Vallerei





















「罪を祀る歪な祭壇…神に捧げられた屍。
君は何故、この境界を越えてしまったのか。

さぁ、唄ってごらん…」




















思い出せるのは、霞みがかった古い記憶。
あの時の俺には、少し年の離れた兄がいた。

全然似ていなかったから、もしかすると本当は血は繋がっていないのかもしれない。
両親は俺が生まれてすぐに他界したらしいから、実際のところはわからないが。



寒い地方の森の中、小さな小屋に二人で寄り添って暮らしていた。
兄弟揃って変な力が使えたから、近くの村に住む人々から気味悪がられ、石を投げられることも少なくない。

それでも、俺は幸せだった。 兄が一緒にいてくれたから。

そんな日々が終わったのは俺が5歳かそれくらいの時。
兄の力に目をつけた王国軍が、兄をスカウトしに来たのだ。

『いつか必ず迎えに来る』、そう言って兄は兵士についていった。
なのに、いくら待っても兄は来てくれず、手紙すら返事をくれなかった。












そうして初めて気がついた。
俺は、兄に捨てられたのだと。
















小さな俺を引き取ってくれたのは、両親の友人だという一家。
優しい養い親と、可愛い義妹。 俺は初めて、人の暖かみに触れた。

しかしそれも束の間…俺が18の時、村に王国軍が攻めて来て、義妹は連れ去られてしまった。



人生は数奇なもので、運命は変えようがないかもしれない。
しかしこれはチャンスなのかもしれないと、俺は義妹を取り返す旅のついでに、かつての家に立ち寄ることにした。

もしかしたら、兄があの家に帰って来ているかもしれないと。



同行する二人に断りを入れ、俺は一人旅路を外れた。







寒い地方の森の中、佇む小さな小屋。
そここそが、俺と兄の大事な【家】。



「ただいま…」

俺の来訪を待っていたのは、俺より少し歳上らしい一人の青年。
紫の髪に、華奢ながら豪奢な衣装。

「おや? 君…こんな所に何の用だい?」

面影はあるものの、こんな高慢さが目につく男が、兄であるとは俄には信じ難く。

「これ…お土産なんだが」
「うん、結構美味しいじゃないか」


俺であると気付くこともなく、苛立ちを紛らわすように甘味を貪るその瞳は、既に正気を失っているように見えた。

「Man、俺が誰かわからないのか!?」
「何訳のわからないことを言っているんだい、君も僕を見下すつもりか!」











そして……。













「ぎゃああああ!!」















小屋の奥にある、黒塗りの逆十字。
俺の体は、男のレイピアによってそこに串刺しにされていた。

よろめき、後ずさる男は…頭を抱えて崩れ落ちた――。






























「――こんな寒い田舎じゃ、食料なんて手に入りにくい。

だから軍に入ったのに…ガジュマばかりの中、ヒューマはまともな出世は出来ない……。

これなら…弟と一緒に飢え死にした方が、よかったかもね……。」

































「成程、其れで君は、祀られてしまったわけだね? 不本意ながら。
少々時間は掛かるが、子供の恨みは、子供が晴らすものさ。 宜しいかな?

