KALECKI, M.,
Introduction to the Theory of Growth in a Socialist Economy, Warszawa, Polish Scientific Publishers, 1969, pp.vi+125, 8vo. Singned inscription by the author, Ex-Marx Memorial Libraly
 カレツキ『社会主義経済成長論概要』1969年刊、英訳初版。著者献呈署名本。マルクス記念図書館旧蔵。
 著者略歴:ミハウ・カレツキMichał Kalecki(1899-1970)。ポーランドの中央部、最大の工業都市にして繊維工業の盛んなウッチで、ユダヤ家系に生まれる(生年の関係で西暦と年齢がシンクロしているので解り易い)。当地は、社会主義運動の盛んな土地でもあった。1795年ポーランドが露・普・墺の三国に分割された時は、ウッチはプロシア王国領であった。1815年にはロシアの統治下となる。父は小紡績工場を営んでいた。会社は彼が12才の時に倒産、苦労して学業を続ける。1917年高校を卒業し、兵役と就職の期間を挟みながらワルシャワとグダニスクのポリテクニック(工科大学としてよいだろう)で土木工学を学ぶ。23年まで在籍するも、家計の都合で卒業はしていない。経済学教育を正式に受けたことはなかったが、在学中ツガン・バラノフスキーやルクセンブルグの再生産表式を通じてマルクス経済学に親しんだ。
 中途退学後は、企業の信用調査、建築の設計計算、経済紙記者等様々な職業を転々としてなりわいとした。雑誌記者時代には主に2誌に寄稿し、実体経済の知識と分析技術を手にした。29年ワルシャワの景気循環・物価研究所に採用され7年間在籍、ポーランドの国民所得推計の先駆的研究を行っている。30年に結婚する。『一般理論』の同時発見ともいわれる「景気循環理論概説」1933(国際的にはEconometrica 1935論文)をポーランド語で書いたのも研究所時代である。36年ロックフェラー財団の1年の奨学金を得て旅行、スエーデンではミュルダール、イギリスではケインズと対面、ジョーン・ロビンソン、カーン、スラッファとも知り合う。在英中に、同僚ランダウとブライトの政治的解雇に抗議し、研究所を辞職。彼自身自からの生涯を評した「暴政と偏見と弾圧に対する抗議による辞職の連続」の始まりである。
 英国に留まりケンブリッジで研究を継続、40年オックスフォード大学統計研究所に研究員として採用される。『経済変動理論に関する試論集』1939、「完全雇用への三つの道」1944を発表。ILOの事務局を経て、1946年国連の経済安定および開発局次長に就任、『世界経済報告』作成を指導した。折からのマカーシー旋風に巻き込まれ54年辞任。その間、主著『経済変動の理論』1954を執筆。
 既に46年からポーランド政府顧問を兼任していたが、54年祖国に帰国する。ゴムルカ政権下の非スターリン化による祖国再建の期待が高まった時期である。経済計画関係の要職に就いて計画策定に携わったものの、後に見るように政治面や成長政策についての見解から次第に批判を受けるようになり、影響力を失うに至る。59-60年には、インドやキューバを訪れ、経済顧問として経済計画作成に協力した。60年にはすべて公職を離れる。閑暇を得たせいか、60を過ぎて若き日の純粋数学の関心(ポリテクニック時代に数学論文を発表)を復活して、素数に関する数篇の論文を発表している。帰国後の著作のほとんどは、社会主義経済と発展途上国に関するものであった。68年ゴムルカは経済危機による不満を逸らすために、シオニストと修正主義者の弾圧を開始する。このとき、彼の同僚・愛弟子が追放に遭いカレツキは打撃を受けた。晩年は計画・統計中央学校での教職や研究職についたものの、失意のうちに生涯を終えたといえる。
 ここで余談。なんとなく、カレツキは同国人ランゲより若いと思っていた。意外にもランゲのほうが1904年生まれで、5歳ほど若かったと知った。本で目にする両者の写真は大概同じものが使われ、前者が若々しい写真なのに、後者禿頭のものからだろうか。あるいは、後者が早くから国際的に活躍していたからだろうか(小生の如き素人でも知れる範囲で)。

