如何にして 楽園の扉は開かれたのか――
セレスティアの片田舎の町で、ある一人の女の子が生まれた。
鬱蒼と茂る暗緑の樹々 不気味な鳥の鳴き声 ある人里離れた森に
その赤ん坊は捨てられていた
インフェリア人であった父は早くに亡くなったが、母がその子を、女手ひとつで無事育て上げた。
幸か…不幸か… 人目を憚るように捨てられていたその子を拾ったのは
母譲りの銀髪に、色黒が標準のセレスティア人にしては、少々白い部類に入る肌。
王国を追われた隻眼の魔女 ≪深紅の魔女と謳われた(Crimson)≫のオルドローズ
十六年の時を経て、赤ん坊はとても可愛らしい娘へと育った。
銀色の髪に 緋色の瞳 雪のように白い肌 拾われた赤ん坊は いつしか背筋が凍る程美しい娘へと育った…
しかし、時代の流れは無情にも母娘を引き裂き、娘は対の世界であるインフェリアへと旅立っていく。
流転こそ万物の基本 流れる以上時もまた然り
今…二つの『楽園』をめぐる物語が、人知れず幕を開けた……。
二つの楽園を巡る物語は 人知れず幕を開ける…
(苦しい…出してくれ…助けてくれ…)
「ラフレンツェや 忘れてはいけないよ」
エルの絵本 【 魔女とラフレンツェ 】
〜 Elysion in Tales of the Eternia〜
ツインテールに纏めた銀髪は、一房分の量が多いこともあって、少女が動く度に楽しげに揺れる。
銀色の髪を風になびかせて 祈るラフレンツェ
死者の為に…
年齢のわりに幼く見える彼女は、体を動かすことと歌うことが何よりも好きである。
小さな唇が奏でる『鎮魂歌(Requiem)』 歌えラフレンツェ
永遠に響け…
そのためかどうかはわからないが…彼女は何処にいても、どうしても軽はずみな行動が多く、
いつも自分のペットと一緒になって、よく何らかの騒ぎを起こしていた。
「メルディ危ない!」
咄嗟にファラが手を出したが一瞬遅く、彼女…メルディは足を踏み外して崖から落ちそうになった。
時を喰らう大蛇(Serpens) 灼けた鎖の追走曲(Canon)
すぐにリッドが少女の腕を掴んで引き上げたため、何とか今度も事無きを得たが。
狂い咲いた曼珠沙華(Lycoris) 還れない楽園(Elysion)
今いる場所はインフェリアの、ミンツの岩山。その頂上近くにある観測所にいるという、リッド達の知り合いを訪ねる途中だった。
蝋燭が消えれば 渡れない川がある
その青年に会えば、この事態の打開に一歩近付けるかもしれないと言うのだが……。
始まりも忘れて 終わらない虚空(そら)を抱く……
「こりゃキールと合流するまでに大怪我しそうだな…。」
(助けてくれ…悔しい…出してくれ…)
リッドが自分の頭を掻きながら、道に座り込んでいるメルディを見下ろした。
(『亡者どもの声(Creature's Voice)』) 「――オノレラフレンツェ」…悲痛な叫びの不響和音(Harmony)
(『尽きせぬ渇望(Un Satisfied)』) 「――ニクキラフレンツェ」…呪怨の焔は燃ゆる
「言えてる…。メルディ、もうちょっと落ち着いた方がいいよ。」
「バイバ!」
例え言葉が通じなくとも、二人は心配せずにはいられなかった。
儚い幻想と知りながら 生者は彼岸に楽園を求め
常に後先考えていないような行動をメルディが取っているため、リッド達はなかなか気を置くことが出来ない。
死者もまた 還れざる彼岸に楽園を求める
しかしそれは、事情を知らない者ならではの安易な行動だった。
彼らを別つ流れ 深く冷たい冥府の川
自分がインフェリアの大晶霊達と契約出来なければ、フィブリルを持つリッドを無事にセレスティアに連れて帰らなければ……
乙女の流す涙は 永遠に尽きることなく
シゼルに対抗出来ず、二つの世界は『無』に還るしかない。
唯…嘆きの川の水嵩を増すばかり…
その使命感から焦りが生じ、無理に明るく振る舞えば空回りしてしまう。
そんな飼い主の気持ちがクィッキーにも伝わってしまい、結果、先程のような騒ぎとなってしまうのだ。
(大丈夫…、メルディならやれるよ……。)
右も左も分からない異界の地では、原住民であるリッドとファラの協力は何よりも有り難い。
――少女を悪夢から呼び醒ます 美しき竪琴の調べ
それでも不安は払拭し切れず、自分自身に言い聞かせないと己を律することが難しかった。
