瀬戸内海・迷子を捜す旅 〜牛窓編〜

                                                        2026.6

古い昔の話ですがこの建物をご存知の方は在りませんか?

岡山県の瀬戸内海沿いのある港にほど近い場所に建つ飲食店で海鮮等の美味しい飲食店でした。

とは言え昔の事で今はもう存在しない建物ではないかと思います。 

mise 
屋根の上に大きな看板が有ると言う事は港から見える場所ではないか?

(画はイメージですので実際とは違う所があります)

 今から約30年以上前の事で瀬戸大橋が完成して3〜4年の頃、私は幼い子供を連れて家族で瀬戸内海沿いのドライブ旅行に出掛けました。

一番下の三女がまだ3歳頃の話で京都から高速で一本松ICまで走行してそこからは瀬戸内海沿いに海を見ながら下津井の高台に建つホテルに宿泊予定(現在は遊園地になっているところです)でした。

夕刻、ホテルに付くまでに途中で新鮮な魚料理のお店を探してしばらく走って道に迷ったり在りそうな港近くに戻ったり短時間迷走していたのかも知れません。

そこで先ほど見かけた屋根の上に生きの良い海老の大きな看板の所にたどり付きました。

お店の方に駐車場を訪ねると少し行ったところに駐車スペースが有ると言う事で移動しました。そこは鬱蒼とした森の入り口の様な所で後ろには住宅や建物は無くすぐ横に神社かお寺の様な建物の門構えの様な建造物があり周囲には広葉樹の生垣で囲ってあり足元には幅が40cm程度でやや深めの排水溝があり蓋も無く子供に落ちない様に注意を促しました。お店も含めてその付近では他の建物はあまり無く後ろは山か森の樹木ばかりの印象です

生垣の隙間から建造物側に入ると床には禅宗のお寺などで見かける黒っぽい瓦の様なタイルが斜めに張って有りお寺らしさを感じました。

 
 ようやく家族5人で刺身定食など新鮮な魚料理を堪能して出発時に会計をしている際に子供たちが「先に駐車場に行ってるから!」と言い先に店を出ていきました。

ほどなく玄関を出て駐車場に向うと3歳の三女が見当たらなくなり周囲を家族全員で探し廻りました。

先ほどの深い排水溝に落ちていたら子供力では一人で上がれないのではないかと心配して近くの排水溝をくまなく覗いて歩いたり、子供の歩ける距離の周囲の方向をあちこち探しました。近くにいなければこの道を先に進んだとしか考えられず一本道を先に進んでひたすら探し突き当たりには小さな港か船着き場の様な岸壁が現れました。そこには船の客を歓迎する様な連なった電球の電線が一直線に張って有り何らかの客用の船着き場の印象が有りました、その時は電灯は消えていて真っ暗でひと気のないコンクリートの岸壁に手描

きの看板で(ボートのりば)と大きな文字で描いありました。駐車場からの距離は感覚では10分位の所かと思います。その間は一直線の細い路地の様なのですが両側には間口の狭い住宅などが隙間なくびっしりと立ち並び夕刻の6時半、7時の団欒の時間だというのに住宅の灯や話し声などの賑わいが一切聞こえず暗い闇夜の路地を一人速足で歩く私の足音ばかりでした。

さすがにここより先は行かないだろうと思い引き返し元の駐車所に戻っても今だに発見できず、もう一度よく探そうと探索しましたが10分ほど歩き廻っても結局先ほどのボート乗り場にまた出て来てしまい、焦りが頂点に達しました。

 

 
 30分以上がたちもしかしたら迷子だけでは無く、事故か誘拐か心配は増すばかりで自分たちの力では無力と考え警察に迷子の捜索の依頼をしました。

その後20分ほどして警察から迷子のお子さんが見つかりましたと連絡があり「交通の多い道を小さな子供が一人で歩いていて危険」と感じた通りがかりのご婦人が見つけて下さりすぐ前のガソリンスタンドの店の方に預けて警察に通報してくれたとの事でした。本当にほっとして自分の命が助かった事の様な安堵感がありました。その後警察の指示によりガソリンスタンドまで迎えに行き無事に再会することが出来ました。あの時程、もう二度と会えないのでは無いかとわが子供の命を心配して必死で探し回った事は在りません。