 社会主義とは、資本主義から資本主義にいたる苦難の段階である、というジョークの定義をどこかで読んだことがある。ポーランドは、1945年のソ連の占領から1989年の民主化までポーランド独立労働者党支配下の社会主義体制にあった。そこでは、ソ連に倣って極度の高度経済成長、超重工業重点主義、自給自足体制が志向された。
 ポーランドに帰国して、経済計画の策定に参画した誠実な社会主義者カレツキは政治的な非難を受けた。個人としては純正なマルキストではないとして。『概要』でも見てのとおり、彼の著作には、マルクスおよびレーニンからの長々とした引用がなく、社会主義体制の資本主義体制に対する優位性を繰り返し強調することもなかった。ソ連の経済学者ハチャトゥーロフは、『概要』を折衷主義的分析と見做し、同書が資本主義に対する社会主義の優位を証明することに失敗していると非難した。また、政策においては、しばしば計画成長率が低いと批判された。批判者は、社会主義国はヨーロッパ先進国の所得の実現を目指すべきだとし、また社会主義圏の一員であるからには、成長率はソ連をはじめとする社会主義国の成長率を下回ってはならないと主張した。批判者の関心は、生産量の計画生産能力水準にあり、最終利用形態にはなかった。カレツキは産出量増大の必要性を問題にした。それによって、消費拡大が可能か、必要品の生産は増大したか等である。高成長率は単なる生産原料利用の増大にすぎないのではないかと危惧した。彼は消費と外国貿易(これらは成長の制約要因である:後述)の予想目標が達成可能な低目の成長率を設定したし、最終生産目標を達成するための経済的効率を重要視した。また、工業化自体を目的とすることにも反対した。工業化というものは長期経済発展計画の結果にすぎないと。
 カレツキはいう、社会主義の本質は利潤の最大化ではなく、国民の生活水準の向上を目指すことにある。消費を増大させることが重要なのである。当時の社会主義経済のドグマとして、国民所得中の生産的蓄積シェアの上昇が、常に消費の利益になると考えられてきた。カレツキは、無限の労働力供給がない場合、経済成長の加速化は、短期のみならず長期においても消費の増加が引き下げられることがありうることを示した。そして、完全雇用は個人の消費ニーズ充足という目的達成のための手段でもあるが、それ自体最終目的でもあった。すべての求職者に職を提供することは、社会主義国家の義務である。カレツキの理論は、完全雇用達成と国民生活水準上昇が唯一の真の目的である中央計画経済の理論である。その際、カレツキは経済全体の固定資本価額や総原価償却のような集計概念の使用は誤算の可能性が高いと考えた。経済成長の寄与余要因の分析には、成長率を投資と関連づけることが、信頼性を大きく高めると考えた。

