Wollust
「宵闇に朽ちた楽園。 吊るされた屍達。
君は何故、この境界を越えてしまったのか。
さぁ、唄ってごらん…」
暗い暗い闇の中… 雷鳴と共に男の高笑いが聞こえた気がした――
ふわふわと…酷く、不安定な記憶を…辿って…、自分が…どんな、人間だったか…思い返す…。
普段、どんな…表情をして、いたのか…、どんな風に…話していたのか…。
身軽さが、気に入っている…この服が…何故…、こんなに…重く、感じるのか…。
嗚 呼 ・ ・ ・ そ う だ ・ ・ ・ 俺 は ア ・ イ ・ ツ ・ に ・ ・ ・ 殺 さ れ た ん だ っ ・ ・ ・ た ・ ・ ・ |
アイツはいつの頃からか、騎士団とギルドを行き来していた。
俺と出会った時にはすでにそうで、聞いた話、もう十年はそんな生活をしていたらしい。
よれよれの服にボサボサの髪。 何より顎に生えた無精髭が、奴の風体を一気に胡散臭くしていた。
それでも時折(女性に対しては常に)見せる優しさや、どこか懐かしい翠の瞳に、気付けばどっぷりと惹かれていた。
優しさに隠れて、ふとした瞬間に暗い陰が見えるのは、十年間で染み付いた『死人』やら『道化』と称された生活のせいだろうか。
それとも…戦争で染み付いてしまった血の臭いのせいなのだろうか。
どちらにせよ、アイツがちゃんと自分自身の人生を歩み始めてくれたのは、何より嬉しかった。
しかも、「一緒に暮らそう」って言ってくれて――。
幼馴染みは「14歳差は犯罪だ」とか何とか言ってたが関係ない。
俺達は相思相愛で、何も問題なんてないんだから。
けれど……そんなのは俺の一方的な思い込みだった。
ある事を切っ掛けに俺は、アイツが本当に愛しているのは俺じゃないと気付いてしまった。
俺を見てくれていると思っていた目は、本当は俺の後ろにいる誰かを見ていて、
抱き締めてくれていた腕は、本当は俺だけを抱いていたわけじゃない。
そしてある日荷物の中から見つけたのは、以前ジュディと合流した山で拾ったロケットと、
その中に入っていた、俺とよく似た女騎士の写真。
「およ? 青年どうしたの?」
「…何でもねぇ」
まさか誰かの代わりにされていたなんて思わなかった。
でも、「それでもいい」と感じるなんて、本当に俺らしくない。
それくらいにアイツに惚れ込んでいたなんて、自分でもビックリだ。
だから耐えて、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて……限界が来た。
表面上の優しさや愛情に対する空しさを紛わすために、つい、酒場で知り合った別の男と――。
そして
「へぇ…これが青年の本心なんだ」
家の地下室で、遠くなる意識の中でアイツを見る。
視界の端には一刀の元に両断された『元』浮気相手。
頸動脈が締め上げられて、もうまともに目も利かない。
「いいよ、これが青年の望みなら叶えてあげる――」
共にいるという誓いを破られたことに腹が立ったのか、愛していたからなのか。
今ではもうわからない……。
最初の恋人を殺した時、理性も共に死んだのか。
鞭打 絞殺 斬首 放火 水死
新しい恋人を作っては犯し、犯しては殺した――!
「…だって、どんなに信じていたって裏切るし、救ってなんてくれないじゃない。
そんなのが『神様』なんていうなら、俺様が堕としてやるよ。
“穴”があれば…ね……。
あはは…アーハハハ!
『君』を魔女として見殺しにした恩知らず共を、俺は絶対に許しはしないからな……!」
「成程…其れで君は、否、君達は吊るされた訳だね?
この禁じられた、秘密の部屋に。
流された血は、宵闇に流される血で贖うものさ。
さぁ、復讐劇を始めようか…」
俺が死んでから、何人目かのアイツの恋人。
少し小柄で茶髪の少女は、あの写真の女とは似ていない。
……どこかで見たことがある気がするのは気のせいか?
