられぬ痛みなど 何一つ訪れないものさ…
そしてある日……。
「っ!?」
「ミント!?」
悪阻や陣痛とは違う激しい吐き気と腹痛に襲われ、ミントは自宅の台所で意識を失った。
歓びに咽ぶ白い朝 哀しみに嘆く黒い夜
すぐに医師と助産婦が呼ばれ、迅速な処置が行われたが……。
我等が歩んだ此の日々を 生まれる者に繋ごう…
「………」
首を横に振った医師に、彼女は絶望を感じた。
瞳に映した蒼い空 涙を溶かした碧い海
胎児は六ヶ月目にして亡くなってしまっていたのだ。
我等が愛した此の世界(ばしょ)を 愛しい者に遺そう……
「ミント……」
「…男の子、だったんですって」
あまりの哀しみに感情が麻痺し、ミントは無表情のまま夫に告げる。
その様子がこの上なく痛々しかった。
嗚呼… 朝と夜 は繰り返す 煌めく砂が零れても…
名前も考えてあった。
嗚呼… 朝と夜 は繰り返す 愛した花が枯れても…
やりたい事、教える事を楽しみにしていた。
嗚呼… 朝と夜 は繰り返す 契った指が離れても…
それなのに……。
嗚呼… 朝と夜 を繰り返し 《生命(ひと)》は廻り続ける……
原因はダオスとの決戦の際に、大量のマナを浴びてしまったことだろうと医師は言う。
あの時非戦闘員だったすずや、ハーフエルフであるアーチェにも異変が起きたか、今では確かめようもないが…。
それによって子宮全体の機能が著しく低下したことが、死産を決定づけてしまったのだろう。
美しい『焔(ひかり)』を見た 死を抱く暗闇の地平に
唯一の回復役であったためダオスから集中して攻撃を受けていたことも、浴びるマナの量を増やす要因となった。
…今更後悔しても、もう遅いのだが。
憎しみ廻る世界に 幾つかの『愛の詩』を灯そう…
ミントが退院した時、すでに赤子は棺に入れられていた。
小さすぎるその棺が、短すぎた我が子の人生を静かに語る。
今日は、顔すら見れなかったその子の葬儀。
何れ(どれ)程夜が永くとも 何れ(いずれ)朝は訪れる――
「ちょっと待って!」
最後の土が掛けられる前に、クレスは二体の人形をミントに差し出した。
「これは…?」
独りで寂しくないように 《双児の人形(ふたごのla
poupee)》を傍らに
「村で古くから伝わる風習でね。 生まれて来る前に死んでいった子の棺に入れてあげるんだ。
小さな棺の揺り籠で 目覚めぬ君を送ろう…
紫の方が、代わりに泣いてあげる人形『ジューダス』。
歓びに揺れたのは《紫色の花(violet)》
青い方が、代わりに笑ってあげる人形『リオン』。
哀しみに濡れたのは《水色の花(hortensia)》
…子供に与えてあげられなかった生まれて来る朝と死んで逝く夜を、人の形に見立てたものだそうなんだ」
誰かが綴った此の詩を 生まれぬ君に贈ろう……
人形を受け取ると、ミントは土の隙間から蓋を開け、棺の中へと入れてやる。
その時何か柔らかいものが指に触れた。
それが、彼女と息子の、最初で最後の対面だった。
棺が完全に土に覆われると、余韻を残す間もなく十字架が立てられる。
最後の別れに黙祷を捧げ、他の参列者は雨足が強くなる前に帰っていった。
「生きていれば、まだやり直せるよ。 医師(せんせい)も言ってただろう?」
ミントの性機能の低下は一時的なもので、あともう半年ほどすれば回復すると診断されていた。
そうなれば、今度は無事に出産出来ると。
それでも――。
「…ごめんなさい……!」
ミントは下腹部に手を充てた。
ついさっきまで、確かにそこにいた≪焔(ひかり)≫。
歴史が書を創るのか 書が歴史を創るのか
暖かい朝も優しい夜も体験出来ないまま、冬のような冷たさに抱かれて永眠る愛しい子。
永遠を生きられない以上 全てを識る由もなく
「ごめんなさい…っ」
「ミント、大丈夫だから…!」
産んであげられなかった、守ってあげられなかった。
朝と夜の地平を廻る 『第五の旅路』
“世界のため”という大義名分の下に犠牲にされた子供。
離れた者が再び繋がる日は 訪れるのだろうか?
「さようなら…××××……!」
最期まで呼んであげられなかった名前を、繰り返し呟きながら泣き崩れた。
――どんなに≪腕≫を延ばしても届かない、遠いところへ逝ってしまった君に捧げる鎮魂歌
懐かしき調べ 其れは誰の唇か――
願わくば、次の地平では“幸福”を掴み取れることを……
嗚呼…《物語(Roman)》を詩うのは……
其処に物語(Roman)は在るのかしら?
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