サイバー老人ホーム‐青葉台熟年物語

78.肩の力

 人には分かっているようで、わからない言葉がある。「肩に力が入る」とか「体に切れがない」とか「手足が良く伸びていない」など、特に運動選手に良く使われる言葉であるが、なんとなく分かっているようで実感としては良く分からないのである。

 先月冬季オリンピックも終わったが、結果は、総じて日本の選手は実力がありながらそれを発揮できずに終わるケースがあるようである。この原因は大げさに言えば国民の期待感と言う重圧に押しつぶされた結果だろうが、この重圧は何も日本人だけに限ったことではない。

 ところが外国人選手の場合は爆発的な成績を残して活躍する選手が多いように感じる。この原因は何所から来るのかと考えて、ついにその答えに辿り着いたのである。それが肩に力が入り、体に切れが無く、手足が伸びていなかったのである。そんなこと誰でも分かっていると思われるが、何故そうなるかが問題なのである。

 痙性(けいせい)と言う人間の原始的な動きについてはこの雑言「67.リハビリテーション」の中で触れた。人間が人類に分かれる以前から持っていた本能的な動きである。その後の進化に伴い様々な複雑高度な動きを身につけ、更にそれらの能力を高めてきたのが今の人類である。勿論この中には、人間の力以上に道具の発達によるものも大きいが基本的には人間自身の力である。

 ところが、本来ならここまでの能力を発揮できるはずであると思っていても発揮できない人間がいる。それが「肩に力」が入ったり、「体に切れ」が無い人間である。何故こうした状態になるかと言えば周りの様々な状況により痙性が作用して筋緊張と言う状態が起こるからだと勝手に思っている。
 この痙性というのは健康な人には認識できないが、体が麻痺状態になっても痙性だけはそのまま残っており、その強さは予想以上なものである事を知った。

 この痙性が、通常の運動の動きに反する動きとなって出てくるから、「体の切れ」が悪くなるのである。これを抑えるには完璧な鍛錬と、どんな場面でも動じない精神力が必要である。これも誰でも分かっていて、努力していることであるが、痙性という実態を認識しているか否かでは大きな差があると思っている。
 この痙性が作用するのは、体に痛みがある場合、恐怖感がある場合、緊張感がある場合に強く影響してくるようだ。

 例えば体に痛みがある場合、それを避けようとする意識が無意識に作用し、本来の動きに逆に作用するのである。今度のオリンピックで、スピードスケートの清水選手は、腰痛を抱えており、本来ならばそれをかばうための痙性が働いて実力を発揮できないはずである。それなのに銀メダルを獲得できたのは、極限的な肉体の鍛錬に加え、いかなる状況でも勝ち抜く精神力があったからで、その功績は金メダル以上のものと考えている。

 更に恐怖感の場合は、肉体的恐怖感と精神的恐怖感があるが、これを取り除くことも容易ではない。今度のオリンピックで二種目のジャンプに優勝したスイスにアマン選手はオリンピック前の大会で、空中で大きく姿勢を崩して転倒(落下)したらしいが、それでも優勝したのである。
 あのジャンプ台を滑降する前や、空中に飛び出す瞬間は我々が想像する以上の恐怖感があるらしい。思うに、アマン選手は転倒した時に思っていたほどの苦痛を感じなかったのではないか、そしてその瞬間に恐怖感の壁を越えたのではないかと思っている。

 昔の剣豪が、「剣とは死ぬことと見つけたり」というようなことを言ったことを何かで見たことがあるが、恐怖感を取り除くのはたゆまぬ鍛錬に加えて死ぬ思いでやると言うことかもしれない。

 更に厄介なのは緊張感である。この緊張感を感じやすいか感じないかは個人差や民族的にも差があるようである。もともと日本民族というのは、シャイで内気で生真面目であまり感情を表に出さないのが美徳と考えられて来たことからも、もともと痙性の強い民族ではないかと思うのである。

 この緊張感による痙性の作用はあらゆるところに顔を出す。肉体的な緊張感では、尿意をもようしても作用し、放尿と共に痙性が抜けていくのが分かる。勿論、回りの環境でも影響し、過度の期待感や、必要以上の正義感などでも影響するようである。いわゆる良い意味での不真面目さが必要なのである。

 ところで、我が「愛しのタイガース」の選手を見ていると、何れも典型的な日本人であり、痙性による筋緊張によって「肩に力」が入り、「体の切れ」が悪く、「手足が伸び」ていない選手がことさら多いような気がする。この原因の一端は、選手ばかりではなく、ファンの必要以上の思い入れが影響しているのかもしれない。

 しかし今年は少し違うようである。どうやら選手は痙性の筋緊張から開放されたような気もするが、こんなことでごまかされはしない。虎キチの18年間の筋緊張はそれほど簡単には開放されるものではない。

 それにしても近頃、むやみに痙性による筋緊張が起こりやすい世相で、否応なしに肩に力が入るが、あまりムキにならず、適当に不真面目であればいいのだが・・・。(02.03仏法僧)