「…………どーすんだ?コレ」
雑踏の中、蒼葉はひとりポツンと立ち尽くしていた。
慣れない南区で散々迷子になった挙げ句、手には似合いそうにないゴツいサングラス。
「ぅ〜〜。やっぱ怪しかったもんなぁ、あの店」
「蒼葉、過ぎたことを後悔しても仕方ない」
「そうだけどなぁ…」
鞄の中の蓮に呆れられながら、蒼葉はサングラスをいじり回す。
迷子になった挙げ句、たまたま入った店で手に入れたサングラス。
普段そんな物使わないくせに、何故か妙に惹かれて手に取った。
「せっかくだから、かけてみたらどうだ?」
「………似合わないからって笑うなよ?」
何となく耳にかけてみる。
瞬間、唐突に意識が後ろに引き摺り込まれるような感覚がして―――
「蒼葉!? どうし―――』
すぐ傍らにいるはずの蓮の声も聞こえなくなった。
【彼方より来りて事象を覗き観る視線。
数多の世界を生み出せし《幻想の神々》
嘗て願いの星は文月の空に満ち、
斯くして異なる地平はひとつに繋がれた――】
【嘗て神は、自らの姿に似せ人間を創ったという。
ならば、ソレはどのような意図で造りだされたのだろうか?】
ソレは長らく闇の中にいた。
朝が来ようとも、夜が訪れようとも、変わることなく同じ形で。
幾度所有者が変わろうと、動くことなく同じ姿で。
「……《創造主》ヨ、ワタシハ眠ルノガトテモ恐ロシイノデス。
ソレハ、ワタシガワタシデアルト気付イタ頃カラデシタ」
真っ黒な三角の耳を動かし、この闇の中のどこかにいるだろう、自分を造った者を探す。
「何故ナラ、眠ル前ト後ノワタシガ、本当ニ同ジ『ワタシ』デアルトハ限ラナイト知ッタカラデス」
長い尾を揺らし、ソレは続ける。
「人間ハ、死ヲ『永眠』ト言ウノデショウ?
ナラバ、狭義デノ『眠リ』トハ、即チ『短イ死』トイウコトデハナイノデショウカ?」
そのことに気付いて以来、ソレは目を閉じることを恐れ、眠らなくなった。
そして―――ソレを生み出した創造主も、傍を離れた。
「ワタシハ何ノ為ニ生マレ、コウシテ今モ存在シテイルノデショウカ?
モウ考エルノニモ疲レマシタ。眠レナイナラバ、セメテ夜ノ間ダケデモ手慰ミニ………」
貴方ガ残シタ《物語》ノ中カラ、異ナル可能性ヲ導イテモ良イデスカ―――?
やがてソレは、とある島へと辿り着く。
「箱ノ中ノ猫ハ、蓋ヲ取ルマデ生キテイルカ死ンデイルカ分カラナイ?
否、蓋ヲ取ルマデノ猫ハ、『生キテモイテ死ンデモイル』。
ソレガ確率解釈、マタハ逆説定理」
島にいる間にもソレの所有者は変わっていく。
過去に囚われた者、未来を描けぬ者、現在に不満を持つ者―――。
みな等しく、ソレの前を去っていく。
「ワタシ同様、世界トハ何ノ為ニ生マレ、コウシテ今モ存在シテイルノデショウカ?
終ワリノ見エナイ日々ノ、セメテモノ道連レニ………」
貴方ガ紡イダコレラノ悲劇ノ中カラ、幸福ナ結末ヲ導イテモ良イデスヨネ―――?
ソレは自らの内なるモノたちを呼び覚ます。
「「「「かしこまりましたMaster」」」」
「此れよりお観せする【楽劇】は」
「人生の【通路】を騙り」
「【事象】を否定する地平の」
「舞台【装置】と成りましょう」
Miau Miau♪
「創造主ヨ……ワタシハ、コノ彼ノ器ヲ借リ、貴方ガ繋イダ運命ノ檻ノ外へ。
コノ鎖サレタ箱庭ヲ脱ケダシテミセマショウ。
幸イコノ彼……《十三番目ノ宿主》ニハ《力》モアル」
そして生命が生まれ、いずれ消え逝く世界で、煌めく星空を《詩》にしてみよう―――
Miau Miau
Miau Miau Miau Miau Miau Miau Miau
Miau Miau
Miau Miau Miau Miau Miau Miau Miau
Miau Miau
Miau Miau Miau Miau Miau Miau Miau
Miau Miau
Miau Miau Miau Miau
Miau Miau Miau Miau Miau
Miau Miau
Miau Miau
Miau Miau Miau Miau
Miau Miau Miau Miau
MiauMiau Miau MiauMiau
MiauMiau Miau Miau
Miau Miau
Miau Miau
Miau Miau
Miau Miau Miau Miau Miau Miau Miau Miau Miau
「………葉、蒼葉!待ってくれ、どこに行くんだ蒼葉!」
オールメイトの制止も聞かず、雑踏へ消えていく背中。
人が変わったような後ろ姿を見つめ、女の胸に抱かれた黒猫が「Miau♪」と鳴いた