………。

ワタシは≪第一の書庫≫から其の地平線に≪意識と呼ばれるモノ≫を接続した……。

此の書庫には既にある種の改竄が認められた。

 

【彼】は故郷と同胞たちを深く愛していた。

やがてある権力者の反感を買い、【彼】はすべてを≪歴史≫の闇に葬られてしまった。

復讐を誓い権力者の後を追うも、すでに空虚となった心は満たされないことを悟り、その後の自身の死をも決意してしまう……。

 

此の悲劇の結末を左←→右すると予想される≪因子≫。

ワタシは【彼】のe5bea9e8ae90e381b8e381aee5a684e59fb7を【否定】してみた……。

 

さて、箱の中の猫は、生きているのか?死んでいるのか?

其れでは、檻の中を覗いてみよう――――

 

 

 





















 

 

What does the avenger rely on in dark?

The unknown tribe's man who remained unrecognized in the “Chronicle”.

He is the “Nein”.

 

 

 

 
























 

一族の仲間たちの仇を討つべく、遠い異国のこの地に辿り着いて早幾月。

着々と進む準備の一方、決定打に欠ける作戦に内心焦りながら北地区へとバイクを走らせる。

 

海から吹き抜ける風を全身に浴び、知らず身を震わせる。

島へ渡るのに意外と時間を取られたせいか、故郷にいた頃よりも随分と老けたようだ。

肉体的に…というよりは精神的な面で。

 

かつて噂に聞いた、奴の『研究成果』を探しているが一向に見つからない。

そいつさえいればこの復讐劇は確実なものとなるのに、やはりそう簡単にはいかないようだ。

むしろ、その存在すら疑問に思ってしまう。

 

このままでは復讐を遂げるどころか、巻き込んだ囚人たちすら危うい。

どうせ自分は死ぬから万一失敗しても構わない。

しかし、彼らには何の非もない。道連れになどしたくない。

 

なんとなくバイクを止め、砂浜へと降りる。

最近チームのまとめや武器の密輸なんかで寝食を削るほど無茶をしたせいか、ひどく体がだるい。

 

沈み消えて逝く夕陽が『生』の象徴であるなら、やって来る夜闇は『死』象徴か。

拠りどころに出来るものはすべて捨てた自分にはお似合いだろう。

 

本格的に体調をくずしているようで、頭痛に眩暈までしてきた。

急いで北区に戻らなければならないのに、もはや足元がふらついている。

 

―――復讐に取り掛かる前に、同胞の元に逝くのも悪くないかもしれない。

このまま目覚めず、幻夢の中へと逃げてしまおうか。

 

緑溢れる森、偉大な荒野が広がる聖地。

笑い合う同胞と、許嫁と、俺たち二人の……………。

 

 

 














 

 

 

 

「社長、北区で監視していた彼が行方不明だとのことです」

「…………ほう?」

「モルヒネに捜索させてはいますが、いかがなさいますか?」

「そうだね……」

 



Miau♪

 






「……構わんよ、もう彼らの一族の技は研究済みだ。

その感謝の意も込めて、彼には自由をプレゼントしてあげよう」

 

 

 

 

 

 

 

 


















―――ここはどこだ?

見慣れない天井が最初に視界に入る。

どうやらベッドに横になっているようだ。

 

すぐ側の窓から外を見れば、どうやら日付は変わってしまっているようだ。

さらに言えば見慣れない住宅街が広がっている。

………ということは、ここは西区か。

 

そんなに長く意識を失っていたのかと自分に呆れていると、部屋の外から話し声が聞こえてきた。

 

『粉物屋の親父さんから聞いたんスけど!

