サイバー老人ホーム-青葉台熟年物語

36.「口入れ屋」銀三

 私の大好きな作家、藤沢周平さんを知るきっかけになった作品に「用心棒日月抄」シリーズ4部作がある。東北のさる藩内で起きた不正を暴くために、好漢青江又八郎が脱藩までして、隠密裏にさまざまな悪と戦うという筋書きだが、この中の登場人物に「口入れ屋」を家業としている相模屋の吉蔵というのがいる。文字どおり太った古狸であり、この吉蔵と又八郎のやり取りが滑稽であり、何とも哀れでもある。

 この「口入れ屋」とは今で言うハローワークであるが、江戸時代はこうした者を通じてさまざまの仕事を庶民に媒介していたのである。ここに出てくる仕事とは主に市井で求められる一時の手間仕事であり、いわゆる職人さんの奉公仕事や商人とは異なる。仕事の目的を達成するとそれで今風の雇用関係は消滅することになる。
 この僅かの仕事とそれから得られる収入で糊口を凌ぎながら、縦横無尽に活躍し、見事藩内の悪を成敗するという筋書きである。この間に細谷源太夫という気の良い子沢山の浪人者と無二の親友になったり、佐知という武家育ちの女隠密との密やかな恋など、失ってしまった日本人や街のよさを全編に著した作品で、読み終わったらまたすぐに読み返したいほど好きな作品である。

 ただ、今回は藤沢周平さんのことを触れるつもりはない。今年の春からシルバー人材センターの仕事をするようになったことは以前に触れた。このシルバー人材センターというのはおおむね60歳以上の人(会員)に働く場を提供するための地方自治体の外郭団体である。基本的には非営利法人であり、事務局の人件費等経費の大半は自治体予算に依存している。

 ただ、仕事を斡旋するということであるが、労働法に規定する雇用契約でもなく、人材派遣法の派遣事業でもない。賃金に相当する配分金というのは人材センターが支払い、人材センターは仕事の依頼主から取りたてることになっている。ただ依頼主との契約は人材センターが行い、その際、配分金の10パーセントの事務費を上乗せして支払ってもらうことになる。「なんだ暇老人の小使い稼ぎか」といわれれば(実際に言われる)そうでもある。

 勿論、食い詰め老人(浪人ではない)の生活費稼ぎということもないわけではないが、大方は収入目的ということでもなく、生きがい目的の比重が高そうである。ただ、生活目的でない労働というのはストレスの溜まることもなければ、結構楽しいし、例外無しに収入に見合った以上の労働をまじめに取り組んでおり、それなりに社会の役に立っている自意識はある。

 この人材センターは全国の市町村の60パーセント以上を網羅しており、これ自体はかなりの経営的資源と考えるが、そのことはいつか又触れたいと思う。この人材センターが各会員に斡旋する仕事を探してくるのが私たちの仕事である。いわゆる今風の「口入れ屋」である。この仕事に取り組んでいるのは事務局の正式な職員も居るが、私のようにシルバーの会員でありながらこうした仕事に取り組んでいる同類が三人いる。いわゆるシルバー(銀)が三人、銀三である。従ってこれは「ぎんぞう」と読むわけでも、そう呼ばれているわけでもない。

 この三人、年齢はほぼ同じであり、それぞれ会社勤めを終わったもの同士であるが、過去のキャリアも、当然のことながら、性格も異なる。ただ、それぞれの立場をなんとなく意識しながら仕事に取り組んでいるが、これが結構絶妙な取り合わせであって奇妙にして愉快である。

 それに、このシルバーに寄せられる仕事も面白い。勿論、大方は清掃とか、駐輪指導、公共施設管理のような仕事になるが、なぜか藤沢周平さんの世界のような仕事もある。さすがに、お妾さんの用心棒などという話は今時ないが、新地マダムのパソコンのお手伝い等という仕事もあり、若い男性(?)の垂涎の的になった。
 また、独り老人の話し相手になってくれというような依頼はある。ただこの話、あまり人気はない。週に一回程度としてもそうそう話題などもあるはずがない。最後は「老人の自慢話」をいやというほど聞かせられる羽目になるからである。

 以前に自宅のフェンスの金網を破って庭に猪が巣を作ったから猪を追い出しでくれという依頼があった。駆けつけてみるとなるほど立派な庭隅に猪の親子が巣を作っており、生まれて間もない子猪のいわゆる「瓜坊」もいる。しばらく様子を見ることになったらしいが、その後の結果は聞いていない。

 犬の散歩というのもあるが、これも犬好きであればよいが、我が家の「ペロ」のような愛想のない頑固者(犬)に当たったら大変である。
 斡旋された仕事に対する不満は男性より女性の方が多いようである。苦労して集めてきた仕事を「そんな仕事はできまへんわ」とあっさり断るのは大概に女性である。「あの糞ばばあ」と毒づいてみるのだがこっちもいいかげんに「糞じじい」だから思わずにやりとしてしまう。

 男性で困るのは例の年寄りの頑固さである。長年蓄積してきた頑固さにさらに磨きがかかっているから時には始末が悪い。依頼主側から「そんなことなら辞めてしまえ!」等という言葉が出ると、理由の如何を問わず「辞めてやらあ」ということになる。

 依頼側で困るのは年齢にこだわることである。もともとシルバーの団体であるから若い人が居るわけがない。ここまで来ると年齢より元気さであり、年齢と元気さは関係がない。それでも「できるだけ若い(?)人を」等といわれると「へい、分かってまんがな、若い元気の良いのを廻しませえ」などと、つい「相模屋」の吉蔵みたいな口調になって「銀三」同士が思わず顔を見合わせることになるのである。(00.9仏法僧)