「ぅわ〜……どこだここ〜……」
斜め掛けにしたカバンの紐を握り締めながら、慣れない道をウロウロする。
……たまには自分でも道覚えなきゃって、蓮をスリープモードにしたのが間違いだったな〜……。
「てか、碧島ってこんなにネコ多かったっけ……?」
俺が今いるのは、南区のある路地裏。
近くに飲食店があるわけでもないのに、妙にノラネコがいっぱいいる。
「ハハ……ネコ語がわかったら道聞けたかもなぁ」
なーんて、言ってみたところでネコ語なんてわかるわけないし。
ダメだ、ギブ。たすけて蓮ー。
「ギブアップか蒼葉」
「う〜……ごめん蓮、映画館までのルート検索とナビ頼む……」
起動してすぐに泣きついた俺に、蓮が呆れたようにタメ息をついた。
どーせ方向オンチですよーだ。
「まったく、一体どう歩いたらこんなところへ出るんだ」
「いや〜……多分近くまでは来てるんだけどさぁ」
「だから最初からナビをしようと言ったのに、一人で大丈夫だと言い張るからそうなるんだ。
とりあえず『Flower ASATO』という店を目指そう。そこの角を左に……。
……ちょっと待て蒼葉」
蓮が険しい顔で待ったをかけた。
珍しいな、どうしたんだ?
「何かおかしい。この辺りのネットワークに接続出来ない。
ルート検索どころか、ここがどこかも不明だ」
「は!?何だよ、そんなことってあるのか?」
「本来ありえない状況だ。とにかく、人のいるとこ……ろ………へ……――――」
「お、おい蓮!?」
しゃべってる途中で蓮がシャットダウンした。
本当にこんなこと、ありえない。
まったく異常なんてなかったのに。
こんな薄暗い路地裏、しかも来たことない場所だ。
迷子なんてシャレにならねーぞ。
ふと、雑居ビルの片隅が視界に入った。
雑然としたその場所で、忽然と建つ場違いな洋館。
ほかのビルはひと気なんておかしいくらいにないのに、そこだけは妙に人の気配がある。
「こんな店島にあったっけ?見たことも聞いたこともないぞ……」
風格のある大きな看板には、『屋根裏堂』とだけ書いてあって、結局何の店かはわからない。
いつもなら関わりたくない雰囲気の店だが、背に腹は変えられない。
せめて青柳通りに出るまでの道を聞こうと、やたら豪奢な扉に手を掛けた。
「すみませーん……って、うわぁ!」
開けた瞬間目に飛び込んだのは、やたら長くて先の見えない階段。
他に進む場所もないし、ひたすら上っていく。
上って上って上って上って……。
ついに見えた次の扉を開けると、そこには一見して古めかしい美術品や道具類が、所狭しと並べられていた。
「へ〜……骨董屋かなんかかな?」
「あら?お客様かしら」
奥から聞こえた女性の声。
その方向へ視線を向けると、そこには黒猫を抱いた、小さな女の子がいた。
……あれ?声じゃ俺と同じくらいの年の人っぽかったけど……?
黒く長い髪に紫のドレス。
年のわりに、やたら変な色気のある格好をしている。
なんかまともに見ちゃいけない気がして、ちょっと顔を背けながら本題を聞いた。
「いや、客じゃなくて……道に迷ったんで教えて貰おうかと……」
「ふふ……確かに。『地平線』の迷い子であることには間違いなさそうねぇ」
また違う声がして振り返ると、女の子がいた場所に妙齢の女性がいた。
明らかに俺より年上だ。
嫌な仮説が立って背筋が寒くなる。まさか…………。
「訳がわからないって顔をしてるわね」
「ミャーウ」
女性が顔を伏せてネコを撫でる。
そして、もう一度顔を上げると。
「貴方が記念すべき13人目のお客様よ、坊や。『西洋骨董 屋根裏堂』へようこそ♪」
シワだらけの老婆がそこにいた。
「どこにでもあるが」
「どこでもない」
「過去でも」
「未来でもあるが」
「現在(いま)ではない」
「ここは時間と」
「空間―――即ち」
「『地平』の狭間の世界」
ひと言話す毎に、店主の姿が――年齢が変わっていく。
熟女から少女へ、同年代の女性から老婆へと、まるで彼女の【時計の針】が捻曲がっているかのように。
明らかにこの世の摂理から逸脱していた。
これはヤバイ。店も、この店主もこの世界のものではない。
本能的にそう悟って頭の中で警報が鳴る。
逃げなければと思うのに、何故かこの空間が妙に居心地よく惹き付けられて、足がまったく動く気がしない。
「ここがどんな場所か」
「だいたい把握したかしら?」
少女姿の店主がクスクス笑う。
扇を会計カウンターらしき台に置き、ネコを床に降ろすとこっちに近付いてきた。
俺の前に来る頃には妙齢の女性姿になり、妖しい笑みを浮かべては頬を撫でてくる。
「怖がらなくていいわ」
「ここはあくまで骨董のお店」
「まぁ、置いているのは“ただの”骨董品じゃあ」
「ないけれどもね?」
店主は俺から離れると、商品棚の方へ向かっていく。
