サイバー老人ホーム-青葉台熟年物語

95.2×2

 2×2といっても建材の規格ツーバイフォーのことについてではない。昨年入院する前に我が家に居付いた黒猫と、その子供、二匹の黒猫についてはこの雑言「71.黒猫のタンゴ」で取り上げた。このかわいそうな野良猫が更にかわいそうを産み、四分音符が今年あたり十六分音符に変わらないと言う保証は何所にも無いと懸念をしていたが、この懸念が見事的中したのである。

 6月に入ってある雨の日、どこかで「ミー、ミー」と子猫の声がする。もしやと思って庭を見ると泥だらけの子猫があの「ペロの三角窓」から身を乗り出して今にも落ちそうである。どうやら親猫の後を追っているらしいが、あの三角窓の下は石垣であり、いくら猫でもよちよち歩きの子猫ではここから落ちては身が持つまいと案じていたが、案じたところでどうなるものでもない、それが寿命だと変な納得をして眺めていたのである。

 不人情といわれようとこちらの体が猫に同情するほどまともではないからどうすることも出来ない。この親猫は昨年雄雌を出産したのに引き続いての出産である。そうは言ってもこの親猫しばらくは姿を見せなかった。勿論産休ということもあるが、そればかりではない。二匹の子猫は毎日庭で跳ね回っているが、食事時になっても親猫のほうは姿が見えなかったのである。

 かわいそうにとうとう寿命が来たか、はたまた新たな贔屓筋を探し当てたかと思っていたのである。それが再び我が家に現れて、それも二匹の瘤付きで戻ってきたのである。しばらくそのままに放って置いたところ、今度は隣家の境の排水溝の中に1匹が落ち込んで「ミー、ミー」泣き叫んでいる。見ると泥んこになっているが淡い茶色がかったグレーで昨年の四分音符とは大分違う。

 それからまたしばらく姿が見えないと思っていたら、今度ははっきりと姿をあらわした。どうやらこの親猫、新しいスポンサーの値踏みをしていたらしい。見るとブチ猫とグレー猫である。昨年の三匹真っ黒けとは大分趣を変えてバラエティー豊になった。このうちブチ猫は誠に猫振りが良く、あたかもThis is a Nekoの典型みたいな猫である。

 一方グレー猫はこれが奇妙で、足と尾と耳が黒に近い茶色で、口の周りも黒っぽいのである。そうなるとどこかパンダに似ているようであるが、事実そうである。但し、顔がパンダというよりビート・タケシさんが口の周りを黒く塗った間抜けな悪党スタイルなのである。猫社会ではどちらが美男美女だか分からないが、人間的尺度で見た場合これが雌であったら悲劇だろうと余計なことを考えるのである。

 そのうちに不思議なことが起きたのである。母猫が姿を消してしまったのである。そうなると生後間もない猫が果たして生き延びれるか定かでない。また困ったことを背負い込んでしまったと思っていたら、そこは良くしたもので、昨年の子猫のうち雌の方、即ちブチ・グレーの二匹に取っては姉に当る猫がちゃんと子猫の面倒を見ているのである。親も娘も真っ黒けで何所で区別をするのかと思われるが、そこは1年以上もパトロンをやっていると微妙に分かるので不思議だ。

 それにしても昨今、自分の子供でも育てられない人間に比べてなんと見上げた猫である。果たして母乳が出るのか出ないのか分からないが、子猫の方は姉猫の乳房にしがみついているのである。
 然らば母猫の方はどうしたかといえばこれが分からない。初めの頃は何度か様子を見に来ていたが、あるときから全く見えなくなった。多分ありつける餌の量を勘案し、ここのところは子供たちにシマ(我が家)の権利を譲ったのではないか、はたまた最近の不景気に鑑み、ワークシェアリングを導入したのではないかと考えている。

 一方、子猫の方は順調に育ち日増しに可愛さがましてくる。一日中子猫どうして追いかけっこをしているかと思うとこれに兄姉猫も時には参加して、我が家の狭い庭は格好な運動場である。

 こうなるともはや野良猫にしておくのが惜しくなり、戸を開け放し「お入り」などと猫なで声を出すが、決して入ろうとしない。取り分け子猫の方は一目散に潅木の下に逃げ込むが、特に家内が顔を出すと兄姉猫の方も極度に警戒する。通常餌は家内があげているので、家内にはなつくはずであるが、何故かさっぱりなつかない。これは人格の至らしめるところかと考えたが、どうやら敵は私の体の状態を見て、「ふん、これでは捕まることはないわい」と見くびっているのかもしれない。

 それならばと通常ねぐらにしている物置の方から退路を塞いで迫ったら、何と言うこともない、不適にもあのちび猫がこちらに向かってきて、造作もなく足元をすり抜けてしまった。それ以来捕まえるのは諦めて、野鳥を餌付けしたつもりでいることにした。

 考えてみると猫にとってどちらが幸せか分からない。家の中に閉じ込められて、何らかの不妊か断種処置をされるより、多少、しもじい思いはしても青空の下で気ままに過ごす方がはるかに良いと考えているようで、なんとなく何処かの公園で見た風景のような気がしないでもない。

 それにしても、今年2×2が来年は文字通りにツーバイフォーにならなければ良いがと今から真剣に案ずるのである。(02.08仏法僧)