AUSPITZ, R. und LIEBEN,R,
Untersuchegen über die Theorie des Preises., Leipzig, Verlag von Duncker & Humblot, 1889, ppxxxi+555, Large 8vo

 アウスピッツ・リーベン共著『価格理論研究』1889年刊、初版。
 著者略歴:
ルドルフ・アウスピッツ(1837-1906)。ウィーンの裕福で教育のあるユダヤ人家庭に生まれる。数学と物理学を学ぶも、学位はなし。26歳の時、不本意ながら実業界に入り、オーストリアで草創期の製糖会社を創業し、「砂糖王」と呼ばれる。カルテル反対が信念であったから、砂糖カルテルから得た余剰利益を度々被用者年金基金に寄付した。従弟(後、義弟となる)であるリーベンと共に、ユダヤ人の親族銀行アウスピッツ・リーベン銀行の共同経営者でもあった。
 リベラル派の政治家としては、モラヴィア地方議会の議員であり、またオーストリア・ハンガリー二重帝国の下院議員を務めた。リーベンの姉妹を妻とし二子を得るが後離婚、子供の家庭教師と再婚する。経歴と性格はリカードに似ていると云われる。

リヒアルト・リーベン(1842-1919)。ウィーンに生まれ、初等教育を家庭教師に受ける。カールスルーエ工科大学で、数学と工学を修める。アウスピッツ・リーベン銀行の共同経営者となり、ウィーンの実業界で尊敬された。1892年金本位制採用の主唱者となった。晩婚で子供はない。「エコノミック・ジャーナル」の通信員であり、消費者レントについての要領のよい要約を発表している。アウスピッツの死後、誤解を「優雅に」認めて、ワルラスとの論争を終結させている(後述)。
 この本に対する二人の貢献の度合いを分離するのは困難とされている。二人の生きた時代は、哲学者ルードヴィッヒ・ヴィトゲンシュタインの父、カールの生涯(1847-1913)に重なる。製鉄事業で大成功を収めオーストリア近代産業の父とも称されるカールも、ユダヤ人であるし、小さい街でもあるので、互いに知り合いではなかったかと想像する。
 ちなみに、アウスピッツ家が居住し、後リーベン家も合流したウィーンの「リーベン-アウスピッツ邸」は、番地を地図で見ると、リンクに面しブルグ劇場の横である。一階には、フロイトも良く通ったという、カフェ・ラントマンがある。19世紀ネオバロック建築の歴史的建造物である。

 ボェーム=バウェルクに対する優先権を確保するため、本書の第一章のみがZur Theorie des Preisesとして、1887年に同書肆から先行出版された。この第一章に基本的なツールが用意されている。この本の「真価が認められるのに時間を要したのは、大方の読者にとって、本を開けば膨大な図表が出てくるのに驚かされたことが大きかったと思われる。慣れない人には、これらの図表は実際以上に込み入って見える、二色に区別された二組の曲線を含む図表は特にそうである。しかし実際のところ、図表は同一形式に様式化されており、一旦この形式を了解すると、簡単かつ有益なことが判る。」(フィッシャー)
 フィッシャーがいうのは、需要・供給曲線図表の描き方である。現在お馴染みのそれは、横軸(x軸)に数量、縦軸(y軸)に価格を取っている。アウスピツ=リーベンの図は、横軸については、同様に数量である。しかし、縦軸は価格(=単位当たりの貨幣価格)ではなく、集計価格、すなわち需要・供給される横座標によって示される数量に対する合計貨幣額(=価格×数量)である。
 現在の需要・供給曲線図表の源流は、フレミング・ジェンキン(“The Graphical Representation of the Laws of Supply and Demand, and their Application to Labour”1870.)にあるとされる。あるいは、マーシャルの私家版印刷物The Pure Theory of Foreign Trade.1879にも需要供給表は載っている。アウスピツ=リーベンの図表は、それら(いずれも縦軸は価格)とは独立になされたのである。
 実物を、P.17二色刷表5(下に掲げた)で見てみよう。 「総満足曲線」(die Gesammtnutzlichkeitskurve:ON)は、ある商品の各量に対し、買手が喜んで支払う貨幣の最大量を示すものである。「総費用曲線」(die Gesammtkostenkurve:OA)は、売手(生産者)がその金額対し、各量を喜んで供給する貨幣の最低量を描いたものである。これら二曲線に対応する限界曲線を導出し、需要曲線(ON’)・供給曲線(OA’)とする。それぞれ、買手が喜んで追加一単位を買うための最大貨幣量、または売手が喜んで追加一単位を売るための最少貨幣量を与えるものである。これらを赤線で書き加える。

