――生まれて来る君へ 去り逝く貴女へ――
嗚呼…昨日のことのように憶えて0102ます――
それは冬の朝――
静けさに包まれた夜。 ふと外に目をやると、雪が降っていた。
重たい腹を抱えて窓に近寄ると、息でガラスが白く曇る。
「ミント!」
しばらくそうしていると、肩に毛布がかけられた。
「あ…クレスさん。 ほら、雪ですよ」
「うん、もう冬だもんね」
そういいながら、窓辺から暖炉の近くへと移動させられた。
「大事な体なんだから、冷やしちゃだめだよ」
「そう、ですね……」
あの子を亡くしたのは、三年前の今頃。 今度の子は問題なく、順調に育っている。
だからと言って忘れるわけがない。 産んであげられなかった、この子の兄のことを。
…永遠の冬に抱かれて眠る子よ。
今、私に宿っている新しい《焔》。この子は貴方とは違うものですか…?
呼び声は温かく手を握り締め――
天使の金管を聴きました…
夜に山道を歩いていれば、暗闇に視界を奪われているせいで何度も足をとられてしまう。
その度に支えてくれる、力強い優しい腕。
「大丈夫か、アンナ」
自分ごと、腕の中の赤ん坊を守ってくれる愛しい人。
「そろそろ追っ手もかかる頃だろう。 イセリアに着けば、奴らも手出し出来んとは思うが……」
「そうでなくても、貴方が守ってくれるんでしょ?」
私も、ロイドも。
そう言うと彼は、照れて顔を隠してしまう。
こんな事をしている場合ではないとわかっていつも、『幸福』を感じることをやめられない。
私は、アナタ達と出逢えて…幸せでした――。
ありふれた人生だったと…我ながらに憶0102ます
それでも…アナタを産めたことは『私の誇り』でした……
「ありがとう、《賢者》さん」
白いローブの後ろ姿を見送りながら、遅くなった家路につく。
屋敷に着けば、夫の部下で最も私と親しい人が出迎えてくれた。
「クリス! どこに行ってたのよ、そんな体で…っ」
「あはは…大丈夫よイレーヌ、ちょっと公園まで散歩してただけ」
彼女は呆れたように溜め息をつくと、さっきまでとは違った顔をした。
「…最近のヒューゴ様はおかしいわ。 結局ルーティお嬢様のことも捨ててしまって……」
「でも、普段はとてもいい人だから」
「あのねぇクリス。 親友として言わせてもらうけど…私は、貴女には不幸になって欲しくないのよ!」
それを聞いて、私はちょっと笑ってしまった。
周りから見たら、そんな風に見えるのかしら。
でも、何て見当違いなんだろう。
不幸? 私が?
「そう見える?」
確かに、長女はやむを得ず捨ててしまった。
でもだからこそ、この子を愛していけるはず。
男の子だったら、きっとあの人だって……。
「大丈夫、きっと逢えるわ」
今度こそ…あの人と私から、アナタへと繋がる《物語》を……
嗚呼…昨日のことのように憶えて0102ます――
寒0102冬の朝――
「〜〜♪」
「あれ? アミィ、その歌…」
馬車の中で唄っていた鼻歌。
お兄ちゃんに聞かれて、少し恥ずかしかった。
「えへへ…知らないお姉さんに教えてもらったの」
お父さんもお母さんも死んじゃって、知り合いの人の家に引き取られる私達。
今度住む村の子達にも教えてあげたいな。
お兄ちゃんと、その子達とみんなで唄えたら……。
「何ていうんだ? その歌」
「えっとね……『ふか』、だったかなぁ」
産声は高らかに天を掴み取り――
橙色の光が射しました…
暗がりの中から聞こえる鳴咽。 また妹が泣いているんだとわかった。
「シャーリィ……」
故郷も…仲間も…実の姉さえ失った、小さな義妹。
誰か任せられる人が現れるまで、俺が守ってやらないと。
「大丈夫、大丈夫だよシャーリィ。 俺がずっと…ずっと一緒にいるから……」
たとえそれが、ステラと交わした約束でなかったとしても。
つ0102てな0102人生だったと…我ながらに憶0102ます
それでも…アナタと出逢えたことは『最高の幸運』でした……
「よし、しゅーりょー!」
最後の段ボール箱にふたをすると、凝り固まった肩や腰を軽く揉んだ。
今日でこの研究室ともお別れだと思うと、妙に感慨深い。
「ハロルド博士! 科学を止められるというのは本当ですか!?」
…まったく、人が感傷に浸ってるというのに、気の効かないヤツ。
「な〜にシャルティエ。 最後に被験体にして欲しいのぉ?」
「まっぴらゴメンです!!」
「冗談よジョーダン♪ …もういいのよ、目的のものは作れたから」
そう言って見た先には、一本の葡萄の苗木。
品種改良に苦労した、アタシの最後の発明品。
「ねーシャルティエ」
「何です?」
視線を落として下腹部に手をあてれば、コイツはすっとんきょうな声を上げた。
まったく、失礼しちゃう。
「いつか…ココに新しい《焔》が宿ったらね、言ってやろうって思ってるの。
『アンタの伯父さんはシスコンでマヌケで…最高の人だった』ってね!」
嗚呼…どんな苦難が訪れても…締めず勇敢に立ち向か0102なさ0102…
愚かな母の最期の願0102です…アナタは――
「0302・0101・1001・0304・0502・0105・0501・0902・0501・0301・0102」
「〜〜〜♪……」
「いつもありがとうね、ティアさん」
大譜歌の旋律が途切れる。
顔をあげると、いくらか血色のよくなった公爵夫人の笑顔。
「いえ、お構いなく。 それでは私はこれで……」
「待って、ルークには会っていかないのですか?」
立ち上がろうとした体が止まる。
あの日帰って来た彼は、『ルーク』でもあり『アッシュ』でもあり…そしてそのどちらでもなかった。
二人分の記憶を持った彼は、私達にとっての『ルーク』ではありえない。
そんな彼に、どんな顔をして会えと?
