【暗誦詩人:Γαρλανδと其の弟子】










「遅いぞじーさん、置いてくぞ」

「ハッハッハ……」


アルカディアの国境近くの山脈。

それを越える道中で、声変わりの最中のような高い男の子の声と、穏やかな老人の声がした。


端から見れば、全身を鎧で包んだ老人と、まだ少年と言える幼子という異様な組み合わせだが、

戦乱の世にあって、その様子に気を取られる者はさほど多くない。


「詩とは、言の葉を操り森羅万象を詠うこと。 元々は神の御業であった」


遅れて山道を行く老人の言葉を上の空で聞き流し、セフィロスは木々の狭間から覗く空を仰いだ。


ここしばらく、ずっとこの代わり映えのしない景色を見ていたはずなのに、どこか妙に懐かしい。

故郷の山が近いせいだろうか。


「セフィロス、創世の三楽神を知っておるか?

Ρυθμοζ(Rythmos)、Μελοζ(Melos)、Ηαρμονια(Harmonia)の三神じゃ」

「そんな一度に言われても覚えられないって……」

「今すぐにとは言わん。 ゆっくりでいいからな。 いずれお前の役に立つだろう。」


元々は“死の使い”が見えると言う幼子の気を紛らわすために語った創世記が、いつしか彼の教材となっていた。


世界の成り立ち、神々の歴史を知ること。

それはすなわち、自らを守護する力・知識となる。


「万物の創造主たる母なる者のことを、Rythmosは『Mira』、Melosは『Moira』と読んだそうじゃ」

「前者はPYLON、後者はALTALAR-IKONと呼ばれ……」


未だ続くガーランドの講義を聞くよりも、空を行く鳥を眺めていた方が楽しい。

成長期でどんどん背が伸びても、まだ心は悪戯好きな子供だった。


「それこそが言の葉の起こりだと言われ……ゲホッ、ゴホッ…」

「! 大丈夫かじーさん、今日はこの辺りで休もうか?」


急に胸を押さえて咳込むガーランドに、慌ててセフィロスが振り返る。


長く旅をしてきて、鎧姿で山越えをしていても、やはり老人だ。

標高が高く酸素も薄まり、身体にかかる負担が大きくなったのだろう。


セフィロスが野営の準備を整え、焚火の火が安定した頃には、空には星が瞬き始めていた。

ガーランドも体力が戻り、二人で天体を観測する。


生まれ月から自分を守護する星座を見つけ、それによって今後の行動を占う術も身につけた。


「あれぞ、お主の星じゃ……」


セフィロスの場合は『双星宮』。

自らの片割れも、この空を眺めているのだろうか……。














烏の鳴く森の中。 アルカディアの隅の山……。

ようやく帰りついた故郷は木々の様子こそ変わってはいないものの、通る者がいないせいか、下草が酷く伸びていた。


はやる気持ちを抑え、セフィロスは獣道を行く。


温かい家。 作物の花が咲き誇る畑。 優しい大好きな両親。

かつての倖せだった記憶が脳裏をよぎる。





しかし…彼が見た物は……。





「……父さん…? 母、さ…ん……」


朽ち果てた我が家。 雑草の蔓延る荒れた畑。 二つ並んだ、野晒しの墓標……。

手向けられた花も枯れ果て、唯…茶色い塵へ化していた。


「気を落とすでないぞセフィロス。 …儂はこの先、雷神神殿へ行こうと思うておる。

師弟ごっこはこれで終いじゃ」

「お師匠!」

「さぁ、立つがいい友よ。 お主はお主の地平線を目指せ」
















そして今、彼は港へと向かっていた。

月日を経て青年となり、少女のようだった容姿も今や、逞しい男性のそれへと成長している。


結局、両親を葬った人物はわからないままだったが…

もし《運命の女神》が自分達に情けをかけてくれているなら、魂の片割れもどこかで生きているに違いない。


『困ったことがあればレスボストを訪ねなさい。

あそこの聖女は儂と旧知の仲じゃ…必ず力になってくれよう』


ちょうど妹らしき人物がその詩人の島にいるとの情報もあり、恩人の教えに従い、戦を避け海路で島を目指す。

もはや互いに一人きりとなった家族を求めて。













『友よ、己の信じた道を行くがよい。


所詮人間など“死すべき者”…。 最期の瞬間に、悔いを遺すものではないのだから――』


















島へ向かう唯一の定期船。

そこから降りた時、セフィロスは懐かしい名を聞いた。


「おい知ってるか? アナトリアの武術大会の覇者」

「弓の名手・ルーネスだろ?」


ルーネス…かつて共にイリオンから脱出した奴隷仲間の名。

無事だったのかと安堵しながら、思わずセフィロスは聞き耳を立てていた。


「そう、そのルーネス。

なんでも蝕まれし日の忌み子だからって、捨てられた王子様だったらしいぞ」

「へ〜、世の中一体どうなっているんだか」

「その真意は……」

「「“女神(Moira)のみぞ知る”」」

「ってか?」


冗談を笑い合う船乗り達を背に、セフィロスは再び足を進め始めた。








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