(――私は 生涯彼女を愛することはないだろう
しかし…彼女という存在は 私にとって特別な意味を孕むだろう
何故なら…生まれてくる子の名は 遠い昔にもう決めてあるのだから……)
――そして…幾度目かの楽園の扉が開かれる……
(Elysion to A Elysion to A)
エルの楽園 〔→ side : E →〕
〜 Elysion in Tales of the Destiny 2 〜
外は吹雪。
白い大地に 緋い雫で 描かれた軌跡 罪の道標
夜風が叩く窓のから見える雪原は美しく、僅かに照らす月の光により、白銀の煌めきを散らしている。
古びた金貨(Coin) 握り締めたまま 這い擦りながらも 男は笑った
暖炉の前の揺り椅子には妙齢の女が座っており、眠っているのか、その目は閉ざされていた。
廻るように 浮かんでくる 愛しい笑顔 すぐ其処に
女の傍らには娘と思われる少女が寄り添っていて、見たところ十五〜十六歳のようだが、まるで幼女のように床に座り込んでいた。
夢幻の果てに 手を伸ばす様に 扉に手を掛けた
(Come Down to the Elysion) ――そして…彼の現実は朽ち果てる……
少女の手元を見ると、さっきまで描いていたのだろうか、拙いタッチで描かれた絵が数枚落ちている。
少女が小さく 咳をする度 胸の痛みが 春を遠ざける
今は本に夢中で、それらの絵には興味のカケラも示していないが。
襤褸い毛布でも 夢は見られる 愛を知った日の 温もり忘れない
彼女には歳の離れた姉がいた。
眠るように 沈んでゆく 愛しい世界 水底に
一足先に独立した彼女の後を追って、少女もいつかは、小屋の外の世界へと旅立って行くだろう。
夢幻の果てが 手を招く様に 扉は開かれた
その時に備え、母は娘によく語り聞かせている理想があった。
(Come Down to the Elysion) ――そして…彼女の現実は砕け散る……
少女は暖炉の前に座り込み、その明かりを頼りに本を読んでいる。
絵本が一冊。 そして、五冊もの物語。
一途な想いを秘めた深淵の物語。
ねぇ…お父様(パパ) その楽園ではどんな花が咲くの?
二分された世界に跨がる悠久の絵本。
ねぇ…お父様(パパ) その楽園ではどんな鳥が歌うの?
歪んだ形で現れた再誕の物語。
ねぇ…お父様(パパ) その楽園では体はもう痛くないの?
理想を追い求めた伝説の物語。
ねぇ…お父様(パパ) その楽園ではずっと一緒にいられるの?
予め定められていた運命の物語。
二律背反の間で揺れる交響の物語。
(ねぇ…お父様(パパ))
特に少女は五つの物語を好んでよく読み、母の語る『楽園』と並んで、彼女の世界を構成していた。
窓を叩く夜風 弾む吐息 薄暗い部屋 楽しそうな談笑
少女はその空想の世界を、自由に飛び回ることに夢中だった。
虚ろな月明かり 白い吐息 薄汚い部屋 痩せた膝の少女
ふいに、少女は母を振り返った。
「ねぇ、フォルトゥナ。 明日は何の日か知ってる?」
幾度となく繰り返される問いかけ 尽きることのない『楽園』への興味
目を輝かせて問う少女の表情は、年齢に反してひどく幼く見える。
嗚呼…少女にはもう見えていないのだ 傍らに横たわるその屍体が…
「どうしたと言うのですリアラ。 明日は……我が愛しい、可愛い聖女の誕生日ですね。」
(「ねえ お父様(パパ)」「何だい エル?」)
「私、誕生日プレゼントは絵本がいいと思うの。」
(「明日は何の日か知ってる?」 「世界で一番可愛い女の子の誕生日」)
言外に新しい絵本をせがんで来る娘が可愛くて仕方なく、母は柔らかく微笑んだ。
先に世に出て行った上の娘にはなかった子供らしさが、彼女にはとても愛らしく感じられる。
だからだとは言わないが、ついつい…この少女の我が儘を許してしまっていた。
「仕方ないですね。 どのような内容がいいのです?」
「『楽園』がいいわ。
(「私 お誕生日プレゼントは絵本がいいと思うわ」)
いつも貴女が話してくれているような場所で、この物語達に出てくるような人が沢山いるのよ。」
おねだりが通じたとわかった途端、少女は嬉しそうに笑った。
すでに人事のように振る舞ったことを忘れている。
幼さゆえに素直に出て来る『楽園』への憧れ。
(Cross Door) …男の夢想は残酷な現実となり (Cross
Door) …少女の現実は幽幻な夢想となる
母が望み、姉や自分が夢見る理想郷。
(Cross Door) …男の楽園は永遠の奈落となり (Cross
Door) …少女の奈落は束の間の楽園となる
そこには一体どんな花が咲き、どんな鳥が歌うのか。
…お父様(パパ)―― その楽園ではどんな恋が咲くの?
