………。
ワタシは≪第五の書庫≫から其の地平線に≪意識と呼ばれるモノ≫を接続した…。
【彼】の暮らす場所は驚くべきことに、人間の意識の中だった。此れはこの人間が生み出した事象なのだろうか?
此の地平には或る種の揺らぎが多く、観測には困難が伴う。
【彼】は精神の『生』と『死』を司る双子の片割れであり、男はその一部であった。
男には守るべき存在が居たが、しかし、其の相手から自身は必要とされていないと思い込み、相手を喰い殺してしまうという、哀しい結末の≪物語≫で在った……。
此の悲劇の結末を左←→右すると予想される≪因子≫。
ワタシは【彼】のe78caee8baabe79a84e381aae381bee381a7e381aee5bfa0e5ae9fe38195を【否定】してみた…。
さて、箱の中の猫は、生きているのか?死んでいるのか?
其れでは、檻の中を覗いてみよう―――
Dose sadness really tell among life and death.
The unknown deterrent who sings across the horizons and the links to “Roman”.
He is the “Nein”.
この【深層意識の水底】に生を受けて早二十数年。
『本能』を押し留め、『理性』を守ることを使命として生きてきたが、いまだに慣れることもなく、負担が減ることはない。
俺たち3人が揃って初めて『自我』となる、不安定なこの精神。
年齢的にもそろそろ統合してもいいはずなのに、まったくその兆しがない。
いっそのこと、何か大きな事件でも起きれば、少しは変わることが出来るのだろうか。
幼少期は両親の【喪失】で壊れかけ、思春期は周囲の影響で【奈落】を振り撒いた。
成年となった今、落ち着いているとはいえ油断はできない。
いつ、何が切っ掛けで『本能』が活性化し、“表”に出てしまうかわからないから。
生まれる環境が違えば、こんな能力など持たなければ。
俺たちは『意識』でありながら自我を持つこともなく、こんな不安定に生きることもなかったのだろうか。
持つはずのなかったこんな“想い”に、振り回されることもなかっただろう。
周囲に流されるように生きるこの『自我』は、いつになったら確たる“自分”を持つのだろう。
自身の存在意義と、自身の“自我”に挟まれ、感情の【焔】が燃えている。
「よっ」
声のした方へ向くと、そこにはよく見知った顔があった。
当たり前だ、自分たちはある意味同一人物なのだから。
「ま〜たグダグダ悩んでんのかよ」
『本能』がニヤニヤ笑いながらやって来る。
からかうつもりなのがまる解りだ。
「お前も懲りねぇよな。大人しくオールメイトのフリしとけばよかったのに」
実は俺は最近まで、自分が『自我』の一部であることを忘れていた。
これには過去にあった事故が原因なのだが、説明するには複雑すぎるので割愛する。
俺はあくまでオールメイトであり、【彼】とは別の存在なのだ。
その思い込みが訂正され、本来の自分を思い出したのは、潜入していた機体が感染したバグのせいだった。
そしてそのバグは俺に、様々な“現実”をもたらした。
俺が【彼】の精神の一部であること。
【彼】に外部から干渉できるように、古いオールメイトの機体に潜入していたこと。
…………【彼】に恋愛感情を持ってしまっていること。
堪らなくなって、無関係な新型オールメイトにまで嫉妬して。
最終的に、こうして深層意識へ逃げてきた。
「ま、お前がそうして引きこもってくれてるおかげで、俺は好きにさせてもらえるからいいけどな」
「……『理性』に手出しは」
「しねーよ。向こうがこっちまで堕ちてきたら、話は別だけどな」
『本能』が 波打ち際で水を蹴る。
この心象風景は、かつて【彼】が過ごした孤児院だ。
ここは昔から変わらない。
『本能』は例の事件以来、『理性』にまで存在を忘れられ押し込められていた。
その恨みがまず前面に来ているようだが、俺にはわかる。
そもそも『本能』だって【彼】を守るために生まれてきたんだ。
本当は寂しくて、思い出して欲しくて、叶うことなら『理性』と統合して、ひとつの『自我』に戻りたいのだ。
「んじゃ、俺はまた“表”で遊んでくるわ」
「後々で【彼】に害になるような行動は―――」
「あ〜、うるせぇうるせぇ。
どっち付かずの引きこもりが口出しする資格あんのかよ」
咄嗟に言い返すことが出来ず、視線を泳がせている間に、『本能』は“表”へ行ってしまった。
『理性』は意識の比較的浅い層で眠っている。
だから今ここにいるのは俺だけだ。
一人になって改めて考える。
俺は一体どうしたいんだろう?
【彼】と結ばれたい。
だがそれでは俺の存在理由に矛盾が生じる。
統合して名実ともにひとつになるのも手だ。
だがそれでは、もう二度と【彼】の姿を見ることは出来ない。
浅ましいとわかっていながら、それでも求めてしまう。
俺と【彼】が別の存在であることを保ちながら、この想いを持っていても矛盾が発生しない方法は―――
Miau♪
……そうだ、迷うことなんてなかったんだ。
そもそも【彼】の幸福こそが俺の幸福だ。
ならばもう、答えは決まっている。
「あら、今回はそういう選択をしたの?
