【高級遊女:Κλουδ οβ Δαρκνεζζ
と其の見習い】
「お主ら急げ。 風神神殿の神官様がお待ちじゃ」
「は〜い。 …って、ちょっと新入りぃ、グズグズしてると姐さんが遅れちゃうじゃない。
ほら。 早く来ないと、アタイの鉄拳が火を吹くよォ?」
「こら、脅かしてやるな」
「ご…ごめんなさい……」
遊女が地位ある人に指名・呼出しを受けると、其の付き人の娼婦や見習いもそれに同行する。
これは娼館『蜜蜂の館』だけでなく、色街全体でのしきたりである。
暗闇の雲は、この界隈でも随一とされる高級遊女だった。
生まれて間もなく娼館に売られ、物心ついた時から娼婦となるべく教育された。
『暗闇の雲』という名自体、
“吸い込まれそうな色香、深淵の闇の如し”
“雲のように掴み所なく、一所(自分の手の中)に留められない”
と、かつて彼女に魅了された、男達の言葉から付けられた通称である。
「よいかお主ら。
儂らにはアマゾンの女戦士のような腕力も、詩人のような教養もない。
しかし、その辺の街頭に立つ下等な娼婦とは違うのじゃ。
確かにやっていることは同じで、奴隷という最下層の身分であることに変わりはないが、
体は売っても、人としての尊厳まで売るのではないぞ。
もし男達に強要されれば言ってやれ。
『哀れみなどいらない、思い上がるな。
お前達が寝所で口にするその言葉は、決して“愛”などではありえない』とな」
本当の名も知らず、もはや色街以外の場所で生きることは難しくなった彼女。
それでも新人が来るたびに、自分の生き様を教え込んだ。
こんな腐敗しきった世界で、それでも前を向いて生きていけるようにと。
そのため彼女は色街中の娼婦から、階級を問わず慕われていた。
それは来たばかりの見習いも同じ。
「……ここが、イリオン?」
馬車が止まり、降りてみればそこには凄まじい光景が広がっていた。
建築途中の城壁のあちこちからうめき声が聞こえ、白いはずの石材が血の赤に見えてくる。
「怖いか、ミーシャ?」
「い、いえ…っ」
「無理はするな。 いざとなれば儂を楯とするがいい」
まだ幼い見習いを庇うようにしながら、暗闇の雲は神官の元へと向かった。
風神神殿は王城の一角にあり、故にイリオンは『風の都』と呼ばれ、街全体が風神の神域とされている。
雷神の眷属を皇太子に据え、栄華を極めるアルカディアの王都・イリオン。
その光と闇が、この城壁の工事現場にあると言っていいだろう。
壁石を運ぶ者…医師を叫ぶ者…縊死を遂げる者…。
様子は様々だが、まさに地獄と言える景色。
むしろ、まだ死んだ方がマシなのかもしれない。
『奴隷は取り替えの効く労働機材』…それが連中の考えなのだから。
そして…その生き地獄の中に……。
(…またいる)
石運びの途中で、セフィロスは手を止めた。
少し離れた所にある死体。 ついさっきまで話していた仲間の奴隷だ。
しかし彼が見ている“ソレ”は、死体に覆い被さるようにして何かをしている。
パッと見ただけでは唯の黒い影にしか見えない。
それでも、セフィロスにはそれが間違いなく“死の使”だと知っていた。
「休んでんじゃねぇ!」
「うわっ!」
「さっさと働けや!」
肩に走る鞭の痛みに、セフィロスは再び石を運び始める。
監視人達は“ソレ”に気付いた様子はない。
視えるのは彼だけだった。
「やっほ〜、はかどってるぅ?」
「あ、これはこれはケフカ様」
監視人達はこぞって頭を下げた。
風神神殿の神官であり、監視人の統轄であるケフカ。
しばらく工事の様子を見ていたが、ふとした拍子にセフィロスと目が合った。
「ん? んぅ〜〜ん?」
「!?」
「僕ちゃん、ちょっとお顔見ぃ〜せて?」
にじり寄って来たケフカから逃げようとするが、簡単に腕を掴まれてしまう。
「キレイなお顔♪ 気に入ったよ。 ちょっとこの子借りるね〜〜♪」
「…っ、や…やだ、離せぇえ!!」
陽も落ち、月が天を渡ろうとする時刻になって、ようやくセフィロスは解放された。
背中から臀部にかけて走る痛みに、憎悪がさらに加速する。
「くそ…っ、痛っ…てぇ…。
あの変態神官…いつか殺してやる……っ」
幼児趣味で嗜虐趣味。
とても聖職者とは思えない性癖だ。
唐突に訪れた理不尽。 痛みと飢え。
慈愛に満ちた生活をしていた少年が凶気を孕むのには充分だった。
「おーい、セフィーー!」
「ルーネス」
同年代の奴隷仲間が駆けて来た。
「今日は運悪かったな。 アイツ、やたら鞭使いたがっただろ」
「…てことは、お前もか」
「まぁね。 …っと、それよりもだ。 ケフカの奴、今女連れ込んでるみたいだぜ」
こっそり耳打ちされた情報に、セフィロスは眉をしかめた。
自分もさっきまで経験していたから、その時の相手の状態もわかる。
「『最中』なら隙だらけだな。 わかった」
「頼むよ。 こっちは逃げ道の準備しとくから」
先程ケフカの腰から盗んだ短刀を手に、セフィロスは再び神殿へと走っていった。
布団に広がる赤。 倒れたまま動かない男。
だが問題はそこではない。 自分と同じ顔をした人間が、その場にいたことだ。
「…セフィ?」
「ミーシャ!?」
まさかこんなところで再会出来るなんて。
互いにそう感じたが、今は逃げるのが先決だ。
「捕まるなよ、セフィ!」
「お前こそなルーネス!」
ミーシャの手を引きながら、ルーネスの援護の下イリオンを脱出する。
さすがにすぐに監視人達が追って来たが、指揮系統がみだれた奴らなど敵ではない。
ましてや、こちらは小さな子供。
森の中に入れば簡単に撒くことが可能だ。
「必殺!
『弓がしなり弾けた焔 夜空を凍らて』射ち!!」
ルーネスの手から離れた矢は、的確に追っ手に致命傷を負わせていく。
だが、なんとなく不服なのが一人。
「技名長ぇよバカ!」
「黙らっしゃい! これがオレ流弓術の真髄なんだよ!」
笑いながら、三人は死に満ちた風の都に背を向けた。
盗んだ小舟で海原へと漕ぎ出し、自由を噛み締めていたのも束の間。
神域を穢した者を 風神は決して赦さない
嵐で荒れた海の中へ、三人の内一人が投げ出された。
その怒りは 雨女神と交わり 娘を生むだろう……
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