QUETELET, A.
,Sur l'Homme et le Développement de ses facultés, ou essai de physique sociale, Paris, Bachelier, 1835, two volumes ppxii+327;vii+327 and 6 folded plates, 8vo;

  ケトレー『人間について』(フル・タイトルは、『人間とその諸能力の発達について、あるいは社会物理学』)、1835年刊初版。
 著者略歴:ケトレーQuetelet, A. (1796-1874)。ベルギー・フランダースの古都ガン(ゲント、ヘントとも)に市役所の吏員の子として生を享く。数学者として出発し、物理学と天文学に研究対象を拡げた。ベルギーに天文台を建設すべく政府に提案し、その議が容れられて準備のためパリに派遣される。彼の地で、ポアソン・ラプラス・フーリエ等を知り、確率論を研究するようになった。このことが、確率論の応用として、統計学の分野にも手を染める契機となったのである。本書はじめ統計学の著書・論文を多数著し、近代統計学の創始者とされる。彼以前のドイツ大学派統計学および政治算術派統計学を総合し、(ドイツ)統計学を後者の方向へ位置づけた。
 統計については、学問上のみならず、実務の面でも大きな業績を残した。統計整備に果たした役割は巨大である。中央統計委員会を組織し、官庁統計の整備・普及に努めた。ケトレーの指導した1846年の人口センサスは、時代を画する模範的な調査とされた。後にこの中央統計委員会の制度は、これをならい、ヨーロッパの諸国が設置することになる。また、各国統計の比較可能性を確保するため、交際協力に努め、国際統計会議を組織・開催した。
 一方、天文台長の地位は終身保持しており、天文学の恒星カタログやベルギーの気象に関する大著(本人の意識ではこちらが本業か)を統計学書と並行して出版している。また地球物理学の先達ともされる。

 クナップによると、ケトレーの研究方法は、研究成果を学術誌にメモランダムとしてまず発表し、次に類似論文を整理し論文集に編み、しかる後に独立の著書に仕立てるというやりかたである。内容的には繰り返しが多く、理論的な発展が見られないこともあって、著作物は多いが、この『人間について』が統計学の主著とされる。
 この本は緒論及び互いに関連のない四編からなっている。第一編は「人間についての」出生・死亡とそれらに及ぼす諸影響(年齢・性別等)の研究である。第二編は、同じく身長・体重・筋力等とそれらに及ぼす諸影響について書かれている。
 著者自身は、緒言でも取り上げているように、人間行動も自然と同じ法則に支配されているとする第三編(人間の道徳的ならびに知的諸性質の発達)に眼目を置いていた。当時の本書に対する関心も同編に集まった。頻繁に引用される次の文(緒言にあり)で、ほぼ同編の内容は推察できるであろう、「即ち、恐るべき規則正しさをもって支出せられる一つの予算がある。監獄、徒刑場及び断頭台の予算がこれであって、これは殊に意を用いて節減を図るべきものであると。[中略]吾々は、生ずべき出生および死亡の数を予め計算し得ると殆ん同様に、同胞の血を以てその手を汚す人、偽造者、毒殺者の数を前以て計算し得るのである」(ケトレー、1940、上p.25)。
 クナップの分類に従うと、ケトレーの統計学は(自然科学に適用されたものを除いて)、①人口論 ②道徳統計論③人類学に分かれる。(あるいは、前二者を併せて社会統計学ともしている)。第三編はここにいう、「道徳統計」なのである。もっとも、「道徳統計」と言っても、内容は主として犯罪に関するものである。
 方法論的には、そこで中心となっている概念は彼のいう「平均人」(第四編で展開)であって、「実に、平均人の一国民におけるは、重心の物体におけるが如くである」(ケトレー、1940、下p.223)のであって、現実に存在する人間は、平均人からの偏差として統計的に確定できるとする。
 ケトレーは、確率論の基礎の上に統計学を打ち立てた。具体的には大数法則を方法原理として意識的に導入した。著者は、一観察対象の多数回測定の誤差の分布の理論を、同種の多観察対象の一回測定の結果に応用した。後者の統計数値の変動も前者同様の誤差曲線を描くとしたのである。天文学での観測値(例えば北極星の赤経・赤緯:ガウス『誤差論』から)の誤差理論が人間の集団観察の誤差法則にも適用できるとした。その証拠としてスコットランドの兵士5,738人の胸囲の度数分布や20歳の新兵の身長度数分布が正規分布をなすとしたのである(注)。
 ただ、統計万能時代と称されたように、自然法則同様の数学公式導出が、ケトレーにとって統計学であった。少し例をあげると、
 年齢ごとの身長表から、身長と年齢の公式(3次式と称す、略)を求め、その公式が出世以前の胎児の身長にも適用できるとする。年齢をマイナス0.x年として求めた身長が胎児の実測値と近似するというのである(ケトレー、1940、下p.35)。
 また、たとえば、年齢と犯罪数との関係について、ケトレーは
 Y = (1-sinx) / (1+m)  ここでm = 1/2(X-18)
 という公式を提案している(ケトレー、1940、下p.208)。これらは、理論の裏付けはなく、単にフィットする曲線を求めているだけである。さらには、文学上の創作と年齢の相関を発見しょうと試みているが、これなどは、現在では真面目に取組むべきものとは思えない。
 結局、彼の手になる新開発の道徳統計も、人口統計からの派生物で、「種的存在としての人間」を対象としたもので、「社会的存在としての人間の把握はなく、たんに生物しての人間の集合がみられるにすぎない」(足利、1966、p.12,16)という評価は首肯できる。また当時経済統計については、「未だ諸国について、労働力や土地や貸家や一個人の生活必需品やの価格、郵便の逓送、旅客や商品や運輸機関についての精確な統計表が少しもないのは遺憾である」(ケトレー、1940、下p.133)とケトレーが嘆いていた状態であったから、彼の統計学には現在の主流である経済統計は含まれていない。

