エルの肖像
〜 Elysion in Tales of the Destiny 2 〜
白い雪が絶えることなく降り続けるファンダリアの領内。
その港町であるスノーフリアの近くにある森、
地元の人間が『ティルソの森』と呼んでいる土地に、二人の青年の姿があった。
白い結晶の宝石は 風を纏って踊る
片や銀髪で背が高く、片や金髪でまだ幼さを残した顔立ちをしている。
見たところ、おそらく兄弟であろうと推測出来なくもないが、顔はまったくと言って良いほど似ていない。
敢えて言うなら雰囲気が似ているが、それでもこの二人の間柄を判断する材料となり得ない。
樹氷の円舞曲 遠く朽ちた楽園
二人が森の奥へ奥へと進む内に風が出てきた。
常冬であるこの国の気候なら、吹雪となるのも時間の問題だろう。
黒い瞳孔(め)の少年は 風を掃って通る
年長であろう銀髪の男が声を上げた。
「おいカイル!そろそろ引き返さねぇとヤバイぞ!」
樹氷に囲まれた道なき道を進んでいる間に、何度も方角を見失いかけた。
まだ取り返しの効く今の内に、街へと戻った方がいい。
人気のないこの森なら、『凍死』という最悪の事態が身近に感じられる。
樹氷の並木道 深い森の廃屋
しかし先を行く少年は、一行に足を止めようとはしない。
「ん〜……もう少しこの辺を探してみるよ。何だったらロニだけ先に戻ってて。」
そう言った少年は、男の方を振り返ろうともしない。
そんな相棒に苦笑すると、彼は小走りで少年に追い付き、自分よりもずっと低い位置にある頭を小突いた。
少年が見つけた 少女の肖像画
「バ〜カ、このロニ様がお前を置いて帰れる訳ないだろ。
付き合ってやる…が、もう少しして何もなかったら帰る。それでいいな?」
「…わかった、ありがとロニ。」
『彼』は病的に白い 『彼女』に恋をしてしまった
元々この旅に出たキッカケは、少年が突然「誰かに呼ばれている」と言い出したことだった。
これまでにも少年は、名実共に『英雄』である両親に憧れて、『冒険』という名のプチ家出を何度かしたことがある。
幼い筆跡の署名(Sign) 妙に歪な題名(Title)は
しかし、今回ばかりは様子が違っていた。
そのためにお目付け役として、彼の兄貴分である男が同行することを条件に、少年の両親は旅立ちを許可したのだが……。
【最愛の娘エリスの8つの誕生日に…】
「ヤバッ、吹雪いて来やがった!」
「ロニあそこ!山小屋があるみたい!」
暴風雪の中を必死に駆け、小屋の中へと駈け込んだ。
慌てて扉を閉めると、すぐに風の唸る音も聞こえなくなる。
落ち着いてから改めて小屋を見渡すと、いっそ廃屋と言ってもいいようなものだった。
造りがしっかりしているためか雨露や風雪はまだ充分防げるものの、
永らく無人だったらしく床には埃が積もり、薪などの燃料も湿気を含んでいる。
退廃(Decadence)へと至る幻想
「暖炉はまだ使えそうだな…。おいカイル!何か燃える物……カイル?」
男が、自分から見てちょうど線対象に位置する場所にいる相棒に声をかけると、
彼はただ一点を見つめて立ち尽くしていた。
背徳を紡ぎ続ける恋物語(Romance)
暖炉からさほど離れていないその場所にあったのは、古びた一枚のキャンバス。
描かれていたのは二人の女性。一人は長い茶髪で、背が高めの妙齢の女性。
もう一人は、少年と大して変わらないだろう年頃の、肩よりは短い黒髪の少女。
二人共肌が白いようだが、とりわけ少女の方が色白に描かれており、
まるで何か病気でもしているのかと思えるほどだった。
痛みを抱く為に生まれてくる 哀しみ
「何だ?…うわ、字ぃ下手くそ。えーと……『最愛の娘達の門出の日に』?」
少年の背後から肩越しに絵を覗き込み、額縁に隠れるかどうかギリギリの位置に記されたタイトルを読む。
第四の地平線――その楽園の名は『Elysion』
絵に使われた技巧の高さの割に、その字は妙に歪だった。
目を凝らせば読めないこともないが。
タイトルの下には、やはり幼い筆跡で「Fortuna(フォルトゥナ)」と署名してある。
――そして…幾度目かの楽園の扉が開かれる……
矛盾に満ちているためか、変に違和感が多い。
それでも少年は、その少女の肖像を穴が開くほどに見つめていた。
「……けた。」
「カイル?」
「見つけた。」
肖像画に手を延ばすと、少年は少女の顔の輪郭を指でなぞる。
やがて少年は彼の《理想(EL)》を求めるだろう…
擦れて乾いた絵の具の欠片がわずかに剥がれ落ちたが、彼は気に留めることもなかった。
やがて少年は彼の《鍵穴(EL)》を見つけるだろう…
「俺をずっと呼んでいたのは、君だったんだね。」
画の置かれていた台座からキャンバスを外すと、
やがて少年は彼の《楽園(EL)》を求めるだろう…
もう一人の女性の肖像には目もくれず、ただ…少女だけに微笑いかける。
やがて少年は彼の《少女(EL)》を見つけるだろう…
「やっと見つけたよ……『リアラ』。」
娘もまた母になり 娘を産むのならば
楽園を失った原罪(つみ)を 永遠に繰り返す……
画の中の少女が、微笑い返したような気がした。
吹雪が治まるのを待って夜を越し、二人は山小屋を出た。
この辺りの気候にしては珍しく、雲間から青空が覗いている。
彼らの旅も家路を辿るのみとなり、ここからスノーフリアまで戻り、アイグレッテ経由で船と徒歩で帰るだけだ。
始まりの扉と終わりの扉の狭間で 惹かれ合う『E(El)』と『A(Abyss)』――愛憎の肖像
「突き合わせてごめんね、ロニ。」
「何だかよく解んねぇが…ま、別にいいってことよ。」
あの画はそれ以上傷まないようにしっかりと布で保護され、少年が今脇に抱えている。
なかなかに大きな荷物となったが、徒歩での移動距離を考えるとさして支障はないだろう。
禁断に手を染め 幾度も恋に堕ちてゆく 求め合う『E(Eve)』と『A(Adam)』――愛憎の肖像
「んじゃ帰るか。孤児院の皆、心配してるぞ。」
「そうだね、チビ達も寂しがってるだろうし……。」
歩き始めたのも束の間、少年は再び足を止めた。
やがて少年は♂(おとこ)の為に自らを殺し
先を行っていた男が気付いて振り返るが、あまりにも様子がおかしい。
少女は♀(おんな)の為に自らを殺す
元気が取り柄の彼の顔が、信じられないほど真っ青になっていた。
「…駄目だ、それだけはやっちゃ駄目だ……。」
「お、おいカイル!?」
男が駆け寄るも、少年は反応を示さない。
時の荒野を彷徨う罪人達は
その視線は、此処ではない何処かを見つめていた。
其処にどんな楽園を築くのだろうか?
「やめるんだリア―――!」
――幾度となく『E(Elysion)』が魅せる幻影 それは失ったはずの『E(Eden)』の面影
その瞬間、世界は閃光に包まれた。
嗚呼…その美しき不毛の世界は 幾つの幻想を疾らせてゆくのだろう――
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