将棋の数学的検証

 将棋は、チャトランガを起源とする世界のボードゲームの中で、唯一、持ち駒を使用できるということは前述した。また、この持ち駒使用のルールは、日本の歴史と文化に深く関係していることにも触れた。では、一局を通して、指し手の選択肢、数学的に言えば、「場合の数」はどのくらいあるのだろうか。

 初手の選択肢は、30手である。初手は、角と桂馬は動くところはないが、2手目以降、指し手の選択肢はもう少し増える。中終盤は、持ち駒の数も増え、盤上の駒と違い、殆ど、どこにでも打てるので、場合の数が更に増える。例えば、駒を一つ持ち駒にするだけで、指手の選択肢は、約40手増える。2種類の駒を持てば、約80手の選択肢が増えることになる。中終盤になれば、持ち駒の種類はもっと増えるから指し手の選択肢は、飛躍的に増える。
 
 計算を簡略化するため、一局を通して、平均の指し手の選択肢は100手とする。プロの一局は約130手で終了するから、指し手の「場合の数」は、100の130乗(10の260乗)となる。つまり、一局をとおして、すべての指し手を読みつくすには、10の260乗の手を読まなければならない。

 数理論理学(記号論理学)により、二人・零和・有限・確定・完全情報ゲームには必勝法が存在する、ということが証明されている。 将棋には、持将棋という引き分けがあり、厳密には有限回決定ゲームではないが、その場合でも、不敗法があるといえる。

 それでは、なぜ、今日まで、必勝法が解明されていないのか。 それは、理論上、必勝法があるということは証明されても、必勝法自体は、現在のスーパーコンピューターをもってしても計算できないのである。10の260乗というのは、それほど膨大な手数ということなのだろう。

 現在、最も強いチェスのプログラムは、1秒間に、10の9乗の手を読むことができるといわれているが、このコンピュータを使っても、必勝法を解明するためには、地球が存在している時代には計算できないほどの時間を要すると言われている。チェスの指し手の「場合の数」は10の120乗といわれ、将棋よりはかなり小さいが、チェスにしても必勝法を解明するのは不可能なのである。オセロの場合の数は、10の60乗といわれるが、必勝法は、まだ解明されていない。

 現在、プロ棋士は、日々、最善手を探求し、定跡は日々、進化している。しかし、この進化は、必勝法(不敗法)解明の膨大な「場合の数」から言えば、宇宙の中の一つの塵程度のものなのであろう。

 そして、将棋とコンピューターについて、将棋界の第一人者の羽生善治は、面白い言葉を残している。

「勝ち負けだけを争うなら、将棋にそれほどの価値はない。思いがけない発想やドラマチックな逆転が、共感と感動を呼ぶ。コンピューターに感動的な俳句が作れないように、人間の共感を得られる将棋はコンピューターには、指せません。チェスでも、今も人間同士の対局を楽しむファンの数は減っていませんよ」 と。