Vivien's CINEMA graffiti 12




フランケンウィニー


バートン・ワールド復活 / ★★★★☆


自作をセルフリメイクした本作、初期の不気味可愛いバートン・ワールドが蘇ったようでとてもうれしかった。1984年版は『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』と同時上映されたときに観ました。当時はバートンの大ファンだった私(『ビッグ・フィッシュ』以降はそれほどでも・・・・)、「幻の傑作、ついに公開」みたいな感じでワクワクしながら観に行き、大感激したことを記憶しています。けっこう混んでいて、十代の男の子の横の席で大泣きしてしまい、ちょっと恥ずかしかったりしたのでした。

というわけで、前作を踏襲しているところは、今回は大泣きとは行かなかったのですが、それでも何度かウルウルと・・・・。さらに新たに加わった、怪獣映画や特撮映画へのオマージュのような部分がとても楽しめます。○○ラみたいな○○ラ(トシアキ大活躍)とか、ワラワラと湧いて出るグ○○○ンの大群(『新種誕生』?)とか、もうニコニコでした。そして、一番のお気に入りはニャンコとコウモリが○○・・・・。

背景となっている1960年代あたりの郊外の街も以前の作品を彷彿させ、適度なユーモアにも和めます。何より異形の者たちへの愛が溢れているところがいかにもティム・バートン、大満足の本年の映画納めでした。

(2012.12.26 TOHOシネマズ伊丹・5)






恋に至る病


グループ円 / ★★★★


染谷将太が出演している女性新人監督の作品ということで、自分的には必見作だったのですが、予想以上に楽しめる作品でした。他人との関わりを拒絶している生物教師マドカ、彼に一方的に恋する暴走女子高生ツブラ、ツブラのただひとりの友達であるモテすぎて恋愛不感症になってしまったスレッカラシ女子高生エン、そしてエンに恋して彼女を更正させようとする童貞高校生マルが織り成すちょっと風変わりなラブストーリー、大胆で柔軟、いかにも若い女性監督らしい作品でした。

好きなところがいろいろあったのですが、まず女子2名が素晴らしいです。ツブラを演じる我妻三輪子は初めて観ましたが、エキセントリックでキュート、かなり奇天烈なハタ迷惑不思議系少女を熱演。若干不気味ながらも可愛くて目が釘付け。しかしちょっと懐かしい気もしたりして・・・・。翌日、はたと気づきました。昔々に観た映画、リチャード・レスターの『ナック』に出てくる、セックスで頭が一杯のリタ・トゥシンハムに似ているのではないかな(全然違っていたら、ごめんないさい)。エンを演じる佐津川愛美は正統派美少女、大きな瞳に吸い込まれそうでやはり目が離せません。この対照的なふたりを眺めているだけでもニコニコなのでした。彼女たちに振り回される男ふたり、染谷将太と斉藤陽一郎は実に情けないのですが、その情けなさの中にも可愛らしさがにじんで、やっぱりとってもチャーミング。

作品全体にも可愛い感じがありましたが、他人と関わるということをセックスに置き換えて表現した脚本やリズム感のある演出など、新人らしい才気を感じさせる作品だったと思います。他人との関わりを拒否している教師に恋する女子高生は、実は人生と向き合うことから逃避していたのでした。このあたりに共感するところもあり、二、三度胸を衝かれました。四人がそれぞれの抑圧から解放される物語と捉えることもできると思うのですが、その解放が他者との関わりの中でもたらされるところが温かい印象を残します。

あと言い忘れてはならないのが撮影。室内シーンが多かったのですが、そのソフトな映像がとても心地よかったのです。画面奥の窓に屋外の緑が映っているシーンでは『東京公園』を思い出したりして、エンドロールの撮影監督に注目していたのですが、果たして月永雄太の名が・・・・。『東京公園』の人だよねと検索したらビンゴでした。舞台となる和洋折衷の家屋がまたとても雰囲気があるのです。ベランダの周り一面に緑が見えるシーンが素敵でした。

(2012.12.19 第七藝術劇場)






悪の教典


学園サスペンスホラー / ★★★★


泣けたから感動作、感動的な話が描かれているから良作といった風潮がはびこる、昨今の邦画界(観客も含めて)に対する鬼才三池監督からの反撃ですかね。稀代のサイコパス教師が生徒や同僚教師を大量殺害という、いかにも世の非難を浴びそうな題材を一大エンタテイメントに仕上げた、主流の作品群とは一線を画す三池作品、やはり面白いです。

昔、犯罪についての本を読み漁っていたことがあるのですが、何パーセントかの人間には生まれつき犯罪者的な性向があり、彼らは知能が高いために現実世界に適応できないといった件りが強く印象に残っています(時代が異なれば英雄になったかもしれないような人間)。

本作の主人公の殺人鬼ハスミンもこれに該当しそうですが、その種の人間のなかでも超級、常人の尺度では理解不能な異物のような存在。その尋常ではない言動を伊藤英明が好演していて、オープニングのコンマ1ぐらい爽やかすぎる、明朗すぎる振る舞いから目が釘付けになりました。

邪魔者を一人ずつ片付けてゆく前半はサスペンスタッチ、生徒全員皆殺しの後半はホラータッチ、「殺しの質×人数」が前半と後半で等価になるような構成に、三池監督の思わぬバランス感覚を見たりしましたが(笑)、題材が題材なだけに悪ふざけは抑え気味(サスマタには大笑いでしたが)で、前半も後半もドキドキの連続。後半の殺し方は単調なのですが、文化祭前夜の校舎内というのがミソ。まるで舞台のような非日常的空間で展開される殺戮シーンが見応えありでした。

しかしハスミンだけではなく、他の教師も生徒の父兄もみんな変。このあたりは現在の空気感を表しているのでしょうか。皆殺しもハスミンが元々意図していたものではなく、偶然が重なって、というのも今日的です。ハスミンとは次元が違うとしても、スイッチが入ってしまったのか、とため息ついてしまうような事件、日々のニュースでも見聞きする今日この頃・・・・。

言い忘れるところでしたが、今回も美術がよい仕事をしています(三池組の美術部はいつも楽しそうやね)。音楽も魅惑的(字幕が出るところ、背中がゾーッと・・・・)。男子生徒のイケメン率が高いのも楽しかったです(女子も可愛い)。

PS 個人的にいちばん気持ち悪かったのは、殺した生徒の名前をマーカーで○○を使って消して行くところ。過去に○○を使って字を書く人がいたのですが、何かすごく気持ち悪かったことを思い出したりしました。

(2012.11.21 TOHOシネマズ伊丹・5)






黄金を抱いて翔べ


大阪、おもろい / ★★★★


豪華キャストの顔ぶれが魅惑的で、前情報入れずに楽しみにしてました。何で東方神起が出てるのかなとは思ったのですが、上映が始まったとたん謎が氷解。Avexが一枚噛んどるんやね。見るたびに思うんですけど、Avexの映像ロゴってダサイですよね。そう思う私の感覚が時代遅れなんですかね。というのは余談ですが、東方神起のチャンミンも好演。トラックの荷台に飛び乗る身のこなしにキレがあったので、もっとアクションも見たいぐらいでした。そのチャンミンと妻夫木聡、「このふたり、デキてんのんか」と思わせるような、友情以上のやり取りに泣けます。

大阪が舞台というのも知らなくて、住○銀行本店の映像に「おおっ」。大昔の話ですが、トラベラーズチェックを作るために、あそこの奥の方に行こうとして、警備員に誰何されたことがあるのです。中之島公園一帯も何度も出てきましたが、だいたいどのあたりか分かるぐらいの土地カンはあって、妻夫木の部屋から阪急電車の走るのが見えたりする芸の細かさも含めて楽しめました。

他にも、他人の話に割り込む大阪のオバチャンとか、勤務中の警備員がたこ焼き食べてたりする大阪ネタにもクスクス。酒饅頭というのは大阪以外にもあるのでしょうか。「酒饅頭の大きさ」と妻夫木が言った火薬の量、どう見ても酒饅頭より大きいと思っていたら・・・・。

余談に終始してますが、銀行の地下に眠る金塊を強奪という、邦画らしからぬストーリーも楽しめます。ワケありの男たちが集まって、一攫千金を狙うわけですが、その計画もやり方も荒っぽくて、終盤はドキドキの連続。男たちの個性や過去の来歴も面白く、なかなか見応えのある作品になっていました。

井筒のオッサンは嫌いやけど、これはおもろかったわ(笑)。

(2012.11.16 TOHOシネマズ伊丹・5)






北のカナリアたち


ちょっと違和感 / ★★★☆


キャストも好演だし、ロケーションや撮影も素晴らしく、鑑賞後の印象は悪くなかったのですが、観ている間は何度か小さな違和感を感じました。

離れ島の学校という濃密な世界で、言ってしまったこと、言えなかったことについての、生徒たちのそれぞれの物語には共感するところがありました。しかし、狂言回しなのかと思っていた吉永小百合にも深刻なドラマがありと、ちょっと話を盛り過ぎ、作り過ぎのような気がするのです。最後の感動に持って行くために、段取りを決めていくような予定調和感もなきにしもあらず。小池栄子のエピソードやセリフには、簡単にそんこと言うなよと反発を感じたりして・・・・。

土台にはそういう不満はあったのですが、それぞれの心情や感情には泣かされます。ちょっと大仰にも思えた小百合先生の側のドラマでしたが、そこに描かれる男心や女心にも泣かされたりしました。

(2012.11.7 MOVIXココエあまがさき・5)






桃さんのしあわせ


アンディも老眼鏡 / ★★★★☆


端正な演出からにじみ出る情感、香港のベテラン女性監督アン・ホイの心に染み入る一作でした。主人公は映画プロデューサーのロジャーと、その一家に60年間仕えてきたメイドの桃さん。ロジャーの親や兄弟はアメリカへ移住し、今はふたりきりで暮らすその主従関係が、桃さんの老いと病いを契機に家族のような関係に変化して行くさまを、ユーモアを交えながら繊細に綴っています。

『桃さんのしあわせ』という邦題がぴったり。ひらがなの「しあわせ」から連想されるささやかな幸せが全編に散りばめられているからです。それは、美味しい食事を作るための材料の吟味、心をこめた調理といった、有能なメイドとしての職業的な喜びでもあり、あるいは生まれた時から面倒を見てきた、今では息子のようにも思えるロジャーの帰宅を心待ちにし、窓からその姿を認めたときの安堵でもあり・・・・。

老いと病いによって仕事ができなくなり老人ホームに入所した桃さん。そこには身寄りのない老人や子供に見捨てられた老人もいて、そのような社会問題にも目配せしながら、桃さんと入所者や職員との関わりをも温かく描き出します。そこに見られる細やかな思いやりや気遣いは東洋的といってもいいのでしょうか。とても共感できるのです。

そして、過去の思い出や記憶を共有しているロジャーと桃さんの間には家族以上の親密さが育まれて行くのですが、元の主人に迷惑をかけまいとする昔気質の桃さん、その気持ちを尊重しながらも陰日向に細かい気配りを見せるロジャー。お涙頂戴とは無縁の抑制のきいた描写から、人と人の間に生まれるぬくもりがにじみ出し、思わず涙がこぼれるのでした(ロジャーが高校時代の悪友たちと桃さんに電話するシーンが好き)。

