………。

ワタシは≪第七の書庫≫から其の地平線に≪意識と呼ばれるモノ≫を接続した…。

 

機械人形である【彼】の許には、然る権力者の所有物として戻るよう命令が下っていた。

しかし、人形は其れが許されざる境遇に在ると理解していながら、尚も頑なに受け入れなかった。

まるでお伽噺や≪童話≫のような運命的な出会い。

人形は、自らの意志と命令の板挟みとなり、やがて、本当に仕えたいと願ったはずの相手を破壊してしまう……。

 

此の悲劇の結末を左←→右すると予想される≪因子≫。

ワタシは【彼】のe6a99fe6a2b0e79a84e381aae6809de88083を【否定】してみた…。

 

さて、箱の中の猫は、生きているのか?死んでいるのか?

其れでは、檻の中を覗いてみよう―――

 

 

 

 

 

 

















宵闇の空に、ぽっかりと浮かぶ満月。
                      懐かしさ
眺めていたら、何故か無性に≪あるはずのない懐古的な感傷≫が込み上げてきて、頬を水滴が伝うのを感じた。

 

降り注ぐ月光の中、頭の中に浮かぶのはかつて、自分が人間だと思い込んで過ごした日々の思い出。

『あの時は楽しかった』なんて思いながら、水滴を指で拭う。

 

今置かれている【現実】と【理想】のギャップに…矛盾に…思考回路がフリーズしそうになる。

軽く頭を振り、自分に言い聞かすように呟いた。

 

「僕…幸せだ」と……。

 

 

 

 

 

 












 

 

What really was the moonlight for him?

The unknown android who lived outside the pages of “Marchen”.

He is the “Nein”.

 

 











 

 

 

 

凛と冷たい、静謐な朝の空気。

身の引き締まるような気がして、実は結構好きだったりする時間帯。

この孤児院はカトリック系の教会に併設されているから、当然聖堂なんて物もある。

ステンドグラス越しに射し込む日射しに、胸の前でそっと十字を切る。

 

僕みたいな存在に祈られたところで、神様は困惑するだけだろう。

でも、『祈る』という行為は、なにも神に対してだけ行うことじゃないと思う。

自分自身を顧みて、日々の細やかな幸せを感じることだって出来るんだ。

 

…………そう、自分でも思い込みたいのかもしれないけれど。

 

 



オールメイトに代表される、ロボットやアンドロイド。

その存在意義は、『人間の命令を遂行し、その生活をサポートすること』のみ。

そこには当のロボット本人の意志など関係ない。

仕え使われる相手も選べないまま、プログラムに従い任務にあたる。

 

そんな狭い檻の中から抜け出した僕だけど、その経緯は誇れたものじゃない。

ただ、役に立たない欠陥品として処分されただけ。

 

 

 











 

 

僕は元々、古い型のアンドロイドだった。

だからか思考プログラムの一部にエラーがあって、最近まで自分のことを人間だと思い込んでいた。

 

そのせいかどうかはわからないけど僕のプログラムは変質していて、それに興味を持ったらしい本来の所有者から、研究用に回収されようとしていた。

 

「兄さんさぁ、いい加減にしてくれないかなぁ?」

 

面倒くさそうに、僕の後継機である戦闘用アンドロイドが追ってくる。

もちろん僕は抵抗した。

この時の僕は自分がアンドロイドであることを思い出したばっかりだし、よく覚えていないけど、ほかに仕えたいと思える人間がいた気がするんだ。

 

「今更回収なんて冗談じゃない。僕は僕の意志でマスターを選ぶ!」

「ありゃりゃ、本格的に壊れちゃった?

