神への供物 生贄という名の因習

加害者は誰で 被害者は誰か?

運命は犠牲者を選び また屠るのだろう……














神殿からそう離れていない森の中。

澄んだ水を豊富に抱く湖の畔。


逃げ出さないよう兵士に掴まれた腕が痛んだが、アルティミシアは抵抗しなかった。

小雨が降り注ぎ足元を汚す。


「(ごめんね、セフィ…)」


誰かの前に投げ出され、半身を強く地面に打ち付ける。

泥が跳ねて服や肌を汚したが、運命を受け入れた彼女には、そんなものは些細なことでしかない。


「(残酷な女神が統べる、私が生まれたこの世界…。

エアリス先生…私は、恐れも揺るぎもしない、すべてを愛せる人間になれたのでしょうか……)」


渕に立たされると、背後で剣が抜かれる高い音がした。

……恐怖感は、ない。


「水神よ…受け取り給え」


直後、背中に走った鋭い熱。

一瞬のことで、苦痛も何も感じなかったが……。




『…あの、声は……っ』




肺に水が入るのも構わずに呟く。


それまでは夜の闇と雨のせいで視界が悪く、誰なのかわからなかった。

しかし斬られた衝撃で湖に落ちた瞬間、返り見たその姿は。


「(セフィ……!)」


闇に浮かぶ金色の髪と鎧。 そして忘れもしないあの声。

間違いなく、幼い日に自分達を襲撃した張本人……。










それが、アルティミシアの見た…最後の景色だった――。


























窓から海を眺め、穏やかな波間を臨む。

いつもと同じ景色なのに、どこか印象が違って感じた。


エアリスにはそれが何故か…雷神神殿にいる、かつての師からの手紙で知っていた。


「“やがて、香しく花開く乙女達…咲き誇る、季節は短し……。

されど…燃ゆる唇に、唯…緋き愛の詩……美しく散るのも、また…《花の命》”……」


いずれ必ず訪れる別離。

わかっていても、哀しみは止められない。


彼女は数日前に自分を訪ねて来た、青年の姿を思い出す。


「ミーシャ…この前、来た男の人ね…。

貴女と、本当にそっくりだったんだよ……」
































雨露に濡れた草を掻き分け、セフィロスは森の中を駈けた。


先程星女神の神殿を訪ねた時の、あの雰囲気はただ事ではなかった。

ティナという女官の説明を聞いて、彼はすぐに事態を察知した。


「(頼む…間に合ってくれ……!)」


ずっと一緒にいると約束した。 もう二度と、離れ離れになるなんて御免だ。

小雨が顔に当たるのが、逸る気持ちには煩わしかった。


ようやく辿りついた湖は、人気もなく…気味の悪いに静けさに満ちていた。

水面も穏やかで、間に合ったのか…それとも場所を間違えたのかもわからない。


「! あれは…っ」


湖の渕に何か落ちている。


剣だった。

相当な業物で、アルカディア王家の紋が刻まれている。


……黒い何かに濡れている。


「これは…まさか!?」


信じたくない。 でも確かめたい。

そんな合反する気持ちで、恐る怖る湖を覗くと――。










残酷な程に澄んだ水。


深い湖底で、周囲を紅く染めながら横たわる、自分とよく似た女性の姿……。
























「あああああああ……っ、ミーシャぁあああ!!」















最悪の形で実現した再会。


思えば奴隷市場で引き離され、イリオンで再会してまた引き離され……。

二度も別離を味わったが、それでもどこかで生きていると信じていたから、ここまで来ることが出来たのに。


この三度目の別離ではもう、二度と会うことは出来ない。





























どれだけ哀しみに支配されていたのだろうか。

小雨はすでに降り止み、空では月が湖を照らしている。




『…セフィ』


幻聴だろうか……。

もい聞けないと思っていた声が聞こえる。


『悲しまないで。

こんな形となってしまったけど、私達はまた会えた。

こんなことになったから、私達は多くを得ることが出来た。

その思い出もすべて、Moiraの贈り物だから……』


「そんな物、いらない…。

父さんも母さんも…ミーシャまで失って得た物なんて、欲しくない……!」


すると、声は困ったように。


『見て、私の手』


遺体の開かれた掌に重なるようにして、月の姿が水面に映り込んでいる。


『ねぇ覚えてる?

小さい頃、水面に映る月が欲しいって我が儘言って、貴方を散々困らせたことがあったでしょう?』


「……そんなことも、あったね…」


あぁ、そうか。










「『終に手に入れたんだよ』ね――」












『だから…もう私も貴方も自由なの。

貴方はもう、私の幻影に捕われなくていいから。


だから……さよなら、セフィ』





声は消え、再び虫や鳥の鳴き声のみが聞こえるようになった。

セフィロスは力無く立ち上がると、最後にもう一度、湖を振り返る。



「さよなら…お別れだね…もうヒトリの私」



流星のように儚く短かった【焔】。

どうかその眠りが、安らかであらんことを――


















天翔る星屑 星女神の憤怒
           
『ずっといっしょにいようね!』『うん!』

寵愛する勇者に授けしは弓矢 神域を侵せし賊には神罰を……
                           
『いくよ、ミーシャ!』『セフィ〜!』







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