主役のアンディ・ラウとデニー・イップ、ふたりの息の合った好演が見応えあり。特にデニー・イップの、老いてなお時に少女のような可愛いらしさを見せる桃さんが素敵。本作のプロデューサーの実話が基になっているせいか、友情出演、特別出演も多数。それを知らずに観たので、冒頭のあたり、アンディの右にツイ・ハーク、左にサモ・ハンという構図にビックリ。他にもレイモンド・チョウや中国の監督ニン・ハオも本人役で登場します。さらにアンソニー・ウォンとチャップマン・トーが脇役を演じていますが、チャップマン・トーは分からなかった(あとで検索して、あの歯医者さんか・・・・みたいな)。

(2012.11.2 梅田ガーデンシネマ・1)






コンシェンス/裏切りの炎


ハードすぎる香港ノワール / ★★★☆


『密告・者』、『ビースト・ストーカー/証人』という見応えのある香港ノワールを放ってきたダンテ・ラムの新作。妻を殺した犯人を捕らえるために暴力も辞さなくなった野獣刑事と何か裏がありそうなエリート刑事が主人公の本作も、ハードなアクションがテンコ盛りの見応えのある作品でした。しかし、銃撃戦激しすぎ、人殺しすぎ、火燃やしすぎで、ちょっと盛り過ぎの感も。何度身体がビクッとなったことか。

ストーリーもあいかわらず詰め込まれていて、しかしこれがラム監督の持ち味なのだと三作目にして悟りましたが、盛り込まれた要素が最後にひとつに収束する完成度というか達成感は、前二作に及ばなかったような・・・・。

主人公ふたりの話がちょっと弱い感じで、脇の登場人物、男手ひとつで娘を育てる同僚刑事や身重の妻を人質に取られ悪事の片棒を担がされる中国からの出稼ぎ男が、演じる俳優さんも個性的で強い印象を残します。同僚を演じるのはラム作品の常連リウ・カイチー(ついでに付け加えると、娘役は『証人』の子役さん)、他にも私の好きなギョロ目の常連さんも出てきたのですが、一瞬で消えてしまい残念でした。女優陣ではビビアン・スーの出演が楽しみだったのですが、ほんの顔見せという役で、これも残念でした。

(2012.10.17 梅田ガーデンシネマ・1)






強奪のトライアングル


ユニークすぎる香港ノワール / ★★★★


「香港映画界の3巨匠が挑んだ、前代未聞のリレーション・シネマ」(チラシより)。ツイ・ハーク、リンゴ・ラム、ジョニー・トーという香港映画を代表する監督たちが、それぞれ独立して製作した30分のパートを、繋ぎ合わせてひとつの作品にするという、飲み会の酔った勢いで思いついたような企画を本当に実現してしまう香港映画って凄い!(笑)。

言い出しっぺのツイ・ハークが人物設定と起の部分を担当し、リンゴ・ラムが承の部分、ジョニー・トーが転結を担当したようですが、それを知らずに観てもファンなら察しがつくと思います。トー映画に欠かせないラム・シューが終盤になって登場するので最後は絶対ジョニー・トー、謎の男と古代の財宝という発端はいかにもツイ・ハーク、残りの中間部はリンゴ・ラムかなと。

「全体を通した脚本はなく、前の監督が撮ったパートを見ることで、次に手掛ける監督はストーリーの続きを考え、繋げていかなければならない」というルールに基づき、各監督はお抱えの脚本家と知恵をしぼったようですが、一番難しかったのは真ん中のリンゴ・ラムじゃないでしょうか。苦心のあとが窺える仕上がりでしたが、ひとつとても魅惑的なシーンがありました(古いレコードとダンス)。

最初と最後は、いってみればやりたい放題。特に最後のジョニー・トーはやりたい放題の遊び放題、ちょっと反則ですが面白かったです。それまでのミステリアスでシリアスな作品をコメディに転調してしまうのですが、キーアイテムになるのが白いポリ袋。悪人一味のひとりもそれを提げているのを見たとき、思わず吹き出しそうになりましたが、笑うのはまだ早い(お楽しみはこれからだ)。ドタバタしつつアクションも見せ、最後は大団円に持って行くというトー監督の面目躍如のエンディングでした。

トー組に中国のスン・ホンレイがゲストとして加わったようなキャストも最高。ちょっと間の抜けたチンピラのルイス・クーが超可愛くて、悪徳警官のラム・カートンと夫に殺されると思い込んでいる妄想女のケリー・リンも好演、というかハマりすぎ。途中から性格が変わってしまうケリー・リン(笑)、他にもアレッと思うところはなきにしもあらずでしたが、それも愛敬。あっ、静かなサイモン・ヤムが怖かったです(笑)。

(2012.10.16 梅田ガーデンシネマ・1)






アウトレイジ ビョンド


弱い犬ほどよく吠える / ★★★★☆


エンタメ・サイドの北野ワールドを堪能しました。続編として過不足のない作品、まず脚本が秀逸でした。唐突なシーンから始まるオープニングに、前作は二年前の公開時に観ただけで(ただし二度観た)うろ覚えになっていたので、ついて行けるかなと一瞬危惧したのですが、前作を思い出させつつ多くの登場人物を自在に操る緻密な脚本に引き込まれます。意外な展開なのに腑に落ちるところから鑑みるに、当初から二部作を想定していたのでしょうか。前作の伏線もきっちりと回収されて、北野監督の職人技が楽しめました。

前作ではあまり意識しなかったのですが、今作には初期の北野作品を思い出させるところも多々あります。オープニングやエレベーターのシーンはもろ『ソナチネ』。そういった直接的な引用以外にも、バッティングセンターのチンピラと客のやり取りの痛面白い感じは『3−4x10月』、階段に転がる死体の数々がかもしだす乾いた抒情は『ソナチネ』を思い出させます。あの死体のポーズとかその画面の切り取り方とか、理屈抜きに好きなんですよね。過去の自作を踏襲しつつ娯楽作品として成立させたところも高得点。

男なら一度はやりたいヤクザ役。キャストの面々も観ていて超楽しかったです。キャンキャン吠える加瀬亮には「血管切れるで」、やり過ぎ感ただよう神山繁には「やっとる、やっとる」など、心の中でツッコミ入れつつ楽しませていただきましたが、今回の一推しは新井浩文と桐谷健太のチンピラ二人組(ふたりを主役にスピンオフを作ってほしい。痛切ない青春映画)。彼らと中野英雄(好演)の木村サイドの部分が心に染みました。権力を巡って損得だけで動いている他の登場人物たちの中にあって、その温かみは珠玉。そして権力に背を向けた大友が最後に強い印象を残します。

逆転に次ぐ逆転というダイナミズムと過激な暴力描写で魅せた前作を「動」とすると、立場の逆転による登場人物の心情変化に重点を置いた今作は「静」といってもよいでしょうか。同じことはやらないよ、という北野監督の声が聞こえてきそうですが(笑)、それを前作同様、人間悲喜劇として見せたところに見応えがありました。

(2012.10.9 MOVIXココエあまがさき・11)






ヴァンパイア


現実と非現実のあわいで / ★★★☆


岩井俊二の久々の長編劇映画、製作、脚本、撮影、音楽、編集も自ら手がけた岩井ワールド、儚げなピアノの旋律が寄り添う美しい映像、少女の面影が残る女優陣がとても魅惑的でした。

自身を吸血鬼になぞらえる高校教師と自殺サイトに集まる自殺志願者たちとの関わりを描いたストーリーも、見方によっては魅惑的(ある意味、耽美です)。心がすでにこの世から離れている彼と彼女たちの、リアルとアンリアルの間で紡がれるひそやかな物語。

主人公に好意を寄せるお節介な女といったリアルな存在が異物にも思えてくる、現実と非現実のあわいに展開される世界観が印象的。ただ、終盤の皮肉な結末はなくてもよかったような・・・・。笑っていいのかなと思いながらも、思わず失笑。そのあとのエピローグがまたまた魅惑的だったので、さらにその感を強くしました。

(2012.9.25 梅田ガーデンシネマ・1)






ライク・サムワン・イン・ラブ


共感できなかった。 / ★★★


キアロスタミが日本を舞台に日本人キャストで撮った作品。主人公は元大学教授の独居老人、女子大生、その恋人のDV男で、彼ら三人の奇妙な三角関係が描かれます。といっても、状況説明はほとんどないので、それは鑑賞後にようやく了解されること。ストーリーは唐突に始まり唐突に終わりますが、しかし流れるような語り口に魅了されます。くわしい状況は分からなくても。登場人物の感情は確実に伝わって来るという感じで、哀愁を帯びた人間喜劇と呼べる作品かもしれません。ただ、主人公の老人の行動が、どちらかというと滑稽に思えてしまいました。邦題をつけるなら「年寄りの冷や水」でしょうか。と、あまり共感できずにちょっと意地悪な見方をしてしまいました。他にも違和感を感じる部分はあったので、外国が舞台で外国人が演じていたら、もっと楽しめたのではないかと思います。

(2012.9.24 梅田ガーデンシネマ・2)






I'm Flash


宗教界のプリンス / ★★★☆


豊田利晃の作品は初めて、藤原竜也がお目当ての鑑賞でしたが、なかなか刺激的な作品で見応えありでした。新興宗教団体を舞台にした静かな活劇(!?)。主人公はこの教団の教祖吉野ルイ。この名前とか、教団名の「ライフ・イズ・ビューティフル」とか、その宗旨「ラッキーよりハッピー」とか、何かいちいち面白いんですよね。極めつけは、吉野ルイは「宗教界のプリンス」。

教祖一家の男系が世襲制で教祖になるのですが、実権を握っているのは母系で、吉野ルイはいわば操り人形のような存在。幸福を説く彼が実は誰よりも空虚だったというお話。その彼の運命が、あるひとつの事故をきっかけに一変することになるのですが、その事故の前後のエピソードが並行して描かれます。

途中は意味不明というか、五里霧中というか、しかし個性的なキャストの演じる風変わりな登場人物に魅きつけられます。松田龍平、仲野茂、永山絢斗は殺し屋兼ボディガード。父親ゆずりの美しい身のこなしを魅せる松田、人間味を感じさせる仲野、自分の置かれた立場とは不釣合いなイノセンスをたたえる永山という三者三様の個性、さらに沖縄の風景を捉えた美しい映像も楽しめます。

そして、謎の美女水原希子もハマリ役。藤原と水原の「生と死」をめぐる会話。終盤に突然始まる銃撃戦。そのふたつのパートが交わるラストに『I'm Flash』というタイトルの意味が明らかになるという構成。しかし、その主題よりは、キャストの演技や映像など、外観の方により魅かれる作品でした。

(2012.9.14 シネリーブル梅田・1)






莫逆家族 バクギャクファミーリア


瞼の父 / ★★★☆


何度か予告編を見かけたのですが、第一印象は「東映がまたヒットしそうもない映画を作ってる」。しかし子細に眺めてみると個性派ぞろいのキャストが豪華、さらに監督が『海炭市叙景』の熊切和嘉。かなり興味をひかれて観に行きました。

暴走族の暴力映画で全編の半分以上が乱闘シーンという印象。殴る、蹴る、流血、痛いです。しかし線路脇や雨の中の殴り合いなど雰囲気たっぷりで楽しめます。

オープニングは観覧車の映像にかぶさるセンチメンタルな音楽。全編に通奏低音として響いている、このちょっと切ない感触も好きでした。

ストーリーも哀切です。親のいない少年たちが一つの家族のように暮らして行くうちに生まれた絆。そこには面倒を見てくれる母親がわりの女性はいたけれど、父親となる存在が不在なのでした。模範とするべき、あるいは乗り越えるべき父親像のないまま成人した主人公が、ひとり息子に父親としてのあるべき姿を見せるために闘う・・・・。最後は胸が熱くなりました。