それも賢明かもしれないわね……」
突然、声がした。
振り返れば見たことのない少女が立っていた。
ここは【彼】の意識の中。外部の存在が来れる訳がない。
新たに生まれた存在かと思ったが、そもそも【彼】も『理性』も『本能』も男性だ。
俺たちと似ても似つかない、しかも女性が生まれるはずがない。
夕暮れに朱く染まる海辺を、女性が歩いてくる。
「Bou soir。驚かせてごめんなさいね、“紳士さん”」
外見はまだ幼いのに、言動は奇妙なほど自然に大人びている。
あまりに異質すぎる少女はコロコロと笑いながら、俺に両手を差し出してきた。
それぞれの手に、良く似た色違いの人形を乗せて。
「≪右腕には菫の姫君≫。廻り来る生に微笑んでくれる娘よ」
「≪左腕には紫陽花の姫君≫。巡り逝く死を悼み泣いてくれる娘よ」
「まるで“貴方たち”みたいでしょう……?」
人形を差し出しながらも、少女は首を傾げた。
「……あら、逆だったかしら?
まぁ、いいわ。貴方の解釈に委ねるわね。
寂しいならこの娘たちを貸してあげる。
次に逢う私に【必ず】返してね♪」
戸惑いながら両腕に人形を受け取ると、少女の姿は煙のように掻き消えた。
どうやってここに来たのか。何故俺に人形を渡したのか。最後の言葉はどういう意味なのか。
疑問は尽きないが、今となってはどうしようもない。
人形を波のかからない位置に置いて眺める。
外見だけなら【彼】や『理性』たちよりも年上でガタイも良い自分が、こんな人形を手にしているなんて少し笑える。
悩んでいたことと関係ないことで笑ったからか、不思議と懐かしい気持ちになってくる。
何故か、自分が生まれた子供の頃を思い出した。
覚悟の上だったとはいえ、親代わりと別れることになった【彼】は、あの時最も不安定になり、なにに置いても愛情と庇護を求めていた。
だから俺は、誰よりも【彼】を愛する≪まさに子煩悩な親のよう≫になろう。
そう、思ってたはずなのに……。
成長した今となっては、かつての決意を嘲笑うように、醜い欲望を【彼】にぶつけようとしているのが現実だ。
あらゆるモノから【彼】を守る≪まさに親バカな父親のよう≫になろう。
そう、思ってたはずなのに……。
どれだけの時間をそうして過ごしていただろうか。
答えを決めてから待ち続けていた『本能』が、眠っていたはずの『理性』を連れて戻ってきた。
離れていた間のこと。これからの俺たちのことを、まるで子供に≪童話≫を読み聞かせるかのように、ゆっくりと話し合った……。
「―――お前は、本当にそれでいいのか?」
「ああ。元々そのために、俺が生まれたわけだからな」
『理性』は優しい。
俺が深層意識へ逃げ込んだ時に“表”に出ていたから、経緯も理由も知ったうえで、俺の望みを叶えてくれようとしている。
俺が出した答えは、『理性』と統合してひとつの『自我』に戻ること。
『理性』と『本能』の間を取り持ち、最終的には全員統合することが、『抑止力』である俺が生まれた本来の理由だ。
別の存在になれるなど、どう足掻いたところで不可能だ。
なら【彼】の一部として、永遠に【彼】に融け込んでしまえば、間接的に俺の望みも叶う。
「本当にいいのか?だってお前は…っ」
「………………なぁ」
それまで黙っていた『本能』が口を挟む。
「俺が言える立場じゃねぇけどな。
こいつが朝から夜まで、さんざん迷ったり傷付いたりしながら出して答えだ。
今まで悩んで生きてきたこと、それからこの先の希望を諦めずに認めた結果だ。
―――なら叶えてやるのが、俺たちの役目だろ」
意外だった。
『抑止力』として実際に『本能』を押さえ付けていたのは自分だったから、『理性』ほどではないにしろ恨まれていると思っていたが。
照れたようにソッポを向く『本能』もまた、やはり【彼】の一部なのだ。
「そうか……わかった」
3人で向き合う。
泣きそうな顔で笑う『理性』が俺たちの手を取った。
統合が始り、俺と『本能』の体が光の粒子に包まれる。
統合後、『自我』の主たる部分を担うのは『理性』だ。
俺と『本能』は個としての記憶と自我を失い、それらは『理性』に継承される。
だが、それは終わりなどではない。
歓びに揺れた日々も、哀しみに濡れた日々もすべて、【彼】のために俺たちが紡いだ≪物語≫だ。
俺たち3人が統合して、新しく生まれて来る『自我』。
この≪歴史≫を今、キミに繋げよう。
「「―――【蒼葉】」」
意識が途切れる前に、俺と『本能』が同時に『理性』に話しかける。
内容は…………同じだ。
「「もう二度と逢うことが出来なくなっても、俺たちは【お前】を愛している。
自分の進むべき道、共に歩む伴侶を見つけたなら……胸を張って進め!」」
「…………っ、おう!」
最後の最後に泣かせてしまった。
だが、後悔はない。
消えていく意識……『理性』の中へ融けていく俺の中で、温かいモノが揺れる。
【焔】は廻っていく…………。
The choice of bearing.
The choice of not bearing.
The choice of being born.
The choice of not being born.
If there is a flame ever extinguished by tears, the future is in the hands of the Laurants.
「「其処にロマンは在るのかしら?」」
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