「はい、こちらがご注文頂いた商品になります」

「すみません、無茶を聞いて頂いて……」

「構いませんよ。 頑張って下さいね、お幸せに」

 

星喰み撃破から早三年。

僕が騎士団長に正式に就任し、『凛々の明星』が五大ギルド入りしてからも三年。

 

久し振りにまとまった休暇をもぎ取った僕は、市民街から下町に続く坂を、帝都内を流れる川に沿って降りて行った。

 

ある決意を胸に抱いて。

 

 

 




エイは育ち、僕はプロポーズに鉄を曲げる






 

 

 

「……受け取ってくれるかな」

 

先程購入した指輪を太陽に透かしてみる。

 

婚約指輪として男から贈る物にしては少し大きなそれは、店員に無理無茶を言って作ってもらった特注品。

トップにあしらわれた宝石は大変貴重なものだし、戦闘にも役立つ付加効果をつけようとしたら、思った以上に時間がかかってしまった。

 

それでも譲れず断行したのは、相手の性格を知り尽くしているから。

こうでもしないと、受け取ってはくれても身に付けてはくれないだろうから。

 

「(大丈夫だ、体当たりは僕の得意技だろ。 いざとなれば当たって砕け)、て、ぅわ!?」

 

自分でも浮かれてたのはわかってた。 千鳥足になるのも知っていた。

けど。

 

「ぇええええ!!?」

 

バシャバシャバシャバシャバシャ……ザシュッ!

 

ちょっと躓いただけなのに、向こう岸まで飛んでいった!

綺麗に水面を切って飛んでいくとか、どれだけ的確な角度なんだよ、ありえない!

 

「は、橋! 橋は…」

 

一番近い橋は貴族街。

さらに言えば、移動中に位置を見失えば絶対に見つからない。

 

「ボートとか…って、下町にそんな気の効いた物があるわけない!」

 

仕方ない、泳いで渡るしか……。

 

「あらあらフレンちゃん、何してるの?」

「あ、果物屋の……」

 

ズボンの裾を捲りあげて、川の中にいる僕を見て、果物屋のお婆さんは目を向いた。

僕、何かしたかな?

 

「向こう岸に、大切な物を落として(?)しまって」

「まさか川を渡る気かい!?」

 

え、何をそんなに驚いて……?

 

 

 

「ここ、三途の川じゃよ」

 

 



















 

「…………」

 

 

 

……

 

 

 

……

 

 

 



















ぇえええええ!?

 

 

 

そんな都市伝説が実在してるどころか、こんな近所でカジュアルに流れているなんて!

というより、向こう岸はあの世なのか!? せいぜい市民街の三丁目辺りだと思ってたよ!

 

「ご…ご忠告、ありがとうございます……」

「それはいいけどフレンちゃん、くれぐれも川は渡らないようにね」

 

お婆さんと別れてからも、僕はしばらく茫然とした。

あのお婆さんは正直者で有名だし……。

 

「と、とりあえず近くまで……」

 

せめて行けるところまで行こうと、川の中を進んでみる。

もしかしたら、実はあのお婆さんなりの冗談かもしれないし…。

 

そう思ったのも束の間。

先に進むにつれ川はどんどん深さを増し、僕はほとんど水没しそうになっていた。

息がしづらくて苦しいのに、だんだんとそれが気持ちよくなって……。

 

「――って、ダメだよ僕死にかけてるよ!」

 

自分自身にツッコミをいれながら、慌てて来た途を戻る。

さすがというか何というか、『三途の川』は伊達じゃない。

 

それならばと大急ぎで城へ戻り、自室の思い出箱から釣竿を取ってきた。

釣り針の形はフックみたいになっているし、糸を限界まで伸ばせば対岸に届くかもしれない。

 

釣り針に指輪が引っ掛かることを祈った。

 

奇跡を信じて――!

 

 

 

 

 

 










………………。

 

 

 

 

 

 

 










何で8投連続エイが釣れた!?

その手の奇跡は今いらないよ!

 

海と繋がってないはずなのに、どうやってあがってきたんだろう。

ていうか、さっき泳いだ時どこにいたんだ!?

 

それからも、振っても振っても指輪は掛からず、代わりにまたエイやリュウグウノツカイや、何故か2mくらいあるマンボウばっかりが掛かる。

 

指にマメが出来ては潰れ、そこから血が流れては固まった。

それでも僕は竿を振り続ける。

 

だってあれは、大切な指輪だから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか日付は変わって、待ち合わせ場所に向かう君の姿を見た。

君も川岸で、びしょ濡れになりながらエイに囲まれて倒れている僕を見て驚いていたね。

 

「な…っ、何やってんだよお前!?」

「ユーリ……」

 

すぐに近くの家からバスタオルを借りてきてくれた君に、一連の事情を話した。

他にも色々と考えていたのに、なんて散々なプロポーズなんだ。

 

「……お前、バカすぎるだろ」

「バカでもいいよ、必ずあの指輪を釣り上げてみせるから」

「おい! ちょっと待てって!」

 

まだ竿を振ろうとする僕を、君は羽交い締めにして引き止めた。

 

その時、愕然とした。 君との体温の差を。

自分の体がどれだけ冷えきっていたのかを思い知った。

 

自覚した途端急に熱が出てきて、ついに僕の心も折れそうになる。

 

「……あ」

「?」

 

長い釣糸の先端を見た君は、おもむろに釣り針を拾い上げる。

 

あちこちの岩に当り、引っ掛かれた釣り針は、いつの間にか輪っかになっていた。

それを君は、

 

 

 

 

「……いかした指輪、サンキュー」

 

左手の薬指に通してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

熱以外の物で顔は赤くなり、霞む視界で僕は君を抱き締めた。

 

エイやリュウグウノツカイやマンボウに囲まれて、風邪で鼻水を垂らした僕が、【ミス・ザーフィアス】と陰で言われている君を抱き締めているなんて。

 

本当、なんて散々で素晴らしいプロポーズだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

釣糸=赤い糸とかどんだけだよ。

てかPVのうなぎパイをこっそり出すの忘れてた。

そして相変わらずのラピードの空気っぷりに絶望した! orz

 

 

 

2014.12.28