主演のチュートリアル徳井、実は不安材料だったのですが、ナチュラルな演技で悪くなかったです(刑務所帰りの男の部屋を訪ねるシーン、「甘いものは頭によい」という意味のセリフを言うその言い方に、なぜか涙が出そうになりました。正確には何と言ったのかな。私が思い出そうとすると大阪弁になってしまうんです。笑)息子役の林遣都も好演。途中から登場して息子の親友になる、石田法嗣の純情を滲ませた不良役、出番は少ないのですが一番好きだったかも。その他のキャストもそれぞれ個性的な演技で見応えがありました。

ただ、登場人物が多いせいもあり、途中で分かりづらいところもあったのが残念。しかし、登場人物の気持ちが切実に伝わってくるところはとても好きでした。

(2012.9.12 MOVIXココエあまがさき・3)






プンサンケ


ギドク風味満載 / ★★★★


キム・ギドク製作のアクション映画と思って観に行ったのですが、脚本もギドクが担当しており、彼一流の奇想やユーモア感に満ちたヘンな映画で見応えたっぷりでした。

舞台は南北朝鮮を分かつ38度線、主人公は超人的な身体能力でそこを自由に行き来する正体不明の男プンサンケ。北から亡命した政府高官と、プンサンケが北朝鮮から3時間で連れて来たその愛人を巡り、北と南の情報員が暗躍するという、基本的にはアクション映画。それが突然ラブストーリーに転調したり(ここは胸を鷲づかみにされた)、最終的には北と南の対立に焦点が当たり、ブラックなユーモアとアイロニカルな展開から哀しみと虚しさが滲み出すという重層的な作品でした。

プンサンケは笑っちゃうほど不死身で、終盤、思わず本当に笑けて、内心「コイツ、不死身やあ」と感嘆してしまいました。しかし、ギドク作品を貫くテーマのひとつは「聖と俗」であると、以前から考えている私としましては、この主人公は「聖」を体現した、ある意味神のような存在であると考えるのが妥当ではないかと、鑑賞後に思い至りました。

その主人公に対して、他の登場人物はとても人間くさいのです。無能でマヌケな南の情報員。資本主義の誘惑に負けてしまう北の工作員。亡命高官は愛人がプンサンケに魅かれていることを知って嫉妬の炎を燃やし・・・・。しかし、そんな彼らを眺める視線は温かく、人間くさいは人間らしいと同義であるとも思えてくるのです。

終盤、彼らの人間くささが炸裂するシークェンスが秀逸です。人数の多少、武器の多少によって移動する権力。らちもないシーソーゲームには意味がないというかのように、その結末は示されません。

未来への希望から製作された、哀しみに満ちた寓話と呼ぶべきでしょうか。寡黙な主人公の疾走する姿が美しく、多彩な表情を見せるヒロインにも魅せられました。

(2012.9.4 心斎橋シネマート・1)






桐島、部活やめるってよ


黄昏の光の中で / ★★★★☆


「金曜日」という字幕が三度目に出た時、ガス・ヴァン・サントの『エレファント』を思い出しました。ある高校を舞台にひとつの時の流れを複数の視点で描く青春群像劇。『エレファント』はあまりカタルシスを感じられない作品で肩透かしだったのですが、日本の高校生のさまざまな感情を描いた本作は共感度も大きく、終盤には胸が熱くなりました。

ひとつの高校に通う生徒の間に存在するいくつかのグループのそれぞれの世界、繊細に描かれた彼らの時間がモザイクのように入り組み、やがてひとつのクライマックスへと収束する、その綿密な構成が素晴らしく、若いキャストの瑞々しい演技にも魅了されます。

それにしても、自分が優位に立っている(と思っている)女子高生の攻撃性には度し難いものがありますね。しかし、あれほど攻撃的ではなかったにしても、同じようなことは自分の若い頃にもあったような気が・・・・。作品に引き込まれながら、同時に高校時代の出来事を思い出したりしていました(ちなみに私はなかなか帰らない帰宅部女子でした)。

で、やはり映画ファンとしては、最も共感するのは映画部の神木クンです。憎まれ口の達者な相棒クンとのコンビも絶妙で、ふたりの言動に微笑の連続でしたが、彼らの「オタクの逆襲」には心の中で拍手。さらに、そのあとのヒロキとの一瞬の交流に胸が温かさに満たされのでした。

「僕たちはこの世界で生きていかなければならないのだから」。高校生らしい純粋な、しかし厳然とした格差が存在する、社会の縮図のような小さな世界で、みんながそれなりに懸命に生きている、そんな印象が残ります。そして、その懸命さがリアルに胸を打つという感じでした。

PS エンドロールの「大後寿々花」にぴっくり。鑑賞中は全然分からなかった。いつの間にこんなに大きくなったのだ!?

(2012.8.16 MOVIXココエあまがさき・1)






台北カフェ・ストーリー


物々交換カフェ / ★★★☆


音楽や映像がスタイリッシュでオシャレ度の高い台湾映画。主人公はデザイン会社を退職して念願のカフェを始めた姉と、その店を手伝うことになった妹。姉は大学で美術を専攻し、妹は商業を専攻。ロマンティストでソフトな雰囲気の姉、現実的でボーイッシュな妹と、性格も外見も対照的な美人姉妹が見ていて楽しいです。

カフェが位置するのは、個性的なお店が並ぶ美しい通り。陽光に煌く並木の間を、妹が自転車で走るシーンがうっとりするぐらい素敵で、さっそくロケ地を検索しましたが、松山空港近くの富錦街というところらしいです。

余談はさておき映画の方は、空気感は抜群なのですが、ストーリーがちょっと曖昧な感じ。しかし前半はとても面白かったのです。偶然手に入った大量のカラー(花のカラー、ちなみに中国語では海芋というらしい)。それと交換してあげるから、何か不要なものを持って来てと友達や元同僚たちにメールを出して、オープニングは大盛況。しかしそのあとは閑古鳥で、残ったものは店内一杯のガラクタ。そこで妹が人寄せに思いついたアイディアが物々交換なのでした。

後半は、その物々交換というアイディアが当たりお客が増え、店を訪れる人々とのさまざまなエピソードが描かれるのですが、全体的に淡々としていていまいちポイントが分からなかったりしました。意外なところに着地する結末は面白かったので、そのあたりがちょっと残念。

鑑賞後に、金銭を介在させないで世界が広がって行くさまを描きたかったのかなとも思いました。あと、作品に出てくる話題についての街頭インタビューが突然出てくるのが面白いです。全然違和感なく作品に溶け込んでいて、若い監督らしい才気が充分に感じられる作品でした。

姉役のグイ・ルンメイがとっても素敵。製作総指揮はホウ・シャオシェンです。

(2012.7.23 第七藝術劇場)






ヘルタースケルター


ヴィジュアル系映画 / ★★★★


全身美容整形で完璧な美しさを獲得し芸能界の頂点に立ったスター・りりこの冒険譚が、強力なライバルの出現と手術の後遺症によって残酷譚へと変化する。「結局、私は赤字だったの、黒字だったの?」。所属する芸能プロの社長に対する、りりこの問いかけが胸にささります。社長にとってはりりこは商品。一度は夢を託した存在であったとしても、その商品価値がなくなれば捨て去られる運命なのか?

自己の欲望と大衆の欲望に操られたあげく堕ちて行くトップスター・・・・。その物語はきわめて今日的で、ヒリヒリとした焦燥感や不安感が他人事ではなく、スターに憧れる側に身を置く自分にとっても、胸を衝かれるところが多々ありました。しかし残酷譚を再び冒険譚へと転換させるラストが秀逸で、後味は決して悪くはなかったのです。

毒も苦味もある、しかしスイートさもたっぷりの作品。りりこを演じる沢尻エリカの存在なくしては語れません。幾分、本人にも重なる役柄を熱演しながら、どこかクールな感触もあるのが魅惑的。そして傲慢な表情からこぼれ落ちる哀しみ・・・・。今まで決してファンではなかったのですが、ちょっと好きになってしまったかも。

脇のキャスティングもほぼ完璧。桃井かおりが「腐っても鯛」。いえいえ、決して腐ってはおりません。年齢を重ねて、その年輪に見合う役柄を、怪演すれすれの快演で魅せてくれます。マネージャー役の寺島しのぶも好演。踏まれても蹴られてもあなたについて行きます。けっこう共感する役どころでした。しかしただ支配されているだけではなく、実は物語のキーパーソン。彼女のことをどう捉えるかで、この作品とりりこに対する見方が変わる重要な役柄だと思います。男性陣では新井浩文があいかわらずの達者な演技で、綾野剛と窪塚洋介のイケメンぶりとともに楽しめました。

その窪塚の持参する花束の色合いにうっとり、それに続く白一色の濡れ場にも陶然と、冒頭から心を奪われます。美術や衣装が素晴らしく、色彩あふれる映像がとても魅惑的なヴィジュアル系映画。ただ終盤の停滞感、終わりそうでなかなか終わらない展開がちょっと残念だったと思います。しかし、なかなか見応えのある作品でした。

(2012.7.18 MOVIXココエあまがさき・5)






この空の花 長岡花火物語


大林宣彦的ワンダーランド / ★★★★


大林さんにしかできない映画であり、大林さんにしか許されない映画、まずそんな風に思いました。現在と過去が自在につながるファンタジーでもあり、擬似ドキュメンタリーでもあり、反戦映画でもある。序盤の謎めいた導入部に、いったい何が始まるのかとワクワク。そこから言葉の洪水、字幕の洪水で、ちょっと唖然。

最初のうち、何も聞き逃すまい、見逃すまいと必死になってしまったのですが、そのうち流れに身を任せればよいのだと悟りました。そういう言葉の集積から自然に残って行くものをじっくり咀嚼すればよいのだと・・・・。俳優陣のちょっと現実離れしたような演技もいかにも大林風味で、不思議な時間が流れて行きます。

ただ、上映時間はちょっと長かったような・・・・。中盤の擬似ドキュメンタリーの部分が幾分退屈に思えましたが、登場人物が一堂に会する祝祭的な終盤に一気に高揚しました。

風のように現れる元木花、一輪車で風を切って走る少女たちが何とも不思議な印象を残します。松雪泰子と原田夏希、主役のふたりも好演で女性が元気な映画でした。蓮佛美沙子が一瞬現れるシーン、その「時の跳躍」に涙が出ました(未見の方には意味不明ですが、観れば分かる)。

(2012.7.17 心斎橋シネマート・1)






愛と誠


愛すべきアナクロ感 / ★★★★


予告編に爆笑した時から楽しみにしていたのですが、本編公開までいろいろと噂が聞こえてきて期待が大きくなりすぎてしまいました。とはいいながらも、真剣に遊びたおす三池作品は基本的に嫌いじゃないのでとても楽しめました。ちょっと悪フザケが過ぎるところもなきにしもあらずですが、何か愛嬌があるので許せちゃうんですよね。ただ、いつも思うのですが上映時間が長過ぎる。

