………。
ワタシは≪第二の書庫≫から其の地平線に≪意識と呼ばれるモノ≫を接続した……。
古く劣化した≪情報≫の為、所々推測しながら補完する事とする。
【彼】は生まれつきの体質に依り他人の心身の状態を察する事が出来ず、常に孤立していた。其処に至るには体質の問題だけでなく、其の家族との関係も要因の一つであると推測される。
やがて彼は唯一の理解者と共に、≪死≫も叶わない『痛みの世界』へと堕ちて往く………。
此の悲劇の結末を左←→右すると予想される≪因子≫。
ワタシは【彼】のe5aeb6e6978fe381b8e381aee7b5b6e69c9bを【否定】してみた……。
さて、箱の中の猫は、生きているのか?死んでいるのか?
其れでは、檻の中を覗いてみよう――――
Where does the life begin and fade away?
The no pain boy who is staring at “Thanatos”.
He is the “Nein”.
物心ついた時には、自分がいわゆる『普通』じゃないことに気がついていた。
ただ、何がどう違うのかまではわからなかった。
ガキ特有のくだらないケンカで、お互い怪我するまで殴り合った。
そんな時、いつもすぐ親が飛んで来ては、母親なら間に割って入って止めてたし、父親なら喧嘩両成敗ってことで揃ってゲンコツくらって治めてくれてた。
その後の説教だって、なんだかんだ言いながら俺を想ってしてくれてんだって、嬉しく思ってた。
自分と他人との違い、つまり俺が『普通』じゃない原因がはっきりわかったのは、思春期ってヤツに入るかどうかってくらいの時だった。
ケンカ相手が血塗れで泣き喚こうが、こっちの骨が折れるまで殴られようが、まったく表情を変えない俺に、周りは気味悪がって近付かなくなった。
それでも側にいてくれたのは、俗に言う幼馴染ってヤツで。
アイツも金持ちの家の人間で、昔から俺のやること成すこと全部マネしてた。
だから、俺が犯罪手前のケンカをした時も当然そこにいたわけで。
もちろん俺もアイツも無傷で勝ったわけだけど、その日家に帰ったら、玄関に両親が悪魔みたいな顔をして立ってて。
「この出来損ないが!!」
そこから先は、あまりよく覚えてない。
「貴様のような一族の恥を、ここまで育ててやった恩も忘れおって!
育児放棄など外聞の悪いこと出来んから、仕方なく面倒を見てやっていたが、もう限界だ!」
「○○財閥のご子息をケンカに巻き込むなんて、自分の立場をわかっていないの!?
いい加減お父様や会社の名前に傷をつける行いはやめなさい!」
「貴様なんか、生まれて来なければ良かった!」
「貴方なんか、産まなければ良かった!」
覚えてるのは、「コイツらは何を喚いているんだろう?」っていう、ぼんやりとした疑問だった。
結局コイツらは俺を、親として叱ってくれてたんじゃない。
世間体が悪いから、仕方なくそう振る舞ってただけだった。
その事実を理解した瞬間、俺はガラにもなく体調を崩し、何日か嘔吐き続けた。
体調が戻るとすぐ、俺は家の中の一室に閉じ込められた。
最初こそ寂しくて、哀しくて、手が血塗れになるまでドアを叩いては泣きすがったけど、いつの間にか諦めがついた。
いくら肉親と言ったところで、所詮は他人だ。他人なんか信用できない、信じられるのは自分だけだ。
それからは誰にも頼らず、誰も寄せ付けずに生きようと、ネットの世界に溺れていった。
けど、俺が16くらいの時だ。
コンコン
「兄さん、起きてる?」
親の目を盗んでは遊びに来る弟。
使用人でさえ俺への態度が変わった中、コイツだけは以前と変わらずに俺に接してくれていた。
だから俺も、ライムの対戦中以外はコイツのことを優先していた。
兄弟姉妹っていうのは、ある意味親よりも自分に近い存在だ。
一卵性双生児ほどじゃなくても、ほぼ同じ遺伝子を持ってると言ってもいい。
多分、そこから来る安心感みたいなのもあったんだろう。
「起きてる。入っていいぞ」
「えへへ」
3歳下の弟は、俺の前だけは年齢相応に振る舞っていた。
俺のことがある分、両親の前では余計に背伸びしてないといけないんだろう。
それだけは申し訳ないと思う。
「どうした?妙に機嫌がいいじゃねぇか」
「そりゃあね、僕は今サイッコーに幸せかもしれない」
「?」
それまでニコニコとしていた弟はいきなり真剣な顔になると、俺と正面で向かい合った。
「兄さん、僕と一緒に会社を運営してほしい」
「……………………………は?」
いきなり何を言ってるんだコイツは?
