「起きろ!」
ここ最近、激痛と同時に一日が始まる。
がっしりした男に殴られれば、幼い子供の体など、簡単に壁に叩き付けられてしまう。
「オラ! さっさと乗れやこんガキ共!」
セフィロスとアルティミシア、他数人の子供達は、男に追い立てられるように荷馬車へと乗り込む。
正確には、そこに備え付けられた檻の中へと。
男が馬を繰る手つきは荒っぽく、ゆえに馬車は絶えず激しく揺れた。
鉄の檻に体をぶつければ、そこには新しい痣が出来る。
子供達はもちろん道中の擦れ違う人々も、男が馬鞭を振るう音に怯え、首を竦ませた。
「ミーシャ、大丈夫…?」
「私達…これからどうなるの…?」
気付いた時にはすでに男の手元にいた。
両親はどうしたのか。 あの金色の男は誰なのか。
何故自分達はここにいるのか。
さんざん痛めつけられ、ろくに食事も与えられていない頭では、到底ものを考えることは出来ない。
唯…互いの存在だけが、今の心の支えだった。
「ミーシャ…離れないでね……」
「うん……」
そして、馬車は或る場所へと向かっていく。
命に値段を付ける墓所、『奴隷市場』へと――。
「さぁさそこ行く旦那方! 見て下せぇ、珍しい毛色のガキがいますよ!」
乱暴に荷馬車から降ろされ、重い足取りど市場を移動させられた。
そこでまた別の檻に入れられ、まるで見世物のように衆人に晒される。
そんな状況は恐怖でしかなく、幼い二人は庇い合うように体を丸め、小さくなっていた。
「あーっと、そこにいるのは『蜜蜂の館』の若頭!
どうです、この双子…かなりの上玉でしょう!」
「ほう、銀髪か。 確かに珍しいな……だが」
「ぅわ!」
「セフィ…っ」
客の男が檻の中へと手をのばし、セフィロスの前髪を掴んで顔を上げさせる。
あまりの力に髪が何本か引き千切られた。
「片方は男か…。 惜しいが、女の方だけ貰おう」
「そこを何とか…こいつらはセットでこの値なんで…」
『双子』という付加価値は、二人揃っていないと意味がない。
バラバラに買われては、二人とも売れてもその分マイナスになってしまう。
「男の方も陰間に使える」と売り込む男だが、客はなかなか頷かない。
「なら、男の方は俺が買おう」
一連のやり取りを見ていたらしい別の男が、商人へ名乗り出た。
「城壁の建築のための人手が足りなくなっていたんだ。
子供なら、まだそう早くにくたばらんだろう」
「へ…へぇ! ありがとうごぜぇやす! …オラ、さっさと出ろ!」
二人の客は折半で代金を払い、その金を受け取ると、商人は二人を檻から引きずり出した。
そして客はそれぞれ、セフィロスを道の右へ、アルティミシアを左へ連れて行こうとする。
「セフィ…っ」
「ミーシャ!」
引き離されるとわかった瞬間、二人は互いの手を固く握り締めた。
痩せた小さな体のどこにそんな力があるのか、その手はなかなか離れない。
「チッ……。 さっさと行かんか!」
痺れを切らした商人が馬鞭を持ち出して来る。
空を切った音に数秒遅れて、繋いだ手に激痛が走り……。
「ミーシャーー!!」
「セフィーー!!」
痛みに緩んだ一瞬の隙をついて、繋いでいた手は振りほどかれた。
それぞれ買った男の肩に担がれて、どんどん別々の方向へと離されていく。
市場の人込みの中へ、自分と同じ顔の片割れが消えていく。
血と魂を分け合った存在の喪失は、彼らにとって、絶望をもたらすには充分すぎた。
巡る巡る季節は廻る 運命は双りを何処へ運び
未だ見えざる歴史の涯に 舞い降りるのは誰の光……
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