 カレツキは、1961-75年のポーランド経済発展のための第一次展望計画の作業から、社会主義経済成長研究を発想し、一連の論文を書いた。1961-63年ワルシャワ中央計画統計大学および62年マンチェスター大学での講義・セミナーを実施。62年のベオグラードの研究所での講義において『概要』の結論を示し、その後直ちにポーランド語で出版した。
 『概要』は、中央計画社会主義経済における国民所得成長率の決定を初めて体系的に説明しようとする試みであった。「成長速度に引き上げは、国民所得なかでの消費の低下を意味し、[中略]短期的な消費の形成に不利に影響する。これは、成長速度の確定にあったって考慮にいれなければならない要因の一つである。この他に、労働力バランスおよび貿易収支と密接に関連して成長速度を確定することが、本書の主要テーマである」(カレツキ、1965、p.18:以下本訳書からの引用は頁数のみを表示)。
 社会主義経済の根本的問題は、短期での消費水準と、長期における高消費水準を達成するための高い経済成長率との間の、矛盾である。生活水準を最大にする欲求と、その消費の成長率を増大させることの矛盾が明確になった。なぜなら、所得と消費の成長率の増大には高水準の投資が必用で、それは現在の消費を減少せねばならないからである。カレツキ社会主義経済成長理論の主要目的は、社会主義経済の国民生活水準向上を目指して、現在の国民所得の分配と長期計画における経済成長率の選択肢とに関する意思決定の枠組みを作ることにあった。長期計画の経済成長率は、現在と長期との消費者利益の妥協の産物である。
 彼はまた、経済発展の隘路が投資であって労働力不足などが隘路ではない場合、外国投資がこの基盤拡大に貢献することを訴えた。同時に、投資成長率を国民所得成長率より高くすることで、経済成長率の上昇をもたらすことは明白だとしても、この戦略は、予備労働力の存在あればこそ可能であることも強調した。完全雇用に達すれば、成長率は必ず労働市場の経常的バランスに適応した水準に戻る。

 次により具体的に、本書に即してその内容をみていく。
 ある年度の国民所得をD、生産投資をI、流通手段の増分をO、広義の消費をS とする。
 ここで生産投資と広義の消費について注を付ける。社会主義国では国民所得には財の生産だけが含まれ、サービスの生産は含まれない。同様に、社会主義国では住宅、学校、街路など生産に寄与しない固定対象物への支出は非生産的投資とされ、広義の消費に含まれる。また、流通手段の増分とは、在庫投資のことである。O I の和が、生産的蓄積とされる。
 定義により
  D = I +O +S
 ここで、年内の国民所得の増分を⊿D で表すと、この増分の要因としてはまず年内に操業開始した生産投資I の効果が大きい。国民所得を1単位増やすための投資支出をm(=I /⊿D:資本集約度係数)とすると、投資の生産効果は⊿D = 1 /mI である。この他に、国民所得の増分に影響する要因としては、まず生産設備の消耗がある。生産設備は絶えず摩耗し、生産能力を減少させる。国民所得は年度内にaD だけ減少する。a は固定生産設備の摩損を表す係数である。a は保守・修繕作業によって変動するであろう。次に、投資とは無関係の所得増大効果がある。組織の改善、投入原料の節減、労働者の熟練、一般教育水準の向上等々により既存の生産設備から生産性を向上することができる。その係数をu とすると、年度中にuD だけ国民所得は増大する。
 上記から国民所得増分について下の式を得る。
   ⊿D = 1/mI aD + uD   (1)
 これを、D で除し、国民所得の成長率をr とすると、
   r = ⊿D /D = 1/mI /Da + u   (2)
 となる。
 これまで、生産的蓄積のもう一つの要素、在庫投資を考慮に入れなかったので、これを加える。流通手段は国民所得に比例的に増大すると考えられる。流通手段の増分すなわち在庫投資もまた、国民所得の増分に比例すると仮定すると、
   O = μD
 式の両辺をDで除して、
   O /D = μD /D = μr
 式(2)からは、
    I /D =(r + aum
 これら二つの式を加えると、
    (I + O )/D =(m +μ r +  (au m
よって、
   r = 1/( m +μ )・(I + O )/D -  m /(m +μ )・(a u
 となる。国民所得のなかの生産的蓄積(I + O )の割合をi で表す。i =(I + O )/ D である。国民所得D は、生産的蓄積I + O と(広義の)消費S の合計であるから、国民所得に占める消費の割合は、S /D = 1-i となる。ここで、m +μ = k とする。k は固定資本と流動資本を併せた全体の資本集約度係数である。1単位の国民所得の増加に必要な固定及び流動資本量を示す係数である。この係数を上式に代入すると、
   r = i /k m /k・(a -u )    (3)
 カレツキの基本方程式である。
 パラーメーターkmau が一定と仮定すると、国民所得の成長率r が一定であるためには、生産的蓄積率i も一定でなければならない。このとき消費率(1-i )も一定である。これに対し、成長率を高めるには生産的蓄積率も高める必要がある。しかも、(3)式右辺の第二項は負の値と考えられ(注1)、生産的蓄積率は成長率以上である必要がある。例えば、を2倍にするにはi は2倍以上に増やす必要がある。この場合、消費率(1-i )は低下し、消費の拡大は鈍化する。成長速度の引き上げは、国民所得なかでの消費の低下を意味し、短期的な消費の形成に不利な影響を与える。