 この本を読んでみて思ったのは、当時ほとんど近代的な統計が整備されておらず、著者自ら収集した資料や、交友関係者からの提供、あるいは医学書からの孫引き等の数値によっていること。そのなかでも、バベッジの名前が何回か出て来ている。バベッジも、各国の男女の出生比を収集したり、人間の運動能力を計測するべく研究していたことがうかがわれます。統計数字も、社会の発展がなければ、なかなか簡単には集まらないようです。
 ケトレーについては、昔統計学を勉強していたころの記憶では、随分ビッグ・ネームのように思っていたが、現在、経済学辞典等を調べても記載がないか、ほんの少ししか記載されていない。

 私蔵本は、オランダの書店から購入。ex-libraryではあるが、ほとんど痕跡は残っていない。初版はパリで発行されたが、好評のためブリュッセルの書店から海賊版が1838年に出ている。

(注)胸囲の度数分布は、ケトレー『確率理論に就いての書簡』に記載されているとのことである。翻訳では抄訳(参考文献クナップと同巻に所収)で省かれた部分だと思われる。直接確認できなかったため、吉田(1976)に従った。身長度数分布は、クナップ(1942)を参照。


(参考文献)
  1. 足利末男 『社会統計学史』 三一書房、 1966年
  2. ゲオルグ・クナップ著 権田保之助訳 「理論家としてのケトレー」(統計学古典選書第五巻所収) 栗田書店、1942年
  3. ケトレー 平貞蔵・山村喬訳 『人間に就いて』(上・下) 岩波書店、1940年
  4. 小杉肇 『統計学史通論』 恒星社厚生閣、1969年
  5. 吉田忠 『統計学―思想史的接近による序説―』 同文館、1976年
  6. V・ヨーン著 足利末男訳 『統計学史』 有斐閣、1956年




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(H21.4.11記)
(2022/5/11 HP内の形式統一のための改訂。記事内容に変化はない)



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