       
 
 著者は、貨幣の限界効用不変の仮定を置いているから、売手・買手は限界価値が市場価格に等しくなる数量を選択する。需要・供給曲線の交点(e)で競争的均衡が成立する。均衡価格は直線Oeの傾斜で求められる。eから総満足曲線までの垂線の距離(ed)がマーシャル流の消費者余剰、総費用曲線までの距離(eb)が生産者余剰に対応するのであろう。
 第二編以下では。第一編のツールを使って、分析がなされている。各章の標題(括弧内数字は章番号(注))から内容を紹介しておこう。まず、第二編で経営―生活曲線を構成し、「(26)最少生産費用と最大効用」を求める。第三編では、最も有利な消費の組み合わせを求める消費者としての個人を分析し、「(36)補完財や競合財」、「(43)個人の貨幣価値評価」等について書いている。第四編は最も有利な消費―生産組合せを求める生産者としての個人を分析している。第五編は在庫を持つ個人であり、その「投機」の箇所では、「(61)在庫販売」、「(62)期日取引」、「(63)順日歩付きと割増金付き取引」そして「(64)有価証券」のように先物取引まで、扱っている。その他、この編では、「独占」として、「(72)販売独占と買付独占」、「(73)独占利潤」、「(75)地域独占」の章があり、そして「国際取引」として「(81)関税の影響」「(82)税金と関税」の章がある。
 また、同じく章の標題(または、その一部)に記された数学用語をあげておく。この本にどのような数学が使用されているか解るであろう。「(24)接線の半径ベクトル」、「(28)…曲線の凸性と凹性」、「(付録Ⅱ1)満足関数と満足の極大値」「(付録Ⅱ3)満足面」(3次元図形)等である。
 以上の中でよく知られており付け加える必要のあると思われるものは、短期曲線の包絡線(envelope)としての長期曲線の導出であろう。ハロッド("The Law of Decreasing Costs", 1931, EJ.)やヴァイナー("Costs Curves and Supply Curve", 1931, ZfN)の先駆となったものである。「25.異なった経営・生活方法曲線の相対的状況」の章に図表が掲げられている。