 以上はカレツキの記述どおりの表式である。いま、簡略化のため、在庫投資を無視し、在庫量は一定で投資の変化には影響しないとすると、m = k となり、(3)式は、
    r = i・ 1/k +u - a    (4)
となる(後述との整合上ua の順番を変えた)。
 r を縦軸、i を横軸とする平面に(4)のグラフを描いてみる(図1)。資本集約度係数k が一定の場合、それは傾き1/k で、u a( < 0:(注1)参照)を切片とする直線となる。

 
                図1(竹浪、1984、p72より)

 成長率r の増大は、投資率i の増大に従う。i0i1 に増大すると、r0r1 に増大する。ただし、投資率の増大ほど成長率の増大は大きくない。r0r1i0i1 である。k (=I /⊿D )資本集約度係数は、高度な経済では1より大であろうし、r0r1 = (i0i1 ) ・1/k だからである。
 これまでは成長を投資(資本)との関連でみたが、次に成長を労働との関連で見てみる。
 いま、国民所得が年率1+r で増加し、総雇用が年率で1+ε 増加すると、総労働生産性の増加率1+α は、(1+r )/(1+ε )となる。さらに、完全雇用が実現しているとすると、雇用の増大速度ε は労働力の増大速度β に等しいから、
    1+r = (1+α )(1+β )= 1+α +β +αβ ≒1+α +β  (αβ は微小項) 
 よって、
     r = α +β         (5)
 と書ける。このようにして、技術進歩による労働生産性向上率α と人口の自然増加に依存するβ が結合して成長率を決定する。ここで、(4)(5)式を併せると、
    r = i ・1/k + u - a = α +β   (6)
 であり、図2にすると次のとおり、

 
                図2(p.29より)

 パラーメーターkua およびα (技術進歩)が一定で、完全雇用が実現されているという条件下では、i の増大によってB点以上に経済成長r を加速させることは、労働力不足の制限に突き当たる。この条件下では、それ以上の投資は使用されない生産設備を製造することになる。

