サイバー老人ホーム

300.公事御仕置き9

 更に、「叱り」「急度(きっと)叱り」と云うのがある。「叱り」と云うから、まさか、当人を前にして「メッ!」と叱るわけではないが、江戸時代は名誉を重んじており、百姓でも、裃を身につけられるのは、村役に限られていた。したがって、お「叱り」を受けないように最善の注意を払って取り組んでいたのである。

 その根本が、前出「五人組御仕置書上帳前書き」である。村役人たちは、村に不都合が場合、この「五人組御仕置帳」をもとに治安を守ったのだろうが、これ以外に、その時の状況に応じ、「村掟」と云うものも觸出されていた。

 天保凶作のあった「天保七年十一月、此の度村々小盗人甚だ流行」し、天保八年八月に、近隣八カ村で、次のような取り決めを行っている。

 「去る申年(天保七年)凶作にて、野荒し野盗の類多分これ有りに付き、村々に於いて夫々取り締まり致し候えども、未だ相止まず、依って隣村一同相談のうえ、取り決め左の通り。
 一、何れの村方にても、夜盗野荒し致し候者、用捨(ようしゃ)無く召捕り申すべく候、尤も右の者共召捕り候節、農具又は有り合わせ候品にて打倒し、即死致し候儀も計り難く、万一左様の儀もこれ有り候はヾ、何れの村方の者に候とも、早速引き取り、決して其の所の難儀に相成らず候様仕るべく事

 一、盗賊致し候者捕え候はヾ、早速会所へ申し達し、御役所へ差し出し申すべく候事。
 一、野荒し致し候者召捕りへ取り計り方の儀は、其の場所へ縛り置き、二日二夜晒し、其の上野盗の品を当人に持たせ、親類・組合指し添え、家毎に相詫び申すべく候。若し又隣村の者たりとも、其の村方へ引き渡し、同様取り計らい申すべき候。

 一、惣(すべ)て盗賊の類見分候ても、隠し置き候者これ有り候はヾ、過料銭三貫文差出し申すべく候。

 一、村々小前一同取締方の義、村役人を除き、十人宛て組合、夜毎に三四度宛て、男女子供に至るまで人数相改め申すべく積もり、万一改め方等閑(なおざり)致し候はヾ、其の組合より過料銭十貫文差出し申すべく候、且つ村役人の儀は、取締から行き届き候様、時々見回り申すべく候。

 一、耕作出精致し申すべく候、尤も、諸事取締方の儀に付き、日暮れに相成り野上がり致し間敷候事。

 右の通り相談の上取り決め候上は、少しも相違仕り間敷く候、尤も当秋作取り入れ候上は、相互破印仕るべく候、依って村役人連印一札、仍(よ)って件の如し。
天保八年八月
信州佐久郡七カ村惣名主印」
 此の御触れは、当然村内高札場には張り出されていたのだろう。当時の凶作状況から、盗む者も、捕える方もそれぞれ命がけであったことが伺える。なお、破印とは、約定の終了したことを意味する。

 「五人組御仕置帳」は、村民に対しかなり強く反映され、日本人の道徳の規範となったのは間違いない。

 この「五人組御仕置帳」の原典となったものに、徳川幕府三代将軍家光慶安二年(1649)に、幕府が農民統制の為の発令された全三十二カ条からなる「慶安御触れ書」と云う農民教諭書がある。

 この「慶安御触れ書」の起源については諸説があるようだが、家光の時代迄に、改易や国替えなどがしきりに行われ、武士を統治するための「武家諸法度」が定まり、幕藩体制も決まったことから、残された全国の百姓のありようを示す必然性が有ったのだろう。

 その第一条に、「公儀御法度を恐れ、地頭・代官の事、おろそかに存ぜず、さて又名主・組 頭をば真の親とおもふべき事」、以下百姓が常日頃守るべき条々が書き示されている。

慶安二年と云うのは、我が故郷が仙石秀久(小諸領主、後の出石領主)から新田開発を命じられ、寛永十七年(1640)、二代目仙石兵部の代になってようやく「稗田にも罷り成り候は、少事の御年貢をも差上げ申すべく候」と開村宣言した九年後の事である。

 我が祖先たちは勇躍自ら掟を作り、自ら裁くことにより、貧困の中でも高い道徳意識の元に村を守り、村人を守ってきたのである。

 日本の法律の真髄は、中国漢の高祖劉邦が唱えた「法三章」にあると云われといる。この「法三章」とは、秦の皇帝の苛法を廃し、「人を殺す者 死罪、人を傷つけた者、盗みを働く者 相当の罪」と云う事であったが、為政者として守らなければならない人権の擁護と、経済格差の是正が抜けている。

 平成二十年五月から、裁判員制度が始まり、国民自らが裁判員として刑事裁判に参加することになった

 欧米では早くから取り入れられた制度と云うことであるが、江戸時代から引き継がれてきた日本人の道徳意識を今度の裁判員制度によって、どの程度呼び起こす事が出来るのか、裁判員としても対象外になった身分とはいえ興味を持って見つめているのである。(10.12.20)

公事御定書「御定書の研究」:奥野彦六著・酒井書店複製
武士の家計簿:磯田道史・新潮新書
五人組帳御仕置帳(前書き):越後頸城郡印内村
近世農村文書の読み方・調べ方:北原進著・雄山閣
姥ざかり花の旅笠:田辺聖子・集英社文庫
夜明け前:島崎藤村・筑摩書房
世事見聞録:武陽穏士・本庄栄治郎校訂・瀧川政次郎解説