あの人こそ、私の『英雄』なのかしら――?
(――彼女こそ 私のエリスなのだろうか……)










  Baroque
〜Elysion in Tales of Rebirth 〜 VEIGUE ver.















スールズ村の奥にある集会所。


半年前まであった巨大な氷塊はすでになく、今では水のシミが僅かに床に残っているだけだった。

誰もいないその場所に、一人の青年がやって来ていた。


この村の出身である彼は、並んでいる机の最前の物よりも前に進み出て、そこで立ち止まった。


元々この建物は何かの宗教の教会だったらしいので、青年の姿はまるで、神に己が罪を懺悔しているかのように見える。



しばらく彼を観察していると、やがて、静かに口を開いた。



「この世に神というモノがいるなら、どうか聞いて欲しい。


俺は…人を殺した。 それも、大事な仲間を殺したんだ……。」
主よ、私は人間(ひと)を殺めました。 私は、この手で大切な女性(ひと)を殺めました。













生来ヴェイグは、あまり社交的な性格ではなかった。
思えば私は、幼い時分より酷く臆病な性格でした。

別に人見知りするというわけではなく、要するに、極端な口下手だったのだ。
他人というものが、私には何だかとても恐ろしく思えたのです。


ベネット家に養子に来た時も、養父母はもちろんクレアにさえ、なかなか心を開くことは出来なかった。
私が認識している世界と、他人が認識している世界。 私が感じている感覚と、他人が感じている感覚。

それには両親を亡くしてすぐだったからというのもあるのだろうが、まず何より、他人との話の仕方や付き合い方が解らなかったのだ。
『違う』ということは、私にとって耐え難い恐怖でした。


心身の成長につれ、村人との交流は随分と出来るようにはなったが、それは周りの大人達が何かと彼を気遣ってくれたお陰であり、
それがいづれ『拒絶』に繋がるということを、無意識の内に知っていたからです。

何よりクレアの仲立ちがあったから成せたことだ。
楽しそうな会話の輪にさえ、加わることは恐ろしく思えました。 私には判らなかったのです、他人に合わせる為の笑い方が。


事実、今でも彼女がいないまま初対面の人と会えば、ヴェイグはたちまち接し方が解らなくなってしまうのだ。
いっそ空気になれたら素敵なのにと、いつも口を閉ざしていました。


「お前さー。 もうちょっと笑ってみたらどうだ?」




サニイタウンでひと休みしていた頃、宿の一室でティトレイが不満げに言った。
そんな私に初めて声を掛けてくれたのが、彼女だったのです。


表情豊かな彼からしてみれば、クレア関係以外では常に仏頂面なヴェイグの心理が理解出来ないのだろう。
美しい少女(ひと)でした、優しい少女(ひと)でした。

もっとも、姉関係になると無限に熱血になる彼の心理も、一般の人には理解し難い物なのだが。
月のように柔らかな微笑みが、印象的な少女(ひと)でした。


「別に。 笑う必要性が感じられないだけだ。」


「かぁ〜〜! そんなんじゃいつかクレアちゃんに愛想尽かされちまうぞ!」



ボサボサ頭が掻き回されて、更にボサボサになる。


彼のリアクションはマオと並ぶ程、とにかくオーバーでド派手だ。
最初こそ途惑いはしましたが、私はすぐに彼女が好きになりました。


「いーかぁ? 『笑う』ってのはコミュニケーションの中でも一番大事なこてなんだぜ?


