Vivien's CINEMA graffiti 9




牛の鈴音


黙々と。 / ★★★★


農業を営む老夫婦と、長年畑を耕してきた老牛を捉えた韓国のドキュメンタリー。

牛を家族のように大事にしている夫と、それが不満で文句ばかり言っている妻。その文句を「柳に風」と受け流す夫の様子が面白い。家では全然しゃべらないので、無口なのかと思っていると、村の会合などではかなり雄弁だったりする(笑)。最初はうるさい婆ちゃんやなあと思えた妻も、夫への愛情が感じられてくると、可愛く思えたりもして(笑)、長年連れ添っってきた夫婦の風情に何ともいえない味わいが感じられます。

牛さんがまたとても気立てがよいのです。その牛の死後に備えて、新たに若い牛が連れて来られるのですが、そちらは気性が荒く老牛に意地悪するのですが、別に怒るでもなく「柳に風」と受け流すところは爺さんと似ている。そうか、似たもの同士で相通じるるものがあったんだねとニッコリしました。

足の不自由な夫は、文字通り地面に這いつくばるようにして働き、口うるさい妻も休みなく働くその毎日。牛さんも黙々と人を運び荷物を運んで四十年。その三者を淡々と捉えた画面から生きることの意味が伝わってきます。終盤、冬に備えて高く積まれた薪、地面に置かれた鼻輪に思わず涙があふれました。

PS 老夫婦のつましい生活に、昔、田舎で過ごした夏休みを思い出したりもしました。NHKラジオの「昼のいこい」を聞きながら食べる昼食のおかずは胡瓜もみと塩昆布といった感じ。フジッ子を見たり「昼のいこい」のテーマ音楽を聴くと、ちょっとあの頃にタイムスリップします。

(2009.12.29 第七藝術劇場)






パンドラの匣


新しい時代の新しい男(微笑) / ★★★★


観ている間、心地よさに満たされていました。リズミカルな台詞の響きや登場人物の表情に、何だかうっとりしてしまうのです。そしてラスト、作品の基調となっていた、希望へと向かう明るさがはっきりと姿を現し、温かい印象が残ります。

太宰治の原作は未読だったのですが、鑑賞後にすぐ読みました。窪塚洋介の演じるつくしの設定を大幅に変え、他の登場人物にも若干の変更を加えていますが、ほぼ原作に忠実なストーリー。「やっとるか」「やっとるぞ」「がんばれよ」「ようしきた」という挨拶言葉もかっぽれの梅干事件も原作そのままなんですね。

終戦直後の結核サナトリウム(健康道場の描写も面白い)という、世間から隔絶された空間で展開される青春劇。死と隣りあわせではあるけれども、新しい時代の新しい男たらんとする主人公のひばりにとっては、不意にもたらされた休暇のような時間。日々のささやかな出来事の中に、患者たちとの親密な交わりや看護婦への恋心が軽妙に描き出され、清新で愛らしい青春映画になっています。

ひばりを演じる染谷将太、最初は「この中学生みたいな子が主役!?」と思ったのですが、戦時中の余計者意識から解放された反動で、ちょっと粋がっている若者を生き生きと体現、今思い出しても頬がゆるんでしまいます。窪塚洋介、仲里依紗、川上未映子も抜群の存在感、四者四様の表情が魅惑的で多用されるクローズアップが効果的でした。

川上未映子の大阪弁はもちろん完璧。それがとても気持ちよかったことを特筆しておきます。映画の中で大阪弁もどき(似て非なる=全然違う)を聞かされることほどゲンナリすることはないので・・・・(笑)。

(2009.12.8 シネリーブル神戸・1)






イングロリアス・バスターズ


言語、映画、映画館 / ★★★★☆


往年のスパイ映画やレジスタンス映画を、カラーのシネスコで再現したような本作、クラシカルな味わいが意外や大人の映画。『キル・ビル』のようなガキっぽい作品が好みの私は戸惑ったりもしたのですが、映画と映画館がモチーフになっているあたり、やはり愛さずにはいられません。

さらに言語ネタを駆使した脚本が絶妙です。「ちょっと待った!」と奥の間から現われる男、はたまたビックリ仰天の流暢なイタリア語などに、いやが上でも高まる緊張感。それが一気に爆発する第5章にはワクワク、観終わってみれば、やはり楽しいタラワールドなのでした。