 学会の外にあった彼らに対する専門家の風当たりは強かった。メンガーには、不合理な前提による「維持できぬ理論」と酷評されたし、ボェーム=バウェルクとも論争し優先権を争うことになる。同時期の数理経済学者ラウンハルト(近く同人の著書を取り上げる予定あり)は、「傲慢なユダヤ人著作権侵害者の剽窃」をワルラスに告げ口したらしい。そしてそのワルラスを、批判したことにより、著者達は、ワルラスとも論争のごたごたに巻き込まれる。
 論争の内容は、主としてニーハンの文献によりながら、ワルラス『要論』とウィクセル『価値・資本及び地代』を参照すると次のようなもののようである。 ワルラスは『要論』第六章で、二商品(商品A,B)交換のケースを取り扱っている。まず、y軸に量、x軸に価格を取り、商品A,Bの需要曲線を想定する。そうして、商品Aの需要は商品Bの供給(商品Bの需要は商品Aの供給)に等しいことを利用し、商品Aの供給曲線を商品Bの需要曲線(商品Bの供給曲線を商品Aの需要曲線)から導出する。こうして、A,Bの需要曲線と供給曲線の交点から均衡価格、均衡量を求める。ここで、両価格は、当然同じ交換比率を示すものとなる。また、需要・供給曲線の形状によっては、均衡点が3点(内一つは不安定均衡)となることも、第七章六五節で図示している。
 アウスピッツとリーベンは、本書序文で、ワルラスを批判し、(1)二財の需要曲線は互いに矛盾した前提の上に描かれており、同時に存在する需要曲線は正しく構成されていない。(2)複数均衡は不可能である。…と批判した。この批判は、エッジワースが著者らに分があることを認めたこともあって、ワルラスを大いに苦しめたらしい。ワルラスは『要論』第四版付録Ⅱ「アウスピッツおよびリーベン両氏の価格理論の原理についての考察」(初出は学会誌)論文で、反批判を試みたが、焦点がずれているし文章も感情的だと思う。
 結局は、二商品の交換のみよりなるワルラスの世界では(1)の批判は不当であり、(2)は貨幣の限界効用不変の仮定に依存することを、ウィクセルが明らかにした。アウスピッツの没後、リーベンは自分達の誤りを認めた。
 この本の内容はほとんど部分均衡に留まってはいるが、オーストリア学派の数理経済学における唯一の貢献ともいわれ、フィッシャーは「非常に輝かしいモノグラフと呼ぶに躊躇しない。」と評価した。例によってシュンペーターに登場願って、その評価を引いておく。「技術的にいって、彼ら両人はその同胞たちに比べて比較にならぬほど優っており、…この書はエッジワースから若干、フィシャーからもっと多くの認知を受けたが、祖国ではなんの栄誉も受けなかったのである。彼らによる需要および供給の全部曲線ならびに限界曲線(彼らは平均曲線を用いなかった)は、当時においては独創的な貢献であった。」(シュムペーター、p.1791)

 日本の古書店から購入。オランダの古書店で高値に売り出されているのを見たことがある。大きくて重い本である。著者達が裕福であったから、こんなに大部なしかも二色刷りの豪華本を上梓できたのであろうか。私蔵本はコンデションが良いので、Verlag Wirtschaft und Finanzenの“Klassiker der National ökonomie”復刻版(復元本)かと思った位である。ページの天が切られていないところも多くある。

(注)本書の構成(標題の付け方)は、まずローマ数字で区分がなされ、次に数字記号等なしで、まとめの見出しのような標題のみが書かれている区分がある(「投機」、「独占」等)。さらにその下に、算用数字が通し番号で使われて区分されている。三段階区分である。ここでは、ローマ数字の区分を編とし、算用数字の区分を章とした。
(参考文献)
  1. ウィクセル 北野熊喜男訳 『価値・資本・および地代』 日本経済評論社、1986年
  2. シュムペーター 東畑精一訳 『経済分析の歴史5』 岩波書店、1958年
  3. 手塚壽郎 <雑録>「アウスピッツ=リーベン曲線」 經濟學商業學國民經濟雜誌 28(2), 247-252, 1920-02
  4. T.W.ハチスン 長守善他訳 『近代経済学説史 上巻』 東洋経済新報社、1957年
  5. マーシャル 中山伊知郎訳 「国内価値の純粋理論」(杉本栄一編 『マーシャル経済選集』 日本評論社、1940所収)
  6. ワルラス 久武雅夫訳 『純粋経済学要論』 岩波書店、1983年
  7. Fisher, I. “Review of Auspitz and Lieben`s Theory of Price” March 1915, AER
  8. Niehans, J. “Auspitz, Rudolf” in The New Palgrave Dictionary of Economics, Macmillan, 1998
  9. Niehans, J. “Lieben, Richard” in The New Palgrave Dictionary of Economics, Macmillan, 1998




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(H22.8.23記)



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