常念山脈 (1998.7.21〜7.24) 晴れ

1. 登山口の衝動

夏でもバスの窓ガラスが、外気との温度差で曇ることがあります。その窓を通して朝靄の残る大正池と焼岳が目に入いりました。
正確に言うと、曇ったガラスのせいなのか、朝もやのせいなのか、あるいは、ねぼけまなこのせいなのか、はっきりとはわかりません。
しかし、登ろうとする山々の入り口に立ったときの、あの衝動は間違いなくおこりました。
遠足の時には、いつもきまってこの衝動を持ったものですが、私も人並みに年をとってほとんどこの衝動を持つことは無くなりました。しかし、登山口に立ったときは別なのです。 童心に帰るとはこのことなのでしょう。

昨夜の11時過ぎに京都駅八条口を出発して、途中の休憩の度に起こされ、ほとんど眠ることのないままの到着でした。
京都駅では、7月の連休を迎え、待ちきれない思いの登山客が、それぞれの目的地に向かう夜行バスを待っていました。
そして、今朝の6時過ぎ私たちは、上高地に到着しました。

2.上高地の思い

上高地のバスターミナルは、町なかのターミナルと何ら変わることがありません。
5分をおかずに発着するバス。吐き出される人々がリュックを持った登山客であることと、ターミナルがすばらしい木々に囲まれていることだけがその違いです。

川幅の広い梓川に沿って早朝の道を進みます。徳沢までは、ハイキング気分です。同行の仲間と談笑し、実にすがすがしい午前の一時を贅沢に過ごします。
ここに滞在して何日かを過ごせば、それこそ贅沢なものになるのに違いありません。

明治なかごろから大正にかけての、このあたりの記述を読んだことがあります。
輝いだ風景が書かれていました。おそらく、今もその時代の景色とそう変わることはないとおもいますが、私には残念ながら同じ思いに立つことは、ありませんでした。
それは、バスから吐き出されることが原因なのかも知れません。
ただ、振り返ると焼岳が「そう言いなさんナ」とでも言うようにそびえていました。

3.えりを立てた女の子

徳沢から穂高、槍ケ岳方面へ向かう道と長塀山(ナガカベ)、蝶ケ岳へ向かう道に別れます。どちらもこれからが登りです。
メジャーなのはやはり槍ケ岳方面です。カッターシャツのえりを立てた若く格好の良い女の子が行きます。リュックは20Kgはありそうです。
うっかり後について行きそうになりますが、残念ながら、私たちは、蝶ケ岳方面です。
寝不足のせいかピッチは上がりません。 行けどもいけども眺望は開けません。あたりは、カラマツの林です。
それでも鳥のさえずりが聞こえます。足元には、御前橘の花が咲いています。
長塀山のピークを過ぎて一登りするとお花畑が、労をねぎらってくれます。

4.北アルプス一級の眺望

蝶ケ岳からの眺望は、大変すばらしいものです。
穂高連峰とその先にある槍ヶ岳の景色は、北アルプス一級のものに違いありません。
梓川を足元に、お寺の釣り鐘をどっかと置いたようなボリュームあふれる穂高は、実に安定感があり、見る者の心をゆったりと満たしてくれます。
その荒々しい岩肌は、妥協をゆるさない厳しさを示しています。しかし、山容全体から受ける印象は、なぜか母性のあの心の大きさを感じさせます。
ここから見る槍ケ岳の姿もその姿から大変人気があります。そこに居る大多数の人がその方向を眺めています。
そして、その美しさは他の山々の美しさをしのぐ美しさに違いありません。
しかし、私には、穂高の山々にこそ、この山域の美しさと大きさがあると感じました。