本作も序盤は快調でしたが、中盤がちょっと長い気がしました。『狼少年ケン』とかいらんやろ(笑)。って、自分に馴染みのない楽曲のところはあまり楽しめないという、今回は実にわがままな観客であった私、早乙女愛の両親の場面も長過ぎると思いました。あっ、金粉ショーもいらんやろ(あの奇態な動き、笑)。自分ひとりだったら、何が出てきても大丈夫なのですが、実は加藤清史郎のファンである母も一緒だったので、ちょっと気にしながらの鑑賞だったのです。

しかし、余貴美子の登場に、今から盛り上がるんやなと思ったら、ホントにその通りで、最後は涙までこぼれてしまいました。ひとりよがりの純愛に身もだえする痛い人々が、何とも愛おしく思えてくる青春群像劇、そのキッチュな外観とは裏腹に心に染みる作品なのでした。終映後の母の第一声も「面白かった」で、ちょっと話が弾み傘を忘れそうに・・・・。

見所がテンコ盛りでした。昭和歌謡をモチーフにしたミュージカルもどき(あくまでもどき)という趣向が面白いです。往年の日活映画とかを彷彿させる美術やセット、おどろおどろしい赤を基調にした映像も見応えたっぷり。「ザ・昭和」という作り物感が何とも楽しいのです。

キャストも素晴らしいです。男性陣の中では、途中から「岩清水クン・ラブ」だったのですが、最後には「太賀誠・ラブ」にもなりました。女性陣もみな好演でしたが、武井咲が特筆もの。今の武井咲に早乙女愛という役柄がぴったりハマっただけなのかもしれませんが、その乙女ぶりにずーっとニコニコ。『レンタネコ』で印象に残った山田真歩も出ていたのが、自分的にはうれしかったです(最初は椿鬼奴かなと思ったのですが)。


追記

昨日(6/30)、二回目の鑑賞。今度はひとりで思う存分堪能しました。

妻夫木の「激しい恋」、語りから始まるところにゾワッ(前回はちょっと呆気にとられて記憶が飛んでいた)。カッコイイ!
武井咲が歌い踊る「あの素晴らしい愛をもう一度」、前回もちょっとウルッときたのですが、今度は泣いてしまった。可愛すぎる!

今回は上映時間の長さもそれほど気になりませんでしたが、両親のシーンはやはり・・・・。あそこも昭和歌謡ならよかったのに。オリジナル曲は主題歌だけの方がインパクトがあったのではと思います。

といいつつ、やっぱり楽しんでしまいました。大ヒットは無理としても、小ヒットぐらいはしてほしい作品でした。

(2012.6.21 TOHOシネマズ伊丹・8)








ムサン日記〜白い犬


白の悲しみ / ★★★★


エンドロールに「亡き友に捧げる」という献辞が出て、その名前が主人公と同じだったので、どういうことなのかと、終映後すぐに壁に掲示してあった解説を読んだところ、監督の病没した友人がモデルで、その主人公を監督自身が演じているということでした。

北朝鮮と韓国という体制の異なるふたつの場所で、同じように苦闘を強いられる脱北者の青年。その暗く痛々しいドラマの中から滲み出す瑞々しさのようなものに心ひきつけられる一編でした。

脱北者であるために定職にもつけず、ポスター張りやビラ配りで糊口をしのいでいる青年の生活がリアルに描き出されます。愚鈍で要領が悪く、雇い主からはけなされ、ポスターを張る場所の取り合いで同業のチンピラたちに痛めつけられる灰色の日々。

しかし、同時に一途で純なところもあり、居候させてもらっている兄貴分(同じ脱北者ながら、資本主義社会に過剰適応しているかのような調子のいい男)の平気で万引きを犯す倫理観のなさに憤慨したり、捨てられた白い犬を可愛がるなど、その純粋さを示すエピソードが心に染みます。

金さえあれば何でも手に入る資本主義社会において、その出自から未来への希望を最初から剥奪されている主人公の孤独と鬱屈。しかし、彼にも憧れの女性や手に入れたい物がもちろん存在するのです。日曜ごとに通う教会の聖歌隊に所属するひとりの女性に心を寄せ、時にストーカーまがいに彼女のあとをつける青年の暗い情熱、それは出口の見えない生活の中で唯一の光だったのかもしれない。

純粋な青年の堕落は体制への適応と表裏一体であり、その痛みは、自分にとっても決して無縁なものではないと思えるのでした。

(2012.6.13 シネマート心斎橋・2)






ミッドナイト・イン・パリ


魅惑のパリ / ★★★★☆


とても評判がよいので、久しぶりにウディ・アレンの映画でもと思い立ったのですが、前情報はゼロ。しかし、パリの一日の表情をスケッチしたオープニングのシークェンスから魅了されてしまいました。そのあともモネの庭や睡蓮の間など(モネ、大好き!)、観光案内のようなシーンにうっとりでした。

ストーリーもサプライズ。真夜中のパリ、フィッツジェラルド夫妻が登場した時に、えーっ、そういう話だったのと・・・・。1920年代のパリは、以前に興味を抱いていた時代。ヘミングウェイの初期の作品を夢中で読んでいた頃を思い出しました(大昔です)。ゼルダの小説も読みました(「こわれる」)。次々に現れる芸術家のそっくりさんにもワクワクしましたが、エイドリアン・プロディの演じるダリがイメージにピッタリでした(あんな若い頃は知らないのですが)。

主題は乱暴に要約すれぱ「ロマンティストとリアリストの対立」ということになるでしょうか。主人公のロマンティストぶりに微笑しながら、婚約者の両親の俗物ぶりに苦笑。「Cheap is cheap.」が口癖の母親と、主人公への捨て台詞が「トロツキーによろしく」だった父親・・・・。

「21世紀にロマンティストの生きる余地はあるのか?」という命題を、美しい映像と軽妙な会話で考察した作品。共感するところが多々あり、全編を包む温かいユーモアも心地よい快作でした。自分の居場所を見つけた主人公にニッコリでしたよね。

(2012.5.31 TOHOシネマズ西宮OS・6)






ダーク・シャドウ


ダークじゃなかった。 / ★★★☆


ティム・パートンの吸血鬼映画、これは面白そうと思って観に行ったのですが、ちょっと予想と異なる作品でした。しかし舞台となるのが1972年で、音楽や映画など、懐かしいアイテム満載にニコニコでした。あの頃、黒人映画がブームだったんですよね。『スーパーフライ』は未見ですが、黒人女性麻薬捜査官が活躍するクレオパトラ・シリーズがけっこう好きでした、というのは余談です。

一人としてまともなヤツがいない登場人物がいかにもバートン風味でしたが、いちばんのお気に入りは魔女。クールな美貌とゴージャスな肉体、とても魅惑的でした。さんざん楽しんだあとにポイした主人公にも非があるのではと、彼女の肩をもちたくなります。復讐されても当然ではないかと(笑)。

全体的にかなりコミカルで(セックス・シーンにあ然。笑)、面白いことは面白いけれど、ちょっと物足りない感も。魔女、あるいは主人公でもよいのですが、心ならずも・・・・、というような心理を深く描けば、切ない系に持って行くこともできたのにと、ちょっと残念に思いました。ティム・バートン、異形の者の哀しみにはもう興味がなくなってしまったのかな。

(2012.5.29 TOHOシネマズ伊丹・5)






レンタネコ


ニャンコの力は偉大だあ! / ★★★★☆


さびしい人に猫を貸すレンタネコ屋さん(市川実日子)が主人公という、相変わらず浮世離れした荻上作品。四人のさびしい人たちのエピソードが順に綴られ、その合間に、主人公のまったりした生活ぶりと奇妙な隣人とのやり取りが挿入されます。全編に漂うオフビート風味の自然体のユーモアに和み、また画面のあちこちにたむろっている、これまた自然体のニャンコに癒されます。

猫は寄って来るのに人間は寄って来ないという主人公が他人事ではありません(笑)。私の場合、猫が寄って来るのではなく、私が寄って行くのですが・・・・(逃げない猫もいるから、わりと好かれていると思うのです)。それはともかく、そんな風に人付き合いの苦手な主人公が案外人情の機微に敏感で、さびしい人たちをさりげなく励ますような言動が心に染みます。適度な距離感を保ちつつ温かみも感じさせる、そんな人間関係が今までの荻上作品と同じくとても心地よいのでした。

時に大笑いしながら、その快い空気感を楽しんでいるうちに、過去の回想も描かれる終盤になって突然、涙。いちばんさびしかったのは主人公だった。誰の人生にもいつか訪れる大きな喪失・・・・。さびしい人々を励ましながら、いちばん励まされていたのは実は主人公だったのです。人はひとりでは生きられない・・・・。シンプルなようで奥が深い、技ありの荻上ワールドでした。

ゼリーを食べる男、二人でランチなど、ちょっと胸がキュンとなるようなシーンがもたらす切なさが、少しずつ心の中に蓄積し、最後にどっとあふれるかのようでした。

夫と愛猫に先立たれた老婦人、単身赴任のお父さん、一日中ほとんど誰とも口を利かないレンタカー屋の受付嬢、そして謎の青年、さびしい人たちのそれぞれのさびしさにも共感。キャストも好演です。上品な草村礼子さん、こういうお父さんをやらせたらピカ一の光石研、受付嬢は初めて見る山田真歩ですが、この人と市川実日子のやり取り、コミカルな中に胸に染みる切実さがありました。そして謎の青年は田中圭、役柄にピッタリあった佇まいと話し方。ちょっと甘えたような話し方が印象に残ります。

さらに隣のおじさんのようなおばさんは小林克也(おばさんのようなおじさん?)。仲が好いのか悪いのか、この隣人と主人公の距離感も絶妙でした。

市川実日子も魅力全開。ちょっと風変わりな猫少女を「大」真面目に演じていてニコニコでした。衣装がまた素敵。柄物と柄物を合わせる難度の高い古着ファッションを可愛く着こなしていました(スタイリストさんも、Good job !)。

その楽しい衣装(私も、ン十歳若かったら真似したい)と可愛いニャンコをじっくり見たくて、すぐにまた観に行ってしまいました。主人公の背後で、子猫が二匹じゃれあっていたり、走り回っていたり、もうたまりませーん。光石研に名前を連呼されていた「まみこちゃん」、私にも貸して(笑)。

(2012.5.21 TOHOシネマズ西宮OS・8)






ル・アーヴルの靴みがき


人生に必要なものは / ★★★★


これも毎度おなじみのカウリスマキ作品。画面の構図や色彩、衣装(少年のセーターも妻のワンピースも可愛すぎる)や音楽など、いつものように好きなテイストが詰まっていてニコニコでした。とてもシンプルな映画ですが、温かみがあふれていました。

キャストも好演。永遠のヒロインのカティさんや草村礼子に似ているバーのマダム、女性陣が素敵です。そして主人公や刑事やリトル・ボブ、渋い男たちにもしびれるぜと、とても楽しい作品でした。新加入のベトナム青年の顔と表情も好きだったし、ワンちゃんにもニコニコ。オープニングのタイトルにLAIKAと出たので、「あっ、犬やな」と思いました(笑)。で、犬が出てきた時には主人公と同時に「ライカ」と呼びかけてしまいました(もちろん心の中で。微笑)。

(2012.5.14 梅田ガーデンシネマ・2)






