LONGFIELD, MOUNTIFORT
, Lectures on Political Economy, delivered in Trinity and Michaelmas Terms, 1833 , Dublin, Richard Milliken and son, 1834, ppxii+267 ,8vo

 ロングフィールド『経済学講義』。初版。
 著者(1802-1884)は、アイルランドの南端にあるコーク州のデザートセージズに牧師の子として生まれる。ダブリンのトリニティ・カレッジを自然科学の優等で卒業。法学関連の経歴を経て、1832年にR・ホエトリーが母校に創設した経済学講座の初代教授となる。この講座はオックスフォードのドラモント経済学講座の教授であったホエトリーがダブリンの大主教に任命されたのを機に設けたもので、終生自ら教授職の報酬を支払い、その選考に関与した。ロングフィールドは、その後本書が受け入れられないこともあって、経済学から法学に戻り、不動産裁判所の判事にもなっている。
 ロングフィールドに続くホエトリー経済学講座の歴代教授、アイザック・ブット、J・A・ローソン、W・N・ハンコックは、いずれも主観価値学説を奉じておりダブリン学派をなしている。しかしその後はロングフィールドの影響力も薄れたのか、1856年にこの職を襲ったJ・E・ケアンズ至っては「最後の古典学派」として知られており、執拗にジェヴォンズを非難した。
 このようにこの教授職に就いた人が多いのは、ホエトリーが定めた在職5年以内という規則によるものだが、もう一つの規則に講義内容を毎年出版するというのがある。本書もその規則の所産であろう。ちなみにミカエルマスは、9月にはじまる新学期の名前。イギリス(アイルランドも同様と思うが)では、宗教行事にちなんだ名のつく3学期に分かれている。