うちの女将さんがモテなさすぎてトチ狂ってついにホストお持ち帰りしたってマジッスか!?』

 

ガチャ

 

「……って、ヤッベ。マジだッ!?」

「こんの大馬鹿!」

ゴンッ

「いってぇ〜……」

 

部屋に入ってきて早々、傍らにいた少年の頭をゲンコツで殴り付けた30歳くらいの女性。

呆気に取られて固まるこちらを見ると、安心したかのように笑いかけた。

なんとなく、許嫁に似ている気がする。

 

「あぁ、気がついたかい。アンタこの店の裏の浜で倒れていたんだよ。

満潮になる前に見つけて、ここに運び込んだんだ」

 

少年が「あ、ですよね〜」などと言った。

また殴られてやがる。

 

「医者…って言っても、この島の医者は半分ヤブみたいなもんだけどさ。

話じゃ過労と栄養不足だろうってさ。

このままじゃ命も危なかったらしいよ」

 

でも、アンタ本当にツイてたねぇ。

そういって女性は少年に何かを取りに行かせた。

ほどなくして帰ってきた少年の手には、布のかかったバスケット。

 

「遠慮はいらないよ、たんと食べな。

パンなら売るほどあるからさ」

「まぁ曲りなりにもパン屋ッスからね〜」

 

笑ってバスケットを押し付けてくる彼女に困惑する。

こんなところで油を売っている暇はない。

早く北区に戻って計画の次の段階に取り掛からなければ……。

 




Miau♪




 

………いや、1日くらいは構わない。

焦って失敗したら今までの苦労は水の泡だ。

 

後から思えば首を捻るような心がわり。

彼はそれに気付かないまま、受け取ったパンを一口かじり…………。

 

「!?不味い!!」

 

激しくムセ込み吐き出した。

 

「はぁ!?失礼ね〜!この辺じゃそこそこ有名なパン屋なのよ!?」

「あ〜、殺人パンとしてッスけどね………」

 

少年曰く、味覚オンチの主婦が道楽で作ったパンを、これまた味覚オンチの客が迷惑にも褒めてしまい、調子に乗った結果がこの店だという。

なまじ主婦の実家が金持ちだったせいで、売れなくても店は続いてしまっていて。

『おすそわけ』名目で売れるはずもない売れ残りを近所中に配ったため、ますます客足は遠退き、

夫は飯マズ嫁の手料理という名の拷問と近所への申し訳なさから、何年も前に逃げてしまったらしい。

少年はアルバイトという立場だが、正確には彼女の暴走のストッパーを押し付けられた、ある意味の人柱だった。

 

話を聞き終わると、何か激しい感情が彼の中で芽生えた。

分かりやすく言うならば、「ダメだコイツ、早く何とかしないと」といった感情だ。

 

「こんな兵器をばら蒔くとか、お前は本当の馬鹿か!?

俺がパン作りを一から叩き込んでやる!」

 

そう宣言すると、女性はポカンと立ち尽くし、少年は「女将さんの味オンチが直る〜!」と感涙した。

 






そこからは毎日が嵐のようだった。

幸い故郷では自給自足が当たり前だったし、母や妹がよくパンや焼き菓子を作っていたのを見ていたため、彼の料理の知識も技術も申し分ない……というかピカ一だったのだが。

問題は女将の味覚オンチと不器用さが、彼のそれを上回っていたことだった。

 

「何時から生地作りをしているんだ?」

「うーん……昼前とか夕方とか、手の空いた時テキトーに」

「…っ、発酵も寝かせる時間もバラバラとかふざけてるのか!?

生地作りは日の出よりも早く、明け方の5時には終わらせろ!」

「ええ!?そんな時間じゃ寝ちゃうじゃない!」

「寝るな!」

 

「焼き方や発酵の仕方にもよるが、味の決め手は8割生地の配合で決まると言っていい。

普段はどんなものを使っている?」

「普通に市販の小麦粉と塩と砂糖、水道水だけど」

「これだけ自然豊かな島で、なぜそれらを活用しない!?