ポテチ


黒澤先輩と中村親分 / ★★★★


伊坂幸太郎×中村義洋の第4弾。毎度おなじみで新味はありませんが、面白味はたっぷり。伊坂作品は犯罪がらみのところが気になる時もあるのですが(たとえば『重力ピエロ』はちょっと納得できなかった)、中村義洋の手にかかると温かい寓話のような味わいになってとても楽しめます。

ストーリーは秘密。なるべく前情報入れないで、最後に「そうだったのか」と気持ちよく騙されてください(笑)。そのストーリーも絶妙なのですが、登場人物のキャラと演じるキャストが見応えありです。

とてもピュアなのに空き巣が生業の主人公。思うに、純粋すぎて実務は苦手? しかし共感力は人一倍の今村青年は、大好きだった『アヒルと鴨のコインロッカー』の主人公とも重なるキャラ、演じる濱田クンがいつものようにいい味を出しています。さらにクールな黒澤先輩(大森南朋)とお人好しの中村親分(中村監督)という今村の尊敬するふたりの対照的なキャラ、あっけらかんとした恋人の若葉ちゃん(木村文乃)と太っ腹のお母さん(石田えり)という女性陣も含めて、個性あふれる登場人物がそれぞれ見ていて楽しいのです。俳優陣はそれぞれいくぶんアクセントの強い演技、しかし同時に統一感も感じられる好演でした。

PS 中村義洋×濱田岳の次作が決定。『みなさん、さようなら』、これは原作既読です。今から楽しみ。

(2012.5.13 MOVIXココエあまがさき・7)






捜査官X


一味違う武侠映画 / ★★★☆


大阪アジアン映画祭では前売券が即日完売したという人気作品。しかし自分的には、前作も前々作も期待はずれで、ピーター・チャンはもう観るつもりはなかったのですが、原題が『武侠』で、『片腕ドラゴン』のジミー・ウォングも出演していると知って、いそいそと映画館へ。

往年のカンター・スターとはいえ、ジミー・ウォングも相当な年齢のはず、どんな役で出てくるんだろうと思っていたら、うわぁ、現役バリバリ。そのジミーvsドニーのアクションが見応えたっぷりでした。その前段のドニーvsクララ・ウェイも凄かったですよね。クララ・ウェイ、私は知らなかったんですけど有名な人らしい。『レイン・オブ・アサシン』のミッシェル・ヨーも素晴らしかったけれど、この女優さんのアクションにも惚れ惚れ。思わず年齢を調べてしまったのですが、1960年生まれということで、ビックリ! ついでにジミー・ウォングも調べたら1943年生まれでもうすぐ70歳! いゃあ、中華圏のアクション・スターはあなどれません。

オープニングのひとひねりしたアクションも見応えありでした。ドニー・イェンが只者であるわけはないので、心の中で、早く正体見せろよ、来たあー、えっ違うの、みたいな・・・・。ワクワクとドキドキとイライラが混じった気分が新鮮でした(笑)。

金城クンが面白い味を見せるドラマ部分も悪くはなかったのですが、やっぱり暗いというか、グロいというか、あまり好みのテイストではなかったな。私のイメージとしては、武侠映画というのはもっと荒唐無稽であってほしいので、中途半端にリアルな本作にはちょっと不満ありです。

とはいいながら、魅力的な女優陣と可愛い子役さん、美しい映像も印象的で楽しめる作品でした。

PS 余談ですけど、開場を待っている時に目の前を横切った人、見覚えがあると思ったら、アジアン映画祭で印象に残った爺さんでした。異常に姿勢がよい、声が大きいなど、特徴の多い人だったのですが、極め付けは私の背中を押しはったんです。混雑するロビーでポスターを眺めていたら、「ちょっとごめん」と言いながら押したんです。一拍待ってくれよと内心ムッとしながら顔を覚えてしまったんです(笑)。再会してもあまりうれしくはなかったのですが、世間は狭いというか・・・・。

(2012.5.2 MOVIXココエあまがさき・1)






ドライヴ


エレベーターの恋 / ★★★★


寡黙で沈着冷静な主人公にシビレました。窮地に陥っても顔色ひとつ変えない超クールガイ、ちょっと息が乱れているのを発見した時には、心の中で、「あっ、怒ってはる」と敬語で呟いてしまいました(笑)。

作品の方も、いっさいの無駄を削ぎ落としたタイトでクール、かつスタイリッシュなクライム・アクション。カーチェイスと暴力描写は今風ですが、ニューシネマ以前、1950年代のハリウッド映画を想起したりしました(キューブリックの『現金に体を張れ』とか)。そういうクラッシックな犯罪映画をカラーのシネスコで再現しようとした作品といったところでしょうか。

不意打ちのヴァイオレンスには何度もビクッとさせられましたが、過激な、しかし抑制は利いている暴力描写はちょっとタランティーノ風味。『レザボア・ドッグス』を連想したりしましたが、そういう既視感も込みで楽しめる作品でした。

馬面の主人公に丸顔のヒロイン、見た目もお似合いのふたりの恋は古風で慎ましやかでとてもロマンティック。主演のライアン・ゴズリングとキャリー・マリガンが素敵でした。

(2012.4.25 梅田ブルク7・6)






ビースト・ストーカー/証人


傷だらけの男たち / ★★★☆


『密告・者』が面白かったダンテ・ラムの香港ノワール。公開は逆になりましたが、こちらの製作が先で、好評だったので姉妹編として『密告・者』も製作されたようです。

というわけでテイストも似ており、キャストも主演のふたりが同じ、脇役にも見た顔が何人か。さらにアクションと人間ドラマの融合した内容も似ていますが、いちばん大きな違いは、本作にはロマンスの要素が皆無なこと。作品全体としても大好きだった『密告・者』ですが、ニコラス・ツェーとグイ・ルンメイの恋は特に心に染みた部分で、ちょっと本作には期待はずれなところもありました。

ただ人間ドラマの部分は見応えあり。オープニングの大きなヤマで心に傷を負った刑事の悔恨と懊悩、彼に追われる殺し屋も心身ともに傷を負い・・・・。そして、ヒロインは有能な女検事なのですが、ふたりの娘のうち、一人を事故で失い、もう一人は誘拐されるという、これまた痛ましい境遇で、この三人の三つ巴のドラマが何とも痛々しく重々しい。

ダンテ・ラムさん、今回も話を詰め込みすぎ、盛り込みすぎなのですが、最後にはうまくまとまり、なかなかよく出来ていたと思います。しかし、わたくし的にはツボにはまりまくりだった『密告・者』と比べると・・・・。こちらを先に観ていたら、もっと満足度高かったかもしれません。

あっ、言い忘れるところでしたが、子役の女の子が素晴らしいです。もちろんニック・チョンとニコも好演でした。

(2012.4.24 シネマート心斎橋・2)






僕等がいた 後篇


斗真を堪能 / ★★★


次々と襲いかかる試練に翻弄される生田斗真のさまざまな表情や感情表現にどっぷりつかって涙々。すっかり引き込まれていたのですが、終わりそうでなかなか終わらない終盤の展開、そしてきれいな結末に持って行くためのムリヤリ感に気持ちが冷めてしまいました。その冷めた気持ちで振り返ると、不幸と偶然と意外な展開がテンコ盛りの少女漫画仕様(?)の世界観はやっぱり苦手だと思いました。

ただしキャストは前篇に引き続き、みんな好演だったと思います。あっ、竹内クンにはちょっと不満あり。前篇では魅力的な恋敵にして「陰影を感じさせるいい奴」だったのに、今回は脇役に回ってしまい、「単なるいい奴」で見せ場がなかったのが残念でした。高校時代に胸をときめかした同級生に久々の同窓会で再会したら・・・・といったガッカリ感でした。それにしても、彼の結末にはちょっとあ然。山本の結末にもちょっとびっくり。みんな、変わり身早過ぎるやん(笑)。

しかし、とにもかくにも生田斗真を存分に堪能させていただきました。

(2012.4.23 TOHOシネマズ伊丹・5)






アーティスト


挫折と復活−2 / ★★★★


時代の波に乗り遅れた大スターと、入れ替わるようにスターへの階段を上って行く新人女優のラブ・ストーリーをクラシックでロマンティックなサイレント映画に仕立てた本作、物語にもいくつかのシーンにも既視感がありましたが、その懐かしさも含めて楽しめました。特に終盤の幸福感と粋なラストが最高。主演男優さんの昔顔も素敵でした。

ギドクの『アリラン』を観たあとハシゴしたのですが、全然ジャンルの異なる二作品に多くの共通点があって、ビックリしたりニコニコしたり、面白い一日でした。

(2012.4.10 MOVIXココエあまがさき・7)






アリラン


挫折と復活−1 / ★★★★☆


キム・ギドクの新作、ずい分久しぶりと思ったら山に籠っていたとのこと。前作『悲夢』撮影時の事故と弟子の裏切りに傷つき、映画を撮れなくなって隠棲していたのだそうです。しかし、そういう生活も長く続くと、やはり創作者としての業は鎮めがたく、ビデオカメラを購入して自分を撮り始め、「All by myself」で完成させたのが本作なのです。

タイトルの「アリラン」は「アリラン峠を越えて行く」という歌詞を持つ韓国民謡。心の傷という峠を乗り越え、再び歩き出すためのリハビリの過程をそのまま映画にしたような作品ですが、これがなかなか見応えあり(ただしファン限定かも、ですが)。

内容は一匹の猫と暮らす山での日常描写と自分語りで成り立っていますが、複数のギドクの対話による自分語りの部分が面白いのです。真情を吐露したような部分には思わず涙を誘われるのですが、酔って泣き言を並べる自分に向かって、もうひとりの自分がツッコミをいれたりするギドク流ユーモアも健在で思わず笑ってしまいます。

ギドク曰く、本作は「ドキュメンタリーであり、ドラマであり、ファンタジーでもある」。シナリオも書いたということで、ギドクが演じるキム・ギドク、どこまでが真実なのか興味津々ですが、虚実ないまぜとしても、いろいろと興味深い話がありました。

終盤は完全なフィクションで自作のひとつをなぞったような展開。それがまた新たな作品を撮るという宣言のように思え、ファンとしてはうれしい限りでした。

(2012.4.10 テアトル梅田・1)






父の初七日


台湾版「お葬式」 / ★★★★


父の死から出棺までの七日間を娘の視点から描いた台湾版「お葬式」、テンコ盛りの涙と笑いがツボにはまりました。舞台は台湾の片田舎、旧来のしきたりによって営まれるお葬式のドタバタ劇に笑い、娘や息子の父親への想いに泣かされます。

タランティーノの映画のように既成の楽曲を使用した音楽もテンコ盛り。開巻に流れるのは、インドのマハラジャが歌い踊るような曲で、何やら怪しい雰囲気(実はハリー・ベラフォンテの「ハヴァ・ナギラ」という曲だった。インドは関係ない、笑)。何でタランティーノの名を出したかというと、梶芽衣子さまの「恨み節」も出てくるからなのです。その他、古いイギリス映画の主題歌とか吉幾三の台湾語バージョンとか、そのごった煮具合はポップを通り越してキッチュでもありますが、それが実は好みだった。

映画も初めのうちはコミカルに進行して行きます。露天商だった父のあとを継いだ長男、台北でキャリアウーマンとして働く妹に、まだ大学生の従兄弟も台北から駆けつけ、葬儀一切を取りしきる道士の指図に従って右往左往。その道士は三人とは血のつながりのない叔父(映画の中で説明してましたが、よう分からんかった)なのですが、板尾創路みたいな渋い男前で楽しかった。その公私にわたるパートナーが営業から泣き女まで実務一切を引き受ける多芸多才のお姐さんで、この五人のキャラが相当に面白いのです。

