エルの天秤
〜 Elysion in Tales of the Destiny 2 〜
暗殺…横領…密告…裏切り…。
殺人…窃盗…誘拐…密売…
――敵と味方の両方を謀りながらも、“英雄”になるためなら何でもやった。
――悪魔に
魂を売り渡すかのように 金になる事なら何でもやった
問うべきは手段ではなく結果がすべて。
問うべきは手段では無い その男にとって目的こそが全て
目的のためには手段を選んでいられない現実。それほどに、彼には『力』が必要だった。
切実な現実 彼には金が必要だった…
自らを陥れようと傾き続ける天秤。
傾き続けてゆく天秤 その左皿が沈み切る前に
その左皿が沈み切る前に、無理矢理にでも浮き上がらせるだけの『力』が、右皿には必要だった。
力づくでも浮き上がらせるだけの金が 右皿には必要だった
そして…今夜も天秤は【運命】を踊らせる……
そして…その夜も天秤は仮面を躍らせる……
「いたか!?」
「いえ、見つかりません!この近辺にいる筈なんですが……っ」
「裏切り者のバルバトスめ…っ、何としてもアトワイト大佐を救出しろ!」
深夜の地上軍拠点基地。もうすぐ作戦開始時刻だというのに、とんでもない非常事態が発生していた。
闇を纏うように 夜の静寂を探り 瞳(め)と瞳(め)を見つめ合って
数少ない軍医であり、この戦争の要でもあるソーディアン・チームの一人、アトワイトが敵側のスパイに誘拐されたのだ。
夢想的(Romantic)な月灯りに そっと唇重ね 息を潜めた…
本来ならば現状維持が賢明な判断なのだが、クレメンテに続き彼女まで欠くことは流石に避けなければならない。
慌しく通り過ぎる 追っ手達を遣り過ごし 手と手を取り合って
今後の作戦に支障が出るとして、緊急捜索隊が出動したのだった。
戯曲的(Dramatic)な逃避行に 酔った二つの人生(いのち) 愛に捧げた…
「放しなさい! こんなことをして、ただで済むと思っているの!?」
当の本人達は、基地にほど近い海岸にいた。
(「さよなら・・・ 」 (権力の走狗どもには便利な手札(Card)))
薬で麻痺して動けないアトワイトを肩に担ぎ、蒼銀の髪を持つ男は自らの雇い主の元へと急ぐ。
(「さよなら・・・」 (娘を売れば至尊への椅子は買える))
「悪く思うなよ。
俺は今回の作戦を遅らせる…あるいはブッ潰すように言われているんだ。
本当ならハロルド辺りを狙ったんだが……。
ま、これでディムロスの野郎も、俺を認めざるを得んだろう」
もはやどこまでが任務で、どこまでが私怨なのか。
その境界が曖昧になっている。
身分違いの恋 許されないと知っても ♂(お)と♀(め)は惹かれ合った
しかし元々バルバトスにとって、戦争の行方などどうでもいいことであった。
嗜虐的(Sadistic)な貴族主義を 蹴って檻を抜け出す 嗚呼それは悲劇…
目の上のコブだったディムロスを超え、歴史に名を残す“英雄”として人々に讃え崇められる。
運命の遊戯盤(Board)の上で 支配力を求めて
生と死は奪い合った
そのためなら、どんなに汚いことも辞さないだろう。
徹底的(Drastic)な追悼劇を 笑う事こそ人生 嗚呼むしろ喜劇…
(「さよなら・・・」 (金で雇った者が裏切る世の中))
(「さよなら・・・」 (他人ならば不条理と責めるは惨め))
海岸線に沿って北上していくと、やがて大きな洞窟へと辿りつく。
その奥には、天上軍から派遣されたらしい迎えの軍人が二人待っていた。
楽園への旅路 自由への船出 逃走の果てに辿りついた岸辺
「ご苦労様です」
「ソーディアン・チームのアトワイト・エックスだ。
しばらくは時間稼ぎになるだろう」
バルバトスが肩からアトワイトを下ろすと、軍人は彼女の人相を確かめ、本当に本人かどうかを確認する。
納得したらしい彼は、部下らしいもう一人の軍人にアトワイトを引き渡した。
そして一度バルバトスの方を見ると、おもむろに空中に向かって指を鳴らす。