「父さんたちの許可も降りた。
表向きは僕の経営者修行のための小さなネット会社だけど、実際には兄さんの会社になる。
上手くいって独立すれば、兄さんもこの家から出られるようになる!」
「………てことは」
「兄さんを一人前の『人間』として、父さんたちに認めさせることができるんだ!」
心底『血縁』ってものにうんざりしてたはずなのに、おかげで「そこまで捨てたものでもない」と思えた。
弟の説得が大きかったんだろうが、父親がチャンスを与えてくれたってことが、本当に嬉しかった。
上手くいけば家から出られる。
それも魅力的だったが、何より親が俺を認めてくれるかもしれないことの方が、何より大事だったんだ。
これからは弟と、この会社で、胸を張って真っ当に生きていこう。
そして始まった初めての会社経営。
ネット上に存在するだけの小さなオンラインサービスの会社だから、在宅でも充分間に合った。
それでも少しずつ社員なんかも増えて、軌道に乗ってきた手応えもあった。
良いことばかりじゃないけど、そんな悪いことばかりでもない。
なんとなく幸せを感じることもあった。
けれど、所詮は誰かの手の平の上で踊らされてただけ。
神サマなんていたとしても、どれだけ祈ろうが黙って見たまま。
結局人生なんてロクなものじゃない。
独立をかけた一世一代のプロジェクト。
とても小さな、それでいて致命的な欠陥があることに気付いたのは、もう後戻りが出来ない段階になってからだった。
とんでもないバグの嵐と負債の波に身動き一つ出来ず……俺たちの会社は、まるで最初から存在しなかったかのように消滅した。
プロジェクトに賛同してくれたスポンサー、手を貸してくれた社員たち、チャンスを与えてくれた弟。
そのすべての恩を返すどころか、仇になってしまった。
負債のしわ寄せは行かなかったはずだが、社員の中には自殺未遂をしたヤツもいたらしい。
俺では誰ひとり幸せになど出来ないんだと思い知らされた。
「ま、どうせこうなると思っていたがな」
部屋の外から聞こえる父親の声。
「あの疫病神の被害が大きくなる前に潰せてよかった。
これでアレも、少しは大人しくなるだろう」
………後でわかったことだが、あのプロジェクトの欠陥は、父親が送り込んだハッカーの仕業だったらしい。
父親は初めから俺を独立させる気なんてなかったんだ。
だったら最初から夢見させるようなマネしてほしくなかった。
そして消された俺の会社の負債は、巡りめぐって父親の会社が肩代わりした。
結果的に父親は、『子会社を見捨てない立派な経営者』と、『息子想いの父親』という肩書きを手に入れ、俺を潰すついでに世間の評判も上げることに成功した。
結局、世の中は弱肉強食。より強い者が弱者を食い物にするのが当たり前。
強いつもりでいた自分が、本当は食われる側だったことを思い知る。
久し振りに自室で嘔吐いていたら、横目で見た星空まで、俺を嘲笑っているような気がした。
After then, he became unable to eat pizza and pasta finally.