カンヌ男優賞のクリストフ・ヴァルツを筆頭に俳優陣の演技も楽しめます。女優陣もとても綺麗。敵味方入り乱れての群像劇、出演者の多彩な顔も見物です。「謹んでお断り申し上げる」ドイツ兵など、脇役まで印象的に撮られていて、さながら顔面展覧会といった様相(個人的にはゲッベルスがお気に入り)。バスターズの面々のいかにもユダヤ人ぽい顔も、もっとじっくり見たかったなあ。クリストフ・ヴァルツは「NHK週刊こどもニュース」の二代目お父さんに似ているような。佐田啓二も少し入っているかな。

第3章の男女の出会いはラブストーリーに発展してもおかしくないシーン。若く美しい映画館主と映画ファンの一兵卒、平時なら恋に落ちたかもしれない二人の結末に涙・・・・。音楽も甘美なあのシーン、陶然となるほど美しく本作の白眉でした。

(2009.11.24 TOHOシネマズ伊丹・4)




Ennio Morricone - Un Amico




アンナと過ごした4日間


異常純愛 / ★★★★☆


片思いが嵩じて、世間一般の尺度からは変態や犯罪とみなされる行為に走る主人公。それが女性だったら気持ち悪いけれど、男性だったらロマンチックだと思えるのは、私が女だからでしょうか。それとも、私の中の男性的な部分が共感するのでしょうか。過去にも、『仕立て屋の恋』や『愛に関する短いフィルム』など、同様のテーマを扱った作品に心ひかれるものがありました。内容を知らずに観た本作も、病院で働く男がアンナという看護師に思いを募らせ、夜ごと彼女の部屋に忍び込むというストーリー。

ストーリーはシンプルですが、語り口は少し複雑です。3つのパートがモザイクのように嵌め込まれて展開され、また説明も極力省かれているので、戸惑いながらもスクリーンに集中してしまいます。で、観終わった時にはちょっと哀しい気分。観に行った日がちょうど冬の訪れを思わせる天候で(雲が垂れ込めた寒い一日、ただし空気は澄んでいたようで、いつもはブルーグレイに霞んでいる六甲山が、阪急電車の車窓から黄葉も鮮やかに見えていました)、なおさら募る寂寥感。しかし日が経つにつれ、彼が彼女の部屋で過ごした時間や、幾分滑稽ではあるけれど優しさに満ちたその振る舞いが思い出され、何だか心の中が温かくなったりもするのです。

不幸な生い立ちで学問もなく、他人とのコミュニケーションも満足に取れない男に、僥倖のようにもたらされた至福の時間。そして、実は彼の心の底に存在していた純粋さが忘れられない印象を残すのです。

犯される性と犯す性、見られる性と見る性、そんなエロチックな関係性を描きながらも、そこから立ち現われる詩的で美しいイメージに魅了される一作。まるで中世の絵画のような映像も魅惑的でした

(2009.11.18 第七藝術劇場)






SOUL RED 松田優作


素敵なゲームをありがとう / ★★★★


1989年は振り返ってみれば激動の一年。1月の昭和天皇崩御に始まり、6月には天安門事件、11月にはベルリンの壁崩壊。しかしわたくし的には、『ブラック・レイン』公開中に松田優作が急逝した衝撃があまりにも大きく、その後のベルリンの壁崩壊も頭の中を素通りしてしまいました。

本作はその『ブラック・レイン』をオープニングとして、それ以外の出演作品を製作順に紹介しながら、ゲストのインタビューを挿入するという、俳優・松田優作に焦点を絞ったドキュメンタリー。映像と言葉での松田優作という俳優の追体験、とても興味深く拝見しました。

アクションスター松田優作に思い入れの深い私としましては、前半の映像が懐かしく、また心躍るものでした。時あたかも映画が斜陽になりかけた頃、遊戯シリーズの第一作『最も危険な遊戯』の名セリフ「素敵なゲームをありがとう」は、そんな状況の中で思い通りの映画を完成できたことも意味しているという、製作者の黒澤満の話にはちょっと感動。遊戯シリーズは優作さんの走る姿が印象に残るB級アクションの快作、私も大好きでした。夜は酒場でブルースを歌うしがない私立探偵が主人公の和製ハードボイルド『ヨコハマBJブルース』は歌うシーンがたくさんあって、これも大のお気に入り。

