HAYEK, F.A.,
Prices and Production , London, George Routledge & sons, 1931, 12mo., pp.xv+112

 ハイエク『価格と生産』初版。
 同年発行の独語版があるが、LSEの講義を基に出版したもので、こちらが元版。本人の言によれば広範にロビンズ(邦訳解説によれば、ヒックス)の手が入っているとのことである。

 貨幣的過剰投資論=銀行の信用創造により、自発的貯蓄以上に投資されることに不況の原因を求める説――に分類される。オーストリア経済学の伝統に従い、財を、消費する最終製品である1次財とこれらを生産するための中間製品からなるとする。後者は、1次財の前段階の(半)製品は2次財、その前段階製品は3次財と・・・本源的生産財である土地・労働までn次財と名付けられる。これら「迂回生産」を通じて生産力が増加すると仮定されている。
 この世界では、生産者は直ぐに売れる最終消費財を生産するか時間が掛かっても利益の多い中間財に資金を投下するかを判断して投資額を決めるし、消費者は現在の消費と将来の消費を考えて貯蓄額を決める。貯蓄額と投資額を均衡させる利子率は、貨幣市場に併せて、また生産財と消費財市場をも需給均衡させることになる。
 ところがである、ここに信用創造が導入されると、銀行によって貨幣が供給されるため、貯蓄に関係なく投資が実行される事になる。企業は低い利子率の元で、より長期の生産方法を選択し利益を上げようとする。生産資源は生産財に向かうが、消費者の消費性向は不変のままだから、投資が一巡して所得に変わったとき、消費財を買おうとして消費財価格が上昇する。信用創造が無限に続くのでない限り、こうして生産財部門が消費財部門に比べて不利となり迂回生産が短期化する、これをハイエクは不況という。

 出版後に、ケインズの代理人としてのスラッファに批判を受け、論争を繰り広げることとなる。しかし、余りにも理論的過ぎて現実経済の解明に力不足と思われたのか、ケインズ革命の嵐の中で次第に忘却されてしまう。ケンブリッジに講演来たハイエクが「黒板を彼の三角形(迂回生産の図)で埋めました」とのジョーン・ロビンソンの証言は印象的である。
 しかしながら、ハイエク自身がこの本の最大の批判者であったようで、改訂されて『利潤、利子および投資』となり、さらに『資本の純粋理論』で調琢を図った。(このあたりハイエクがケインズの『貨幣論』を批評したらケインズがその立場を離れてしまったとこぼしていることを考えれば面白いが)そしてやがて理論の世界から離れてしまう。

 社会思想家として『隷属への道』を書いてからは同僚の経済学者の信用を失墜したと自ら言うが、私的生活面でも糟糠の(?)妻と別れて、初恋の人と再婚したことも世間から白眼視されただろう。しかし彼は孤立を恐れず、孤高を守った。自称する恐怖感の欠如した「神経」と関係があるのだろうか。
 後にはノーベル経済学賞の栄誉を受けるが、受賞理由にはこの貨幣理論の業績も含まれているのである。20世紀初期の経済学書では、割合探しにくい本である。教科書として出版されたのだろうか、判形も小さく装丁も見栄えがしない。
 ちなみに、ハイエクは経済書のコレクターでもあった。生涯に何度かコレクションを国際機関やザルツブルグ大学に売却してはいるが、

(参考文献)
  1. 江頭進『F.Aハイエクの研究.』1999年 日本評論社
  2. クレスゲ他編『ハイエク、ハイエクを語る』2000年 名古屋大学出版会
  3. 西山千明「邦訳解説」・春秋社版ハイエク全集所収 他)
  4. 森元孝『フリードリヒ・フォン・ハイエクのウィーン』2006年 新評論  他




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(H19.9.23記)




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