道士は副業、本職は詩人という自称詩人の板尾創路、詩も二編披露しますが国語(北京語)で書かれた詩は文学的な雰囲気をたたえ、日常語(台湾語)で書かれた詩は・・・・。本音と建前とか、都会と田舎とか、さまざまな台湾の状況も窺えたりする作品です。

そんな何やかやを温かい視線で眺めながら、中盤からはさらに父と娘の情愛にもフォーカスが当てられます。脚色も担当した原作者エッセイ・リウ(30代初めの女性)の実体験が反映されていると思しきさまざまなシーンがとてもリアルで切実。笑いながら楽しんだ翌日、思い出し笑いではなく思い出し泣きしてしまいました。さらにその夜、夢の中に亡き父が・・・・。

PS 父親を演じるのはジャッキー・チェンの映画や『悲情城市』に出ていたタイ・バオで、味わい深い演技を見せています。

(2012.4.1 梅田ガーデンシネマ・2)






ポエトリー アグネスの詩


ある老女の心の軌跡 / ★★★★


『シークレット・サンシャイン』のイ・チャンドンの新作は、前作と同じく、ひとりの女性の心の軌跡をじっくりと見つめた作品でした。腕の痺れを見てもらうために病院を訪れた主人公は、医師から「腕の痺れ」よりも「言葉が出てこない」ことの方が重大だと告げられます。その帰り道、自殺した女子中学生の母の悲嘆を目撃し、それが深く心に刻まれます。

時を同じくして、通りすがりの詩作教室に通い始めたことをきっかけに、主人公は世界を今までとは異なる見方で眺め始めます。その日常や彼女を取り巻く人々の描写が淡々と続くのですが、その何気ない日々の中に美を見つけ出そうとする主人公の心情が、主演女優のユン・ジョンヒの繊細な演技で表現され、思わず引き込まれてしまいます。

ふたりで暮らす孫が自殺事件に関わっているらしいこと、週に二度介護に訪れる老人の理不尽な要求といった特別な出来事も、ことさらにクローズアップされることなく淡々と描かれますが、作者が意味を断定しないことによって、さらに深い印象を残すようです(観る人によって意味が違ってくる・・・・)。そして、やがて紡ぎ出される一篇の詩。それは亡き女子中学生に寄り添い共感する鎮魂の詩であった・・・・。

老年へと向かいながらも少女のような純粋さを保っている主人公の人間像が興味深く、また哀しみも苦しみも存在する世界から美を掬い取ろうとするその姿に共感を覚えます。あることを契機に世界が違って見えて来るということは、自分自身の経験からも特に共感で きるものでした。

(2012.3.27 テアトル梅田・1)






僕等がいた 前篇


青春メロドラマ / ★★★


エンドロールのあとの予告編が終わったとたん場内ザワザワ。みんなが一斉に話し始めたような・・・・。いゃあ、そそられる予告編でした。斗真はさらに苦境に!? 本仮屋はさらにパワーアップ!? 後篇が俄然楽しみになりました。

しかし、実は前篇は予想とはかなり違っていたのです。何か具体的なものを予想していたわけではないのですが、とても高校生の話とは思えないような、湿度の高いメロドラマはあまり好みではありません(中盤過ぎあたりで、こんなにグダグダやってるんなら二つに分けんといっぺんにやれ、と思ったりしました)。

ただ、吉高サイドの一途な想いには共感するところもあり涙々。また、主要キャストの演技も見応えありでした。四人とも好演でしたが、ひとりを選べといわれたら、今回は高岡蒼佑。登場した時には「高校生の役なんて、冗談キツイぜ」と思ったのですが、何気ないシーンに泣かされました。

生田斗真は好きなんですけど(だから観に行った)、見た目が完璧すぎてあまりかわいそうに思えなかった(勉強もスポーツも出来るんだよね)。というわけで、もっとひどい目にあいそうな後篇の方が楽しみです。最終的な評価も後篇を観てからということで・・・・。

(2012.3.22 TOHOシネマズ伊丹・5)






星空


大阪アジアン映画祭−6 / ★★★★☆


大阪アジアン映画祭、最後に観たのは台湾の人気絵本作家ジミー・リャオ(幾米)の原作を映画化した作品。幾米の作品はいくつか映画化されていますが、ジョニー・トーの『ターンレフト・ターンライト』もそのひとつ。中国語学校の同級生が貸してくれたその原作本も見たことがあるのですが、現代の都市生活者の孤独と哀しみを静謐な絵と詩的な文章で綴った絵本で、ロマンティックな雰囲気は残しているものの爆笑コメディに仕上げたトー作品、わたくし的には楽しめましたが、原作者としては忸怩たるものがあったのではと想像いたします。

本作の監督は『九月に降る風』のトム・リン。実は幾米のじきじきのご指名とのこと。高校生群像の切ない青春を描いた『九月に降る風』も秀作でしたが、中学生男女の切ない思春期を描いた本作も素晴らしい作品でした。

主役の女の子、どこかで見た顔だなあと、鑑賞中ずっと思っていたのですが、『ミラクル7号』の主役を演じていたシュー・チャオだったのです。『ミラクル7号』では小学生の男の子を演じていた彼女が、愛子さまを細面にしたような美少女に成長していて、鑑賞後に解説を読んでビックリでした。

両親の不仲に胸を痛める孤独な少女と、転校してきたやはり孤独な少年とのつかのまのふれあいと忘れられない記憶をファンタジックな美しい映像で描いています。タイトルの「星空」は少女が少年とともに見ることを願った山の中の星空。その山のシーン、眼下に広がる雲海とくずれた鉄道の線路に、もしかして阿里山かなと鑑賞後に調べてみたら、やはり阿里山でした(10年ぐらい前に行ったことがあるのです)。その緑濃い森の景色や湖を捉えた映像が素晴らしかったです。

手を触れるだけに終わった初恋、夢の中に現れるなつかしい人の温かみ、永遠に失われたパズルのピース・・・・、思い出してもキューンと胸が締めつけられるような作品でした。

(2012.3.18 ABCホール)








LOVE


大阪アジアン映画祭−5 / ★★★★


大阪アジアン映画祭、五本目は『モンガに散る』のニウ・チェンザー監督の最新作です。実は前作があまり好きじゃなかったので迷っていたのですが、キャストが超豪華。『父の子守歌』のレビューで触れた知人からも推薦されて・・・・。オープニングのワンカットの長回しがすごいと、その人がちょっと解説もしてくれはったんですけど(笑)、私はそういうところわりと鈍感なので、これは聞いておいて正解でした。

その長回しも見応えありだったのですが、上映が始まったとたん、陽光を捉えた明るい画面に魅せられてしまいました。季節は初夏なのかな、輝く緑も美しく・・・・。字幕に現れた撮影監督の名は李屏賓(台湾の名カメラマン、リー・ピンビン)で、なあるほど。いゃあもう、映像だけでも見る価値あり。ことさらに映像美を狙ってはいないのですが、とても心地よい空気感でした。

キャストは大女優のスー・チーにエディ・ポンやアンバー・クォといっ主役級の若手を加えた台湾勢、中国からビッキー・チャオ、そして監督自身(元は俳優)も参加した八名。親友の彼との一夜の過ちで妊娠してしまった女子大生、吃音に悩むその兄、実業家に囲われているモデルなど、さまざまな登場人物が織り成す人間模様、恋愛模様。物語の進行とともに彼らがつながって行くのですが、よく練られた脚本で、一瞬たりとも退屈することなく、その喜怒哀楽に共感させられる快作でした。

ビッキー・チャオもスー・チーも今までどおりのイメージの役柄を伸びやかに好演、若手の清新な演技も楽しめます。いくつかのエピソードの中では北京を舞台に、気の強いシングルマザーと台湾から来たビジネスマンが、「こっちとそっち」と反発しながら・・・・という話が定番ではありますが、とても楽しめました。ふたりに絡む世話焼きの警察官が超面白いのです。彼が登場するたびに「また出たあ」という感じで場内爆笑。いゃあ、楽しかったわ。

しかしこのあたりは中国の観客にもちゃんと目配せしているという感じで、何とも商売上手。いろんな意味で「参りました」という作品でした(笑)。

(2012.3.18 ABCホール)






ラブリー・マン


大阪アジアン映画祭−4 / ★★★★☆


大阪アジアン映画祭、四本目は私にしては珍しいインドネシア映画。この映画祭のプログラミングディレクターさんの一推しらしいので観てみました。ローバジェットの76分の小品ですが、なるほど素晴らしい作品でした。

自分ひとりでは解決できない問題に直面した19歳の娘が、4歳のときに別れたきりの父を尋ねてジャカルタへ出て来るのですが、住所と名前だけを頼りに探し当てた父親はオカマの街娼だった(!)。最初は互いに戸惑ったふたりが、一夜の彷徨のうちにその距離を縮めてゆく様が、繊細な演技と魅惑的な映像で綴られます。

上映後の質疑応答では製作と音楽を担当された方が登壇されましたが、彼の口から語られる撮影の状況が興味深かったです。ロケハンしながら、気に入った場所があれば、即そこで撮影。主演男優は監督の知人(かっては俳優だったと話していたような)、女優は監督の妻、いわば家族で作った作品であるとのことでした。

その主演男優がとても魅力的。赤いドレスとかつらで女装した姿はグロテスクでもある一面、ある種の光をも放っているような・・・・。対する女優さんの清楚な美しさにも魅せられます。

夜のジャカルタの光と影、そこに配された音楽も控えめで美しく、二度流れるドビュッシーの「月の光」がとても効果的でした。

(2012.3.17 ABCホール)






高海抜の恋


大阪アジアン映画祭−3 / ★★★★


大阪アジアン映画祭、三本目は「男の世界」ではないほうのジョニー・トー作品。実はラブコメディも得意なジョニー・トー。私は「男の世界」の方がずっと好きなのですが、本作の主題はずばり映画。主人公は香港の映画スター、ヒロインはそのスターの大ファンというニコニコの設定で共感度大でした。

最初、みんな北京語をしゃべるので、北京語バージョンなのかと思っていたら、舞台が雲南省の観光地、物語の進行につれて、主人公のふたりは自然に広東語を使うようになったりします。そして定番のラブストーリーへと発展するのですが、ふたりともそれは二番目の恋、ともに乗り越えなければならない喪失の痛みを抱えているという設定で、最初は笑わせ途中からは泣かせるという王道の香港映画でした。

あまり馴染みのないヒロインのサミー・チェン、今までその魅力が分からなかったのですが、本作の最初の恋での超内気な男とのやりとりがすごくチャーミングでした。外見はさっぱりしているけれど、実は愛情のこまやかな可愛い女性がとても素敵でした。

(2012.3.17 ABCホール)






熊ちゃんが愛してる


大阪アジアン映画祭−2 / ★★★☆


大阪アジアン映画祭、二本目は『熊ちゃんが愛してる』という台湾映画。一昨年のアジアン映画祭で観客賞を獲得した『聴説』の監督の新作です。清々しい佳作だった前作は大好きだったのですが、そのために期待が大きすぎたのか、本作はちょっと期待はずれに思いました。

