………。

ワタシは≪第三の書庫≫から其の地平線に≪意識と呼ばれるモノ≫を接続した…。

 

【彼】には母親が居た。あらゆる地平に於いて多くの母子がそうで在るようだが、其れらに輪を掛けて重い愛情を持ち執着とも呼べる状態に在った。

しかし、其の母親は然る事情により死んでしまう。その堪え難い≪喪失≫を受け入れられない男は、過去の面影に囚われ自ら創り出した理想の世界を彷徨う……。

 

此の悲劇の結末を左←→右すると予想される≪因子≫。

ワタシは【彼】のe6849be68385e381aee5bf97e59091e680a7を【否定】してみた…。

 

さて、箱の中の猫は、生きているのか?死んでいるのか?

其れでは、檻の中を覗いてみよう―――

 

 

 

 

 

 













What could the words possibly tell the two mothers who have different subjectivity.

The boy of the hairdresser who was among the “Lost”.

He is the “Nein”.

 
















 

 

 

 

 

診療所に続くまだ慣れない道を、まだ少し肌寒い風の中歩く。

今日の手土産は母さんが好きなリンゴと、義母さんが好きな梨の2つ。

きっと二人とも喜んでくれるだろう。

まだちょっとギクシャクしてるけど、いつかまたみんなで暮らせたらいいと思う。

 








数カ月後、通い慣れた道を柔らかい日射しの中歩く。

今日の手土産は、退院日が決まった祝いも兼ねてケーキにしてみた。

客に聞いた評判の店の限定品だから、二人で分けてくれるだろう。

だいぶ打ち解けて、まるで姉妹のようになった二人の母親を見ていると、かつて暮らした島を思い出す。

 

あの幼馴染みは元気にしているだろうか。

こっちでの生活が落ち着いたら、お袋たちを連れて遊びに行くのも良いかもしれない。

義母さんも気に入ってくれると嬉しい。

 













お袋は、いわゆるヤクザの組長の妾だった。

ヤクザといっても義理と人情を大事にする昔タイプのヤクザだったから、「カタギで生きていきたい」というお袋の意思を親父は尊重してくれて、

監視つきだけど一般社会で暮らすことを許されていた。

 

それが一変したのは、俺が小学校を卒業して少しした頃。

監視役という名目で、何かと俺とお袋の面倒を見てくれていた組員……俺にとっては義父と呼んでもいい人が、事故で亡くなった為だった。

 

俺たちが頼る人を亡くした時と、親父の本妻である女が子供を産めない体だとわかった時が、ちょうど同時期で。

俺を跡取りとして正式に引き取りたいと親父が言って来た時、お袋は本当に悩んでいた。

 

でも結局……生きていくためには仕方がないと、子供には父親が必要だからと、お袋は親父の元に行くことを決めた。

島を出る時には、まさかあんなことになるなんて思わなかったから。

 




 

 

 

「これからよろしくお願いします」

「今まで悪かった。だが今日からここがお前たちの家だ。

何かあれば、すぐに組の者に言うといい」

「…………」

「これが女房だ。組のことも任せているから、色々教えてもらうといい」

 

俺たちと本妻の出会いは、えらくアッサリとしたものだった。

なんとなく「あまり愛想ない人だな〜」とは思ったけど、あの時の俺は図体の割に幼かった。

自分以外の女とそいつが産んだ子供を受け入れ、しかも跡取りとして育てないといけないなんて、これ以上の屈辱があるはずなかったんだ。

 




「なんだいコレは、掃除ひとつマトモに出来ないのかい」

「この程度のことに手子摺るなんて、どんだけ愚図なんだい」

「さっさとしな!追い出されたいのかいこの愚図!」

 


次の日から本妻は、お袋を奉公人のように扱っては無理難題を押しつけ、陰湿な嫌がらせをするようになった。

俺に対してもまるで空気のように、いないかのように振る舞った。

組員も姐さんには逆らえないのか、見て見ぬフリをしては本妻の機嫌伺いをしていた。

 

お袋は見えないところに痣が耐えなかったし、心身ともに衰弱していった。

だから俺も本妻に反発してしまって、余計にあの人の不興を買ってしまうという悪循環。

いつか絶対、お袋と島に帰る。あの時はそれだけが支えだった。

 
















…………今にして思えば、あれはあの人なりの、距離の測り方だったのかもしれないけど。

お互いしか居なかった俺たちが、改めて『家族』を意識した瞬間。

もう一度信じてみようと思ったのは、皮肉にもあの事件だった。

 

 

 

 















「…………なんだよ、コレ……」

 

刺青で暴走した俺が正気に戻った時、俺は庭のど真ん中で、全身返り血まみれで立ち尽くしていた。

立っているのは俺だけ。周りは血の海て、組員はひとり残らず呻きながら転がっていた。

 

「俺が………やったのか……?」

 

握り締めた刀がカチャカチャ鳴って、初めて自分が震えていることに気付いた。

 

「…っ、お袋!」

 

縁側に倒れているお袋が目に入ると、刀を投げ捨てて駆け寄った。

ほかの連中と同じく、お袋も出血が酷く顔色が悪い。

早く何とかしないと……!

