「エアリス先生、ティナです。

浜辺で少女が倒れていたので、治療して、連れて来ました」


「…いいよ、入って?」


「失礼します。 …さ、アルティミシアさん」

「はい……」














【詩を詠む聖女:Αεριθ】















少女が流れついたのは、【詩人の島】と謌われるレスボスト。

海原女神や太陽神、美女神の聖域ともされている小さな離島である。


島に数多くいる詩人の中でも、“聖女”と呼ばれる程の才を持った女性がいた。


「そう…大変、だったんだね」


紅茶の入ったカップを置き、エアリスは目の前に座る少女を見る。

窓から聞こえる潮騒は穏やかで、とてもそんな嵐があったとは思えない。


「もう私…これからどうしたらいいか……」


幼い内に両親から引き離され、奴隷として身売りを強要された。

偶然再会出来た兄もあの嵐では…友人と共に、生きているのかどうかもわからない。


旅をする体力も世を渡る知識もない子供の身では、とても一人では生きていけない。


「なら、ここにいればいいよ」

「でも……、っ!」


頭を撫でようと伸ばされたエアリスな手に、アルティミシアは怯え首を竦めた。


奴隷としてあらん限りの虐待を受けてきたのだ。

人…特に大人に対し、恐怖心を持ってしまうのも仕方ないだろう。


「……貴女が見てきた物も…情けないけど、この世界の嫌な現実。

痛いし辛いし、どんなに酷いことも、嫌とは言えない。

でも、ただの人である私達には、【運命】という絶対的なものを、変える力を持っていないわ」


エアリスは目を伏せながら、今も戦禍に荒れる本土を想う。

何故人間は争いを繰り返すのだろう。 後には後悔と哀しみ、憎悪しか残らないというのに。


「でもね…世界は広いんだから、そんなことばかりじゃないの。

もし、辛いことに遭ったとしても、怖がったり、誰かを妬んだりしないで、

逆に笑い飛ばせるような、強い女性になればいい」



それからエアリスはティナを彼女の教育係としてつけ、自分の持ち得るすべての知識をアルティミシアに授けた。





















そして月日は流れ――



思春期を迎えた頃から、アルティミシアには不思議な力があることがわかり、

エアリスの勧めに従い、占星術の分野においてその力を発揮した。


やがて彼女の名は島内だけに留まらず、本土…大陸にまで広く知れ渡るようになった。














「そういえば、エアリス先生は会いたい人とかいないんですか?」


初めて会った日のような、紅茶を飲みながらの談笑。

頼りなかった少女は一人前の女性へと成長し、近々星女神の神殿に召喚される予定である。

彼女の占星術の能力を見込んで、神託を聞く巫女として仕えて欲しいという、神殿からの正式な招待だった。


未だ生死すらわからない兄を探すなら、こんな島ではなく本土にいた方がいいと、

その招待を受けるよう勧めたのも、エアリスだった。


「う〜ん……いるには、いるんだけどね……」

「なら一緒に…」

「ありがとう。 でも…もう逢えないことは、わかってるから」


哀しげなエアリスの言葉に、アルティミシアは自らの失言に気付き、口を噤んだ。


「すみません、私……」

「いいよ、気にしないでね」


思い出すのは身の丈程もある大剣と、童顔には似合わないツンツン頭。

仔犬に例えられた無邪気な笑顔が愛しかった。


「…貴女は、諦めないでね」

「先生……」

「もし、お兄さんが亡くなっていたとしても…私みたいに生を諦めて、閉じこもったりしないで。

空や海、山、そして人…この世界を作る全部と、自分自身の運命をも愛して、哀しいことも糧に出来る人になりなさい」







そしてその日が訪れ、後見人として同行するティナと一緒に、アルティミシアはレスボストを巣立って行った。













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