Geiz
「宵闇の風に揺れる、愉快な黒いぶらんこ……」
ぶ ら ん ぶ ら ん 風 吹 き ゃ ぶ ら ん 踊 る よ 、 黒 い ぶ ら ん こ ・ ・ ・ ・ ・ ・ |
「君は何故、この境界を越えてしまったのか。
さぁ、唄ってごらん…」
俺は貧しい村に生まれ、いつも腹を空かせていた。
せめて回復用のグミでもあれば、多少はマシだったかもしれない。
どこぞの僧侶が『人は信仰によって救われる』とか本に書いて、偉そうに吹聴してまわったらしいが、
そんなものは【持っている者】の偽善であり自己満足だ。
本当に神様なんて存在が実在するなら、俺達はこんなに飢えることなんかなかったはずなのだから。
俺がまだ幼い頃、親父を始めとする村中の男達が、鎌や鍬を持って出掛けていった。
あの哀しいほどに朱い空を、今でも覚えている――。
「ヴァレンス将軍に…続けーーー!!」
むせかえる程の血の臭いに咽ぶことなく、人々は前へ前へと殺到する。
しかし、正規の軍隊に対抗するにはあまりにも貧弱な装備で。
敵方の大砲が吼えれば、前線に駆り出された戦士達は軽々と空を飛ぶ。
元は一介の農民である彼らだ。 剣はおろか、まともな鎧さえ支給されていない。
その手に携えているのは、使い慣れた農具。
残念なほどに射程が短すぎるそれが武器では、結末は残酷なほどに目に見えていた。
こんなものは『戦争』ではない。 唯の一方的な『殺戮』だ。
結果として、村の働き手はその殆どが二度とは帰って来ず、
もとより貧しい村は更に貧しくなり――。
そして俺は、遠くの町へと……売られた。
年齢不詳。 才覚も不詳。 出逢えば不詳。 正に人生の負傷。
胡散臭い将軍が、夜な夜な暗躍する部隊。
その名を【黒狐隊】という!
「よぉ貴様ら、調子はどうだ?」
仮にも一国の皇子だというのに、身分とは程遠い粗野な態度。
元々が図太い性格なため、何かあればすぐに自分の得となるように行動していた。
「問題ありません閣下」
「ご命令あらば、いつでも出撃できます」
腹心三人の内二人が即答し、男は満足そうに笑う
「明日には例の村に到着する。 潜伏と侵攻の準備はしっかり整えておけ。
メルネスはもちろん、出来るだけ生け捕りにしなくてはならんからな」
この男の野心は底が知れない。
自国の王位に就く為に、時に兄弟を謀り、時に民を虐げた。
今はさらなる戦力を求め、【兵器の燃料】を調達しに向かう行軍の途中である。
男女入り乱れるこの部隊の中で、子供はただ一人。
「おぉ、ここにおられたか殿下。 ……殿下?」
「聞こえておられないのか…君、ちょっとお呼びしてきてくれたまえ」
「それくらい自分でやれよ、ジジイ」
「「なっ!?」」
俺は磨いていた甲冑を置くと、汚れた布を片手に男の元へと向かった。
明日の戦いを鼓舞する酒盛りの中心にいる男には、多少の声じゃ聞こえない。
「閣下。 …閣下! …………おいクソ皇子!!」
水泳で鍛えた肺活量に任せた発声と、手の布で軽々しく男の頭を叩いた行動で、ようやく男は俺に気がついた。
「お前か、何だ?」
「評議会のジジイ達がお待ちになっていやがるぜ」
軍のトップに立つ将軍、しかも皇子相手にこの態度。
周りからは結構言われたが、当の本人が気にしてないから、すっかり定着してしまっている。
「…ったく、せっかくいい気分だったんだがな」
「で…殿下?」
「貴様のような小僧、爪術の素質がなければ拾ってやってなどいなかったのだ。
口の利き方には気をつけろ」
「わかってるって」
そして男は、客の応対に向かった。
「これはこれは。 このような場所までよくいらっしゃいました」
「いや、名将と名高い殿下への、表敬訪問といったところです」
「ところで例の件は――」
「もちろん、御意のままに…」
何を話しているのか知らないが、いきなり男が笑い出したから驚いた。
「ハーハッハッハ! これは愉快だ!
素晴らしい報せへの褒美をやろう。 しばらく待つがいい!」
そして男はいきなり野営地を飛び出し、宵闇へと消えていった。
将軍の、皇子の奇行に驚き、誰もがどうとも動けなかった。
とりあえず俺は、呆気に取られている客の応対兼男のフォローへと回った。
「ま、あの変人皇子の褒美だ。 あんま期待しねー方がいいぜ」
そして小一時間後…
騒然とする空気を読まず、出戻った男の手には――何かの『肉』。
「狩ったばかりだ。 おい小僧、これで客人をもてなしてやれ」
そう言って渡された『肉』はレバーのようだった。
確かに俺は雑用係、当然食事の準備も仕事の内だが――。
「い…いやぁ実に美味でありました!
さすがは殿下、戦場といえど食は素晴らしいものをお摂りになっているのですなぁ!」
世辞なのか本気なのか、そう言って客は帰って言った。
騒動が一段落して、俺は男に聞く。
「なぁ…あの肉……」
皇子が率いているとはいえ、実際国が戦争している場所とは全く違う場所にいるこの部隊。
食料など国からまともな援助が受けられるわけがなく、基本的に現地調達だった。
しかしこんな時間に短時間で、たった一人で狩りを成功出来るとも思えない。
すると男は、客に見せていたものとは全く違う暗い笑みを浮かべて――。
「ふん…。 連れていても邪魔なだけだ。
奴等の祖国に対する人質にもならん捕虜など、必要ない」
死体がないなら作ればいいだろう?
その後も定期的に本国から隊へ使者が訪れ、つど男の凶刃が捕虜に振るわれた。
だがそんなこと、長くは続かない。
戦いの数の割に身合わない捕虜の少なさに気付いた使者が現れた。
そのことを指摘された男は、俺を――。
「…必死に生きてきたつもりだったけど、ロクなことがなかった。
俺の人生って結局、何だったんだ…よく分からない……」
「成程、其れで君は吊るされた訳だね? 残念ながら身に覚えのない罪で。
其れが事実であれ、虚構であれ、奪られたものは取り返すものさ。
さぁ、復讐劇を始めようか…」
捕虜殺しの罪を少年になすりつけた男は、平然と自身の最終目的地にいた。
蘇った古代兵器の管制室。
二人の金髪の少女を前に、あの時のような暗い笑みを浮かべていた。
――トントン
「…誰だ?」
ノックの音に訝しむ。
この部屋は厳重に人払いをしている。 腹心達も敵の迎撃に出ているはずだ。
「誰だと言っている」
返事はない。 それでも、
――トントン、トントン
―トントン、トントン、トントン
トントントントンドンドンドンドンドンドン!
ノックの音だけが激しく、強くなって繰り返される。
背筋に嫌な汗が伝うのを感じながらも、男は、意を決して扉を開いた。
そして――
「俺の肝臓を返せ――」
敵の主力隊が管制室に踏み込んだ時。
男は腹部を抉られすでに事切れており、血溜まりの中に倒れていた。
その屍体からは、肝臓が抜き取られていた……。
「楽して事を成そうとしても、中々、上手くいかないものだね」
『あんな杜撰な計画、上手くいく方がおかしいのだ。
アハハハ!』
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