哀しい瞳をした弾き手 麗しきその青年の名は……
「ラフレンツェや 忘れてはいけないよ
お前は冥府に巣喰う亡者どもの手から この世界を守る為の 最後の黄泉の番人
純潔の結界を破らせてはいけないよ」
キールと合流しても、やはり意思疎通が困難なこともあり、最初はうまくいかなかった。
祖母が居なくなって唇を閉ざした 吹き抜ける風 寂しさ孤独と知った
それどころか彼自身の頑固な性格のために、状況打開どころの話ではなくなり、メルディとの意見の衝突も多い。
彼が訪れて 唇を開いた 嬉しくなって 誓いも忘れていった…
しかし付き合いが長くなるにつれ、段々と互いへの理解が深まって来ると、その衝突も無くなった。
――それは 手と手が触れ合った 瞬間の魔法
学者らしく知的好奇心の塊とも言えるキールは、表面では何だかんだ言いながらも、しきりにセレスティアについて聞きたがった。
高鳴る鼓動 小さな銀鈴(Bell)を鳴らす
特に水の大晶霊であるウンディーネとの契約に成功してからは、更にその傾向が顕著になった。
瞳と瞳見つめ合った 瞬間の魔法
そして絶えず故郷のことを話し聞かせることで、いつしかメルディ自身も心のゆとりが生まれ、以前のような焦りの先走りによる失敗を起こすこともなくなった。
禁断の焔 少女は恋を知った…
「メルディ、このフリンジの組み合わせなんだが……。」
「はいな!」
たとえそれが一時的なものであるとしても、キールと話している間だけは全てを忘れることが出来た。
迫り来る世界の危機も、実の母親を倒さなければならない現実も、どうでもよく感じられた。
一つ奪えば十が欲しくなり 十を奪えば百が欲しくなる
本当は何よりも優先しなければならない事態から目を背け、先延ばしにし、このままセレスティアには帰らず、
ずっとインフェリアでの旅を続けたいと願うほどに……。
その焔は彼の全てを 灼き尽くすまで消えはしない…
もはやメルディは、完全にキールに依存していた。
彼さえいれば他には何も望まない、と。
…それなのに……。
「ラフレンツェや 忘れてはいけないよ」
「…すまない、僕は一緒に行けない。」
(……何で…?)
「ゾシモス台長が、僕の力を必要てしてくれているんだ。」
(離れるなんてヤダよぉ…。)
「本当に…ごめん…。」
(キール……!)
走り去って行く白いローブの後ろ姿が、何故か妙に歪んで見えた。
愛欲に咽ぶラフレンツェ 純潔の花を散らして
海を移動中している時の、船室でリッドが言った悪態も、ほとんど少女の耳には入らない。
愛憎も知らぬラフレンツェ 漆黒の焔を抱いて
レイスという新しい人材を見つけられたことは、結果論から言えば良かったのだが、それところとは別問題だ。
(キールはメルディを裏切った……。…許せない…絶対に許さない…!)
彼は手探りで闇に繋がれた 獣の檻を外して
いつの間にか彼女の眼には、昏い光が宿っていた。
少女の胎内(なか)に繋がれた 冥府の底へ堕りてゆく……
決戦の後二つの世界は切り離され、またチャットとバンエルティア号がインフェリア側に移ってしまったため、
――近づいて来る足音
キールは故郷に帰ることが出来なくなり、セレスティアへの残留を余儀なくされた。
やがて彼(Orpheus)が乙女(Eurydice)の手を引いて 暗闇の階段を駆け上がって来る
しかし、晶霊技術が発達したセレスティアで研究に打ち込む内、彼の中にあった望郷の想いは、いつしか跡形もなく消え去っていた。
けれど少女は裏切りの代償として 残酷な呪いを歌った
そして、その傍らには常に一人の少女の姿が…。
嗚呼…もう直ぐ彼は…彼は振り返ってしまうだろう――
(これで…ずっとキールが側にいられる……。)
ネレイドは永らく邪神とされてきた。
魔女がラフレンツェを生んだのか ラフレンツェが魔女を生んだのか
しかし、闇の極光術がその邪神の力であるということは、その正体はもしかすると……。
今となっては過ぎたこと。確かめようとしても、全ては歴史の外側となってしまった。
物語は頁の外側に……
果たして…真実はどちらなのだろうか……。
――斯くして 『楽園』の扉は開かれた……
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