幾分コミカルでとてもラブリーなタッチは前作と共通しているのですが、若い男女のラブストーリーだった前作と異なり、本作は主人公の青年を中心にした群像劇。登場人物が増えた分、ちょっと冗長になったように思います。

主人公はテディベアを海外旅行に連れてゆく添乗員という不思議な設定。旅行に出かける寸前に交通事故にあい、預かったテディベアたちが行方不明。そのテディベアを預けた顧客たちといろいろあって、みんなで旅に出るというストーリー。

うつ病の元看護師、ひとり息子とコミュニケーションが取れない資産家の老夫婦、難病を患う少女と、実はそれぞれの問題を抱え、満たされない思いを抱いている登場人物たち。ストーリーの進行につれて少女の父や母、資産家夫婦の息子と顧問弁護士なども加わり、旅の終わりには温かい家族の物語に帰結するのですが、それをファンタジックで可愛い作品に仕上げているところは、いかにも女性監督らしく好感が持てました。前作には及ばないものの、決して悪い作品ではありません。

主役の若いふたりが素敵。特に男の方、ディラ・クォが超イケメンで楽しかったです(上映後の質疑応答の際、司会の女性が主役の男優が気になりませんか、と興奮気味だったのが可笑しかった。もちろん気になって帰ってから調べました。『軍鶏Shamo』に出演していたらいしのですが、記憶にない・・・・)。

『父の子守歌』にも本作にも「難病を患う少女」が登場しますが、台湾映画の流行なのでしょうか。そのあたりちょっと安易な感じがなきにしもあらずでした。

(2012.3.16 ABCホール)






父の子守歌


大阪アジアン映画祭−1 / ★★★


今年で7回目を迎える大阪アジアン映画祭、例年になく充実したラインナップに、4日間通って6作品を観ました。当初観る予定だったのに諸般の事情で見送った『セデック・バレ(前後編)』が、人の噂によると傑作だったとのことで、ちょっと後悔も覚えている今日この頃。どこかの配給会社さん、何とか一般上映していただけないでしょうか。

前置きはそれぐらいにして、まず最初に観た本作は、東日本大震災が起こった当時の台北のある病院を舞台に、日本人の研修医を主人公にした群像劇です。上映後に監督と製作者が登壇し質疑応答があったのですが、監督の第一声は「Did you cry?」。私の答えは「yes だけど no」。突然、病院のテレビに大震災のニュース映像が流れるシーンに思わず涙が出たのですが、作品自体には・・・・。

患者として運び込まれた高校教師と両親のいない教え子、父に虐待される娘、難病を抱えた少女などが登場するエピソードは、それぞれに感動的なのですが、ちょっと詰め込みすぎの感がありました。その登場人物たちが相互につながって行くストーリーはうまくまとめてあるのですが、その綺麗にまとめ過ぎ感も好みではありませんでした。

ドヴォルザークやブラームスのクラシックに加えて、監督自身の手になる曲も加わった音楽にもちょっと過剰の感ありでしょうか。主役の蔭山征彦の自然な演技には好感が持てましたが、演技的にもちょっと違和感を感じるところもなきにしもあらず・・・・(泣きの演技がくどい)。

しかし質疑応答時の、人間はささいなことで善にも悪にも転ぶといった、監督の談話からは真摯な人柄が伺え心に響くものがありました。会場で偶然会った知人とちょっと話をしたのですが、「まあまあでしたよね」という私の問い掛けに「いや、僕は好きです」と断言されたので、人によって好き嫌いが分かれる作品なのかもしれません。

(2012.3.15 ABCホール)






ヒューゴの不思議な発明


可愛い、楽しい。 / ★★★★


ミニシアターでセリフがよく聞き取れない作品を観た反動で、シネコンでウェルメイドな映画を観たくなり、テレビのCMで古い映画が出てくるみたいと気になっていた本作を鑑賞。

前情報はそれだけだったのですが、何と映画の誕生の頃にオマージュを捧げた作品でうれしいサプライズ、思っていた以上に楽しめました。初期の映画作品の数々にワクワク、30年代のパリや鉄道の駅を再現した美術も素晴らしいです。孤児の少年と公安官の追跡劇や危機一髪のシーンにはドキドキ、ワンちゃんやからくり人形も大活躍で、とても面白く観ました。

大ベテランから子役までキャストも素晴らしかったのですが、主役の少年の可愛らしさが特筆もの。大きな青い瞳に釘付けでした。

そして、本作にも登場するハロルド・ロイドのワンシーンがジャッキー・チェンの『プロジェクトA』に受け継がれたように、映画の歴史は同じモチーフを繰り返しながら拡大発展してきたといえるでしょうか。その究極がCGや3Dということになるのでしょうが、自分的にはそういう技術的な進歩に対しては懐疑的。フィルムに着色しただけの作品でも、充分に夢を見ることはできるように思います。とにかく、映画の誕生の歴史、ジョルジュ・メリエスの撮影風景やその作品などに胸が躍る作品でした(ガイコツ人間にニコニコ)。

(2D版で鑑賞)

(2012.3.6 TOHOシネマズ伊丹・4)






サウダーヂ


セリフが・・・・。 / ★★★


いくつかの賞を獲得している作品が再上映されるというので、以前から楽しみにしていたのですが、前日になって上映時間が167分と知ってビックリ。ちょっと迷ったのですが、けっきょく予定通りに出かけました。

地方都市の寂れた情景や外国人も混じるさまざまな人間模様、とても興味深かったのですが、残念なことにセリフがよく聞き取れない。浅野忠信とか西島秀俊とか、ぼそぼそとつぶやくようなセリフは以前から聞き取りづらくて、私自身にも問題があるのかもしれませんが、男性陣はほとんど全滅。断片的にしか聞き取れないセリフが続くうちに、長尺のせいもあり集中力が途切れてしまいました。

音楽の使い方も面白く、また印象に残るシーンもあっただけに、ちょっと残念でした。女性陣のセリフは聞き取りやすかったので、ミャオと納豆のくだりなど、胸を突かれたりもしたのですが・・・・。八方ふさがりの状況の中、現実逃避に走る男たち、どこまでも現実的な女たち、そのあたりも興味深く見ました。しかし、まひるという女の子はよう分からんかったなあ。

(2012.3.5 第七藝術劇場)






生きてるものはいないのか


シュールなコント集 / ★★★☆


染谷将太目当てで鑑賞。石井監督作は、初期に観た作品(何を観たのかは忘れてしまった)が全然好みじゃなかったので、それ以来です。染谷クンが出てなかったら多分観なかったと思うし、前の週に目にした予告編もチープな感じで、あまり期待はしてなかったのですが・・・・。

なかなか面白く観ました。世界の終わりを目前に展開される群像劇にしてコント集(!)。大学のキャンパスを舞台に、いろいろな立場のいろいろな人間関係が交錯するのですが、染谷クン以外に知っている顔は高橋真唯と村上淳ぐらい。あとは初めて見る人ばかりだったのですが、現役の学生さんも混じっているという、その若いキャストがなかなかに魅力的。個性派ぞろいの男性陣と美人度の高い女性陣は、眺めているだけでも楽しかったりしました。

彼らが交わす会話が可笑しくて思わずフッフッ、忍び笑いの連続でした。その間に登場人物がひとり、またひとりと死んで行くブラックでシュールな展開に、声をあげて笑うことはためらわれたのですが・・・・。

ただこのコント集、全体としてのオチがないような・・・・。あったとしても、私には分からなかったというところ。鑑賞直後には、何が言いたかったのかなとちょっと首をひねりましたが、いつか死ぬまでの間、そういうささいな、ささやかな人間喜劇を繰り返しながら人は生きて行くのだという感触は残りました。それは、一大事をよそにメニューの一品に妙に拘る男子学生、ヘンなテープで自分の想いを伝えようとする耳鼻科の医者など、見方によっては滑稽でもある振る舞いが、何だか愛おしく思えたせいかもしれません。

(2012.2.29 シネリーブル神戸・1)






人生はビギナーズ


ゲイの父親と晩熟の息子 / ★★★★


ゲイという題材や監督がデザイナーという断片的な情報で、勝手に『シングルマン』のような作品なのかと思っていましたが、それほど確固としたスタイルのある作品ではなく、もっとラフな、しかしデザイナーらしいセンスが端々に感じられる作品でビジュアルも音楽も楽しめました。さらに、劇中にも何度か登場する手描きのイラストのようなインティメイトな温かさも湛えていて好印象。

75歳で「ゲイである」ことをカミングアウトした父(今は亡き父)の生き方に励まされつつ、恋に臆病な38歳の息子が恋人との人間関係を確立しようとするラブストーリー。時制は現在と父の晩年と彼の子供時代を行き来し、各時代の社会状況や家庭環境にも背景以上の意味が与えられています。そのあたりも興味深いものがありました。

主演がユアン・マクレガー、クリストファー・プラマー、メラニー・ロラン。それぞれが好演です。父の恋人やその仲間の優しい男たち、さらには可愛いワンちゃんまで加わって、軽妙で味わい深いコメディになっていました。

(2012.2.22 シネリーブル神戸・1)






セイジ−陸の魚−


ちょっと残念 / ★★★


鑑賞予定はなかったのですが、予告編が好みの感じだったので観ることにしました。期待通り、映像や空気感は好きだったのですが、不満もなきにしもあらずでした。

主人公セイジの人物像が謎めいていて、終盤の展開が唐突、まさに衝撃的で「エーッ」と驚いてしまいました。森山未來から見て不可解な人物であったとしても、観客には結末に到る必要最低限の情報を与えておくべきではないでしょうか。「エーッ」という驚きだけではなく、「ああ、そういうことだったのか」と頷けて余韻が残るような情報が不足していたように思います。わたくし的には、衝撃がただ単に衝撃のままで終わってしまったのが残念でした。

しかし、伊勢谷監督のセンスが感じられる映像や個性的なキャストが見応えありで、音楽も素敵でした。

(2012.2.18 テアトル梅田・1)






蜂蜜


子供の心 / ★★★★


ずっと見逃していた作品が近所の映画館に来たので、これを逃してはあとがないと観に行きました。実は見逃していたというよりも、敬遠していたふしもあったのですが、実際に観てみると、とても心に響く作品でした。

帰らぬ父親を待つ少年と母親を描いた作品。余分な説明や起承転結もなく淡々とした描写が続きますが、それがとても繊細で引き込まれてしまいます。ちょっと文学作品を読んでいるような感触もありました。「船」、「白いリボン」、「ミルク」といったタイトルの掌編が連なり、全体として「父の思い出」と名付けられるような短編連作集、主題は子供の心です。

ささいな出来事から伝わる子供の気持ちが切なかったり、愛おしかったり、主役の少年の自然な表情もあいまって魅了されました。その少年だけではなく、学校の授業での級友たちの表情にも魅せられます。

陰影の濃い森の風景や鳥の鳴き声など、静謐な映像は心の表面ではなく深層に訴えかけるようでもあり、鑑賞後に自分自身の記憶を喚起されたりしました。同じような出来事ではないのですが、何となく子供の頃の思い出が浮かんで来たりしました。

(2012.2.15 宝塚シネピピア・2)