 セリグマンが『忘れられた経済学者』の「限界分析家」の章で、「すべての著者中最も注目すべき一人」として著者を発掘した。本書はその主著で、11の講義よりなる。
 ロングフィールドも、自然価格と市場価格という古典派でおなじみの区分を用いる。自然価格については、労働が最善の尺度ではあるが、不変の尺度や価値の源泉ではないとした。自然価格の究明は彼にとって副次的な問題にすぎず、市場価格に関心を集中し、創造的な仕事を成し遂げた。
 市場価格を記して、「各物品の価値は需要と供給に依存している、そして間接的には商品の生産費とその効用がその価格に影響する。生産費は供給に影響する、人間は生産費用以上で売れる合理的な期待なしには商品を生産しないからである。そして効用は、そう簡単には計算できないものの、一定の効果を及ぼす、というのは言葉の最も広い意味で需要は完全にその効用に帰すことができるからである。」(本書、p.110)とする。
 そして、需要の性質および価格に対するその影響を、所与の一物品に対する複数の「需要者」の事例から始めている。「商品に対する個人の需要の強度の尺度は、彼がそれなしで済ませるより、すなわち彼にそれを与えることによって計算される満足を諦めるよりも、それに対し意思と能力をもって支払うものの総量である。」(本書、p.113)と。総ての人は同じ市場価格で購入しており、価格が一単位上がった場合、そこで購入を止めた需要者は、値上がり前の価格で、その需要強度が丁度測定できる者である。また市場価格は、実際に購入する最低強度の需要で測定される。
 さらに、需要の強度は異なった場所や異なった個人間で変るだけでなく、同一人物の中でも強度の異なるいくつかの需要持っているといえる。「・・・結論は、各個人が、いわば自身の中に、連続増加する強度の需要の系列を持っている;購買に導くこの系列の最低程度は、いつでも富者にとっても貧者に取っても正確に同一であり、市場価格を規制するものである。」(本書、p.114)
 以上は限界需要理論ともいうべきものであるが、先述の自然価格について労働が最善の尺度ではあるとした所では、限界費用理論を表すと思える一文を挿入している。労働が商品の有用な価値尺度であるには、商品の全供給が、その価値をすべて労働から取得する必要はなく、他の部分と等しい価値の一部分が労働に分解すれば充分であるとして、「このような価値測定を許すあらゆる商品の当該部分は、私が云う所の最も不利な事情の下で――すなわち、その商品のある量を生産するために、労働の最大消費を要求する事情の下で――生産される部分である。」(本書、p.34-35)と。
 次に、利潤論(利子論)については、限界生産力概念が見られるとされる。なお、ロングフィールドは、利潤を資本の一般収益として使用しており、利子におなじである(セリグマン)。利率を需要面での資本の限界生産力と供給面での将来の満足のために現在の消費を犠牲にする時差説で説明した。
 資本は生産物の販売に先立ち、労働者の賃金と道具・機械を提供することによって有用である。機械所有者の受ける支払いは、その機械使用による損害及び貸付期間に比例し、労働者の効率を増加させる効果に比例しない。なぜなら、競争原理が作動し、ある機械の所有者の報酬が高ければ、他の人はその機械を購入するからである。利潤水準は機械使用が与える労働者への援助価値を超えることは出来ず、最少効率の機械によって決定される。「利潤率は、私が操業資本の最終部分と呼ぶ、最少効率で使用される資本部分によって労働に与えられる援助に等しい」(本書、p.194)
 こうして、上記のようにチューネンに先だって限界生産力説を述べているが、資本を論じた部分ではもう一つ重要な箇所がある。シュンペーターが彼の独創的な貢献として、第一番にあげたボェーム=バヴェルクの迂回生産理論の本質点の先駆となったものである。「資本が生産作業で果たす重要な役割に注意しよう、そうすればある労働が充分な効果を生むまでに、しばしばいかに長い時間が経過しているかが判るだろう。」(本書、p.163)と、述べている。
 さらにロングフィールドには、利子論における限界生産力説の他に、賃金論にも生産力説(高橋は限界生産力説とするが、私には限界の意味がもう一つ読み取れないため、単に生産力説とする)の先駆的形態が見られるのである。古典派の賃金の生存費説を否定し、生活水準は原因ではなくして結果であるとする。賃金は労働の価値に依存し、他のすべての物と同様、需要と供給の関係で決定される。供給は現存の労働者の一団からなる。ほとんどの場合、需要は、彼らが行うことができる仕事の効用または価値から生じる。通常不生産的とされる労働者は他の源泉から生じる資本によって維持されねばならないが、大多数の労働者はその労働の生産物または生産物の価格から支払わねばならない。そうして、このことは、ある労働者の賃金に適用可能な尺度を与える。二物の相対価値を各生産に用いられた労働の量と種類とによって比較する際、比較に注意せねばならぬが、それらの価値にはその国の利子率および労働の実施と販売の完了の間に一般的に経過した時間間隔とに比例して、毎日の労働の価値に付加されるものがあることが判る。各労働が受け取る物品の配分は、全価値の中、いくらが労働より成り、いくらが利潤より成るかの計算により、そしてその配分を労働者間に分割するのは、各人の労働の量と価値に比例することにより、見出せる。労働者の実質賃金、すなわち労働者の生活の必需品と贅沢品の支配は、利潤率に、そして労働の賃金が消費される物品を生産する労働の効率に、完全に依存する、と著者は説くのである(本書第十講)。
 なお、この本には他にも、リカードの二国二財の国際貿易モデルを多国他財モデルへの拡張を試みたとか貿易の生産要素比率理論のプロトタイプがあるとかのヴァイナーの評価がある。
 以上、ほぼ限界効用概念に到達し、利潤の限界生産力と労働の生産力理論によって、分配理論で独創的な仕事をなしたというのが、著者に対する大方の見方であろう。最後にブローグの評価を引く。「ロングフィールドの『経済学講義』は、そこに少しの混乱がみられるものの、驚くべき独創性に富んだ書物であるというだけで十分であろう。そこには、主観的価値論や分配の限界生産力説が描かれている。このすべてが1834年に、なんとリカードの死後11年の時になされたのである。」(ブローグ,p.151) 

 英国の書店より購入。値段は張ったが、裏表紙がなく、数頁が本から外れた状態での購入。知り合いの製本屋さんに革装丁で製本してもらった。

(付記)高橋の『古版西洋経済書解題』には、この本の標題紙の写真が掲げられている(p.647)。しかし、そこでは発行所は”Dublin/ William Curry, Jun. And Company./ Longman and company, London”となっている。発行年は同じ1834年である。所蔵本と比較すると、活字の配置も多少異なる。トリニティ・カレッジ、大英図書館、米国議会図書館、慶応大学のカタログをホームページで探してもこの版元の本は見つけられなかった。このような別本があったのだろうか。
 なお、高橋の著作集版では、写真は新たに撮影されたものが掲載されており、慶応大学の図書館印と図書番号らしきものが押印されているが、元版のものと同じ本だと思われる。

(参考文献)
  1. シュンペーター 東畑精一訳 『経済分析の歴史 3』 岩波書店、1957年
  2. セリグマン 平瀬巳之吉訳 『忘れられた経済学者たち』未来社、1955年
  3. 高橋誠一郎 『古版西洋経済書解題』 慶応出版社、1943年
  4. ブローグ 中矢俊博訳 『ケインズ以前の100大経済学者』 同文館、1989年
  5. Black, R. D. “Trinity College, Dublin, and the Theory of Value. 1832-1864" Economica, 1945, NS12, 140-48




標題紙(拡大可能)


(H22.2.15記)



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