 次に、労働力が完全雇用状態ではなく、予備がある場合を考える。
 失業者が存在するだけでなく、労働力の増大速度β が雇用拡大率β’ (上記ではε で表記)より大きい場合、当然失業者数は増大する。しかし、雇用拡大率β’ を労働力増大速度β まで引き上げても、失業者の絶対数は拡大する(失業率は一定である)(注2)。失業者を減らすためには、雇用拡大率は労働人口増加率を超えて拡大せねばならない。社会主義国では失業者の存在は許されないから、完全雇用状態になるまでは雇用を拡大する必要がある。第二次大戦中・戦後の東欧では余剰の生産設備はなかったから、雇用を増やすには投資を増加させて経済成長を加速するほかない。(6)式で生産性α は仮定により一定だから、β’ の拡大は投資(率)i の増加に拠らねばならない。しかしながら、投資の増加は国民所得の分配を変化させる問題が残る。具体的には社会主義国の国民福祉の根幹である消費にどのような短期的、長期的影響を与えるかを考慮せねばならない。
 ここでは、数値例を使った竹浪(1984、第4章)の説明が解り易いのでこれを利用する(計算過程が異なるので微妙に数値は異なる)。ここでは、カレツキの国民所得表示D に替えてY を、資本集約度係数はk を使用する。
考察にあたって、単純化のため投資が生産物を増強するには1年を要すると考える。また、k は時間を通じて不変とする。ここでは、式(1)は、
    ⊿ Y = 1/I aY + uY
 と表示できる。さらに、簡単化のためau の項は無視する。すると、投資の生産物増強効果は1年を要し、k は3と仮定されているから、
    ⊿Y0 = 1/kIt-1 = 1/3・It-1   (7)
 である(この式は、原著及び竹浪には書いていない)。
 まず、出発年t0 年の前年t-1 年の国民所得Y を420(単位)、消費S を345、よって消費率82.1%、投資率17.9%。また、同年の成長率r を6.0%と仮定する(細かくいえば、Y と投資I は粗概念、消費S は上記の広義の消費である)。技術進歩率α を4%と想定しているので、成長率r 6.0%の下では、雇用拡大率β’ が2.0%となる。
 次に、出発年t0 年の国民所得の構成を求める。まず、t-1 年の投資が75であったから、t0 年の所得の増加額は式(7)から25であり、全体の所得は445となる。ここで、t0 年に成長率を加速させるために、投資率を17.9%→27%に増加させる(変化は1年度限り)。同年の投資額は120(445×0.27)、消費額は325である。これにより、同年の他の項目は決定できる。そこで、t1 はどうなるか。所得増加額は40(120/3)であり、国民所得は485となる。投資率を前年同様27%に維持すると、投資額は131である。同様に、消費額354とその他の数値が決定する。t2 も同様に計算できる。

 
 項目\年 t-1  t0  t1 t2 
国民所得Y 420  445 485  529
 消費S  345  325 354  386 
 投資I  75  120 131 143 
 消費率1-i (S/Y )    %  82.1  73 73  73 
 投資率i (I/Y )     %  17.9  27 27  27 
 成長率r (⊿Y/Y )     %  (6.0)  6.0 9.0  9.0 
 雇用増大率β’(⊿L/L ) %  2.0  2.0 5.0 5.0 
            表1

 この例でわかるのは、成長率を高めるために投資を増加させると、当然消費の絶対額が一時的に減少する。t0 年に国民所得の増加額以上に投資を増加させたため、同年の消費額は前年比で減少した(345→325)。しかし、投資の結果、t1 年の成長率は6%から9%に、雇用拡大率は2%から5%にアップし、雇用者は増加する。その上、t0 年の投資増加は、t1 の所得成長率増加を通じて、たとえt1 年に高い投資率を維持したとしても、t1 年の消費はt-1 以上に増加する。 t2 以降の消費の絶対額も、投資率を維持しても、増え続けることになる。
 以上の結果を模式的に図示したものを次に掲げる。

 
              図3(竹浪、1984、p.78より)

