テルカ・リュミレースにおいて、黒髪は非常に珍しい。
遺伝子レベルで体毛に濃い色が出にくいらしく、せいぜいが栗色等の茶髪である。
ましてや、ユーリのような混じり気のない漆黒など、希少価値が極めて高い。
未だ騎士団とギルドの二足の草鞋をはいているレイヴンも、自分以外ではユーリしか見たことがないと言い、
ユニオンのほとんどのギルドを渡り歩いたカロルも、ユーリが初めてだとのことだった。
珍しい髪色に加え、容姿も整っているとなれば、
珍しいモノや綺麗なモノに目がない貴族が黙ってなかった。
黒真珠の持ち主は
「はぁ…また来てるよ…」
ダングレストにある『凛々の明星』アジト。
カロルは届いた大量の依頼書の山を見て溜息をついた。
魔導器停止後、自分達のようなオールマイティなギルドは引く手数多であり、
新興の小さなギルドとは思えないほどに依頼が殺到した。
しかし人数が人数なだけに、受ける依頼は選ばなければならなかった。
断る際、最初はきちんと一件ずつ事情説明と謝罪、代替ギルドの紹介などをしていたのだが、最近はそれすら躊躇われるような依頼が増えてきている。
いわく、『ユーリ・ローウェルを夜会での護衛にしたい』というもの。
そのほとんど…否すべてが帝国の貴族からの依頼だった。
今がちょうど、貴族達の社交界のシーズンらしい。
その夜会の席で、珍しい黒髪の、しかも美しいユーリを側につけることで注目を浴びたいのだろう。
貴族にとって、黒髪の使用人を抱えることは一種のステータスだと、以前何かで聞いたことがある。
おおかたこの山の8割りはその類いの依頼だろう。
「ユーリは絶対嫌がるだろうし……」
エステル達と接し、以前よりはいくらかマシになったようだが、ユーリは筋金入りの貴族嫌い。
ましてや、自分がそんな連中への見世物にされるなど、我慢できるはずがない。
「フフ…モテモテで羨ましいわ」
「そう思うなら代わりに断りに行ってよ……」
「あら。 首領の仕事を取り上げるなんて、私には出来ないわ」
「はぁああ〜………」
一際大きな溜息をついて、カロルは断りの手紙を書き始めた。
社交界シーズンが早く終わることを祈りながら………。
しかし、そう上手くいかないのが人生というもので。
ユーリに直接、その類いの依頼が来てしまった。
それも騎士団を介して、フレンが直々に持って来る形で。
「すまない…候爵は評議会でも革新派の中核で、僕も大変お世話になっているから断れなくて……」
「いーって、依頼が来ちまったからには仕方ねぇだろ。
ここでお前の立場を悪くするわけにはいかねぇし……。
ま、今夜一晩くらいは我慢してやるよ」
依頼人である候爵は、フレンとユーリが懇意にしているのを知り、今回の依頼の仲介をフレンに頼んだらしい。
警備もユーリを心配したフレンが、小隊を連れて来ていた。
「それにしても…貴族サマの考えてる事ぁわかんねぇな」
護衛に駆り出された不純な理由に呆れて嘆息するが、
そう思うのは本人だけで周囲の人間…特にフレンは、候爵よりもユーリに対する警備を重視していた。
思えばユーリは幼い時から、その容姿と髪のために苦労してきた。
不純な動機で養子縁組を申し出る富裕層は後を経たなかったし、人身売買組織に狙われたのも一度や二度ではない。
その都度下町の大人達や騎士団(主にシュヴァーン隊)が追い払ってくれていたのだが、
成長して美貌に拍車が掛かっているユーリだ、また不埒な輩が出てこないとも限らない。
常に側にいるフレンとしては、気が気ではなかった。
「おぉシーフォ殿! 今回はこの老いぼれの頼みを聞いてくれて、本当に感謝しておりますぞ!」
「こちらこそ、いつもお世話になっています。
これくらいのことはさせて下さい」
「それで、彼が例の……」
フレンに気付いた候爵が、キラキラとした目でユーリを見つめた。
なるほど、確かに感じのいい老人で、フレンが信頼するのもわかる。
こんな貴族も評議会にいたのかと、ユーリは少し安心した。