多少高くついても塩は近海で取れたもの、水もそこの山の湧き水を引くとか土地の物に拘って使え!」

 

「日本の小麦はパンには向かない。元々自給率も低いしな」

「聞いたことある!うどんとか麺向きなのよね?」

「あぁ。だが工夫次第でいくらでも美味くなる」

「よーし、うちのパンで西区中の人のお腹をパンパンにしてやるんだから!」

 

「焼きの調整が一番難しい。温度が低くても高くても、時間が長くても短くてもダメだ。

だからといって、途中でオーブンを開けて焼き具合を確認する訳にもいかない」

「オーブンとにらめっこね!」

「…………ハァ」

「あ、やり過ぎた!せっかくの生地が炭にぃ!」

「…………………………ハァ」

 

『口は悪いが腕は悪くない、容姿もなかなかの指導者がついた』と、パン屋の評判はあっという間に西区中に広がった。

いつの間にか押し掛けてきた、指導者の知り合いらしい【強面だが気のいい連中】も店員に採用。

看板も華やかで大きな鳥の物に掛け替えられ、西区海岸通り沿いの『殺人』パン屋はこの日、『本当に美味しい』パン屋として新装開店する。

 

「あ〜緊張してきた!」

「大丈夫ッスよ女将さん!あれだけ練習したし、実際美味くなってるんスから」

「店番は俺たちに任せて、女将さんは落ち着いてパン焼いててください!」

「そ、そうね!よーし、うちのパンで島中の人のお腹をパンパンにしてやるんだから!」

 





結果から言えば、新装開店は無事成功した。

あらかじめ『殺人パン』の被害に合った近所の主婦に、新しいパンを配っていたのが効いたようだ。

口コミ効果により、わずか数ヶ月で人気パン屋にまで成長した。

 

「………ありがとう」

「どうしたんだ急に」

 

店が軌道に乗ってしばらくしたある日のこと。

閉店作業や明日の仕込みも終え、少年や店員たちが帰った後で、女将は唐突にそう言ってきた。

 

「あの時アンタがいてくれたから、アタシはこうしてやっていけてる。

悩みだったご近所付き合いも解消したし。

………実はアンタのこと、偉そうな兄ちゃんだな〜って思ってたんだ」

「………」

 

それはそうだろう。

見ず知らずの異性から、いきなりパン作りを教えると言われれば、誰だって警戒する。

 

今思えば自分自身、なぜあんなことを言ったのかわからない。

………もしかしたら、先の見えない復讐劇を演じることに、自分でも気付かない内に疲れていたのかもしれなかった。

 

「出来たら……このままずっと、一緒に店をやっていけたら……って////

 

あの日、浜で倒れなかったら。あの時バイクを止めなかったら。

這ってでもプラチナ・ジェイルへと乗り込んでいただろう。

 

同胞たちの無念を、あの男への怨みを忘れた訳ではない。

 復讐もせず関係ないことにかまけている俺は、きっと薄情な男なんだろう……。

 



だが―――



 

「………一緒に店、やらせてもらえないか」

「え……ほ、本当かい!?」

「ああ。可能ならこの地に、この場所に骨を埋めたい。……許してくれるか?」

「ミン…ク……」

 

泣いて胸に飛び込んできた女将を抱いて、遥か海の彼方の故郷を思う。

 

ここで翼を休め、人並みの幸福を願ってはいけないだろうか。

厳しい冬を堪え忍び乗り越え、春に輝くのが命というものだから。

 

もしこの時が、自分を憐れんだ神が賜った仮初の安息なのだとしても。

叶うなら最期は、次の世代が花開く瞬間を見届けて散りたい………。

 

 





 

 

Those who lives in the comming ages, will know the got over the past of the man.

 





「パン〜、パンはいかがッスか〜」

「おっ、運び屋の奥さん、昼飯にどうです?

奥さんの肌みたいに、外はパリパリ……じゃなくて、中はモチモチですよ」

「あら〜、お世辞の上手い人ねぇ♪それじゃ、ひとつ頂こうかしら」

「「毎度あり!」」

 

ホギャア、ホギャア

 

「あら、お腹すいたの?パンパンにしてあげようね」

「おい、パンはまだ早ぇだろうが」

「ふふ、冗談よ」

 

 

 

 

 

 





めでたし、めでたし………?

 

 

 

 

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