【スピラの富豪:Τιδυs】











ガサッ  ザクッ  ザッ……ドバッ!!




「うわっ、ビックリした〜〜」

スコップの柄から手を滑らせ、水気を帯びて柔らかくなっている地面に顔からダイブした。

口の中に入った砂利に顔をしかめながら、ギップルはその辺りに唾を吐く。


似たような状況になっている他の男達を横目に、彼は親しい雇い主に話しかけた。


「ティーダ! ちょっと休憩していいか?」

「了解ッス! みんな〜、少し休もう!」


雇い主…ティーダは元々、貧しい家に生まれた。

それも、シャレにならないほどの極貧。


被雇用者達の気持ちはよくわかり、使用人達には友好的に接している。

その彼の人当たりの良さに惹かれ、一見不毛にも見えるこの仕事を辞める者は、今までに一人もいない。
















「そういや、アンタも結構苦労してたんだよな」

「そりゃあもう! 悲惨も悲惨、大悲惨だったッス!」


暖炉はあっても薪がない。 凍死を避けるため、栄養失調覚悟で走り回る。

なけなしの金は、体が弱く病気がちだった双子の兄の治療費に消えた。


母は自分達を生んですぐに亡くなり、ブリッツ・ボールの選手だった父は、家計を支えるために無理をしすぎた。

試合中の事故でその父も亡くなり、兄も後を追うように他界した。


一人遺された彼は父の友人の紹介で、ある小さな田舎町のブリッツ・ボールのチームに入団した。

選手として大々的に活躍し、何度もMVPに選ばれ、一躍時の人となったが、今は引退しており、若くして隠居暮しをしている。


そんなティーダの半生は、ブリッツ・ボールのファンなら常識とまでされているものだった。


偉大な父を始めとした家族の死。 まさに涙なみだの幼少期。

人生に対し何度も絶望した当時があったからこそ、今の彼があるということも。


「コ〜ラ!」

「うわぁ!?」


思い出話に花を咲かせていると、すぐ背後からした妻の声に飛び上がる。

勢いで転び足首を捻ったが、その慌てようがまた周囲の笑いのネタになった。

「ゆ…ユウナ、驚かすなよ


「驚かしてなんかいないよ。 後ろから急に声かけただけ」


それを『驚かす』というのだとギップルはツッコミそうになったが、今ここで言うとどんな被害に合うかわからないため飲み込んだ。


「それより、休んでばっかりいるみたいだけど、作業の方はどうなの?」

「じゅ、順調ッスよ! 順調快調絶好調! 今はちょっと休憩してただけッス」


笑ってごまかしながら、ティーダは再びスコップを握った。

下手なことを言って雷を落とされるよりは、さっさと作業を再開させた方が良さそうだ。

休憩終了の号令を出すと、ギップルを始めとする男達が穴掘りを再開し、土の削れる音が辺りに木霊する。


別にティーダは、金の鉱脈を掘り当てたいわけでも、何かを発見して名声を得たいわけでもない。

そんな物はとっくに、ブリッツ・ボールで手に入れている。


彼が欲しいのは、かつて聞いた夢物語。

かすかに記憶に残る、母の声が奏でる太古の歴史。


かつてこの地上に存在していたという神話の遺物を発見し、

伝説という霧の中から、歴史の表舞台へと引っ張り出したいのだ。


そんな馬鹿げた話、端から見ればただの金持ちの道楽とでしか取られないこの事業を支えてくれたのが、妻だった。


彼女の父はティーダの父の親友であり、また彼女自身もチームのマネージャーをしていたため、昔からティーダのことを知っていた。

それこそ、彼が父のことで手酷いイジメに合っていたことも、それでいて陰で努力を欠かさなかったことも。


ユウナの存在はかけがえのない物となってはいるが、それと同等なほど、より古くからティーダを支えている物があった。


それは母も誰かから譲り受け、母から父へ、父から自分へ。

おそらく自分も誰かへと伝えていくであろう形見の本。

その序章に書かれた、たった数行の言葉。









『運命は残酷だ されど彼女を恐れるな

  女神が戦わぬ者に微笑むことなど 決してないのだから』










「ほら、キミも作業に戻る!」

「わかってるって」


スコップを肩に担ぎながら、ティーダは穴掘りの男達の中へと紛れていく。

いくつか前以て決めておいポイントの一つに、深い穴を掘り進めていく。



















そんなことを何度か場所を変えながら繰り返していると、すでに穴の外には星が瞬き始めていた。


「ん〜……今日はもう終わりにするか」


最後の一掻きとばかりに、スコップの刃を土に突き刺した。







ガキンッ







「ゆ…ユウナ〜〜〜!!」

「え、何? どうしたの? ………あぁ!」


スコップの先に、確かな手応え。

まだ近くに残っていた数人に手伝ってもらいながら、土の中から引き上げてみると。


引き上げ出されたのは、大理石の塊だった。

ただ様子が違う。


それはこれまでに肯定されてきた歴史のものとは、大きく違った建築様式で造られた遺物……。







太古の神殿の柱であった。









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