 縦軸にYS の大きさ、横軸に年(度)を取る。なお、この図ではt0 を通る縦線に省略を示す破断の印がついているが、縦軸を表すt-1 のところにつけるのが正しい(自分で図を作成する技術がないので竹浪の図をそのまま用いる)。
 点線Yh は、投資加速の政策が取られない場合に成長(表1では6%:以下同様)すると想定された国民所得の動きを表している。点線Sh はその場合の(投資率・消費率が固定されたままでの)消費の動きを示している。YhShともに同伸び率(6%)であるから平行である。ただし、上述のように、表示ではSh の下部の部分は省略されている。一方実線、Ymax は完全雇用が維持された場合の国民所得の動きを表している。雇用増大率β’ が労働力の増大速度β と一致する成長である。
 表1で示されたような国民所得の動向は実線Yf で表されている。今扱っているケースは、労働力に予備がある例であるから、出発点t0 の国民所得Y0Ymax 以下である。Y0 年には投資の生産力効果は現れないから。成長率はYh 線上の6%である。t1 年以降は成長率rn (9%)となり、Yh 点線から乖離する。しかし、tn 年になると完全雇用に達し、成長率は労働力増加率に制約されるので、以後は完全雇用所得水準Ymax すなわち成長率e に乗る。YmaxYf に囲まれた点々を打たれた範囲は、完全雇用に達しなかったことで実現されなかった国民所得である。
 次に、Yf の所得の動きに対応する消費の動向Sf を見ると、t0 年に投資を増加させたので、消費は減少する。(消費、所得はフローの概念で時点表示にはなじまないが本図では年末=翌年始に水準が表示されていると考えると解りよいか)t1 年からは生産力効果が発揮され所得増加を通じて消費も増大する。その増加率は(消費率一定のため)、成長率rnと同率(9%)である。そして、tw 年には、投資増加政策の消費水準Sf は、投資率を増加させないままに一定成長の場合(6%)の所得Sh に追いつく。表1の数字例で計算してみると、t2 年ではSf は386であるが、Sh は411(345×1.063)でまだ追いつけない。t5 年でやっと追いつく。表1では、生産効果が1年後に現れる仮定の下でtw = t5 となっているが、生産効果が徐々に表れるとすれば、tw 年はもっと後ろにズレることになる。
 図3でSfSh が作る範囲のうち、t0 からw の期間Sh 以下の縦線部分は、成長加速策に伴う消費の犠牲である。tw からn+1 の期間Sh 以上の斜線部分は、成長加速策に伴う消費の利益である(n+1 時点でのものである)。単純に両者を比較して「純」利益があるかと判断するのは、社会的厚生関数の議論にみるように、あまり有益とは思われない。

 カレツキ自身の記述を見てみよう。r の経済成長率を持つ経済が⊿r だけ成長率を高めたいとする。そのためには投資率を⊿i だけ高める必要があるする。
 ある時点の国民所得をD0 とするなら、投資は⊿i D0 だけ増加する。消費額は(1-i ) D0 に等しいので、消費は⊿i / (1-i ) だけ減少するとしている[ここでの減少は減少率のことであろう。分子の⊿i が消費減少額となるのはD0 が一定であるので、その分消費が減少するということか。表1のt0 において、投資を増加させた場合のように。:記者]。ここで、カレツキは短期的な消費削減に反対する係数ω (i )を導入している。ω iの増加関数である。i が増えれば、反対が大きくなる。そして、成長率引き上げによる純利益あるいは純損失は、
    ⊿r - ω (i ) ⊿i / (1-i )    (8)
 となるとする。[この式の意味を、ソーヤー(1994、p.298)は「この式の第1項は、より急速な成長率によってもたらされると消費の増加を示し、一方、第2項はより多くの投資の増加の結果生ずる消費シェアの低下によってもたらされると予想される損失を示している」と解釈している。そして「係数ω は、社会的時間割引率と何らかの関係をもっていると考えることができるかもしれない」(同、p.299)ともいっている。これでも、記者にはよく理解できないが、表1でいえば、第1項はt1 年の所得(従って消費の)の増加率よる利益を表し、第2項はt0 年の消費の削減率による損失に伴う評価を表すのであろうか]。(8)式は
    ⊿r /⊿i = ω (i ) /(1-i )    (9)
 と書ける。これは、蓄積率⊿i 引き上げで、どれだけ成長率⊿r を高められるかの効率が、i で決定されることを示している。これを図示する。

 
            図4(p.36より)

