サイバー老人ホーム-青葉台熟年物語

16.「痴呆犬」ペロ

 我が家の飼い犬「ペロ」が最近めっきり衰えが目立ってきた。
「ペロ」というのは娘が付けた名前でいかにも雑種然とした名前だが、四代前の祖先を辿ると信州安曇野を産とし、父方を源市号といい、母方を琴春姫号とするれっきとした血統書付の柴犬の名犬(?)であり、飼い主より由緒正しき血筋である。
(写真:餌容器を枕にひと眠りのペロ)

 この犬は15年前に我が家族が横浜から現在の住まいに越してきた春に三田市のペットショップから大枚なにがしかを払って買ってきた犬である。血統書に記された名前は「天剛号」というたいそうな名前が付いている。それ以来文字通り家族の一員として家の中での「アンカー犬」としての地位を占めてきた。

 ただ、この間、ペットショップの指示を忠実に守り、ただの一度も朝晩の散歩を欠かしたことがない。勿論ペロの健康を考えてのことであるが、それ以上に我が家にとっては分不相応に高価な生き物を簡単に死なせてはなるものかというどちらかと言えば欲得に重きを置いたことであったが、やがてそれが我が家の習慣になり、雨が降ろうが雪が降ろうが外は台風で大荒れであっても一日たりとも欠かしたことがない。多少誇張して言えばペロとともに歩いた距離は優に地球を一周しているのではないかと思っている。

 本来柴犬というのは座敷犬ではないから当然外で飼うことになるが、肩を落としてしょんぼり家の中を覗き込まれるとついつい誰とはなしに家の中に引き入れることになり、文字通り寝食をともにしてきた。家の中にはペロ用の蒲団が有り、当然と言うような顔をしてその上に座っている。更に、これは余り他人には言えない事だがペロの寝所は我々夫婦と同じ部屋である。夕食を食べると適当な時間になると「一人」でとことこと階段を上って一足先に自分の蒲団の上に横になって眠る最も模範的な家族である。

 だいたい日本犬というのはあまり利口ではないが主人に対する忠誠心は絶対と信じているらしい。その分他人に対しては頑固で、未だに娘婿にも真実、気を許していない。いわゆる愛想の無い犬であり、その点も飼い主に似ているようだ。

 そのペロが最近急速に衰えてきたのである。足腰が先ず衰えて、次に聴力、そして嗅覚も衰えてきた。人間の年齢で言えば百歳になろうとする高齢だからやむをえないが、人間とペットが同じ屋根の下に同居する場合の最低の条件である排泄に対する約束が守れなくなってきたのである。そこで止む無く外に出す事にしたのである。ところが我が名犬ペロは我が家に来た時から頑として犬小屋に入らない。どんなに寒かろうが風が吹こうが入らないのである。それはそれで良いと云うなら別に無理にとは云わないが、困った事には真夜中に時々甲高い声で奇声を発するのである。

 これにはさすがに参った。御近所に迷惑をかけるので放っておくわけには行かず、その度に家に入れてやると、その内に今度は尿意をもようすのか家の中を徘徊し始めるのである。今度は外に出してやるためにその都度玄関のドアを開けに起きていくはめになり、これを毎晩のように繰り返すのである。

 ペットを飼う目的は少なくともそれを飼う事によって飼う人の心を癒す事ができるからと思っていたが、そんな甘いものではなかった。それと飼い主とペットとの間に何らかの意思疎通があることによってペットの存在価値があるような気がする。意志の疎通が取れなくなったペットと言うのは芋虫でも飼っているようななにか不気味な気分になる。しかしこれも人間の勝手であり、ペロにしても何も好き好んでこうした状態になったのではなく、自然の摂理と言うものかもしれない。

 それにしても日に日に私の意志の外に離れて行くペロを見ていると何故か自分の将来の姿を見ているような気がして、何れは我々夫婦でもお互いの意志が通じ合えない時期が来ないとも云えない。その時の介護の仕方をペロは最後の力を振り絞って身をもって教えてくれているような気もする。

 最近、「AIBO」というロボット犬が話題になっている。さる高名なジャーナリストが「飼っている」と言う話をテレビで見たが、値段が25万円ということでペロには不敬ながら3頭も買える勘定である。聞くところによると自分の意志で行動するし、とても心地よい音を奏で、心に安らぎを与えるそうである。
それによって心の癒しになるなら生きているペットより良いのかもしれない。何よりも排泄の心配をしなくても良いのが気楽だ。

 こんな事を考えたが、喜びも悲しみも怒りも、いろいろの感情が交じり合って付き合うところに味があるのであって、どこかの若者たちの友達選びではないが、「面白い」か「可愛い」などの単純な感情だけではその内に飽きてしまう。飽きたからリセットではいつかの「たまごっち」と同じ運命になるだろなんて考えて、寿命が終わるまで我が「名犬ペロ」ととことん付き合う事にした。(00.3仏法僧)