………。
ワタシは≪第四の書庫≫から其の地平線に≪意識と呼ばれるモノ≫を接続した…。
【彼】には生き甲斐とも言える趣味があった。その仲間とは家族同然とも言える強い絆で結ばれた≪楽園≫。其処に微塵の疑いも無かった。
しかし、そう思っていたのは【彼】だけだった。堪え難いその事実に気付いた男は、仲間に会う為に道を急いだ。
より強い絆、より確固たる立場、より大きくなる仲間の輪。そして、本人さえ気付かぬ≪奈落≫への切符を手にして……。
此の悲劇の結末を左←→右すると予想される≪因子≫。
ワタシは【彼】のe79c9fe99da2e79baee9818ee3818ee3828be59fb7e79d80e5bf83を【否定】してみた…。
さて、箱の中の猫は、生きているのか?死んでいるのか?
其れでは、檻の中を覗いてみよう―――
あんなにも燃えていた、リブやチームへの情熱が、何故か今じゃ欠片さえ見つけられない。
あの頃を思い出そうとすると、まるで色褪せたアルバムを捲るような感覚になって、懐かしさばかりが溢れてくる。
俺にとってリブの仲間は、家族みたいなモンだったのに。
何でライムなんかやるんだよ。
何でチームを抜けんだよ。
何でみんな離れて行くんだよ。
俺たちみんなで、ずっと一緒にやって行こうって言ってたじゃないか。
もう何も見えない。色が抜け落ちたような視界の中。
ただ……俺ひとりが赤く取り残されたように感じた………。
Is it really that the hatred creates only hatred?
The unknown tattoo artist who dreamed in “Elysion”.
He is the “Nein”.
「センパ〜イ!例の雑誌の記者さんが来られましたよ〜!」
「おう!今行く!」
今俺がいるのは日本じゃない。
アメリカのサンフランシスコにあるタトゥー・スタジオだ。
碧島の自分の店を閉めてこっちに来たのは、もう3年くらい前になる。
今じゃ英語もペラペラになっちまって、この前地元に戻ったらメチャクチャ驚かれた。
何でわざわざ渡米したって?
それにはあの人との出会いがあったからだ。
「それでは、その時のことを教えてくれますか?」
「ん〜……そうだなぁ」
あの時のことは今でも、ちょっと不思議なんだ。
なんて言うか、こう……まるで俺が俺じゃなくなったような感じ?
あえて言うなら、あの時俺は生まれ変わったんだと思う。
うん、そんな表現がしっくり来る。
人はいつだって、何度だってやり直して変わっていけるんだ。
だからどんなに今がドン底だと絶望しても、未来の可能性まで諦めちゃいけないんだ。
世の中不条理なことばっかりだけどさ、だからこそ憎しみを昇華していかなきゃな!
「一目見てわかったけど、やっぱり君にはデザインの才能がある。
彫る腕前は勿論だけど、何より惹かれるデザインでないと、誰も墨を入れようとは思わないからね」
そう言ってくれたのは俺の店に偶然来た、この業界の生きる伝説。
俺の憧れの彫師だった。
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「俺もデザインには自信があるけど、君のはまた系統が違うからね。
そうだ、記念に俺のデザイン画を一枚……」
Miau♪
「……いや。やっぱり、そうだね。
ねぇ君、俺の助手として、一緒に行かないかい?」
「え?」
「実は最近、彫師として煮詰まっていてさ。
勉強に世界の刺青を見て回ろうかと思ってたんだ。
規模は大きいけど、一種の留学だね。
もしよければ、君も一緒にどうだい?」
本当に急な話でびっくりした。
まさかあの人がそんなことになっていたなんて知らなかったし。
俺は自分の店もあるから、とりあえず返事は保留にさせてもらったんだけど。
でも同じ日に、もうひとつの悩みの種が出てきてさ。
「どうです?モルヒネへの加入、考えてくださいましたか?」
何度か見たことのある二人組。
同時、俺は地元で流行ってた『リブスティーズ』ってゲームに夢中になってた。
結構大きなチームの頭もやってたんだぜ。
でも、あの頃リブの人気は大分落ち込んでて、ライムっていう電脳ゲームにチームメンバーも流れちまって。
どうにかできないかと悩んでいた時に、『リブ最強』って評判のチームから傘下に入らないかって誘いが来たんだ。
このモルヒネってチームは強い反面キナ臭い噂もあって、でもそれだけ評価の高いチームに入れたら、メンバーの流出も防げるって思ったんだ。
けど、チームの仲間のことも考えると、どうしても決心がつかなくて………。
Miau♪
「……その話、やっぱ断らせてもらう」
