サイバー老人ホーム

328.押し入れ(2)

 現役を引退した時、通勤に関わる衣服や道具類を殆ど放棄し、可なり見通しが良くなったと思っていたが、近頃はその面影もなく、ほとほと、疲れ切っていた。そこで思い立ったのが、動きが固定している家具、衣服、備品等々を総て廃棄し、我が屋開闢以来の徹底的な改革を断行することにした。

 そもそも、そう思い立ったのが七月で、先ず、寝具を含めた衣類を、そして、懸案だった箪笥、その他使われなくなった家具を徹底的に処分する事であった。その処分方法について、折り込み広告の中から、雑用請負の広告を選び出して行わせることにした。

 この処分家具は、我が家にとっては骨董品にも該当する二棹の箪笥に加え、子供らが買い集めたものを含め、全部で七つもあった。これを頭に描いてみると、とても中型トラックでは積みきれないのではないかと思ったのである。営業に来た爺さんが、それぞれの寸法など計り、作業者数、車の状態などつぶさに説明して帰って行った。見積は、締めて四万五千円と云うことで、聊か高いと思ったが、爺さんの説明で不承不承承知した。

 ただ、運び出す前に中に詰まったものを整理しなければならず、その上、8月と云うのは暑いのに加えて、いろいろと行事が重なる。従って、運び出しは8月20日以降とした。

 運び出す前に、見るからに頑丈そうな実務を担当するおっさんが下見に来て、一応下調べをして帰ったのである。

 そして、8月21日になって、すぐに作業者が現れた。その中心になるのは先日下見に来た体のいかついおっさんであった。ところが、同行した相棒を見て、ギョッとした。何んと、吹けば飛ぶような蚊トンボの様な貧弱な若者だったのである。

 しかも、外を見ると、二トン車が止まっているではないか。これで、一体、ガラクタとはいえ、七台もの家具を二階から降ろして、運べるのだろうかと思った。我が家の階段は途中から折れまがっていて、しかも、私の体の都合で、両側には手摺が付いている。先日現れた営業の爺さんも、手摺はいったん外さなければならないだろうと云う事であった。
 
 はて、どうするのだろうと、興味と不安半々に眺めていると、家具を据えてある部屋に、いきなり一面にシートを張り、その上で、「ドカン、ドカン」と家具をたたき壊し始めたのである。確かに、下見に来た時、撤去した家具の処分は御自由にとは云ったが、目の前でたたき壊されとは思ってもいなかった。

 「ははあ、これで、あの蚊トンボでも良い」と云うことだったのかと、思わず苦笑いしてしまった。結局、おっさんがたたき壊し、蚊トンボがばらばらになった家具の残骸を車まで運び、3時間足らずで終わって帰って行った。

 これですべて終わりかと云えばそうはいかない。いくら肥しの入れ物だったとはいえ、箪笥と云うのがないと云うのでは、家の格式にも関わると云うカミさんの意見に基づき、代わりの箪笥を求めることにした。ところが、家具屋等にはここ何年も行った事もなかったが、行って見ると箪笥と云うのが見当たらない。同じようなものがあるので良く見ると、『チェスト』と書いてある。店員を呼んで聞いてみると、「なに、同じですよ」と来た。

 ならばそう書けばよいと思ったが、何となく釈然としない。そこで家に帰って辞書で引いてみると、なんと、「衣料などの収納に用いる蓋の付いた大きい箱」と来た。こうなると、日本には昔から葛篭(つづら)と云うのがあって、今回の処分品の中にも入っている。

 しかし、これとも違うようで、今の「チェスト」と云うのは、私らが若かったころに比べ、一回り小さくなった箪笥で、引き出しの出し入れなどは格段に良くなっていて、かつての我が家の箪笥の様に貧弱な合板ではなく、れっきとしたムク材である。ただ、これには、ハイチェストと、ロウチェストと云うのがあり、入れ物によって使い分けているらしい。結局、我ら夫婦の寿命を考えて、そこそこの物を購入することにした。