でもいいや。そんなに言うなら、頭を破壊してAIチップだけ持って帰ることにするよ」

 

戦闘特化の後継機ということで、能力面では相手の方が圧倒的に上だ。

マスターに逆らうなんて、本来なら僕たちにはあり得ないこと。

追っ手に破壊されるか、プログラムのバグが深刻化してショートするか。

どちらにせよ結果は同じだから、僕はいよいよ覚悟を決めて…………。

 

 

 






 

Miau♪

 

 






 

 

 

「……僕たちのマスターは、同一人物なんだよね?」

「なんだよ、命乞い?」

 

もし僕たちにも『本能』というものがあるのなら、きっとこんな感覚がするのだろうか。

この時なぜか、自分の創造主に会ってみたいと思ってしまった。

 

「違うよ、連れていってほしいんだ。

僕の≪名目上は本来のものとされる≫マスターのところへ」

 

 

 











 

 

あの時の追っ手……αの顔は、今でも思い出すと少し笑える。

『狐につままれたような顔』って、あんな顔なんだろうか。

 

とにかく、研究所に連れて行かれた僕はプログラムの解析をされる一方で、経年劣化やら戦闘による破損やら、そんな不具合のだらけの機体をすべてキレイに修理された。
             マスター
≪仕えるべき相手として定義されている野心家の男≫が僕に利用価値を見い出した結果らしい。

 

でも、結局は元の木阿弥。

どれだけ時間と人員を割いても、思考プログラムのエラーは解明出来ず。

自分で考え、納得出来なければマスターの命令にさえ背く僕には、『役立たずの出来そこない』というレッテルが貼られ。

最終的には元通り、廃棄処分という決断が下された。

 

バンッ!!

 

「命令に従わない機械はただそれだけで、存在することさえ許されないと言うんですか!」

 

僕を廃棄場へ連れて行こうとする研究員をはね除け、目の前にいる男に食って掛かる。

面白いものでも見るかのように細められた目が、余計に怒りを煽ってくる。

 

「それなら、僕はそんな世界に未練などない、かえってせいせいする!

貴方みたいな人がマスターなんて、こっちから願い下げだ!」

 

こうなったらあとはスピード勝負。

ここが何階かなんて気にしてられるか。

 

窓を破って逃走する僕の後ろから、αの怒声が聞こえた。

 

「ふざけんなよ兄さん!同型の僕たちのメンツまで潰しやがって……っ。

エラーにバグだらけの欠陥品が、急に素直に修理されたと思ったら、その結果がコレ!?

こんなことしてタダで済むと思うなよ。

アンタにエラーを植え付けた偽マスターと自分の愚かさを憾みながら、さっさとスクラップになっちまいな!」

 

 

 













 

 

「壊れかけのガラクタは、人間の言いつけも守れないんですね」

 

聖堂から孤児院に戻る途中、嫌味ったらしい影口が投げ掛けられた。

しばらく前からここに泊まり込みに来ている、それなりに良い家のお嬢様だ。

 

逃走の果てに辿り着いた海辺の教会。

ここの神父様に拾われた僕は、簡単な修理を施された後、併設する孤児院の子供たちの遊び相手として住まわせてもらっている。

 

神父様はなかなか上流階級に顔が広い方で、たまにこのお嬢様みたいに花嫁修業の一環で、料理や掃除、子供たちとの触れ合いの仕方を学びに来る女性がいる。

今まで来た人たちとは上手くやっていけてたけど、この人だけは違った。

 

『まぁ、汚ならしい場所ですこと。

穀潰しの子供たちに、旧型のアンドロイドなんて、なんて見窄らしいのかしら』

 

初対面の時、神父様がいない場所で彼女が発した第一声だ。

子供たちもあからさまな悪意を感じ取ったみたいで、僕のコートにしがみついてくる。

 

以来、本当にこの人は何しに来たんだろうと思うような振る舞いだった。

 

練習すべき家事全般は僕に丸投げ。

様子を見に来る神父様や、たまに連絡してくる婚約者の前でだけ、『花嫁修業頑張ってます』風を装おうのだ。

 

さっきのことだって、神父様が出張で留守だから、『面倒な朝の礼拝は無しにする』と、勝手にこの人が宣言しただけだ。

でも僕はもうこの礼拝が習慣になっていたし、この人の言うことを聞く義理もない。

それをこの人は、『壊れかけのガラクタだから』というのだ。

 

