門と鉱山に切り取られた空。 幼い頃の俺の世界。
外界からやって来たお前は、月光のように優しく笑った――。






















Richard・fone・Windle × Asbel・Lhant

運命は…結ばれることのない二人を
無慈悲なその手で引き合わせてしまった――






















「アスベル様、お待ち下さい!」

ラントの町の一画、今日も今日とて少年と老人の追い掛けっこが始まっていた。
老人はこのラント領領主の執事、少年は領主の嫡男であった。

「大丈夫だってフレデリック! ちょっと裏山まで行くだけだって!」
「なりません! 町からは出ないよう、アストン様から言い付けられていますでしょう?」

アスベルは物心ついた時から、何故か町から出ないよう、両親からきつく言われていた。
『次期領主たるもの、他領の汚点を見て覚えないように』とのことらしいが、本人は領主になる気がないため納得していない。

だから父の公務について外界に出られる弟が羨ましかった。

「はい、アスベル捕まえた」
「げっ、シェリア!?」
「まったく、あまりお爺ちゃんに手間かけさせないでよね」

見ればシェリアの陰に弟が隠れている。
つまり、裏山に行こうとしていたのを密告したのは。

「ヒュ〜バ〜ト〜〜?」
「だ…だって、父さんが大事な話があるからって…」

ますます縮こまってしまった弟を睨みながら、アスベルは領主邸へと連行された。

















「今日の午後、大事な賓客がこの屋敷に来られる。 くれぐれも失礼のないように。
アスベルは……」
「『部屋から出て来ないように』、だろ? わかってるよ」

このやりとりももう慣れたこと。
外に出られないに加え、このように来客があった時にも、アスベルは隔離されていた。
他領領主の中には、ラントの嫡男はヒューバートだと思っている者もいるらしい。

「あ〜あ、退屈だ」

部屋のベッドに横になり、何もすることなくゴロゴロとしていた。
ゲームもやり尽くしたし、模型も作り尽くした。
客人が帰るまでの数日間、どうやって暇を潰せというのだ。

















……コンコン
















「…ん? 何だ?」

窓の外から音がした。 ノックのような感じの音。
まさかとは思うが不審者だったら……。

アスベルは慎重にカーテンを開けた。

「兄さぁ〜ん…」
「なっ…ヒューバート!?」

窓の外には涙目の弟がいた。 屋根伝いに隣りの部屋から来たらしい。
慌てて見ればシェリアまでついて来ているようだ。 身体が弱いくせに何やってんだ。
そして、その更に後ろには……。

「やぁ、君がアスベルかい?」
「…………誰?」

見たことのない少年がいた。
金髪金瞳の、自分より少し年上らしい少年。

「あ、お前が例の客か」
「ちょ…っ、兄さん失礼だよ!」
「あはは、気にしないから大丈夫だよ」

少年はアスベルの部屋に入ると、ニコニコしながら室内を見回した。
机の上が散らかっているのを見つけると、アスベルの方へと向き直る。
やっぱりニコニコしていた。

「僕はリチャードって言うんだ、よろしく」
「あ…あぁ……」

父が大事にしている客ということは、それなりに高い身分の人間なのだろう。
少なくとも、田舎領主である我が家以上には。
なのに何だ? この警戒心の欠片も感じないレンドリーな態度は。

「君、ずっと外に出たことないんだって?」
「そうだけど……」
「もったいない! じゃあ僕達と一緒に遊びに行こうよ。 近所の名所に案内してあげるよ、ヒューバートが」
「えぇ!? ぼ、僕!?」

人の返事を聞きもしないで、リチャードはアスベルの手を引っ張り飛び出した。

「い、いけませんリチャード様! アスベル様は…」
「『僕がアスベルに観光案内を命じた』、とでも言っておいてくれ!」



















初めてみた町の外は、何もかもが輝きに満ちていた。
木々の瑞々しい緑、色とりどりの花の美しさ、舗装されていない地面の力強さ。
すべてが新鮮で、美しかった。

魔物もそれなりにいたけれど、全部ヒューバートが追い払ってくれた。
たまに父が稽古をつけているのを見たことはあったが、ここまでの腕とは知らなかった。

リチャードは確かに、かなり高い身分の人間のようだ(その地位には興味なかったので、具体的には聞かなかったが)。
しかし、いずれ起こるであろう跡目争いを避ける為に、母親とあちこちを点々としているらしい。

「いいのかよ、お母さん放っといて」
「うん、君のお父上の相手に忙しいみたいだからね」

どうやら父はリチャードの母に、何か無心をしているらしい。
【接待】だと父はいつも言うが、子供の目から見てもそれはただの【媚び】だ。

「ヒューバート、この辺りで何処かいい場所はないかい?」
「えーっと…裏山の花畑かな?」
「あ! 俺今日そこに行こうとしてたんだよ、シェリアに捕まっちまったけど」
「アストン様の言い付けを破るからじゃない、自業自得よ」