演技派と呼ばれるようになった後半は、実はあまり好きな作品がないのですが、例外的に好きだった『探偵物語』から、薬師丸ひろ子が「ずっとひとりで淋しかった」と迫るシーンと空港でのシーン、優作さん自身が監督した『ア・ホーマンス』から石橋凌の食事シーンがピックアップされていて感激でした。

アクションスター松田優作と演技派松田優作の魅力が一体となって炸裂したのが『ブラック・レイン』。舞台の大阪がまるで別世界のようになっていたことにも驚いた一作で、もちろん1989年のベストワンに選びました。しかしその後、結末が二種類用意されていて、試写会の反応を見てラストを決めたという話を聞いて、「何じゃ、そりゃ」とガッカリした記憶があります。その辺りからハリウッド映画に疑問を持ち始めたのかもしれません(というのは余談)。

カメラマンや惹句師(惹句は宣伝コピーのこと)などスタッフも含めたゲストの話からは、優作さんの人柄なども伝わり思わずしみじみ。俳優さんの話では仲村トオルのファン目線に思わず微笑、香川照之の「父性」という言葉も心に残ります。ご子息ふたりの、身内としてストレートに称揚はできないけれど、それでもおのずと滲み出る敬慕の念も心に響きました。

遊び心満載の画期的なTVドラマだった『探偵物語』が、最初は日本テレビに怒られたという裏話も面白かったですね。もちろん視聴率がよかったので結果オーライ。白いベスパと工藤ちゃんライターが懐かしい。しかしゲストだった水谷豊よりはレギュラーの成田三樹夫を登場させてほしかったなと、最後に一言苦言です。

(2009.11.11 梅田ピカデリー・4)






母なる証明


忘却のダンス / ★★★★☆


ギドク風のオープニングに意表をつかれ、そこから一気に引き込まれました。真相が明かされてからは、一体どんな結末が?、と思っていたら、「なるほど!」と唸るラストで、まずその構成が見事です。

女子高生殺しの罪を着せられた息子のために、真犯人を捜して奮闘する母親。その表層の物語の下から、その女子高生はなぜ死ぬことになったのか、というもうひとつの物語が浮かび上がってくる重層的な構造がまた見事でした。

次第に明らかになる小さな田舎町の様相。誰もが顔見知りのようなコミュニティーの暗部。事件の関係者がそのコミュニティーから多かれ少なかれ疎外された者ばかりというところに、ポン・ジュノの社会に向ける視線が感じられ、上流人士の下劣さや杜撰な捜査で冤罪を生み出す警察などの描写も怠りません。

クローズアップの多用、あるいは遠景にポツンと人間を捉えた構図など、映像も魅惑的。俳優陣も好演でとても見応えのある一作。視線ひとつでサスペンスを生み出すキム・ヘジャが圧巻、その演技に釘付けでした。ウォンビンも小鹿のような目で役になりきり、やはり目が離せません。あと友人ジンテ(犯罪捜査マニアという設定が笑える成宮寛貴似のイケメン)のちょっと得体の知れない感じや、儚げな女子高生など脇役陣も充実。

周到に準備された伏線、練り上げられた脚本、韓国映画らしいユーモアも健在で実に面白い映画。でも面白いだけでは終わりません。狂気をはらんだ母性、多様な解釈を許すラストなど、人それぞれで見方が変わると思いますが、私は「哀しみ」が胸に迫り涙があふれました。この怖くて悲しい母の物語に少なからず共感していたようです。

共感の素:母と息子の過去のエピソード。母が他者のために流す涙もまた母親としての涙であったこと。

(2009.11.3 MOVIXココエあまがさき・4)






カムイ外伝


お目当ては松山ケンイチ / ★★★


あまりの不評に鑑賞意欲をなくしていたのですが、松ケン見るだけでもいいやと、滑り込みで観ました。期待度が低かったせいか、意外と楽しめたのですが、CGの多用にはやはりガッカリ。海の青も空の青もいかにも不自然だし、アニメみたいな鮫には興ザメ。