 

「………アンタ」

 

声を掛けられて振り返ると、そこには額から血を流し、左肩の傷を抑えてやっと立っている本妻がいた。

俺とお袋を交互に見ると、皮肉っぽく笑いやがった。

 

「……とんでもないことしてくれたね。

やっぱりアンタたちはロクでもない親子だよ」

 

俺はお袋を抱えながら、本妻を睨み付けた。

この期に及んで、まだ俺たちを蔑むのか。

 

「……で?アンタ、これからどうしたいんだい?」

 

どうしたいかだと?決まってる。

アンタたちの手なんか借りなくたって、俺がお袋を助けて………

 

 

 

 
















Miau♪

















 

 

 

 

…………俺ひとりで?

こんなこと仕出かしたうえに、ただのガキでしかないの俺に、何が出来る?

 

「…………て、……れ」

「ん?」

 

 

 






「お袋を助けてくれ……!」

 








 

 

「………やっと言えたじゃないか」

 

その後は、あっという間のことだった。

 

「お前たち、いつまで寝てるんだい!

軽症の者は重症者を屋敷の中に担ぎ込みな!

そこのアンタはひとっ走り医者を探して来い!」

 

お袋も意識がなく、俺もどうすればいいか分からず右往左往していた時に助けてくれたのは、

 

「安心して下さい!すぐに医者を連れて来ますんで!」

「若もこちらへ!傷の応急処置だけでもしときましょう!」

 

俺たちを受け入れることを頑ななまでに反対し、拒絶していた人たちだった。

 

本妻に至っては自分だって出血が酷く怪我も痛むだろうに、お袋を背負って布団まで連れていってくれた。

 

「何やってんだよ!アンタだって怪我が…!」

 

慌てて手伝うと、また皮肉っぽく笑って。

 

「まったく、揃いも揃ってなんて様だい。

仮にも将来この組を背負って立つ身だろう?……って言っても、こないだまでカタギの子供だったんだ、無理に染まる必要ないさ。

子供は子供らしく、大人に助けを求めな。

カタギだろうがヤクザだろうが、そこは違えなくていいんだよ」

 

比較的まだ血がついていない方の手で、俺の頭をワシワシと乱暴に撫で回す。

 

「アンタもアンタだ。母親なら、子供が一人前になるまで死ぬんじゃないよ!

とっとと戻って来ないと、アタシだって張り合いがないよ…っ」

 

組員が持ってきた濡れタオルで、お袋の顔についた血を拭いてくれている。

この時初めて、この人は俺たちを試していたんだってことに気付いたんだ。

 

そして……こんな夜中に、しかも血塗れのヤクザ者が医者を探して街中を走り回ってるなんて、関わりたくないと逃げるのが普通だろう。

でも、本当にお袋を心配して、必死になって探してきてくれた。医者という医者を当たって来てくれた。

                                    白銀の髪の姉ちゃん先生
その思いに応えてくれた医者は、【本人は銀髪だと言い張るけど、どう見ても白髪な初老の女医師】だけだった。

 





「こりゃ酷い………」

 

野戦病院みたいになった屋敷に入るなり、医者は眉をひそめた。

 

「ほとんどのモンは刀傷だね、出血は派手だがそんなに深くない。

止血して2〜3日安静にしてれば、すぐ動けるようになるよ。

問題はこの姉さんだ」

 

組員の怪我の処置をさっさと済ませると、お袋の状態を慎重に診ていく。

 

「怪我はほかの連中と大差ない。

でも出血量が比じゃないし、何より精神的なモンが強いね。

私が開発用した新薬を処方しとくよ」

 

「ちょいと、ソレ大丈夫なのかい?」

 

「なぁに、漢方を応用した増血剤と精神安定剤さ。

ちぃーっとばかし苦いが、副作用の心配もないよ」

 

この時の薬が、将来あちこちの病院で普通に出されてるんだから、面白いモンだよな。

 

 













 

 

 

いつもなら、取り合うことなく放っていてた。

前の仕事……精神操作のための薬剤研究のせいで、もう医学者としての自分に嫌気がさしていたし、何より相手はヤクザ者だ。

門前払いして追い返すつもりだった。

 

だけど……あまりにも必死なその声に、医者を目指した若い頃を思い出した。

 

自分の仕事は何だ?