気付けば【護衛】という名の【監視】をいいつかったのだろう民兵が追い付いてきたが、アスベルはもう気にならなかった。
これほど充実した時間を過ごせたのは、生まれて初めてだった。











結局その日屋敷に帰ったのはすっかり夜も更けてからで。
四人はそれぞれの保護者からこっぴどく叱られる羽目になった。

























コンコン

『アスベル、いるかい?』
「お、入れよ」

リチャード母子が滞在して数日。
アスベルはこれまでを取り戻すかのように遊んだ。
表向きはリチャードの命令ということになっているから、父はいい顔はしないが反対はしなかった。

しかしそんな一時も束の間。
部屋に入ってきたリチャードは、ひどく沈んだ表情をしていた。

「ど…どうした?」
「………今日、ラントを発つことになった」
「!」

リチャードの母曰く、少しラントに長居しすぎたらしい。
実家の追っ手が来る前に、どこか別の土地へ移るというのだと言う。

「…そっか……ちょっと待ってろ」

アスベルはおもちゃ箱を漁ると、人形を一体取り出した。
元はシェリアが、町から出られないアスベルを憐れんでプレゼントしたもの。 忘れてしまったが、確か名前もあったと思う。
緑の髪に赤の目をした、小さな男の子の人形だ。

男に人形なんてと自分が貰った時にも思ったが、お互い他に友達がいない身。
人の形をしたものに心が慰められるのを知っていた。

「せめて俺の代わりに、こいつを一緒に連れて行ってくれ」

差し出された人形を受けとると、リチャードは大事そうにそれを抱き締めた。

「リチャード、絶対…絶対にまた遊びに来いよ」
「あぁ…約束さ」

そうして母子は、ラントを後にした。


























そして月日は流れ――




















彼の母が、王をたぶらかした魔女として処刑され、
そして彼自身の死の報も、遅れてラントにもたらされた……。
























「死んだ…リチャードが……」

その知らせを聞いたのは14歳の時。
よくよく聞けばそれは三年近く前の出来事で、ラントを出て数ヶ月後のことだったらしい。

相変わらず外には出られず、たった一人の友達だったのに。

『…でん…が…』
『どう…れば……』

彼の死のショックが頭から離れないまま屋敷内をさ迷っていると、両親の声が聞こえてきた。
…こんな夜更けに、灯りもつけず。
何となく、アスベルは聞き耳を立てていた。

『リチャード殿下が即位されれば、懇意にしていたアスベルを領主にと思っていたのだが…』
『では、やはりヒューバートを跡継ぎに?』
『あぁ…アスベルには悪いが、そうするしかないだろう』















『生まれてすぐに死んだはずの人間が、領主になどなれるわけがないからな』















「(…死ん…で、る…? 誰、が……俺?)」

両親の言っていることの意味がわからない。
それでも、会話は続いている。

『殿下が亡くなられた以上、鬼籍から復活させるのはリスクが高い。
どこか外国にでも養子にやって、別人として暮らした方がアスベルも幸せだろう』
『…ではフレデリックにも、引き取り手を探すよう手配させます……』

それからはもう聞いていられなかった。
大急ぎでその場を離れ、自分の部屋へと駆け込んだ。
本を読んでいたヒューバートが驚いて何か言ってきたが、アスベルの耳には自分の鼓動しか聞こえなかった。

「(俺が死んでる? じゃあ今ここにいる俺は誰なんだ?
外国に養子に? 別人として暮らすって?)」

だが、それなら今までの自分に対する仕打ちもわかる。
死んだはずの人間が余所の土地へ行けるはずもないし、ヒューバートに対する熱心な教育も、次期領主を育てるなら当然だった。

「(リチャード……)」

ふと思い出す、唯一の友達。 未だ死んだなんて信じられない。

「(…そうだ、約束したんだ。 もう一度会って遊ぶんだって!)」

彼が約束を果たさないまま死ぬわけがない。
なら外に出られない自分は、絶対にここから離れず彼を待つのみ。

「(絶対にラントから離れるもんか…リチャードが遊びに来るその日まで、絶対に!)」





地に墜ちるその瞬間まで。























そして更に数年が経ち、アスベルは18になった。
相変わらず外には出られず、窓辺から四角く切り取られた空を眺める。







……コンコン





控え目なノックが響いた。 相手は聞かなくてもわかっている。



















「…兄さん、父さんが待っています……」



























出逢いは偶然であったとしても、出逢った以上、復讐は必然。
七を廻る童話へと至る物語……。








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