しかし、それ以外はそれほど悪くなかったと思います。南国の美しい陽光の中で展開される後半、その明るさと対比されるカムイの孤独が胸に染みました。松山ケンイチは期待通りの好演、カムイになりきって走る姿にシビレました(見逃さなくてよかった)。TVドラマ『セクシーボイスアンドロボ』(大好きだった)でコンビだった、大後寿々花との恋も微笑ましくて好感大。そういえば、水中シーンは迫力ありました。

原作の世界観で今風のアクション映画を作ろうとして、それが裏目に出た感じでしょうか。確かに当初の予想とは距離のある作品でした。

(2009.11.1 MOVIXココエあまがさき・3)






クリーン


麻薬中毒者の再生 / ★★★☆


お酒も飲めない体質の、きわめてクリーンな私としましては、薬物依存の話というのはあまり好みません。それでも例外的に好きだったのがアレックス・コックスの『シド・アンド・ナンシー』(冒頭のワンシーン、川越しに工場地帯を捉えたシーンで思い出したんです。似たシーンがあったので)。ジャンキーの主人公を現実世界に適応できない子供たちという風に、少しファンタジックに撮っているところが好みだったのですが、ミュージシャンの夫を麻薬のオーバードーズで亡くし、自身も麻薬中毒の女が主人公の本作はきわめてリアル、正直、観終わった時には疲労感を覚えました。

しかし、カンヌ主演女優賞のマギー・チャンが素晴らしく、夫の両親や自分の親族、さらには音楽やテレビの業界人といった多彩な登場人物が織り成す人間ドラマは見応えがあります。

見る人によって変わる主人公の人間像、それが明らかにする彼女の生き方や、本当の自分を見つけられずにもがく主人公自身の苦闘が、時に痛いほど胸を突きます。

義母の憎しみにも共感しつつ、義父(ニック・ノルティが素敵)の男としての優しさと客観性が胸に染み、主人公の息子への想いが立ち直る契機になるところには素直に感動しました。

(2009.10.28 シネマート心斎橋・2)






私は猫ストーカー


味わい深い街、人、猫 / ★★★☆


古本屋でバイトしながらイラストの仕事もしている主人公ハルの日常生活を、ゆったりペースで描いたほっこりシネマ。無類の猫好きのハルは、街猫を写真に撮るのが趣味で、ヒマがあれば街をぶらついているという設定が楽しく(私も猫好き)、その舞台になる東京の下町あたり、とても風情があり和めます(ロケ地めぐりがしたいな)。古本屋の主人夫婦など、登場人物もその街に似合うちょっと昔風の人ばかりと、昭和テイストの感じられる心地よい作品でした。

最初のうち、露出過多ぎみの映像が気になったのですが、もちろんわざとやっているんでしょうね。Y字路の大きな木の根元で、ハルと自称僧侶が休むシーンは面白い効果をあげていました。

猫ストーカー指南も楽しくてニコニコ。

(2009.10.28 シネマート心斎橋・2)






ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ


全てを包みこむ光 / ★★★★☆


「これは泣ける喜劇か、笑える悲劇か」(『なくもんか』の宣伝コピーですが、拝借御免)、悲劇を喜劇に転化するような、何もかもを包み込む佐知の女性性に、ただただ感歎、鑑賞後に頭に浮かんだのがこの言葉です。性格的に男性度が強い私としては、憧れるというよりは、もう降参という感じでした。

その分、大谷には少なからず共感。確実に死ぬための細工が、幸か不幸か、生きるためのよすがになって、もがき苦しむ男の姿に、ああ、これが人間なのだと涙がこぼれます。

そんな無様さは悲劇でもあり喜劇でもあり・・・・。哀しくも愛おしい人間のありようを絶妙に描いた脚本と端正な演出、キャストの好演もあいまって、とても見応えのある一作でした。

松たか子が圧倒的に素晴らしく、出演シーンが少ない広末涼子も強い印象を残します。浅野忠信と妻夫木聡が見せる、趣きの異なる男の可愛さにはニッコリ。脇を締める伊武雅刀と室井滋の温かい人間味も心に残ります。いたいけな子役さんにも目を奪われました。

種田陽平の美術も特筆もの。遊び心あふれる『空気人形』も楽しかったのですが、それとは全く雰囲気の異なる戦後の風景、何だか懐かしいような気持ちで見入ってしまいました。

(2009.10.22 TOHOシネマズ伊丹・8)