「…………ほう?よろしければ、理由を教えて頂いても?」
今まで悩んでいたのが嘘みたいに、この時の俺はどこか清々しさすら感じていた。
そうだ、別に『リブのチーム』って形に拘らなくてもいいんだ。
「実は今、本業の方で海外留学の話を貰ってるんだ。
もしかしたらもう日本には帰らないかもしれない。
だからチームは解散するつもりだ」
「……あれほどチームに拘っていた貴方が、意外ですね」
「アンタ達のことはチームの奴らにはまだ言っていない、知ってるのは俺だけだ。
何か後ろ暗いことがあっても安心しな」
「それなら、我々としても助かります。
どこの国に行かれるかは知りませんが、ご活躍をお祈りしていますよ」
それからはトントン拍子に話が進んだ。
チームの連中に事情を話したら「いつまでも待ってる」って言ってくれて、とりあえずリブは『無期限休止』ってことで落ち着いた。
店のスタッフも新しい働き口を紹介できたし、知り合いへの挨拶も済んだ。
俺 竜峰先生
ま、これが【タトゥーアーティストになった俺】と【タトゥーデザイナーに転身した彫師】との出会いだった。
あの後その彫師……先生と話したけど、会ってすぐの俺を助手としてスカウトするつもりだったらしい。
さすがに恐縮して、今の弟子って立場になったんだが……。
なぁ記者さん、信じられるか?
実は先生、俺に留学同伴を断られてたら、彫師を辞めて死ぬつもりだったらしいぜ。
「少し前に自己最高の傑作を彫ったんだけど……失敗してしまってね。
気合い入れてただけにショックも大きくて。
刺青は俺のすべてだったから、色々な気力がなくなっちゃってたんだ」
「でも君の作品を見て気づいたよ、たとえ俺自身が彫れなくなっても、後進を育てることは出来る。
この留学はある意味、俺の彫師としての再スタートなんだ」
正直、先生のその気持ちはよくわかる。
だから、俺の作品が先生の力になるなら、俺はどこまでもやってみせる。
苦しい時こそ、その苦しみを楽しみに代えていかないとな!
「紙のキャンパスに描くことは芸術であるのに、何故人体に描くことは非難されなければならないのか」
留学は本当に世界中を周った。
ネパールの『メヘンディ』やインドの『ヘナ』みたいな、日本じゃマイナーな部類に入るものまで習得した。
「タトゥーアートの祭典!『サンフランシスココレクション』いよいよ開幕!!」
刺青やタトゥーへの意識ってのは本当に様々で、ファッションの一部だったり、悲しいけど蔑視の対象だったりする。
先生はその現状を何とかしようと、刺青を芸術……アートとして確立させるために奔走した。
そしてそれは成功して、年に一回、パリコレみたいな感覚でこんなフェスが開催されるようになった。
デザイン画の展示やたくさんのモデルの登場、小さなタトゥーならすぐ入れれるよう、簡単な施術ブースもある。
「さぁ、この人を語らずして、今年のコレは語れない!
タトゥーアートの第一人者にしてLEGEND、ミスタァアア RyuuuuuuHooooooo!!」
先生が今季の新作デザイン画を持ったモデルと一緒に舞台に上がる。
実は先生は日本画くらいしか強みはないんだけど、最近の世界的な日本文化ブームのお陰でかなり忙しいみたいだ。
「続いて伝説が誇る彼の弟子達の登場だ!
右手に宗教画のボブ、左手にネイチャーアートのミズキ!
両手に未来の伝説を抱え、今颯爽と運命の滑走路をTake off!!」
「ちょっといいかな」
フェスの後、俺は先生に呼び止められた。
「君の成長は俺としても嬉しいものだけど、そろそろ君は俺から卒業した方がいいと思う。
どうだろう?俺の遠い親戚の娘が、スペインのイベリア地方でタトゥースタジオを経営してるんだけど……」
それでわかった。
先生はその娘と俺が結婚してスタジオを持ち、対等な関係を築いていきたいんだと。
嬉しかった。けど、同時に気付いたんだ。
「……先生、俺は女性と結婚はできません」
「どうして?理由を聞かせて貰えるかな?」
本当に、なんで人生って上手くいかないんだろうな。
せっかく本物の家族が手に入るチャンスだってのに。
確かに、俺は『家族』に憧れてた。
リブのチームをそれに見立ててたのも自覚している。
でもだからこそ、自分の子供の頃みたいなことになるんじゃないかって不安 も強かった。
俺はもともと孤児で、親のところには養子で入った。
親は仕事でまったく家にいなかったし、俺が非行に走っても知らん振りだ。
自分の子供にもそんなことをしてしまうんじゃないかって、ずっと怖かったんだ。
それに何より……。
リブへの情熱を無くした時、同時にその辺のモロモロも無くしたのかもな?