途端、頭上の岩陰に隠れ潜んでいたらしい天上軍が、次々と姿を現した。
その数、およそ三十。
船頭に扮した男が指を鳴らすと 黒衣の影が舟を取り囲んだ……
「これは…っ、何の真似だ!?」
最初から姿を見せていた、目の前にいる取引相手。
この小隊の隊長らしいその軍人は不敵に笑った。
「これでもう、お前は用済みだ。
(「帰りの船賃でしたらご心配なく 既に充分すぎるほど戴いておりますので)
我ら天上軍のために働いてくれたことに対しては礼を言おう。 だが………
(けれども彼は ここでさよなら」)
“英雄”になれなくて、残念だったな。」
(「残念だったね」)
アトワイトを回収した軍人達が消えた瞬間、バルバトスだけが取り残された洞窟は、轟音を立てて崩れ落ちた。
「よろしかったのですか?」
側近に尋ねられ、天上の王であるミクトランは口の端を吊り上げる。
使い勝手のいい手駒を無くしたことは痛かったが、彼は元々そのつもりだった。
「構わん。 奴は要らぬことまで知り過ぎてしまった。
「娘さえ無事に戻るならそれで良い
第一生かしておいたところで、我々に益となることなど、何もなかったのだからな。」
使用人(おとこ)の方など殺(バラ)しても構わんわ」
ミクトランはそれだけ言って、側近に背を向けた。
一度も眼を合わせずに伯爵はそう言った…
来たるべき地上軍との決戦に向けて準備を始める。
金貨(Coin)の詰まった袋が机(Table)叩いた…
いつも人間(ひと)は何も知らない方が幸福(しあわせ)だろうに
けれど他人(ひと)を求める限り全てを知りたがる
そして、『運命』は僅かに歪んでいく………
――何故破滅へと歩みだす?
崩壊する洞窟からバルバトスが脱出出来たのは、もはや執念だと言ってもいいだろう。
華やかな婚礼 幸せな花嫁 運命の女神はどんな脚本(Scenario)を好むのか…
彼は瓦礫の山と化したそこから、さほど離れていない浜辺の岩陰にいた。
虚飾の婚礼 消えた花嫁 破滅の女神はどんな綻びも見逃さない…
しかし…脱出したと言っても、彼はもうそこから動けなかった。
嗚呼…燃えるように背中が熱い その男が伸ばした手の先には何かが刺さっていた
バルバトスの腹からは、夥しい量の血が流れ出ている。
嗚呼…緋く染まった手を見つめながら 仮面の男は緩やかに崩れ落ちてゆく…
洞窟の騒ぎの中で微かに隙を見つけたアトワイトは、手近にいた天上軍の剣を奪い、それをもってバルバトスを刺していた。
嗚呼…その背後には娘が立っていた 凄まじい形相で地に臥せた男を凝視していた
すぐに彼女はダイクロフトへと連行されて行ったが、憎い裏切り者に一矢報いただけでも満足なのだろう。
嗚呼…一歩後ずさり何か叫びながら 深まりゆく闇の彼方へ走り去ってゆく…
傷は深く内臓にまで至っていた。
掠れゆく意識の中で、バルバトスは足掻き続ける。
“英雄”になるまでは、死ぬわけにはいかないと。
――徐々に薄れゆく意識の水底で 錆び付いた鍵を掴もうと足掻き続ける
その時、頭の中で声がした。
(私の娘の手助けをしてくれるなら、その痛み…苦しみを、私が代わりに引き受けましょう)
声の正体を見極めるには至らなかったが、頷かせるには充分な条件だった。
やがて苦痛のすべてが消え失せると、彼は立ち上がり、何かに導かれるかのように闇の中へと消えていった……。
代わりに現れたのは妙齢の女性。 男が負った傷と、同じ場所から血を流している。
嗚呼…これで上の娘は大丈夫だろう。 次に問題なのは下の娘。
あの子にはまだ、≪外≫へ出て行けるだけの力がない。
早く戻って送り出さなければ。
扉は目の前にある 急がなければ
それに何より、もうすぐ…もうすぐ約束したあの娘の――――――。
もうすぐ もうすぐ約束した娘の――
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