プール


プールサイドは此岸 / ★★★★


ストーリー性は希薄、説明も極力省かれているということで、賛否両論のようですが、言葉では表現しがたいような、かすかな心の動きや感情を、セリフによる説明なしに描こうとした意欲作、わたくし的にはとても面白かったです。すれ違ったり、寄り添ったり、登場人物のそれぞれの想いに何度か涙がにじみました。

主題は「さよの心」、かたくなだった心がほどけて行くそのさまが繊細に綴られます。その背景となるあのプールサイドはさながらひとつの世界(この世)のよう。何らかの縁に導かれてそこに集った五人(プラス犬猫、その他)のゆるやかな絆や距離感が何とも心地よかったのです。仄かな灯りのように、天上の彼岸へと舞い上がるその時まで、そこで人々は歌い、笑い・・・・。

自然光を捉えた撮影にも心魅かれました。特に印象に残ったのが歌の場面。カメラがゆるやかに横移動し、水面のきらめきがかすかに表情を変えるシーンにうっとり。買い物をする加瀬クンを柔らかい光が包んでいる市場のシーンでは、侯孝賢の『悲情城市』の、ヒロインの寛美さんが青菜を買う一場面を思い出したりしました。

(2009.10.19 梅田ガーデンシネマ・1)






カイジ〜人生逆転ゲーム〜


お目当ては藤原竜也 / ★★★☆


普通なら観ないタイプの映画。藤原クン目当てで観に行ったのですが、俳優陣の熱演でけっこう楽しめました。漫画そのままのストーリーにマンガチックな演技、これはこれでありかなあ、って感じ(原作は未読です)。

藤原竜也はアクションもできる人なので、そういう見せ場がなかったのはちょっと残念ですが、「根はいい人」という感じが見ていて気持ちよかったです。友情出演の松山ケンイチも予想より出演シーンが長くて、TVドラマ『銭ゲバ』を連想させる「陰の松山」と「陽の藤原」の共演シーンが楽しめました。

香川照之の怪演は期待通りで面白かったです。光石研が出ていることは知らなかったのですが、いつも通りいい味を出していて、あのオッサンに泣かされました。

(2009.10.15 TOHOシネマズ伊丹・1)






空気人形


硬質でリリカルな映像詩 / ★★★★★


可愛らしさや優しさとともに切なさや痛みも詰まった大人のためのお伽話。是枝作品にしては珍しくエロチックなところや残酷なところもありますが、そこも含めて魅了されました。

心を持ってしまった空気人形、演じるペ・ドゥナが素晴らしいです。裸体を見せることも厭わずに、生まれたばかりの心が感じる歓びと哀しみを生き生きと体現、前半はその一挙手一投足に頬がゆるみ、後半ではその痛みに涙があふれました。

現代の反映ともとれる、空気人形が出会う孤独な人々。しかし、人は元来孤独であると考えるならば、それはいつの世にも普遍な姿なのかもしれません。そんな人々の間を吹き抜けてゆく風に、生きるということの輝きがこめられていたような・・・・。

光の当て方で色が変わる硝子瓶のように、東京の街から詩情をすくいとる撮影が秀逸です。雨に濡れたファーストシーンから心奪われ、夕刻の青い情景には思わず涙が。侯孝賢作品でおなじみの李賓屏と是枝監督のコラボレーションが生み出した一篇の映像詩。

豪華な俳優陣も好演、美術や衣裳や音楽も素敵で、空気人形の布袋に集められた宝物のように、この映画の中には私の好きなものがいっぱい詰まっていました。

(2009.10.6 TOHOシネマズ西宮OS・9)






リミッツ・オブ・コントロール


正調オフビート / ★★★☆


思わせぶりな描写が延々と繰り返され、ラストもアンチクライマックス、分るヤツだけついて来いといった感じの超クールなジャームッシュ作品。前作『ブロークン・フラワーズ』は少し成熟した感じで共感できたのですが、また昔に戻ったような正調オフビート、ここまでオフだとちょっとついて行けませんでした。

でも、つまらなかったというわけではなくて、何とも心地よい作品。街角をぶらついたり、美術館で絵を見たり、カフェでくつろいだりする主人公に、自分も旅しているような感覚。また、魅惑的な映像には夢の中にいるような浮遊感があり、あまりに心地よくて、後半ちょっと記憶が飛んでいます(笑)。