5.ダイナミックな雲の誕生

蝶槍のピークを超えて下ります。気前よくどんどん下ります。貧乏性の私には、もったいなく思いますが、それにはおかまいなく、道は下ります。貯金を使い果たし「やれやれ、もういいわいナ」と思ったところから常念岳がそびえます。イブキトラノオが群生しています。
常念への登り返しです。
急峻なガラガラ岩をひたすら登ります。槍ヶ岳が少し近づいて来ました。足元にはイワツメグサが咲いています。がまんがまんで登ります。イワギキョウかチシマギキョウか区別するのも面倒になります。
たまらず「小休止」です。岩に腰掛けて登ってきた稜線を振り返ります。
西からの風が稜線に当たって上昇します。そして、その風が、東側に雲となってわき出します。ダイナミックな自然現象の幕開けを見ています。「お天気が少しあやしいですネ」と問い掛けても同行者の返事はありません。

常念岳の頂上を通りぬけ、少し下ったところで昼食にしました。
ずいぶんガスも出てきました。時間は余りますが、今日は常念小屋泊りに決めて睡眠不足を解消することにしました。

6.最良の一日

常念小屋から大天井までは、最初の横道岳(標高差296m)を除き、ゆるやかな登りの尾根歩きです。
常念岳には、濃淡のあるガスがかかっています。なんとも不思議な情景です。冷たいガスの粒子に、わずかな水の香りがします。「頂上で常念坊がお経を唱えている」と言ういわれを思い出しました。
横道岳を越えて東天井岳にさしかかるころ、ガスも晴れてきて、昨日からの展望の復活です。
お目当てのタカネスミレとコマクサも咲いています。
ココアを沸かして休憩です。ぶらりのんびりの本領です。さわやかな風と稜線の風景。岩と砂礫には、高山植物が咲いています。空は青。

お天気が安定しません。大天井で又、ガスが出てきました。
ハイマツの中に雷鳥の親子が居ます。立ち止まって見ていると、向こうから来たパーティの一人がカメラを持って追い回します。雷鳥の母鳥は、子供から遠ざけようと子供から遠くに逃げます。逃げながら子供が気になります。
私は思わず中年女性に注意をしてしまいました。気分を害したことでしょうが、しかたありません。彼女の無知がいけないのですから。
大天井で昼食にしました。
お天気はますますおかしくなります。

7.私の特技

大天井岳を下って喜作レリーフのある切通岩あたりから、ガスのつぶが大きくなってきました。
蛙岩あたりからドッと降り出しました。あわてて「カッパを着用」しましたが、濡れてしまいます。
おまけに雷です。クワバラクワバラと、間近にある雨雲をみあげながら雷さんのご機嫌を損なわないように気を遣いながら燕山荘に駆け込みました。
本日は「ここ泊り」にしました。いいかげんなものです。

乾燥室では、得意の「着たまま乾燥」をやってのけます。これは私の特技です。
すっかり乾いて気持ち良くなったところで、梅雨前線を見ながらコーヒーをいただきました。
梅雨前線は○や▼こそありませんが、天気図に書かれているような線になっていました。

8.そばと天ぷら、そして地酒

燕岳の朝は、雨があがっていました。槍、三俣蓮華、鷲羽、黒岳、野口五郎、烏帽子と裏銀座の山々が見えます。その向こうには、後立山の山も見えます。昨日登って来た人の中に、日ごろの行いが良い人が、おられるのでしょう。

中房へ下ります。長い下りです。途中地元の中学生の団体に出合いました。元気良い挨拶をしてくれます。

中房の温泉で汗を流した後、JRの穂高までタクシーです。バスは、採算が合わないとかで廃止になってしまっています。上高地のターミナルのにぎわいを思うと複雑な思いを持ちました。

途中、松本で道草をしました。そばと天ぷらと、そして地酒。山の上で「最良の日」を何度か味わいましたが、 地酒と蕎麦も「最良の日」でありました。


で汗を流した後、JRの穂高までタクシーです。バスは、採算が合わないとかで廃止になってしまっています。上高地のターミナルのにぎわいを思うと複雑な思いを持ちました。

途中、松本で道草をしました。そばと天ぷらと、そして地酒。山の上で「最良の日」を何度か味わいましたが、 地酒と蕎麦も「最良の日」でありました。