機械が持て囃されるのは、同系の新型が出るまでの短い間。

それは場合によって、本当に瞬く間に通りすぎていく。

勝手な都合を押し付けられる儘に使い捨てられ、まだ働けるのに『もういらないから』と廃棄される。

 

すべての機械に当て嵌めろとは言わないけれど、せめて、僕らみたいに感情が組み込まれた物だけでいい。

この狭い檻の中から抜け出して、自分の≪意志≫で羽ばたいていける。

そんなチャンスはいつか、与えてもらえる時代は来るのだろうか……?

 

 







 

 

「「お兄ちゃんお早う!」」

「ぁうー!」

 

お寝坊さんたちがやっと起きてきた。

ここに暮らす3人の孤児たちだ。

 

少し前まではもう何人かいたけれど、その子たちはみんな里親が見つかって【卒業】していった。

でも、この3人だけはもう長くここにいる。

 

「えへへー、お兄ちゃん大好き!」

 

一人の、ちょっとおませな女の子が抱っこをねだってきた。

苦笑しながら抱き上げると、残りの二人から恨みがましい声。

 

「ずるい!僕も抱っこ!」

「うーいー!」

「はいはい、順番だからね」

 

一人ずつ順番に抱っこや高い高いをしてあげる。

しばらくそうして遊んであげていると、本当にこの子たちが可愛くて仕方なくなってくる。

どうしてこの子たちの親は、この子たちを疎い、ここへ捨てていったのだろう。

 

「出来そこない同士で、ウザイんだけど」

 

またあの女の人が僕らを睨む。

 

「僕はともかく、子供の前でそんな事言わないで下さい。

こんなに可愛いのに……。ほら、見てくださいよこの天使みたいな笑顔」

「はぁ?誰が天使よ」

 

この人は事ある毎に僕たちを目の敵にする。

理由は簡単、『出来そこない』だから。

 

エラーが直りきっていないアンドロイド。

一人ひとりそれぞれに、耳や目・喉に重い障害がある子供たち。

 

誰も望んで、こんな体に生まれたワケじゃないのに。



「そんなこと、私の知ったことじゃないわ」

 

こんな人が将来、母親になるというのか。

『母は強し』って言うけれど、こんなのが【母親】になるなら、本当に強いのは理不尽に耐えるその子供ではないのか。

 

「捨てられたくせに、生意気言わないでよ」

 

『信仰のなんたるかを知らない機械と、神に見放された捨て子が傷を舐め合っている』。

この孤児院がご近所でそう揶揄されていることも知っている。

 

「お兄ちゃん、僕たち平気だよ」

「そうそう!私たちにはクリアパパがいるんだもの!」

 

「機械のくせに父親気取り?」

 

機械には理解できないというなら、誰でもいい。

僕に教えて下さい。

『愛』とは何のために、『母性』や『父性』とは誰のためにあるのでしょうか?

 

血が流れている訳でもない僕に教えて下さい。

『生』とは何のために、『血縁』とは誰のためにあるのでしょうか?

 

「私ね、イエス様って、パパみたいな人だったのかもって思うの!」

「うー!」

 










あの時、αについて行ったこと、東江の命令に背いたこと。

そして今ここにいること。

そのすべてに、一欠片も後悔などしていない。
                    人生
これが……これこそが、僕の≪自分で選んだ生きる道≫なのだから。

 

≪特別に優秀な洗脳用戦闘兵器≫でも、≪特別に不具合の酷い機械人形≫でもない。
       クリア
僕は【一人の意志ある存在】。
                 クリア
唯の、【同じ哀しみを抱いた隣人を支えたいと願うひとつの存在】です。

 

 

 





















 

 

 

宵闇の空に、ぽっかりと浮かぶ満月。

眺めていたら、何かを忘れているような気になって……。

不意に何故か、頬に一粒の≪雫≫が……。

 

 

 

 

 

 

 

キャハハハハハハ












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