さぁ、復讐劇を始めようか…」


















森の中、一組の幼い姉弟がさ迷っていた。
彼らは数日前、森の近くにある工業の町から追い出されてきたのだった。

原因は、弟の持つ奇妙な力。
樹海と化したこの森は、地元の者にとっても畏怖の対象で、そんな中に子供だけで置き去りにすれば、結果は目に見えている。

「ごめん姉貴、俺のせいで…」
「気にしないで。 それより、早くこの森を出ないとね」

…見捨てられた子供の心理はよくわかる。
だからこそ、彼らを上手く誘導出来るだろう。

俺の力は冷気を操る。
この数年で木を枯らしたり育んだりして、森自体をひどく歪なものにした。

「あ、あら? こっちに道があったと思うんだけど…。 こんな木、生えていたかしら?」

あとはあの寒さに弱い鳥に興味を持たせて、跡を追わせれば……。

「あ! なぁ姉貴、面白い鳥がいるぜ」
「本当、ついて行ってみましょう」












「見ろよ姉貴! あそこに家があるぜ」
「あ、待ってティトレイ。 もしかしたら【魔女】か【悪魔】の家かもしれないわ。 ……でも、」
「でも?」







「「このまま飢え死にするよりはマシ!」」










そして、姉弟は扉をノックした。












「あれ? こんな所に珍しいお客さんだね。 まぁいいや、入りなよ。」

出てきたのは紫の髪の青年。
衣装についている勲章やら装備やらで、王国軍の軍人――それも上層にいるのだとわかった。

そして、意外と甘いもの好きだということも。



「グミでいいなら、特注のラズベリーグミがあるよ。
それとも王都からパティシエを呼んで、お菓子の家でも作ってもらおうか」

人を小馬鹿にするような笑い方をするが、話の内容は姉弟を気遣うものばかり。
二人が腹を空かせていると知ると、すぐに食料を分け与えてくれていた。


「遠慮することはないよ、僕にも君達くらいの弟がいたんだ。
今では生きているかどうかもわからないけど……。

軍に入ったのも弟のためで、最近になってようやく昇進出来たんだ。
給料も破格に上がったし、たまに休暇を取って、この実家に帰ってるんだよ」


青年は甘味以外にも、様々な食事を用意してくれた。
幼い日に置き去りにしてしまった弟の代わりに。 せめてもの罪滅ぼしに……。






その無償の好意に甘えた二人は、唯ひたすらに食べ続けた。
元はしがない、工業だけが取り柄の田舎町育ち。 王都由来の豪華な食事に、二人の手が止まることはない。


しかし…そんな食生活を続けていれば、当然訪れる変化がある。


豪華であるということは、それだけ栄養価も高いということ。
更にまともな運動もせずにいたために、気付けば『町一番の美人』と謳われた姉は、見る陰もなく肥え太っていた。

「あ…、姉貴? そろそろダイエットした方が……」
「え〜、嫌よ。 あ、ティトレイ、それ食べないなら私に頂戴な」

体型だけでなく、性格も食に貪欲に変わってしまった姉の姿を見て、少年は怖くなった。











「きっとあの兄ちゃんは、軍人に化けた【森の悪魔】なんだ!
俺達を肥らせて、いつか喰っちまうつもりなんだ…!」









殺られる前に殺らなきゃ――ヤ・バ・い!



















その晩、二人は気配を殺して青年の背後に立った。
翌朝の朝食の準備のため、薪オーブンの前に立つ青年は気付かない。







そして――その背中をドン! と蹴飛ばした。












「ギャアアアアアア!!」







ガチャンッ!



不意をつかれた青年は簡単に吹き飛び、オーブンの中へと蹴り込まれた。

軍人とはいえ、元はその超常の能力を使う術師。
ましてや小柄で華奢だったため、助走をつけた子供の力でも簡単だった。

弟は青年の体がオーブンの中へ消えてしまうと、すぐに火入れ口の扉をしめて掛け金を落としてしまう。


「俺達を食べようったって、そうはいかねーかんな!」
「えらいわティトレイ、これなら【悪魔】もお仕舞いよ」

「これなら町にも戻れるかもな!」
「えぇ。 【悪魔】は火炙りだし、異端を退治した英雄を、誰が追い出したりするもんですか」
















「おーいマオー!」
「マオー!」

「あ! 二人とも無事だった…って、セレーナさん!? 何でそんなに太ってんの!?」

「「実は……」」
「うわー! そりゃスッゴいヨ☆」































「森に住む、孤独な人間は、全て【異端者】なんだそうだよ?」
『全く、子供など図々しくて嘘つきな生き物、我は大嫌いだな。 アハハハ!』









BACK