何度も繰り返し嘔吐いたせいだろうか。
唯一まともに機能していたはずの舌さえ感覚が鈍くなってきた。
今まで食べられていたピザやパスタでさえ、味がわからずゴムを噛んでるみたいだった。
それなら食べなくても一緒だと、段々『物を食べる』ということが煩わしくなった。
食べなくなると今度は、『生きている』ことが嫌になった。
両親や【かつて友人だと思っていた人】たち、プロジェクトの関係者の手が、夜な夜な俺を引きちぎろうとする夢を見る。
昔読んだ、どこかの国の寓話。
忌み嫌われた夜鷹は天にも拒否されて堕ち、毎夜その身を業火に焼かれているという。
……俺もいつか、そんな風になるんだろうか。
「もう めざめなくていい?」
ドアの前でうずくまり、中から漏れ聞こえる兄の声に耳を覆いたくなる。
「もう がんばらなくていい?」
慰めるのは簡単だけど、それでは自分の罪すら兄に押し付けて逃げるのと同じだ。
「もう やめてもいい?」
何度も繰り返される、兄の赦しを乞う声。
言い聞かせているのは、果たして兄自身になのか、それとも………。
隙間から覗き見るたけでもわかるほど、心身共に弱っていくのがわかる。
兄をこれ以上この家に留めておくことが、『傍にいたい』という自分勝手な我が儘だとも理解している。
だからといって兄を外に逃がしたところで、まともな社会経験のない子供が、1人でやっていけるわけもない。
それでも、この家に居続けさせるよりはマシだ。
この行動が、優しさの皮を被ったそれ以外の何かだとしても……ただ、兄には最後まで笑っていて欲しいと願う。
そして僕は、日本のある離島――リゾート施設行きのチケットを手配した。
Miau♪
ある夜、夢を見た。
いつもの無数の手が迫ってくる夢じゃない。
何もない草原に1人で座っていた。
明るい日射しと吹き抜ける風、ポツポツと木が生えている以外は、本当に何もない。
俺にしては、本当に珍しい夢だ。
なんとなく地面についている手を見れば、バッタが草を食んでいるのが見えた。
ゲコッ
声と共にバッタが消え、代わりに現れたカエルの口からは何かの足が覗いている。
シュー…
今度は小振りのヘビが来て、カエルの形に胴体が膨らんでいる。
チチチ……
ヘビが宙に浮いたと思ったら、小鳥が細長い何かを足に捕まえていた。
バサバサッ
重たい羽音と同時に、小鳥に黒い影が覆い被さる。
よく見るとそれは大きなタカで、小鳥を胃袋に納めると、再び空へと羽ばたいて行った。
バーーンッ
離れたところで鳴り響く猟銃。
せっかく空に戻ったのに、羽を散らして落ちたタカは、今はグッタリと猟師に足を捕まれている。
今まで何度となく見た光景、強者が弱者を屠る瞬間。
改めてこの世界の仕組みを見せつけられたようで吐き気する。
その時だった。
猟師が突然立ち尽くし、その体がボロボロと崩れ落ちる。
後には小さな土の山が残り、やがて青々とした草が繁り出した。
そしてその後は一連の繰り返し。
………あぁ、そうだ。
強者だって、いつまでも頂点に立ち続けるわけじゃない。
むしろいずれは最底辺の者に屠られ、また新しい輪へと繋いでいく。
食い物にする者される者。
俺たちを繋ぐ鎖のピラミッドには、実際には勝者など存在しないんだ。
気付くと日射しはさらに強さを増した。
感覚なんてないはずなのに、暖かさまで感じる気がする。
もうすぐ夢から醒めるんだとわかった。
俺は生きて、ここにいていいんだ。
両親も俺も弟も、まったく知りもしない他人も、お互いに生かしあっているんだから。
俺はこの光の中で生きていく。
やり直しの……ハジマリの朝がやってくる。
ガチャ……
「……あの、兄さん………」
「よぉ」
「え、兄さん……?」
「何驚いてんだよ。…ま、いいや。ちょっと付き合ってくれ」
「?」
「親父たちに謝るの、見届けてくれ」
「……!うん!」