誰かと仲良くしたい時とか、争いを避けんのにも有効だ。 何より、その場も和むしな。」


「……なら、今度サレにでも試してみるか。」


「アイツは例外!」



慌てて否定するティトレイの様子に、ヴェイグは呆れ果てて何も言えなかった。
私は彼女との長い交わりの中から、多くを学びました。


だがそれと同時に、自分の口許が微かに笑っていることに気が付いた。
『違う』ということは『個性』であり、『他人』という存在を『認める』ということ。

もっとも、ティトレイの方はそのことに気付いていないが。
大切なのは『同一であること』ではなく、お互いを『理解し合うこと』なのだと。


ヴェイグが元の表情に戻すと同時に、ティトレイが彼の顔を見た。


銀髪の下にある相変わらずな仏頂面を見てムキになったのか、ついに論点のズレているうえ意味不明な宣言までする始末だ。



「チクショー! バクショウダケ食わせてでも笑わせてやる!」


「せいぜい頑張れ。」



そんなやり取りを繰り返している内に、ヴェイグはいつしか、クレアがいなくても感情を表に出せるようになっていた。
しかし、ある一点において、私と彼女は『違い過ぎて』いたのです。

その変化を仲間達は喜んだが、ヴェイグ自身は気付いていた。
狂おしい愛欲の焔が、身を灼く苦しみを知りました。


この変化はティトレイがいるからこそ起きたものであり、別れてしまえばまた、以前の自分に戻ってしまうだろうことに。
もう自分ではどうする事も出来ない程、私は『彼女を愛してしまっていた』のです。






水の聖獣であるシャオルーンに会うべくして訪れたバビログラードで、ヴェイグはティトレイを、スールズに来ないかと誘ってみた。
私は勇気を振り絞り、想いの全てを告白しました。

しかし、その返答は……。
しかし、私の想いは彼女に『拒絶』されてしましました。


「…悪ぃ。 姉貴が待ってるし、ペトナジャンカの連中を放っとけねぇんだ。」



内心予想していた通りの答え。


しかし、実際に言われてみるとその衝撃は予想以上で。
その時の彼女の言葉は、とても哀しいものでした。


たとえクレアを元の体に戻し、無事にスールズに帰ったとしても。


自分はまた元に戻ってしまう。 周囲のヒトに怯え、社交性を著しく欠いている自分に…。
その決定的な『違い』は、到底『解り合えない』と知りました。


そう思った時、ヴェイグは自分の頭が真っ白になるのを感じた。



先に神殿の中に入った仲間達の後を追おうとするティトレイの背中が、どこか遠くに思えた。


ヴェイグは咄嗟に駆け出し、その背中に向かって腕を伸ばし……。














この地域の環境にしては珍しく、外は雪ではなく、雷を伴う大雨が降っていた。


集会所の中はすでに薄暗く、雷光が時折、青年の姿を青白く浮かび上がらせている。



「自分の行動が他人のもののように感じるなんて、初めての体験だった。
そこから先の記憶は、不思議と客観的なものでした。

気付いたら俺はアイツを、バビログラードの上層から突き落としていたんだ。
泣きながら逃げてゆく彼女を、私が追い駈けていました。


下は海だし、何よりあの高さだ。
縺れ合うように石畳を転がる、《性的倒錯性歪曲(Baroque)》の乙女達。

まず間違いなく助からないだろう…。
愛を呪いながら、石段を転がり落ちてゆきました……。


俺は…一体どこで間違えたんだ? いつからおかしくなっていたんだ?
この歪な心は、この歪な貝殻は、私の紅い真珠は歪んでいるのでしょうか?

それは自分自身では解らないんだが…。
誰も赦しが欲しくて告白している訳ではないのです。


俺は、俺がやったことに後悔はしていない。 この罪が、俺を『俺』でいさせてくれるから。
この罪こそが、私と彼女を繋ぐ絆なのですから。

この罪だけは、神にさえも赦させはしない……!」
この罪だけは、神にさえも赦させはしない……。















「なら、私が赦すわ…。」

(「ならば、私が赦そう…。」)
















――激しい雷鳴。 浮かび上がる人影。
(歪んだ真珠の乙女、歪なる日に死す。(Baroque Vierge,  Baroque zi le fine .))

いつの間にか青年の前には、『一人の少女』が立っていた……。
――激しい雷鳴 浮かび上がる人影 いつの間にか祭壇の奥には『仮面の男』が立っていた――








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