サイバー老人ホーム-青葉台熟年物語

172.置 屋

 今ではほとんど死後になってしまったような商売で置屋と言うのがある。勿論、この手の商売にかかわりを持つほどの身分でもないし甲斐性もないからその実体も知らない。辞書で調べた程度の知識になるが置屋とは「芸者や遊女などを抱えていて、求めに応じて茶屋・料亭などに差し向けることを業とする店」ということらしい。

 あの永井荷風描くところの、いわゆる粋筋の世界で、我々小市民には余り縁がない世界である。ただ、洩れ伺うところによると、そこの主といわゆる従業員の芸者・遊女との間は単なる雇用関係ではなく、親子以上の生涯をかけた深いつながりのある世界であったようである。

 もっとも中には薄幸の女性の生き血を吸う鬼畜のような置屋主も有った様であるが、総じてそこはかとない下町情緒溢れた人情味のある世界だったようで、置屋主と従業員との間にはいわば身内という感覚でお互いを労わりあっていたようである。

 ところで、置屋の世界はもっぱら女性の世界のことであるが、男の世界にもこう言う世界がなかったわけではない。今ではその風潮はだいぶ変わってしまったのかもしれないが、相撲部屋と力士、競馬の厩舎と騎手との関係はこの置屋の世界とほぼ同じであったということを聞いたことがある。

 勿論、今では求めに応じて差し向けるということではないが、親方や調教手との関係は、ほぼ同じような世界だと聞いたことがある。ただ異なる点はそれぞれの世界で得た収入と配分が昔の置屋とは完全に異なり、力士や騎手の実力に応じた部分が大幅に拡大されているのかもしれない。

 現在でも職人的要素の強い職種では、昔ながらの主従関係を残したものもあるが、分業化の進んだ近代的企業ではほとんど姿を消してしまった。

 ところで、最近のプロ野球のストライキ騒動を見ているとこの置屋制度がいまだに色濃く残っていたことに驚かされた。しかも置屋の悪い点がそのまま引き継がれ、今から70年以上も前から有った置屋的経営がそのまま残っていたのである。すなわちプロ野球経営者は置屋の主で、選手は遊女ということである。

 今度の騒動で、新規参入を名乗り出た企業に対して、かの有名オーナーが「そんな名前を聞いたこともない」とか合併交渉の進む中での名乗りは「失礼」な事であることらしい。
更に、「オーナーの中には選手よりはるかに低い給料の人」も有るということで驚くべき経営感覚である。

 それに今度の騒動で始めて知ったことでは新規参入する場合は40億と60億円もの加盟料が必要ということで、自ら発展する可能性を閉ざしていたことになる。

 私の子供の頃でもこの雑言「野球石器時代」でも取り上げたが、野球というのは国民のほとんどがなんらかの形で参加しており、今の子供たちがサッカーボールを枕元において眠るように軟式ボールでも何に物にも変えがたい宝物だった。

 そんな時代にはプロ野球選手などというのはすべての少年の憧れと言うより神様であり、川上だ、藤村だ、大下だとそれぞれの夢の選手を持っていて、そのバッティングホームなどもいつも心に描いていた。

 こういう時代背景の中で、プロ野球というのは文字通り試合をすれば儲かり、地方ではたとえ二軍戦でも鈴なりの観客に溢れたものである。この辺りは相撲の地方巡業と同じであって「求めに応じて差し向ける」ことでよかったわけで、むしろ求めに応じることをどのように制限するかというのが球団側の仕事ではなかったろうか。

 更に球団側ではこれだけ旨味のある商売を他人に犯されたくない一心から、理不尽な加盟料を設定したり、選手獲得についても様々なバリアーを敷き、努力をせずとも儲かる方法を考え出したのである。

 その後、世の中は多様化して、スポーツの世界でもサッカーはじめ様々なスポーツが見るスポーツから楽しむスポーツに変わってきたが、プロ野球界だけはかつての限られた置屋だけの味が忘れられず、スポーツというのがファンによって成り立っているということをまったく理解していない世界になってしまった。

 今度の騒動でも合併当事者のある球団関係者が「12球団で分け合うようなパイはない」と発言しているが、「求めに応じて」行うようなスポーツにパイの拡大は望めまい。それが証拠に、かつてはお荷物だった南海ホークスが今ではリーグ一番の繁栄をしており、更に北海道日本ハムファイターズも同じ傾向をたどっている。

 確かに選手年俸の高騰が経営を圧迫している面もあるかもしれないが、果たしてプロ野球全選手の年俸はいくらか知らないが、実力以外に明日の保証もない世界で、それが若者にとって魅力ある世界かどうかはかなり疑問である。

 オーナーといっても身銭を切っているわけでもなく、いかほどの収入を得れば満足か知らないが、オーナーの収入発言など華やかな世界であるだけにいかにも品格のない発言である。

 今度の騒動で「選手の雇用は確保されている」からストライキは違法であると球団側は言っているが、どんな形でも雇用が確保されればよいということにはならないだろう。
 しかも1年間の空白が有った場合、選手が現状を維持していくことがどれほど難しいことであるかは野球だけではなくアスリートであれば誰でも知っていることである。

 球団側の説明では新規参入を受け入れるために全力を尽くすといっているが、来年からの参入に難色を示している理由は審査とか主に手続き的なことである。

 手続きなどというものは選手の努力から見れば暇老人のたわごとであって、決断すれば今日にも決まることである。一つの球団が消滅する中で新規参加企業を指して「失礼である」などと言っている場合かと言うことになる。

 ただ、12軒の斜陽の置屋が今までの置屋世界に波風を起こしたくないだけであろう、少なくとも今度名乗りをあげた二社であればどちらであっても、来年までに新チームの立ち上げにまったく不安はないのではなかろうか。

 それともこれすら受け入れることが出来ないほどプロ野球業界というのは老衰化してしまったのだろうか。(04.09仏法僧)
(9月23日の交渉で球団側の譲歩で解決に向かっている)