夜露に濡れた苔藻を踏み鳴らす、青年のその足取りは、哀しい程に重く……。



















































































誰もいなくなった教会の墓地。
かつてここに集った者達はみな、それぞれの復讐を遂げて去って逝った。
行動を共にしていた相棒も、元の物言わぬ人形へ戻っている。

しかし、不思議と寂しさは感じなかった。
それどころか、どこか心満たされたような感覚がする。






「…さよなら。
ずっと君と、同じ時間を生きたかった」

教会を見上げる。
宵闇に閉ざされ、壁は朽ち崩れていても尚、その荘厳さは失われていない。

「けれど、神は決して僕達を赦さないだろうね。
こんな、いくつもの罪を重ねてきた僕達のことなんか――」

本当はわかっていた。
ここに集まった者達はみな、本当は憾みなど抱いていない。


復讐など望んでいなかったのだと。


ただ…遺してきた者達を心配するが故の、溢れんばかりの愛情だけだった。
それを唆し、騙し、憎しみや悔しさへと摩り替えたのは…間違いなく、自分達。

「そんなことまでして僕達が求めたのは――ただ【光】だけだったのにね」

それは、暖かい陽射しであったり、熱く脈打つ命であったり…居心地のよい愛情だったり。
形は様々だが、行き着くところはただひとつだけ。



「暗闇に閉ざされた時代に生まれて、君と出逢って――。
惹かれ合うこの気持ちが、死んだ今も尚止まらない……」

宵闇の【唄】を集めて、それら全てをただひとつの墓碑に捧ぐ。
その行為こそ復讐と思っていたが、そうではない。

むしろ本当に復讐だったのだとしても、それは一体誰に手向けるものだったのか。






「初めて、人の暖かみに触れた」


                   「なぁ…あの肉…」


       「あ、美味しい」

                           「俺、頑張るよ!」

  「変な柱があるだけだし」


              「金の鍵で開けられるぜ」


       「約束を守ってくれたんだな」








――今となってはどうでも良い。
森も、井戸も、衝動も、大罪も……七つの墓標となった。









   『クク…ッ、期待しているぞ相棒』


               「寒くない? リチャード」









空を仰ぎ見る。
月は西へ傾き、木々の向こう…地平線がぼんやりと明るくなる。





「成る程…そうか…この森が、この井戸が僕の……。
そうだね…ラムダ…アスベル…。
僕達の時間は、もう…終わっていたんだね――」










光が溢れ、【焔】に包まれ…照らされ出した墓地に、暖かい陽射しが降り注ぐ。
先に逝った者達の笑い声が聞こえ、自分を迎えてくれるのがわかった。




兄弟は共に食卓を囲み、師弟は狩猟で腕を競う。
義理の親子は旅行の計画を立て、上司とその小間使いは竜の世話に勤しんだ。
貴族と宗教家は和解し政治を正し、恋人達は永遠の愛を誓った。




そして自分を待つ、懐かしい友と、相棒と……母の笑顔。








「ありがとう…随分、待たせたね……」










「君が今笑っている、眩い其の時代に……。
誰も恨まず、死せることを憾まず…必ず、其処で逢おう――」

























■■■■■■■■■
■■■■■■
■■■■■■      ■■■■
■■          ■■■■
■■■   ■
1  









七度繰り返される、時代への弔鐘。


衝動は消え去り――









































「かあさん、ひかり…あったかいね……」






宵闇の中で暁光を待ちわびた、長過ぎる夜が明けた。

然れど時代は、未だ闇の中を彷徨う……。



願わくば――
キミが今笑っている、眩いその時代に……
































――そして歴史だけが残った……














「待ってよヒスイー」
「遅ぇぞシング」
「あいた! いたた…」
「…っと、ごめんなコハク、大丈夫か?」
「あ! 井戸のところに何か落ちてる!」
「…怪我の功名ってこーいうことかな?」















「そこ、足元に気をつけて」
「ああ」
「こんな暗くなっちゃって…怖くないかい?」
「平気だよ! それより、今すごくワクワクしてるんだ。
世界は、森はこんなに広く美しいんだって!」




「今度こそ、ずっと一緒にいようね!」
「ああ!」




































M a r c h e n


■■■   ■■■    ■■■      ■■■  ■■■   ■■■Ende













笑って欲しい




涙の代わりに、憎しみの代わりに

さよならの代わりに…








BACK