「本当に見事な髪ですな…先立った妻にいい土産話になります」
「……そりゃどうも。 てか、アンタまだそんな歳じゃないだろ」
「ゆ、ユーリ! 候爵にそんな失礼な……っ!」
「いや、その性格も気に入った! 正式に私の護衛として雇いたいくらいですぞ」
革新派といっても、おおらかで懐の広い人物らしい。
とはいえ、いつ不興を買ってしまうかヒヤヒヤする。
「ではそろそろ挨拶して回るので、よろしくお願いします」
「じゃあフレン、お前も警備頑張れよ」
「あぁ! ちょ…っ」
何か一声かける前に、二人は人込みの中へと消えてしまった。
「まったく……本当に気をつけてくれよ…」
警備にあたる小隊に指示を出すべく、フレンもその場を離れた。
「おお!」
「素晴らしい…」
「なんて綺麗な髪…////」
「目も黒いとは珍しい…」
候爵の後ろに控えて挨拶回りについていると、周囲から様々な声が聞こえてくる。
そのほとんどが容姿を褒めるもので、ユーリはまたもや溜息をついた。
「(男相手に何言ってんだっつーの)」
フレンに頼まれた仕事とはいえ、やはり断るべきだったか。
候爵のような貴族もいることがわかったのは収穫だったが、それでも貴族は好きになれない。
「候爵。 本日はお招き頂き、ありがとうございます」
「これはこれは、伯爵もお元気そうで」
候爵よりは若い、それでも年配の老人が進み出て来た。
伯爵はまず候爵に挨拶すると、そのままユーリに視線を寄越す。
「今宵はまた美しい方を連れておられますな。
さすがは候爵、使用人も一級品を揃えておられる」
「…彼は今宵の護衛のため、友人に頼んで特別に来て頂いたギルドの方です。
決してそのような者ではありません」
「ほう、ギルドの!」
視線をユーリに向けたまま会話を続けているが、ギルドの人間とわかるや、その目がいやらしく歪められる。
そして立ち去る際にユーリの脇を通り、囁いた。
「報酬は言い値で出そう。 どうだね、一晩……」
その言葉の意味することを察し、ユーリは頭に血が登るのを感じた。
思わず殴りかかろうとするが、フレンの手前、必死に衝動を押し殺す。
「伯爵」
ふいに候爵が伯爵を呼び止める。
見れば、かなり威圧感を漂わせた鋭い目付きで伯爵を睨んでいた。
温厚とはいえ、狸揃いの評議会で重鎮を勤める人物だ。
それなりに厳しい部分も当然ある。
伯爵は視線に射竦められ、そそくさとその場を後にした。
「はぁ〜〜、疲れた」
「お疲れ様。 何事もなくてよかったよ」
「ま、いざという時のために俺やお前がいるんだけどな」
「そうじゃなくて……いや、何でもない」
夜会が終わった後、ユーリは城のフレンの部屋にいた。
下町のユーリの部屋に戻っても良かったのだが、思ったよりも精神疲労が重なっていたようで、より近いフレンの部屋に泊まることに変更したのだ。
実際、あの後は酷かった。
伯爵以外にもそういう目で見てくる貴族はいたし、髪を触りたがる婦人達は後を絶たなかった。
その様子を遠くから見ていたフレンも気が気でなかった。
ベッドの上で大の字に寝転ぶユーリに近寄ると、シーツに広がる髪を一房手に取る。
相変わらず手入れなんてしてないはずなのに、サラサラと滑り指の隙間から落ちていく。
「誰にも触らせないでくれて、ありがとう」
「……トーゼン。 これはお前の、だろ?」
「うん」
ニヤリと悪戯っぽく笑うユーリに対し、フレンは柔らかく微笑む。
手の中の黒髪にキスを落とすと、覆いかぶさるようにしてユーリを抱きしめた。
「これからも、僕以外に触らせちゃダメだからね」
何故か唐突にユーリの髪に萌えて出来た突発ネタです。
半分眠気と戦いながら打ったので、いつも以上に支離滅裂です
orz
最初は候爵にユーリを誘拐でもさせようかと思いましたが、貴族嫌いを悪化させたくないのでやめました。
マイソロでルークとかとじゃれ合わせたいので(笑)。
2012.06.09
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