いい機会だから暴露するけど、
男
「俺……≪同性≫が好きなんです」
「なるほど。確かにミズキさんはトランスジェンダーに関する活動でも有名ですね。
よろしければ簡単でいいので、その辺りのこともお話しできますか?」
記者はグイグイ聞いてくる。
でもこの話は向こうの許可もないとなぁ……。
「いいじゃん、俺は気にしないぜ?」
「ボブ、いたのか」
「貴方は確か……竜峰氏のお弟子さんのひとりの。
ということは……」
「そ、俺が最初に好きになったのが、コイツだよ」
先生と世界を周る内に、志を同じくする兄弟弟子も増えた。
その内の一人がこのボブだ。
最初は「ライムなんかやってる電脳オタク」だと蔑んでいたけど、いつの間にかさ。
ライバル意識が……女みたいな言い方だけど、恋心に変わっていったんだ。
「ほ〜……その時のボブさんから見たミズキさんは、どんな方でしたか?」
「ん?そうだな……。
竜峰先生は当時すでに世界的に有名だったからな。
そんな偉大な先生に、大した実力もないのにくっついていたオマケのくせに、兄弟子だからって態度でかくてムカついていたな」
だからチョイチョイちょっかいかけてたんだけど、コイツこういう性格だろ?
逆に負けん気に火をつけちまって、一回派手に大喧嘩しちまったんだよ。
男ってのは単純な生き物だからな。
一度大きくぶつかってたら、お互いのことを認めちまうんだよ。
「今はコイツのこと嫌いじゃないし」
「お?なら今からでも付き合っちまうか?」
「おいおい、俺はノンケだって言ってるだろーが」
「なんだよ、期待させんなコラ(笑)」
それからも何回か色んな奴と恋をしては破局してを繰り返して、生きてることが辛くなるくらい追い詰めたこともあったけどさ。
自分
それでも俺、【異性とか同性とか報われるとか報われないとか細かい打算は捨て置きさておき正直に人を愛するこの生き方】が好きだから。
今まで頑張って生きて来れたよ。
「では、例のシステムに花のモチーフを選んだ理由をお聞かせ願いますか?」
そうだな……。
自分でも女々しいと思うけど、昔から花……特に赤い花が好きだったんだよ。
ほら、どんだけガチガチのコンクリートジャングルでも、雑草の花なら身近にあったし。
小さい頃から家でずっと一人で、辛くて寂しくて……そんな時、雑草の花を摘んで帰っては眺めてたんだ。
人間はさ、本当に辛いと感情的になっちまうから、そんな時こそ心に小さな癒しになる物が必要だと思うんだ。
そう気付いたとき、このアイディアが浮かんだんだ。
他にもたくさんのダチ
で、仲間内で提案したらさ、竜峰先生やボブや……【恋愛にこそ発展しなかったが親愛なる友人達】もノッてくれて。
今じゃあちこちの業界に拡がって、その中に絵描き見習いの青年もいるけど……ま、それはまた別の話で。
「それも興味深いですが(笑)。では改めて、システムの詳細をお願いします」
詳細ってほどでもないけどな。
要は、賛同してくれたアーティストのスタジオで、花モチーフのタトゥーを彫るだろ?
そうしたらその施術代の50%の金額が、世界中の児童虐待防止団体や孤児院、養子縁組の支援団体に寄付されるって訳だ。
刺青やタトゥーを入れる奴らって、身体にしろ心にしろ、どこかしら傷付いた訳ありの奴が多いんだ。
だからタトゥーを入れて意気がって、「自分は強いんだ」って主張したがる。
本当は痛いくせに目を背けるんだ。
でもこのシステムを利用することで、「そんなことない。アンタが堪えて来た今までの日々は無意味じゃない。子供たちや誰かの笑顔や未来に繋がるんだ」って思って欲しい。
自分の傷と向き合って欲しいと思ったんだ。
マイナスの感情に呑まれるとロクなことにならない。
哀しみや傷みを花に代えて次へ繋げていくんだ!
「ありがとうございました。
では最後に、見出しになる読者へメッセージをどうぞ」
「『何故に人間は≪偏見≫という“檻”の中を抜け出せない?
俺らしく俺は生きる道を諦めはしない』!
……ちょっとかっこつけすぎたかな?」
「いえいえ、貫禄たっぷりで大丈夫ですよ」
「そっか!
ところでアンタ……その腕のタトゥー、イケテるな!」