東京プレイボーイクラブ


東京浮き草群像 / ★★★★


山椒は小粒でピリリと辛い系の映画でした。近頃流行りの感動や泣かせとは無縁の東京ノワール、ちょっと和製タランティーノと呼びたいような個性的な作品だったのです。

場末の歓楽街でチンケなサロンを営む光石研のもとに、昔ヤンチャやってた頃の連れである大森南朋が転がり込んできたせいで・・・・。つましいけれどもそれなりにやりすごしていた光石の暮らしが、転がって転がってカオスに・・・・。そのストーリーや語り口も見応え充分、時に挿まれるヴァイオレンスやユーモアも効果的でした。

もうひとりの主役がヒロインの臼田あさ美。さりげなく登場するので脇役かと思っていたら、だんだん存在感を増してくる彼女がなかなかに魅惑的。田舎を飛び出し、東京でサロンのボーイ(淵上泰史)と同棲している彼女、まるで都会という不思議の国に迷い込んだアリスのような風情(年齢は21歳ですが・・・・)。彼女絡みのシーンが心に残ります。突然の抒情がもたらされるプラスチックのコマのシーンとか・・・・。

いちばん心を捉えられたのは、大森南朋と臼田あさ美の車中での会話シーン。大森南朋を捉えた画面では車外に併走する電車がぼんやり写り、臼田あさ美を捉えた画面では街灯の少ない暗い道が画面の奥に続いているといった、都会の夜の寂寥感。臼田あさ美が語る心情などに、みんな浮き草やねんなあ、と胸の奥がかすかに痛くなるような・・・・。

グダグダのガールズトークでヒマをつぶしているサロンの女の子や、地元の顔役の松竹梅三兄弟(末弟が金髪の三浦貴大で意表を突かれた)など、脇役陣も個性的で面白いです。オープニングの淵上泰史と森岡龍の会話が可笑しくて思わず作品に引き込まれたのですが、淵上泰史、気のいいニイチャンやねんけど、ちっょとヌケてる・・・・(笑)。光石研も必死こいてるわりにはマヌケだったり・・・・(笑)。まあ、それが人間やんか、と苦笑いしながら頷いてしまう人間喜劇でもありました。

(2012.2.7 梅田ガーデンシネマ・2)






ロボジー


相性が悪い / ★★★


決してつまらなかったというわけではないのですが、矢口監督との相性の悪さを再認識する結果になりました。『ウォーターボーイズ』は楽しめたのですが、世間の絶賛には疑問を覚え、『スウィングガールズ』は見事に楽しめなかったのです。で、『ハッピーフライト』は何となく見逃したものの、それほど痛痒は覚えずといったところだったのですが、本作にはひいきの濱田岳クンが出ているもので・・・・。けれども、やはり矢口監督とは笑いの感覚が微妙にズレているようで、あまりノレませんでした。残念。

ただ、大学での「皆さんはどう思いますか?」という質問返しに、正解を導き出すために、学生たちが大騒ぎを演じるところはすごく楽しかったです。ああいう世界があるのですね。もっと遅くに生まれて、ああいう場所に参加したかったなあ。ただし現実は、理科系は全然弱いので絶対無理。どちらかというとコスプレ大会に混じっていそうな私です(笑)。

PS 矢口作品では、昭和歌謡をモチーフにしたオムニバス映画『歌謡曲だよ、人生は』の中の『逢いたくて逢いたくて』が好きでした。由紀さおりが世界で認められたということで、歌謡曲ブームが来るらしいので、『歌謡曲だよ、人生は』の第二弾を作ればいいのに。「黄昏のビギン」(私のいちばん好きな楽曲)を入れればなおよしです。

(2012.1.31 TOHOシネマズ伊丹・6)








ALWAYS 三丁目の夕日'64


ご町内ファンタジー / ★★★★


須賀健太クンが大きくなってビックリ。その淳之介と六ちゃんの「旅立ちの歌」、気持ちよく泣かせていただきました。

一作目は好きだったのですが、続編は要らないんじゃないと、終了間際に義務感で観た二作目はそれほど印象に残っていないのですが、あれから五年、また新鮮な気持ちで、おなじみの面々のおなじみのエピソードが楽しめました。

鈴木オートの瞬間湯沸かし器ぶりも、茶川さんの負け惜しみまじりの屁理屈も、タバコ屋のお節介も、笑える範囲内におさめたご町内ファンタジー(何ぼ昭和でも、現実はそうは行かんやろ)、安心して思う存分笑って泣ける作品でした。そして基調となっている温かさがやはり心地よいのです。

一作目でも開巻のゴム飛行機で泣いてしまったのですが、今回もまたまたゴム飛行機から涙。シリーズも回を重ねると、繰り返しがさらに楽しみを倍化します。さらに味付けは東京オリンピック。あの頃、すでに物心ついていた私には懐かしいアイテムが満載でした。もたいさんと東京五輪音頭が似合いすぎ、「シェー」を真似る薬師丸ひろ子も似合いすぎなどなど、細かいところでもニコニコ。ただ、エレキ・ブームはもう少しあとだったような気が・・・・(東京と大阪の差かな)。

PS 染谷将太の勤労青年に和みました。こういう役も似合うんだと、ちょっと感心しました。

(2012.1.26 TOHOシネマズ伊丹・4)






裸の島


海と空と人間と / ★★★★


新藤兼人の1960年の作品。水を運ぶシーンが『一枚のハガキ』で引用されているということで、機会があれば観たいと思っていたところ、ちょうど近場のホールで上映会があり鑑賞しました。

瀬戸内海の小島に暮らす農民一家の生活をセリフなしで描いた作品。確かに水を運ぶシーンが重要な役割を担っています。小さな島には川も井戸もなく、他の島に一日に何度も、船で水を汲みに行くのです。耕して天に到る畑、乾いた土地、毎日の果てしない労働の繰り返しが、リズム感のある編集で綴られます。

人間を取り巻く自然の美しさや四季の移ろい、林光の心地よい音楽もあいまって、過酷な人間の営みが一篇の映像詩のようにも思われました。同時に、数少ないエピソードから生きることの喜怒哀楽もしっかりと伝わってくる作品でした。

(2012.1.22 川西市みつなかホール)






ヒミズ


鬱少年と躁少女の青春物語 / ★★★★☆


ヴェネチア映画祭で新人俳優賞をW受賞というのは去年の夏のニュースでしたね。染谷将太は最近大注目の俳優さんで、そのニュース映像に接した日曜の朝、とても心が躍りました。しかし、二階堂ふみって観たことないし、染谷クンのオマケでもらったんじゃないのなんて、当時は冷たく考えていたのですが、私の認識不足でした。とにかく、主演のこのふたりが素晴らしいのです。

普通であることを望んでいるのに、家庭の崩壊から普通ではいられない少年少女の痛みと哀しみ・・・・。少年を支えているのは周囲の人間に対する関係性のようなもの。少女を支えているのはその少年に対する恋心。ふたりの存在感がただものではありません。負のエネルギーが内へと向かう染谷将太の屈折した青春。そして、負のエネルギーを躁のエネルギーへと変換し、身内から放つ二階堂ふみのエキセントリックな可愛さ。そのベクトルの違いは男女差に由来するのでしょうか。恋から愛を経て他者を包み込む温かさを獲得する少女の成長に心打たれます。

ただ、手持ちカメラの揺れが苦手で気分が悪くなってきたせいもあり、オマケ人生の部分はちょっと長いように感じました。けれども、住田の行く末が気がかりで画面から目が離せません。そして終盤の光に魅せられるのでした。抽象的な希望という光はもちろんのこと、映像として捉えられる夕刻の光、電燈の光・・・・。蝋燭の灯りは若干ベタな感じもしましたが、痛切で哀切でまだ幼い、このふたりにはぴったりだったと思います。

舞台を震災後に設定したことにも違和感は感じませんでした。傷ついた住田と茶沢のような存在を持てなかった無数の住田たち、そして傷ついた大地に送られるエールに胸が熱くなるのでした。

(2012.1.16 TOHOシネマズ西宮OS・9)






月光ノ仮面


勝手に妄想 / ★★★


板尾創路の二作目、雰囲気たっぷりの予告編に魅かれて鑑賞しましたが、前作ほどにはストンと胸に落ちませんでした。落語の素養がないもので「粗忽長屋」といわれても・・・・。ただ絵としての面白さもあり、訳が分からないのでさらに集中するという具合で、けっこう引き込まれました。

好きに解釈してもよいらしいので、わたくしめの解釈をば(笑)。本作は何と、板尾創路と浅野忠信の男同士のラブストーリーなのです。鑑賞後に頭に浮かんだのが雨月物語の死んだ人間が会いにくるという話。戦場という極限の状況の中で寝食を共にした男たちの、死してなお分かち難い絆を描いているのではないかと思うのですが、昨日、散歩している時にふと頭に浮かんだ妄想で、まだ詳しくは検証しておりません(検証するつもりもなかったりして、笑)。

しかし、ドクター中松とか太った女郎さんとか、思わせぶりな描写が多くて、正直、意味分からん。確実なことは、いちばん楽しんだのは板尾さんということですかね(笑)。

(2012.1.14 MOVIXココエあまがさき・9)






哀しき獣 THE YELLOW SEA


獣ばかり / ★★★☆


『チェイサー』が面白かったナ・ホンジンの新作は、消息不明の妻を探すため、代理殺人を請け負って中国から韓国へ密入国した朝鮮族の男を描いた社会派アクション。中国の朝鮮族は合法も不法も含めて韓国へ金を稼ぎに行くという題材が興味深く、なかなか見応えがあったのですが、不満もなきにしもあらずでした。

四章仕立て。主人公の境遇から密入国、殺人を経て逃亡する過程を描いた一章と二章は細部の描写の面白さもあいまってすっかり引き込まれました。異郷の地で生き残るために闘う主人公、ちょっと『エッセンシャル・キリング』を思い出したりしましたが、かなり観念的だった『エッセンシャル・キリング』と異なり、主人公の息遣いさえ聞こえてくるようなリアルさ、思わず主人公に共感してしまいます。

問題は第三章。前作よりさらに過激な暴力描写(斧か鉈か、とにかくやめて)と派手なカーアクションにちょっと辟易。前作のヒットで予算が大きくなったのか、これでもかという物量作戦でかえって大味になったような・・・・。しぶとい奴(主人公グナム) vs しぶとい奴(殺人を依頼したミョン)の追跡劇はなかなか魅せるので、そのあたりが少し残念でした(ミョンの粗暴さにも過剰の感ありですが)。

中国と韓国と舞台も広く、下部組織も含めた複数のグループが入り乱れ、登場人物が多くて話も複雑なのですが、それが一本の流れとなる終盤は快感。しかし、とどのつまりは色と欲というあたりは単純明快すぎて、不可解な心の闇を描いた『チェイサー』の方が、わたくし的には高評価でした。

PS 『チェイサー』にも間抜けな男がひとり出てきて和みましたが、本作にもひとりそんな奴が。名前は忘れましたが、バス会社社長の片腕。片腕とは名ばかりの使えない男(笑)。ミョンと社長とコイツの電話シーンは、嵐の前の和みポイントでした。

(2012.1.10 TOHOシネマズ西宮OS・6)





星取表点数

★★★★☆90点 大満足(年間ベストテンに入れる)。
★★★★80点 満足(年間ベストテンに入れるかも)。
★★★☆70点 ほぼ満足(年間ベストテンに入れない)。
★★★60点 悪くないけど、ちょっと気になるところがある。
★★☆50点 悪くないけど、かなり気になるところがある。
★★40点以下 好みに合わなかった(基本的には採点しない)。




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