豪華なキャストの特に女優陣が印象に残ります。ティルダ・スウィントンのトレンチ風コート、工藤夕貴の黒地に白の水玉のスーツなど、お洒落な衣裳もぴったりでとても素敵でした。主人公のシルクのスーツ(色違いが三組!)とメガネのおねえさんのビニールのレインコートにも注目。ビニールごしの・・・に、何だかうっとりしてしまいました。

孤独な男がスペインをさすらうというストーリーで思い出すのは処女作、孤独な少年がただニューヨークの街をさまようというだけの『パーマネント・バケーション』。三十年たってもジャームッシュはジャームッシュなのに、私は年令を重ねて変わってしまったのでしょうか(『パーマネント・バケーション』は大好きだったのに)。

(2009.9.20 シネマート心斎橋・1)






しんぼる


想定の範囲内 / ★★★☆


『大日本人』にはちょっと感動したという少数派。本サイトにもレビューを投稿しましたが、その結びに「次回作、もちろん観に行きますよ」と書いてしまったんですよね。

パジャマを着た男とチ○コ状の突起、どう見てもワンアイディアの学生映画みたい。気は進まなかったのですが、明言した手前、半ば義務感から観に行きました。その予想は当らずとも遠からずだったのですが、基本的に笑える映画は好きなので普通に楽しめました。で、笑っているうちに「修行=人生」なのかなと思ったりして、松本人志を笑いながら、実は自分自身を笑っていたんだなと・・・・。

妄想の中の自分はイケメンだったり、小さな発見に狂喜したり、人間って可愛いなあ、なんて思ったりもしましたが、普通の人はドアを開けられずに終わってしまうわけで、後半こそがキモのはず。しかし、わりと安易な展開だったのが惜しまれます。

小じんまりとまとまって、全体的に想定の範囲内って感じでしょうか(想定していたわけではないですが)。あっ、でも「天使の部屋」には鳥肌が立ちそうになりました。あそこは大好き!

あるのかないのか次回作、とりあえず「観に行く」と明言するのはやめておきます(笑)。

(2009.9.23 TOHOシネマズ伊丹・6)






九月に降る風


アイドルは飯島愛 / ★★★★


1996年から1997年まで、同じ高校に通う悪ガキグループの青春の日々を描く台湾映画。青春真っ只中の彼らのアイドルは飯島愛(合掌)、そして台湾野球のスーパースター寥敏雄。寥敏雄は野球賭博との関わりを問われ球界から追放されるのですが、その過程に重ねて、青春の時間を共にした仲間がバラバラになって行くさまが綴られます。

前半は、校舎の屋上で煙草を吸ったり、夜のプールに忍び込んだり、その悪ガキぶりが描かれ甘酸っぱい気持に。一年生から三年生まで年齢が異なる七人は、三年生の希彦を中心に結束していたのですが、ある事件をきっかけにその絆が崩れて行きます。そこで露わになるそれぞれの性格や感情、観ているだけの私もさまざまな想いを喚起され涙々に・・・・。

ネット上で、台湾ニューウェイブを代表する楊徳昌の『クーリン街少年殺人事件』に言及している感想をいくつか目にしましたが、『クーリン街少年殺人事件』は身も心も持って行かれるような大傑作、比較するのは過大評価だと思いますが、本作も後半では心を完全に持って行かれてしまいます。

そんな痛みや喪失感に満ちた作品、しかし誇張や衒いとは無縁の自然体の語り口と瑞々しい映像が好印象、若いキャストの清新な演技も心に残ります。いちばん年下の志昇がジャニーズばりの美少年で思わず注目したのですが、台湾では実際にアイドルとのこと。いちばん好きだったのは二年生の曜行、留年したので実は最年長という役柄。彼の見せる激情に胸を揺さぶられました。

その他、製作のエリック・ツァン(香港映画界の重鎮)と蔡明亮作品の常連ルー・イーチンが特別出演で、さすがの存在感を見せてくれます(ふたりとも好きな役者さんなので、すごく得した気分)。

ポケベルやビリヤード場など懐かしいアイテムも登場しますが、MTV(個室ビデオ)で希彦とガールフレンドが観るのは、やはり台湾ニューウェイブを代表する侯賢孝の『恋恋風塵』。そういえば、ガジュマルの木の下でたむろする少年たちやビリヤード場での喧嘩などは侯監督の『童年往事 時の流れ』を彷彿とさせます。男の子って、時代が違っても同じようなことをしてるんですねえ(微笑)。