目の前で消えそうになっている命と天秤にかけられるほど、お前のプライドは崇高な物なのか?

そう、あの夜に問われた気がした。

 

「もう一度信じてみよう。

医者としての自分と、自分を頼ってくれる患者を」

 

 

 

 

 
















「お袋〜、義母さ〜ん、退院決定おめっとさ〜ん」

 

あの事件から数年経ち、意識がなかなか戻らなかったお袋と、実は肩の傷が結構酷くて後遺症が残った義母さんは、ずっと女医師の診療所に入院していた。

でもお袋は意識が戻って状態も安定したし、義母もリハビリが順調だったこともあって、この度めでたく退院が決まった。

 

病室に入ってきたのが俺だと知ると、二人とも女子会を中断されたのが不満みたいながらも笑って迎えてくれた。

 

「やぁね、入る前に声ぐらいかけなさいよ」

「アンタの躾が悪かったんだろ(笑)?……っと、気の効いたの持って来たじゃないか」

 

俺が持ってきた果物籠を見ると、義母さんはいそいそと皿とナイフを用意しだした。

お袋は茶のおかわりまで準備してるし……来週じゃなくて今日退院してもいいんじゃないか?

 

「そういえば、結局組は解散するの?」

「まぁね。

実態はともかく、ガキ一人に半壊滅させられたって外に漏れちまったから、もうこの業界じゃやっていけないよ」

「この子のせいで、本当にごめんなさい」

「いいさ、お陰でこの子は美容師免許取れた訳だしね。

結果オーライってことでいいよ」

 

いつの間にか、あの夜の事件の情報がほかの暴力団に漏れた。

親父は散々悩んだ研究、「ケジメをつける」と言って組の解散を決めた。

今は足を洗うことを決めた組員の再就職先探しに、地元警察や弁護士と連携しながら奔走している。

 

「………そういや、先生は?」

 

小さなな民間の診療所だ。

なのに見回してもあの女医師の姿が見えない。

 

「あぁ、先生ならまた海を見に行ってるわよ」

「本当好きだよねぇ。海の向こうに前の男でもいるんかねぇ?」

 

母親たちの声に背中を向けて、俺は先生を探しに近くの浜まで出ていった。

……ついでだ、なんか郵便が届いていたから持って行こう。

 






お袋たちが入院して以来、俺は見舞いついでに先生の身の回りの世話もしていた。

本当は医者というよりは、薬の研究をする医学者であること。

髪色で老けて見えるだけで、実年齢は俺と20も離れていないこと。

色々な彼女を知る度、少しずつ惹かれてきている自分に気がついた。

 







先生はやっぱり、いつもの浜にいた。

時折遠い目をするのが居たたまれない。

詳しくはまだわからないけど、この人もなにか『痛み』を抱えているんだろう。

 

俺にだって母親たちのことやこれからの人生、何より未だ消えない刺青の“業”が残っている。

それでも、まだ人一人分抱えられるだけの度量はあるつもりだ。

先生が抱えているものは、俺には分けられないほど重いものなんだろうか。

 

いつか、先生が頼ってくれるようになるまで、この気持ちは打ち明けないつもりでいる。

将来……本当に「好きだ」と言えるようになれたらいいな。

 

だから、もし神という者が存在するなら頼む。
                       
時間
もう少しだけ、【自分や他人の業を受け入れられるだけの男磨きの期間】をくれないか。

 

 

 











The history of medical care is, in another words the history of war.

Ironically, it will accelerate.

And the ominous steps of civil war in a certain island come so near.













 

 

「………先生ー、手紙がきてますよー!」

「ん?あぁ、ありがとうね」

「差出人は……碧島か!先生もあの島の出身……」

ズルッ

「ぅわ!?」

「こらこら、変な怪我しないでよ?」

ビュゥッ

「あ!?手紙が……っ」

「っ、あはは!先生も大概ドジじゃねぇか!」

「もー、好きに言いなさい」

 

 






 

『元気にしてるかい?

こっちはいよいよキナ臭い空気がしてきたよ。

そろそろあの男が何か仕出かしそうだ。

 

幸いまだウチのバカ孫のことはバレちゃいないが、それも時間の問題だろう。

何かあったらすぐに報せるけど、アンタは早めに患者連れて逃げな。

アンタの腕なら、どこでだってやっていけるよ。

 

それから……………』

 

 

 

 

 









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