「それじゃ、俺様少し出掛けてくるから、好きに寛いでてね〜。
地下室以外は好きに使ってくれて構わないから」
「加齢臭の染み付いた部屋で落ち着けるわけないでしょ」
「ヒドイ! おっさんイジメ反対!」
「…馬鹿っぽい……」
……本当にアイツの彼女なのか?
アイツが泣いたフリをしながら出て行った後、女はさっそく家捜しを始めた。
リビング、寝室、キッチン、客室、屋根裏…部屋という部屋を見て回り、棚や壁、手が届けば天井まで調べている。
「…特に怪しいところはない、か。
あとは地下室だけなんだけど、鍵がかかってるし……」
ブツブツと独り言を言う女は地下室がきになっているらしい。
だから、そっと教えてやった。
――地下室の扉なら、寝室の棚にある金の鍵で開けられるぜ
「よし、鍵を探そう。
あれだけ大事にしてる場所なら、鍵だって他の部屋のと違う特徴があるだろうし」
女はすぐに寝室へ行き、ベッド脇の小さな棚を調べた。
二重底の奥から金色の鍵を見つけると、キッチンの床下にある地下室へと急ぐ。
――そうだ、その鍵で合ってる。 あとは鍵穴に挿して回せばいい。
ほら開いた。 もうすぐご対面だぜ。
俺達の屍体と【衝動の末路】。
「キャアアアアアアア!!」
女は地下室から逃げ帰ると、リビングへ駆け込み、何か機械を弄り始めた。
「み、見つけたわよ! やっぱりアイツだった!
地下室に行方不明になった人達の死体が…。
多分あの中にアイツも…っ」
ガチャッ
「ただいま〜♪ …て、あれ? リタっち、その手に持ってるの何?」
「な、何でもないわよ!」
慌てて機械と鍵を隠したが遅かった。
弓使いの動体視力と元騎士団隊長主席の洞察力を舐めるなよ、何を隠したってすぐにバレる。
案の定、アイツの目が暗くなった。
……なぁ、アンタは知ってたか?
俺は本当は、誰かの代わりでもよかったんだ。
「…へぇ、おっさんとの約束やぶったんだ」
「へ?」
その代わり、俺自身を見て、認めて欲しかった。
アンタの大事な人と混同しないで、別人だと認識して欲しかった。
「いいよ、許してあげる。 だって今日からリタっちも、あの部屋の住人だからね」
「ま、待って! 死ぬ前に、この子のメンテだけさせて!」
結局こんな事になっちまったけど、それでも嫌いになんかなれない。
本当に…罪作りな奴だよ……。
「構わないけど、早くしてね」
「助けて! みんな、早く来てぇええ!!」
哀しみは憎しみじゃ、決して癒されることはない。
唯、宵闇に憾みの唄が響くだけ。
「ちょっと〜、まだかかるの? …早くしろ」
アンタの喜劇を今――
終 わ り に し よ う
「ぇえい! もう我慢ならん!」
「ひっ…いやああああ!!」
「帝国騎士団だ! 連続婦女行方不明事件の容疑で逮捕する!」
「リタ! 早くこっちへ!」
家の中へ雪崩れ込む騎士団長とギルド員三人。
武器を手にアイツへ斬りかかる者、女を保護する者。
様々いるが、懐刀一本で簡単に防御出来ているアイツには傷ひとつつかない。
「彼について、貴方には聞きたいことがありましたが…。
――、降伏拒否の意思を確認! 総員攻撃開始!」
その声と同時に、家の中に矢の豪雨が降り注ぐ。
いつの間にか騎士団の弓兵隊に囲まれていたらしい。
「伏せて!」
「キャア!」
矢が降り注ぐ中心にいるアイツは当然……。
全身に矢を浴びて、呆気なく逝っていた。
――これで、ずっと一緒にいられるよな…愛してる……
「復讐というのは、歪な愛情の形なのかもしれないね!」
『それでも、何故人間は愛と性欲を切り離せないのだ?
気持ち悪いことこの上ない。 アハハハ!』
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