サイバー老人ホーム

344.上 司(決意)(3)

 9月27日に四回目の集会が行われ、すべての討議が終わった後で、退会することを申し出た。もっとも、私に参加するように依頼した老人会の会長には、その前に、その旨申し出て了解を得ている。

 辞任理由はいくつかあるが、その第一は、「コミュニティバスを運行するならNPOしかない」という私の認識不足である。但し、現在も私の考えが間違っていたとは思っていない、したがって認識不足である。

 そもそも、私の考えの基は、「兵庫県庁県土企画局」が発行した「NPO等自主運行バス導入計画マニュアル」である。

 徳島市から帰った翌日、県庁に「4条バスは、運営主体・運行主体とも事業者となっているが、地域を代表する任意団体と運営主体の事業者が運営に関する事項について善意的に合意したのなら4条バスは認められるのか」と尋ねたところ、「公式に名称が表に出るのでなければ問題ない」という事で、これは民法上の委任に該当することで、間違いなく私の認識不足であった。しかし、公式に名称が出ていないとは本筋から外れた邪道である事は間違いない。

 物事を推進する体制とは、各部分が統一的に組織されて一つの全体を形づくっている状態であり、永続的に事業を支える骨組みである。単に許可を得る手続きが簡単だったから、手数がかからないからと云う理由で決めるというものではない。

 いくら個人の能力が優れているからと云って、任意団体とした場合、責任問題が生じた場合、もろにその代表者に無限責任が及ぶことは勿論、その人が何かの理由で身を引いた場合、その人が優れていればいるほど反動は大きくなる。

 一方、法人であれば、運営に関する仕組みは出来上がっているので、たとえ中心的人物(複数でも)が何かの理由で退任しても、場合によっては域外からでも人材を連れてくることができる。

 辞退の二つ目の理由は、審議の方法が全く合わない事である。今までにも述べたが、私が考えていることとは全く相違していて、いわゆる本末転倒そのものであった。ただ、これについては去る9月12日の見学のバスの中でその理由が分かった。

 それは、顧問が全員に対して行った「先進事例見学バスクイズ」であった。内容は、バス運行に係る極めて常識的であり、併せて必要な質問事項を20項目ほどを列挙し、それを即座に答えると云うクイズ形式の内容であった。それ自体取り上げ方も面白く、内容的にも興味を持てるものが多くこれ自体に異論は全くない。

 これを見て、今我々が取り組んでいるのは、まったく世の中にサラな生徒たちが、学校で教師の下で授業を受けているいわば教室(教師誘導型)だったのことに気が付いた。

 一方、私は企業の中にいて、新事業の立ち上げや、新製品の開発にも何度か立ち会ったが、企業が最も重視するのは、事業基本目標が決まれば、それを事業化するための時間と、採算性(経済性)が最優先されるべき課題であり、その為には然るべき体制を整えるのが先決であった。

 その上で、目標とする経済性をどのように導き出すかが検討課題であり、これが企業型事業開発の基本であった。

 今、指導されている顧問はO大地球総合工学の助教の先生で、私などが方向転換しろと言っても無理な話で、私自らが身を引く事にした次第である。

 ただ、断言できるのは、地球総合工学というのが如何なる学問であるか知らないが、事業開発、ないしは事業経営とは経済事であり、学者や教師経験者が進める教育事ではない。

 たとえ現在進めている方向がそのまま進んだとしても、この先、いくつもの困難に遭遇することは火を見るより明らかである。コミュニティバス事業の開発は大勢の話し合いで決まることなどほんのわずかで、基本は経済実務である。

 事業経営における組織とは、単なる役回りを定めたものではなく、企業としての機能を究極的にまとめ上げたもので、例えば資金計画、経理システム、人事管理、資産管理等々世界に冠たる日本の産業界の真髄が積み重ねられたものである。

 これが、経済経験など未熟な助教や教師上がり軍門(上司)に下ったなどと云ったら、実社会に入って以来、死に物狂いで取り組んできたサラリーマンの名折れであり、断じて容認できる事ではない。
然らば、大口をたたいて尻尾を巻いてすごすごと身を引くのかと云えばそんなことはない。私自身、この西宮市生瀬地区には愛着があり、とりわけ、中心となく生瀬町はその歴史は鎌倉時代から始まっており、江戸時代では宿場町であり、少ないとは言え今に残る当時の面影を残すものもある。

 この地区も他の街同様に衰退の一歩を進んでいるが、この生瀬地区をもう一度元気を取り戻すためにかつての生瀬宿の復活しかないと思っていた。それなのに話し合いの中心をなす生瀬町その他の平地部分の住民にはコミュニティバスの恩恵が全く及ぼさないなどは話し合い以前の問題である。

 話は飛躍するが、物事を話や、書き物で表現する場合に「起承転結」という言葉がある。起源は漢詩を作る場合の物事の展開や物語の文章などにおける四段構成を表す概念となっているが、私などでも文章を作る場合に最も意を用いて注いでいるのはこのことである。

 今迄にも何度か「生瀬宿復活」を書き残そうと思ったが、肝心な書く目的を示す「起句(切っ掛け)」に適当な言葉が思いつかなかった。

 今回この集会に参加して、どちらかと云えば、全国的にコミュニティバス事業の導入は大学の先生などによる教師誘導型のケースが多いが、これに真っ向から対決するために、企業型事業開発を進めることを「起句」とすることを思いついたのである。

 五年ほど前に、一人の老人からの提案で始めたコミュニティバスの取り組みが、心無い自治会長の野心でぶち壊されたが、その後、市当局がこの問題を取り上げるきっかけとなったが、再び福祉面(づら)をして己の野心を振り回す輩の軍門に下る事は断じてない。

 この打ち合わせで何度も発言を止められたが、コミュニティバスの立ち上げ、NPO設立について「企業型事業開発」は斯くあるべしとの内容でペンをもって世に問う決意を固め、ここに表明する次第である。(13・10・15仏法僧)