 図4の上図は図2と同様である(労働力に予備がある場合であるのでβ β’ と読み替えるのがよいか:記者)。下図は、横軸はi で上図と同じであるが、縦軸は⊿r /⊿i を取っている。上図の直線BN に対応するのは下図では、高さ1/k の水平線B’N’ である。B’N’ BP の傾きで、i にかかわらず一定であるためである。D’K’ のほうは、関数ω (i )/(1-i )を表現している。上記のごとく、ω (i )はi の増加関数である。そして、分母の(1-i )もi が増大する時減少する。よって、D’K’ すなわちω (i ) /(1-i )も増加関数である。D’K’ 曲線はB’N’ 直線とP’ 点で交わる。横座標でP’ 点以下のi については、
  ⊿r /⊿i ( =1/k ) > ω (i ) /(1-i )  
 すなわち、
  ⊿r - ω (i ) /(1-i ) ⊿i > 0
 であり、成長率引き上は純利益であり、i の増大によってさらに純利益は増える。一方、同様に横座標でP’ 点以上のi については、純利益がマイナスになるため超えることができない。成長率引上策はP’ 点、そして上図では対応するP 点に決まる(その雇用率はβ’ に上昇するのであろう:記者)。この時の投資率はOQ である。
 D’K’ 曲線は、「政府が所与のi について⊿r /⊿i のどんな値に同意しうるかを示している」(p.37)。カレツキは、D’K’ 曲線を「決定曲線」と呼ぶ(p.37)。ソーヤー(1994、p.299)やオシャテンスキー(1990、p.160)は、より明確に「政府の意思決定曲線(government decision curve)」あるいは「政府決定曲線」と呼ぶ。政府が賢明な判断を実行できる想定であろう。

 以上の例は、投資率増大の過程を、出発点での消費の低下から出発するものであった。わずかな投資率の増加でも、現在の消費すなわち実質賃金をかなり低下させるので、決定曲線は急激に上昇するカーブを示すだろう。その結果、R 点は大きく上昇できず、当初の成長速度r0 = α +β を大きく上回ることができない。失業削減のために成長は必要だとしても、投資率を年々徐々に増加させることにすれば、反発や抵抗は少ないだろう。例えば消費の絶対水準を維持する範囲で投資を増大させるとか、雇用の増大と消費増大を一致させて、実質賃金を維持する範囲で投資を増大させる政策である。成長は社会主義経済の大きな目標ではあるが、消費の削減は社会主義の趣旨に反するばかりでなく、労働意欲を低下させ係数u の減少を通じて、かえって成長を損なう恐れがある。

 ここまでは、労働力に予備がある状態で、成長増大政策の制約となるのは、短期的な消費削減であることを示した。しかしながら、労働力の不足はそもそも成長を制限する要因である。貿易収支も、もう一つの制約要因である。成長が大きいほど、貿易赤字は大きくなる。成長速度が一定水準を超えると、国内の原料生産部門が技術的・組織的困難から需要を満たせなくなる。生産物の輸出は減少し、輸入原料の需要が高まる。輸出促進、輸入抑制の努力は、国民所得を低下させる。カレツキは上記と同様な幾何学的図解によって、分析を進める(第6章 成長の制限要因としての貿易収支の均衡)。それ以後の章でも、分析用具は基本的に同じである。ただ、私にはより理解が困難となる点もあり、具体的な内容の紹介は省略させていただく。

 カレツキに対する理論的批判は次のようなものであった。社会主義国の経済学者は、カレツキ理論は行き過ぎた形式主義、経験的証明と現実性の欠如、ブルジュア経済学への屈服であるとした。とりわけ、彼の機械論的証明は、基本的成長要因である人間労働の評価が欠落していると批判された。また、社会主義経済下での生産関係の発展段階においては、投資と現行消費の矛盾は完全に消滅すると批判された。批判者の誤りは、生産能力余剰下で稼働する先進資本主義国経済における投資と消費の間の関連を社会主義経済に機械的に適用したことにある。社会主義の「不足」経済では、国民所得の水準を主として決定するのが供給要因であるのを見落としていたのである。ポーランドでは生産能力の予備は全く存在しなかった。短期間で生産増加が可能なのは、投資あるいは雇用の増加によるのみである。