「気になる物があるなら」
「どうぞ手に取ってご覧になっ」
「て?但し、手前の抽斗の中以外で……」
「隔たる『地平』を超えて」
「キセキが集まる場所―――」
「それが当店なのだから」
振り返り、俺が戸惑っているのを見て取ると、店主は店内をグルリと見回した。
「何を見ればわからないなら、」
メンバー
「今夜の【イカれた≪骨董品≫】を紹介しようかしら」
突然、店中からネコの鳴き声がうるさいくらいに響き出す。
店内には黒猫が一匹いるだけなのに、ミャウミャウとほかの音を打ち消すほどの大きさだ。
そんなネコの声に紛れて、四種類の女性の声が、いやにハッキリと聞こえてくる。
「森の戦場を駈けた白銀の英雄が身につけていたという、血に塗れて地に堕ちた漆黒の眼帯」
ドール くちづ
マリオネット
「理性と本能の間で≪人形≫は唯踊る。≪接吻≫けて朽ち果てた両親の屍肉から成る少年の≪操り人形≫」
「どんな願いでもDoooN!と叶うが契約内容には要注意!気紛れ悪魔が4匹入った蛇のランプ」
愛 生
「自己愛には手段を選ばず、まさに金の亡者。≪歪んだ愛≫の悲劇、≪狂った生≫は喜劇、ひび割れた仮面」
深紅の
「手にした者の首を刈り取った軌跡。奇蹟と鬼籍を与えた輝石、【血のように真っ赤な】宝石」
「出遭った生ける者は凡て、死せるのが全て。秘めた狂気の儘に魂を屠り続ける、死神の刀」
「かつて≪聖人≫だった≪呪物≫が射た呪い。茨の如く纏わり付いて妄想へと堕とす岩薔薇のナイフ」
ポテンシャル パラレルワールド サングラス
「地平の≪可能性≫は無限大の≪平行世界≫。時空を超えて事象を映す未来の≪遮光眼鏡型情報端末(the
Remarkable , Evolutional and Valuable Opticalーdevice)≫」
オススメのひとつだというそのサングラスは、レンズはもちろん弦に至るまですべてが真っ黒で。
無骨なデザインでありながら、なぜか妙に惹き付けられた。
目が離せず食い入るように見ていると、カウンターからクスクスと店主の笑い声が聞こえてくる。
「いやぁね、そんなに見つめられたら」
「火照っちゃうわv うふふ」
慌てて離れるたが、店主は相変わらず笑ったままだ。
こ
「あら、この≪骨董品≫がお気に召した」
「かしら?」
サングラスを手にとりながら、俺と商品を見比べるように視線を動かす。
なんだか居たたまれないやら恥ずかしいやらで、ほかの商品も見るフリをして店主の視線から逃げる。
「い…いや、最近…ちょっと……童顔を気にしてる、というか…馬鹿にされたのを、根に持ってるというか……。
とにかく……、そう!『どちらかと言うと』っていうレベルで!それくらいですからっ!」
そんな俺の心境を知ってか知らずか、店主は俺の手にサングラスを乗せてくる。
「その≪骨董品≫は」
「一つになる相手を」
タイプ
「自分で選ぶ≪性格≫の」
「≪骨董品≫よ、よろしくて?」
「その≪骨董品≫が身を許すなら」
「お代は結構」
金銭以外で
「それは≪然るべき刻が」
いずれ
「訪れたら≫払われる」
天使のようなあどけない姿で、娼婦のような艶やかな笑みを浮かべる店主。
店主の視線を振り切るように、手の中にある物のことなんかも忘れて、俺は衝動的に店の外へと走り出した。
その間にも、店主は老婆姿で若い娘のようにコロコロと笑う。
階段を駆け下りる中、何故か急に視界が暗く狭くなった。
……違う、俺の意識が強制的に閉じようとしているんだ。
地に足がつかないような奇妙な浮遊感の中、最後に店主の声が聞こえたような気がした。
「代金代りに、貴方の一番」
「大切なモノを頂こうかしら?」
「…………なんてねv」
「お買い上げ」
「ありがとう御座いまぁす♪」
「……ば、蒼葉」
顔に当たるフニフニとした感触。
覚えがあるソレは蓮の肉球だ。
「あ……れ?……蓮?」
「大丈夫か蒼葉。こんな道端で倒れるから心配したぞ」
「お前こそ!いきなりシャットダウンするから焦ったぞ!?どこか悪いんじゃないか?」
「今のところ、不具合は確認できない」
「そっか…よかったぁ……」
気がついたのは、あの薄暗い路地裏。最後に見たままの雑居ビルの片隅だ。
あんなにたくさんいたはずのノラネコも、今は一匹も見当たらない。
あまりの事態に処理が追い付かず、愕然と立ち尽くしてしまう。
…………幻覚でも見てたのかな?
目の前には当然洋館なんてものはなく、あるのはありふれた佇まいの一軒の店。
看板に書かれているのは……当然、『Flower ASATO』。
「どうなってんだ……?」
「蒼葉、その手に持っているのはなんだ?」
「え?……サン、グラス……?」
……幻覚じゃない?
「…………どーすんだ?コレ」
「せっかくだから、かけてみてはどうだ?」