「いえ…私には、やるべきことがありますので」
「あぁ、譜歌を広めているのでしたね」
「はい。
特に大譜歌は第七音素の消費量も少なく、医療技術として最適だと思いますから……」
何て汚い私。
誰かのための譜歌を、彼から逃げるための口実にしている。
でも、私にとっての『彼』は一人しかいないから。
「そう…無理はしないでね。
アッシュが愛したナタリア殿下と、ルークが愛した貴女。
二人とも、私の可愛い娘なのですから」
「……ありがとう、シュザンヌ母様。」
大丈夫、彼の中にいる貴方。
貴方のお母様は、貴方の好きだったこの歌で守るから。
(「…ごめんなさい」 生まれて来る朝 死んで行く夜
「…さようなら」 君が生きている現在 11文字の《伝言》
「…ごめんなさい」 幻想物語 『第五の地平線』
「…ありがとう」 嗚呼…其処に《物語》は在るのだろうか?)
……どれぐらい経ったのかしら。 汗…気持ち悪い……。
「〜〜♪」
「…イレーヌ? なぁに、その歌…」
窓の外は随分暗くなっていて。
鈍く重い陣痛が続いていることから、まだこの子が生まれてきていないことがわかった。
「近所の子に教えてもらったのよ。 唄うだけで医療効果があるんですって」
又聞きだから間違っているかもしれないけど、と心配してくれている。
でも確かに、倒れる前より気分が楽になっているみたい。
「そう…不思議ね……」
本当に不思議…だけど、もうそんなこと…気にしている時間は……。
「イレーヌ…私に何かあったら、この子をお願いね」
「!?」
私の手を握る力が強くなる。
『馬鹿なことを言うな』って言いたいんでしょうけど……。
でもね、ごめんなさい。 私にはもうわかっているの。
ルーティを産んだ時、自分の体の弱さを嫌というほど思い知った。
『次はない』って、覚悟もしていたの。
だから、どうか。
貴女とこの子の二人で、私の記憶と血を伝えていって。
辛かったことも嬉しかったこともすべて、途切れることのないように。
私の物語を…私が生きたという証を残すために……。
アナタを産んだのが…誰であれ…
本質は変わらな0102…何一つ…
「やだ…っ、ちょっと、クリス…!?」
アナタが望まれて産まれて来たこと…
それさえ忘れなければ…0102つか繋がれると――
ごめんなさい…あなたの成長を見守れないのが心残りだけれど…。
大丈夫。
あなたにはオベロン社とクレスタに、素敵なお姉さんが二人もいるんだもの。
あとは…あなたが望まれて生まれてきたことを忘れずに、誇りを持って生きてくれれば……
私にはもう、何も望むことはありません。
だから…さぁ……
――生まれておいでなさい、××××――
嗚呼…傍で歩みを見守れな0102のが…無念ですが…どうか…凛と往きなさ0102
愚かな母の唯一の願0102です…アナタは――
「0302・0101・1001・0304・0502・0105・0501・0902・0501・0301・0102」
貴方が今生きている――それが『私が生きた物語の証』
この水平線愛してくれるなら――それが『私の幸福』
――それが『私の物語の意味』
クリス・カトレット。 男児を出産直後、永眠。
彼女の最期の祈りも虚しく、遺児『エミリオ』は、
生きているのに死んでいる『リオン』、
死んでいるのに生きている『ジューダス』として、
その生涯を送らされることとなる……。
そして―――
いつの頃からか 生まれてくる前に死んでいった赤子には
傍らに生死を捧げる双児の人形
その魂には『冬の子―Emilio』の名が付けられるようになった
待ち続ける者 帰らぬ愛しい者
どちらにも訪れぬ春 眠り続ける魂の名…
それでも尚《焔》を灯し 『運命』の物語を紡ぐならば
それこそが、『生まれて来る前に死んで逝く彼の物語』――
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生まれて来る意味…
死んで逝く意味…
君が生きている…《現在》
11文字の伝言……
幻想 物語
第五の地平線――
二つの《観測者》は 廻り続けるだろう
愛する者と ふたたび繋がる瞬間まで…
《生》と《死》の荒野を流離う人形は
巡り往く《夜》に どんな詩を灯したのだろうか……
そして 《水平線》は既に銀色に輝き
今…幾度目かの 《朝》が訪れる……
嗚呼…其処に 物語は在るのだろうか――