 カレツキは、ランゲの提唱したような市場社会主義ではなく、中央当局が集権的に全製品の価格決定を行う原則を一貫して支持した。それは、資本主義の寡占価格についての研究とポーランドの高度な独占化経済構造への認識とによるものである。社会主義体制下では中央当局の計画立案者は常に、弾力的価格を設定できるとみなした。その価格は、資本設備の完全稼働水準の国民所得に対応する所与の投資比率と調整可能なものである。企業が価格決定を行う社会主義経済は変則的と見做した。
 カレツキは、社会主義体制下の経済的決定は市場経済より合理的であると確信していた。それは、中央計画化機能への信頼から発したものであろう。しかし、1950年台に入って、社会主義での経済計画はその機能体系が必ずしも良好ないことが次第に明らかになってきた。カレツキは「資本主義のもとでの社会的、政治的条件と経済発展との連関をみる点で異例なほどにリアリスティックであり、政治的要素と経済的要素の相互作用の過程を40年以上も前に予見し、政治景気循環論を創始した」しかし、社会主義を論じる時は、政治的、制度的装置から分離して、あるいはそれらは暗黙的に中立であると仮定して経済分析できると考えた。「この意味で、彼はあるがままの独占資本主義を研究したのに対し、ありうる(べき?:記者)姿の社会主義を研究したと論じることができる。あと知恵ながら、社会主義経済の機能様式と発展の理論に比べると彼の資本主義再生産理論の優位性はこの点あるといえる。[中略] カレツキは社会主義への批判的評価を増加させたにもかかわらず、社会主義は資本主義に比べてより優れた社会正義とより高い経済的効率の制度でありうるとの信念を決して放棄しなかった」(オシャンティンスキー、1990、p.242:強調筆者)。

 英国の古書店より購入。本書は、1963年発行のポーランド語の元版を同国で69年に英訳出版したものである。同年に英国のOxfordのBasil Blackwell出社版からも上梓されているが、それにはポーランドで印刷されたと書かれているので、ポーランド版の版組を使ったものだろう。カレツキの献呈署名付きの珍しいもの。ロンドンのマルクス記念文庫旧蔵のごとくである。邦訳は早くも、1965年に竹浪によるポーランドからの直接訳が現れている。

(注1)mk は正である。非投資的改善係数u は、継続して高い水準依維持することは困難である。一方、a は投資の拡大や、設備の社会的陳腐化で比較的高水準になると思われるので、a -u > 0 と考える。
(注2)労働力増加率、雇用拡大率が共に3%で、当初労働力が500万人、失業者30万人の場合、次年度以降の失業者数は次表のとおり。(竹浪、1984、p.74より)

 年度  (1)労働力人口
(年率3%増
 (2)雇用者数
(年3%増)
 (3)失業者数 失業増大率
(%)
 失業率(3)/(1)
(%)
 t1  5,000,000  4,700,000  300,000  -  6
 t2  5,150,000  4,841,000  309,000  3  6
 t3  5,304,500  4,986,230  318,270  3  6
 t4  5,463,635  5,135,817  327,818  3  6



(参考文献)

  1. オシャティンスキー、J. 岩田裕他訳 『ポーランド改革の経済理論  カレツキの社会主義モデル』 大月書店、1990年
  2. カレツキ、ミハエル 竹浪祥一郎訳 『社会主義経済成長論概要』 日本評論社、1965年
  3. ソーヤー、M. C. 緒方俊雄監訳 『市場と計画の社会システム』 日本経済評論社、1994年
  4. 竹浪祥一郎 『入門社会主義経済学』 実業出版、1984年
  5. 鍋島直樹 「M・カレツキ ―現代政治経済学の源流― 」(橋本努編 『20世紀の経済学の諸潮流』、2006年 所収)
  6. 都留重人 『現代経済学の群像』 岩波書店、1985年


左が本書(ポーランド出版)、右が英国出版


カレツキの献呈署名(半標題紙))


標題紙

(2026/2/28 記)



稀書自慢 西洋経済古書収集 copyright ©bookman