 ただ、考えてみると、おっさんと、蚊トンボに支払った処分費用と大差ない事に気が付き、聊か憮然とした次第である。

 次が、今迄、我が家の最上席の押し入れの上段でぬくぬくと惰眠をむさぼっていた布団共を放り出し、上段には、ホームセンターからプラスチック製の三段重ねの引き出しを幾つか買い求め、それを押し入れの上段にずらっと並べたのである。

 ここに、季節ごとの下着等を区分して入れ、通常の出し入れを容易にしたのである。その上で、押し入れから出した、布団や毛布を断腸の思いで整理し、残った寝具を下段に移したのである。

 これで終わりかと言えばまだそういう訳にはいかない。今、私が書斎などとしゃれこみ使っている部屋は、以前娘が使っていた部屋で、その頃の家具や本が雑然と残っていた。
 家具の方は、蚊トンボたちが処分したが、問題は、処分した「本箱もどき」に押し込められていた本である。所有者は殆ど、私だが、それほど大切にする様な貴重な本はない。余命もそれほど残っている訳ではないので、この先読むか、読まないかはおおよそ判断できる。そこで、読まないと判断した本は、迷うことなく処分した。

 しかし、当然の事ながら、可なりの本が残った。これをどこに保管するかについて思案した結果、ホームセンターに行って、安価な本箱を購入してきたのである。購入に当って、大型のものは、最下段への出し入れは身体上の都合で困難なため、中型の物を選び、娘が残して行った木製ベンチの上に載せることにした。

 こう云うと、いとも簡単そうに聞こえるが、実はこの本箱、組み立て式である。そうなると、私は左手一本しか使えず、手順通りに進めてもなかなか思うように行かない。

 結局、午前中に買い求め、午後から組み立てに取り掛かり、カミさんを叱咤激励しながら、手伝ってもらったが、夕方、部屋の電気をつけなければならない程の時間がかかって完成し、さすがに疲労困憊した。

 これで一段落かと言えば、そうは問屋が卸さない。チェストや、引き出しに収めた衣類は、主に下着や、普段着の様なもので、主に外出着等は、今迄は洋服箪笥では収まらないで、ハンガーにぶら下げていた。これは、これで便利が良いわけだが、衣服の保存とか、外見からは頗る感じが悪い。

 そこで考えたのが、四つある押し入れの一つをつぶし、ウォークイン・クローゼットに改修することにしたのである。これならば洋服箪笥の二倍以上の広さがあり、しかも、出し入れに自ら入り込んで選択できるということで申し分ない筈である。

 早速、近所の経師屋に当ってみたところ、9月は忙しい仕事が入っているため、手が空いたところで連絡すると云うことになった。何で、間取り変更を経師屋かと言えば、経師屋では食っていけないから何でもやると云うことで、我が家にとって懸り付けの職人である。

 ところが、何時になっても返事が来ない。そこで痺れを切らし、電話したところ、案の定忘れていたと云うことで、翌日には飛んできた。そこでもお互いの思い違いがあって、間取り変更のリフォームでは、クローゼット用のユニットがあって経師屋はそれを考えていたらしい。ところが、こっちは単に、押し入れの中間の仕切りを取り外し、クローゼットとして改修だけである。

 斯くして、朝9時から作業に懸り、ドカピシやっていたが、床を張り替え、壁にクロスを張り、これに鉄パイプを取りつけて午後3時時は出来あがった。

 この費用として、手間賃2万と金具関係を含めて締めて2万5千円。斯くして、我が家の一大改革は総計13万円也で完了となった。これが我が家のそう家財かと思ったら聊か物寂しい

 ただ、出来あがってから寝転がって部屋の中を眺めてみると、柱と、畳と、チェストの直線だけが交差する日本間と云うのは至極簡素で気分が良い。聊か、良寛の五合庵の趣が感じられちょっぴり風流が感じられるようになった。(12.10.15仏法僧)