(2009.9.20 シネマート心斎橋・1)






コネクテッド


サービス精神過剰 / ★★★☆


アメリカ映画『セルラー』のリメイク。オリジナルは未見なので比較はできませんが、オリジナルを越える作品にしなければと気合い入りまくりの作品とお見受けしました。思いつく限りのアイディアやアクションは全て詰め込みましたという感じで、観終わった時にはちょっと疲労感。

てんこ盛りのアクションは確かにすごいですけど、そのひとつひとつには既視感があるのが残念。それからルイス・クー、わたくし的にはイケメンの印象が強くて、故意にヘマをやってるように見えるんですよね。また終盤のどんでん返しもちょっと蛇足感かなあ。

あと字幕の問題ですが、ヒロインは大陸出身ということで一貫して北京語を話しているのですが、それが明確には反映されていなかったですよね。ルイス・クーはその北京語を聞いて広東語で答え、ヒロインは広東語を聞いて北京語で答えているのですが、中国返還から十年が過ぎ、そういう事態もわりと普通になっているのでしょうか。このあたり興味深いです(悪役のリウ・イエも北京語で、中国語学習者の私はちょっと得した気分)。

いろいろ文句を並べましたが、携帯電話を活用したストーリーにはハラハラドキドキ、充分に楽しめました。香港映画らしい笑いも健在、特に携帯ショップのマニュアル君には大笑いでした。

(2009.9.14 テアトル梅田・2)






BALLAD 名もなき恋のうた


上出来のファミリー映画 / ★★★★


笑いあり涙あり、世代や性別によってそのポイントは異なるかもしれませんが心に響くところもあって、上出来のファミリー映画だと思います。

戦国時代といっても、若干作り物めいた印象でライト時代劇といった感じ。現代からタイムスリップした川上一族が違和感なく収まる絵作り、むしろそれが狙いだったのでしょうね。そんな中でも、戦うことの怖さをしっかりと描いているところが印象的。顔が見えない戦いにはさほど切実感がありませんが、間近に相対する接近戦の怖さ、吉武怜朗の演じる若武者の足を踏ん張る姿に胸を突かれます。

キャストは適材適所。新垣結衣は初めて観ましたが、勝気で凜としたお姫様にぴったり、表情もセリフ回しもとてもよかったです。草なぎ君は声がきれいすぎて、「鬼の井尻」というよりは「仏の井尻」という感じ。でも、だからこそお姫様に慕われるということなのでしょうね。悪くなかったと思います。

筒井道隆もはまり役、その性格がガラッと変わるところでは大笑いでした。ちょっと驚いたのは香川京子。あの役にはもったいないとも思いましたが、考えてみれば、廉姫は若い頃の香川さんにぴったりということで、オマージュ的な配役だったのでしょうか。

現代と過去のギャップも楽しめますが、お父さんがカメラで写したものには、ちょっと感動でした。

(2009.9.10 TOHOシネマズ伊丹・3)






女の子ものがたり


故郷喪失者の痛み / ★★★★


人の一生というのは、生まれ育った環境にある程度左右されるものですが、才能に恵まれた主人公は、義父の予言どおり、広い世界へ羽ばたきます。しかし、その過程で捨ててきたたもの、失ったものの大切さが、失意の時に思い出されるのです。

自分がどれだけ不幸なのか、あるいは幸せなのか、そんなことを考えもしなかった子供時代の輝き。自転車に乗って海を目指す少女たちの躍動感、小さな冒険のあと車の荷台で肩を寄せ合う三人の笑顔。失ってしまった今だからこそ、この上なく輝いて見える、かけがえのない時間の描写が何よりも胸を打ちます。

ひとりの人間に託されたさまざまな人々の想い。今はもう彼らを失ってしまったという痛み、しかし、それでもその想いはなおも存在するという事実が心に響く、切なくて愛おしい友情物語でした。

(2009.9.7 シネリーブル梅田・2)






