サイバー老人ホーム‐青葉台熟年物語

73.少年倶楽部

 インターネットで古書を購入できることを知った。時々古本屋をのぞいてみたが、取り分け目的があるわけでもなく、見ていて気に入ったのがあれば買うことにしている程度である。
 ところがインターネットの場合は買いたい本が瞬時に探してくれるから、古本屋を探し回らなくともすむので、新刊本より向いているのかもしれない。

 私が読書に興味を持ち出したのは、終戦間近の頃ではないかと思う。専ら兄姉たちが借りてきた本を盗み見する程度で、今のように巷に本が氾濫するなどは想像も出来なかった時代である。戦後間もない小学生の3・4年生の頃、兄か姉が借りてきた長編小説を読んだことがあった。これが私の最初の読書らしい読書の始まりであったのである。

 それは南洋一郎さんの「緑の無人島」という本で、紙質も印刷も悪い単行本だったのである。内容は日本版ロビンソンクルーソー物語で、難破船に乗っていた少年一家が無人島に漂着し、様々な冒険をしながら生還するという物語だったと記憶している。まだ読めない漢字がたくさんある本であったが、それでも目を輝かして読んだ記憶がある。

 今回インターネットで探したところ、一発で探し当てて、今更ながらITの威力をまざまざと思い知らされたのである。注文して1週間で届いた本は、私が見たよりは紙質も良く、印刷も鮮明な復刻本であったが、55年ぶりに幼馴染に巡り会えた心境である。

 早速開いてみると、今でも胸躍る冒険小説である。冒頭、少年一家と言ったが、実は一家と言う記憶は無かったのである。両親と男の子3人と女の子1人の5人家族である。今の時代子供4人の家庭というのも寧ろ珍しいくらいで、戦時中の富国強兵の国策に沿った家族構成で、取り分け珍しいことでもないので記憶に無かったのかもしれない。

 この一家はオーストラリアで雑貨商を営んでおり、男の子たちの学校のことで一時帰国することになり、500トンくらいの船でマレー(シンガポール)に渡り、そこから大きな船に乗り換えて帰国する予定になっていたのである。その途中に嵐に遭い、船は難破し、ようやく筏で辿り着いたのが「緑の無人島」だったのである。

 この物語が発表されたのが、昭和12年1月から12月までの少年倶楽部に連載されたと言うことで、ちょうど私が生まれた年ということになる。内容はまさに血沸き、肉踊る波乱万丈の冒険小説で、今読んでも面白く、一気に読んでしまった。

 辿り着いたのが今のインドネシア・サラウェジ島の近くの無人島と言うことだが、島には火口湖もあれば、豊富な水量を持つ川も流れている。その上、椰子やバナナ、更にはパンの木までそろっている。このパンの木というのは実際にあるクワ科の常緑の高木で、その種子はでんぷん質が多く煮ても焼いても食べられるらしい。おまけにマラリヤの薬になるキナの木まであると言う恵まれた島である。

 ただ獰猛なコモド・ドラゴンが出没するので油断はならないのである。危うくコモド・ドラゴンの餌食になるところだったバビルサの一家を家畜として飼育して、その乳が非常に美味いと書かれているのである。このバビルサという動物、最近NHKの「地球・ふしぎ大自然」という番組で紹介されたが、アジア大陸とオーストラリア大陸の両方の特徴を持った珍獣で、上あごの骨を突き抜けて上あごの牙が角のように飛び出している珍獣である。バビと言うのは現地語で豚を、ルサは鹿を意味するらしいが、和名は鹿猪となっている。

 ところが、NHKの放送によると、体全体に毛が少なく、どちらかと言えば河馬の系統に近いと言うからなんともややこしい動物である。この動物、今はスラウェジ島だけに生息しているらしいが、40年前の百科事典によるとブールー島(ブル島か?)にもいたと言うことである。そうなるとこの本が書かれた昭和12年当時は別の島にいても可笑しくないことになる。

 一方、コモド・ドラゴンはコモド島のほか3つの島に生息していると言うことで、このコモド島というのが何所にあるか調べてみると、フローレス島の近くと言うことである。そうなると一家が辿り着いたのは、スラウェジ島とフローレス島の間の何処かの無人島と言うことになる。

 この無人島、当時まだ何所の国にも領有されておらず、日本が最初の領有権を主張することになるが、ただ 無人島と言っても、近くの島の原住民が時々来ていたようで、日本が領有権を主張しても国際紛争の種になりそうである。尤も、アメリカ大陸と同様、原住民の領有権が当時認められていたかどうか疑問で、南さんも蛮人と呼んでいるのである。

 初めはこの原住民達といさかいが生じるのであるが、ふとした事から海賊キッドの財宝を巡り、新たな海賊と戦うことになり、原住民とも協力し合うようになるのである。マラッカ海峡では今でも海賊騒ぎがあり、昔からこのあたりは海賊が多かったのかも知れない。

 この海賊キッドの財宝がもとで、偶然にも金鉱脈を発見するのである。単なる岩礁でもその領海が及ぼす経済的影響は大きいのに、地下資源まであったと言うことになるとその影響はすこぶる大きい。物語は日本の領有を主張する標識を立てて、日本船に救助されてこの島を離れるのであるが、この「緑の無人島」のその後は定かではない。もしかしたら太平洋戦争の引き金の一つになったのかもしれないなんて考えるのである。

 戦前の少年倶楽部は私の年齢には少し難しかったが、兄達は集落の少年団で買った本を回し読みしていて、自分に回ってくるのを首を長くして待ちわびていたのである。佐藤紅碌さんの「ああ玉杯に花うけて」や、高垣眸さんの「怪傑黒頭巾」等は兄達にせがんで読んでもらい、現実と空想のハザマで際限なく胸を膨らませたものである。私の冒険好きの性格はこのあたりで醸成されたのかもしれない。

 当時は大仏次郎さん、横溝正史さん、吉屋信子さんなど高名な作家が少年少女向けの作品をたくさん残しておられ、こうした作品を通して当時の少年達は読書の楽しさや、人格の形成に大いに影響したと思っている。

 戦後、GHQにより、アメリカ式民主主義が導入され、全ての出版物から軍関係は勿論、時代小説まで規制されて、少年倶楽部は少年クラブに代わった。それと共に少年たちの心を揺さぶった、冒険、勇気、努力、尊敬などが書かれた本がなくなっていったような気がする。

 然るに最近のコミック雑誌と言うのでどんなものが読まれているのか知らないが、若者の読書離れと合わせて、少年たちの心の変化は、心を膨らませる本の無さが、影響しているのではないかと勝手に思うのである。(02.02仏法僧)