少女の『楽園』への興味は、今日も尽きることを知らない。
ねぇ…お父様(パパ) その楽園ではどんな愛を歌うの?
娘の望みは、それが一体どんな物であったとしても、すぐに母の願いにも繋がっていく。
…お父様(パパ)―― その楽園では心はもう痛くないの?
またこの力無き娘が望むなら、どんなことでも叶えたいと思った。
ねぇ…お父様(パパ) その楽園ではずっと一緒にいられるの?
しかし……。
「それは名案ですね。
でもリアラ? その絵本を作るためには、登場人物達を探して揃える必要があります。」
何もない状態からすべてを作り上げるには、何事においても『材料』が必要となって来る。
おそらく上の娘が、ある程度の基礎を築いてくれてはいるだろうが、それでも住人がいなくては『楽園』と成りえない。
「どうします? 貴女が探して来てくれますか?」
「えぇ! 私にもそれくらいは出来そうだわ。」
少女は意気揚々と立ち上がった。
「貴女の絵本になるのですから、よくよく選んで、納得のいく決定をするのですよ。」
「わかったわ。 それじゃあ、早速行って来るわね。」
「迷ったならエルレインに相談しなさい。 あの子には、行動力のある協力者がいるみたいだから。」
コートを掴んで着込むと、少女は喜び勇んで小屋を出て行った。
かつてもう一人の娘にもそうしたように、母はただ、黙って見送っている。
やがてこの姉妹はいくつもの地平線を飛び越え、姉は『楽園』を築き、妹は住人となる人々を導くだろう。
そうして母の夢想は残酷な現実となり、娘の現実は幽玄な夢想となるだろう。
女の楽園が永遠の奈落となり、少女の奈落が束の間の楽園となるように。
吹雪はもうほとんど降り止んでいた。 それでもまだ風は冷たいし、雪も視界を覆っている。
しかし少女は期待と希望に胸を膨らませ、一歩、また一歩と、今までいた世界から旅立って行く。
絵本を作るのに必要な登場人物達……彼女にとってはまさに『英雄』と言える人達を連れて来れば、
母が最高の絵本を作ってくれると信じて。
しかし……それは……。
嗚呼…彼女は気付いていないのだ。
ねぇ…お父様(パパ) その楽園ではどんな花が咲くの?
薄い月明かりが照らす白い大地に、紅い軌跡がはっきりと描かれていることに。
ねぇ…お父様(パパ) その楽園ではどんな鳥が歌うの?
彼女は知らないのだ。
ねぇ…お父様(パパ) その楽園では体はもう痛くないの?
その軌跡が、たった今自分が出て来た小屋の中にまで延びていることに。
ねぇ…お父様(パパ) その楽園ではずっと一緒にいられるの?
そして…彼女には見えていなかったのだ。
傍らの安楽椅子に腰掛けていた、母たる女神の
その屍体が。
(ねぇ…お父様(パパ))
(Elysion to A Elysion to A)
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