あの時探した道のりや、ボート乗り場の岸壁、駐車場の横の生垣や建造物、そして海老の看板は目に焼き付いてこの記憶は一生忘れられません。30年以上たった今でもあの時の夜の暗闇の中では在りますが景色は記憶に深くとどまっています。

 あの記憶に残る場所は一体何処だったのかと、どうしても知りたくなり6年前の2020年頃に一度ルートを思い出しながら一本松ICから下津井まで車で迷子を捜す旅に出ましたが準備不足で、ただルートを走れば見当たるかもとの思いは甘く結果は全くの不発で全て以前とは違った景色ばかりでした。

 今回2025年はその教訓をもとに範囲を絞ってストリートビューなどで写真をもとに記憶に近い物を見つける様に地図でたどって再挑戦する事になりました。

  2020年に走ったルートでガソリンスタンドを探すと地図では牛窓を過ぎてからの道路は海沿いではなく街の真ん中を走り山沿いや森などは近くに無かった、また海沿いでは砂浜などの海岸沿いは合ったが住宅地などは無かった。

一件落着して出発時に下津井のホテルに電話した際「下道で今から走ると2時間位かかりますよ」と言われた事を思い出し場所的には一本松を降りてすぐの牛窓当りではと仮定。

あの時のガソリンスタンド前の道はダンプやトラックが走る山間の道路の様で両隣や向かい側には他の建物が無く森や草地だった事、ルート上で周辺があの景色に近いのは現在ある牛窓のJAのガソリンスタンドが近い印象(当時はJAでは無かった)でした。

 
 
 牛窓とした場合の地図を見ると子供が見つかった時に我々が探していた港方向ではなく反対の山側のガソリンスタンド方向で発見された事が判りました。 

私が暗く細い道を2度も探し歩いた街並みと突き当りにある港が良く似ている事

特に夜なので暗くて周囲の家は見えなかったが道幅とその長くてやや蛇行した古い街道は今のしおまち唐琴通りと良く似ている。

 

だいぶ真実に近づいて来た様な気もするが、実際には思い込みも有って違うのかも知れない。なんせ30年以上前の記憶なのではっきり覚えている様で記憶の刷り込みも有るのかも。

今回、しおまち唐琴通り付近で近くの方にお話を聞きたかったのですがなかなか、地元の方と直接出会える機会が少なく通りで自転車に乗った年配の方一人にこの近くに海老の看板の有った飲食店の記憶が有りませんか?と尋ねましたがこの近くでは見たことないとの事

そのほかお忙しい中ご迷惑をお掛けしましたが電話での問い合わせに応対いただいたご近所の方もそのようなお店は知らないねぇ。とおっしゃり長年近くの飲食店を経営されているご主人に聞いてもそのような店は聞いたことないとの事。

また、ガソリンスタンドの近くの警察署にお尋ねした処、わざわざご年配の警察官の方に聞いてくれましたがやはり判らない様で牛窓ではなかったのか?

もしくは短期間で閉店されて人々 の記憶に残らなかったのか?

 どなたかこの建物かこの場所に心当たりのある方がおられましたら是非ご教えていただけないでしょうか?

 次回は絶対その場所に行きついて、その場に立ちたいと思っています。

 最後になりましたが、昔の話にわざわざ足を停めて思い出して頂いたご近所の方、お忙しい時間帯に突然の電話にもかかわらず御親切にご対応頂いた地元の皆様にあらためてお詫びとお礼を申し上げます。

 ************   maigotabi-ushimado@yahoo.co.jp 迷子を探す父   ***********