211.よそゆき

 近頃、洋服ダンスを覗いてふと考えてしまった。中に入っている洋服類で、ここ何年も袖を通したことのない洋服ばかりである。いわゆる箪笥の肥やしと言うことになる。

 以前、着古したようなものは大体処分してしまって、今残っているのは、私の乏しい衣類の中でも取って置きと言うことになる。

 一体、なぜこういうことになったかといえば理由は簡単である。体の都合もあって、これらを着て出て行くことがなくなったのである。言うなれば、PTOを考える必要がなくなったということである。

 私のとっての日課は、飽きもせず続けているリハビリを兼ねた公園の散歩であり、これ以外はなにもない。したがって、着てゆく洋服に合わせた場所(P)も時(T)も目的(O)も選ぶ必要もない。常に同じである。

 せめて、顔だけでも「よそゆき」の顔をしたいのであるが、およそこの手のことは全く埒外になってしまい、思考の外である。

 したがって、着飾ることもなければ、気取ることもない、まことに情けない話である。
 しかし、自分の心の中には、相変わらず愚にもつかない下着まで「よそゆき」として別にしているから、滑稽を通り越していじましい限りである。

 考えてみると、今の時代に「よそゆき」と言う概念すらあるかどうか疑問である。孫たちを見ていても、これが普通かどうか分からないが、何時見ても普段着であり、着飾ってお澄ましなんてものは見たことがない。

 そもそも、「よそゆき」とは一体なんだろうと持って、暇に任せて辞書で調べてみた。
 すると、「よそゆき」とは、「外出の時着る衣服」と言うことである。なるほど、それならば今の自分にとって、「よそゆき」が無関係になったのは当たり前である。

 私の子供の頃は、正月も近づくと、正月になったら履く下駄までが「よそゆき」だった。真新しい下駄を、おふくろの買い物袋の中に見つけたときは無性にうれしかった。「早く来い、来い、お正月」なんて歌が自然に口に出てきたものである。

 もっとも、「よそゆき」を長く使わせようと言う親の苦心からか、一番綺麗なときにはサイズが合わなくて、裾上げしたズボンや、だぶだぶの靴を履かされたことなど常だった。

 この「よそゆき」と言う言葉のほかに、「一張羅(いっちょうら)」と言う言葉もある。これも辞書で調べてみたら、「一張羅とは、もっている着物の中で、一番上等のもの。とっておきの晴れ着」と言うことだそうで、こちらのほうが私の感覚にマッチしているようだ。

 ところで、この「よそゆき」の概念がなくなったのは何時頃からだったのだろう。
 少なくとも我が家の子供たちの頃は、既に殆んど無くなっていたような気もするので、昭和40年代には言った頃と言うことになるのだろうか。

 あらゆるものが豊富に出回り、お金さえあればなんでも手に入るようになってからであろう。そしてこの頃から日本人の、物を大切にするという気風もなくなっていったような気がする。

 思えばこの頃から、「消費は大様」なんて言葉が、頻りと交わされていたが、私にとっては少なからず違和感があった。その根底には、子供の頃から繰り返し言われてきた、物を大切に使うということであるが、分かりやすく言えば身に染み付いた貧乏性と言うことになるのかも知れない。

 これは何も衣類だけの話ではない。食べ物だって同じであった。「ご飯をこぼすと眼が潰れる」などといわれて、テーブルなどは当然として、畳の上にこぼしたご飯を拾って食べさせられた。

 さすがに、日常の食事について「よそゆき」と言う事はなかったが、つい最近までどこかで頂いた洋酒など、高価と目されるものは「よそゆき」として大切にしていた。

 もっとも、私の若い頃など、月給の10パーセントもした「ダルマ」と称した「高級ウイスキー」など、今では「労働者の酒焼酎」より安くなってしまって、有り難味も無くなったということかもしれない。

 ただ、「よそゆき」を口開けするときは、衣類であれ、洋酒であれ、何か誇らしいような、面映いような気持ちがあったような気がする。

 今の時代、こうした気持も無くなったのだろうが、われわれのような貧乏性が抜けない世代と言うのは、愚にもつかないものでも、新しい物に対して「よそゆき」の気持ちが未だに残っているというのは案外めっけ物かもしれない。(06.11仏法僧)