グッド・バッド・ウィアード


荒唐無稽という快楽 / ★★★★☆


『箪笥』、『甘い人生』など、異なるジャンルに挑戦しながら常に水準以上の作品を放ち続けてきたキム・ジウンの新作は、何と西部劇。1930年代の満洲を舞台に宝の地図の争奪戦をマカロニウェスタン風味で描く、活劇精神の横溢した荒唐無稽な快作にワクワク。

主演の三人は韓国を代表する男優ですが、それぞれの個性が輝いています。まず心魅かれたのはイ・ビョンホン演じるバッド。まるで不良少年のような髪型がカワユクて(笑)、行っちゃってる目が魅惑的で(笑)、もう胸キュンキュン。チョン・ウソンのグッドは絵にかいたような正義漢。石田純一と中村雅俊を合わせて2で割って若くしたような、その端正な容貌は好みじゃないのですが、表情ひとつ変えないポーカーフェイスでいちいちカッコつけるところがニコニコ、だんだん愛しくなってきました。ソン・ガンホのウィアードは文字通りのヘンなヤツ、全編を通じて笑わせてくれます。

バッドの行動原理が「面子(プライド)」というのがシビレるんですけど、ウィアードのそれは「金」で単純明快、しかしグッドのそれが不可解で、いちばんヘンなのはコイツちゃうのん(笑)なんて思ったりもしましたが、その長身を生かしたアクションにほれぼれ、特にクライマックスの馬上の姿にはほとんど感動(でも内心、あんなにいちいちライフル回す必要ないやろとツッコミもいれてましたが、笑)。

と三者三様、その持ち味を存分に生かした脚本、ムチャクチャなようでなかなか巧みです。CGを使わないアクションも迫力満点、見所満載。わたくし的には、大平原を疾走する馬の群れという映像だけでも大興奮、中国でロケした景観なども含めて見応えたっぷりでした。

それにしても、ソン・ガンホが中国語を話すとは思わなかったなあ。あの闇市の場面はカメラ動きすぎ、アップ近寄りすぎでちょっと減点ですが、無国籍ごった煮風味のオリエンタルウェスタン、いかがわしくて面白いところがまるでタランティーノ(『キル・ビル』と同じ曲を使ってましたね)みたいで、いゃあ、楽しかった。

(2009.9.2 梅田ブルクセブン・3)






ポー川のひかり


ポー川の光と風 / ★★★★


「100本の釘」という原題をもつこの映画、邦題が絶妙です。「ポー川のひかり」、もうこれで全てを言い尽くした感があります。それに付け加えるとすれば、風。柔らかい光に包まれた風の吹き過ぎる光景が、何とも心地よいのです。

さらに付け加えるなら夕刻。ぼんやりと点る灯りの下で、音楽とダンスに興じる人々。人生の晩年にある者、世間から距離のある者、彼らが穏やかに交歓する光景に心癒されます。

そして、その眼下の川面を滑るように進む船。ゆっくりと移動して行くその灯りが呼び起こすのは、泣きたくなるような懐かしさ・・・・。

あわただしい日常の中で、ふと立ち止まり思索する時間を与えてくれる作品でした。

(2009.8.31 梅田ガーデンシネマ・1)






ノーボーイズ,ノークライ


裏社会の純真 / ★★★★


『チェイサー』の猟奇殺人者が強烈だったハ・ジョンウの新作ということで楽しみにしていました。共演は妻夫木聡、脚本が渡辺あや、では「監督は誰?」と興味津々で観に行きました。

日韓合作だったんですね。それも韓国側から渡辺あやにオリジナル脚本の依頼があったとかで、ちょっと悔しい話。日本でもこういう企画を立てていただきたいものです。

問題のある家族を抱えて身動きが取れず韓国人ヤクザの下働きをしている妻夫木聡と、その韓国人ヤクザに恩義があり彼のもとに韓国から密輸品を運ぶハ・ジョンウが、ある重要な荷物を巡るトラブルに巻き込まれるという異色青春映画。

『チェイサー』とは全然別人になったハ・ジョンウ、序盤ではちょっと違和感を感じたのですが、その飄々とした演技のもたらす軽みが重い物語の中で程よいアクセントになっていたと思います。

ばあちゃんは認知症、身持ちの悪い妹には父親の違う三人の息子、そのうち一人は難病を患っている・・・・、そんな家族への責任感とそこから逃れられない鬱屈のあいだで危ういバランスを保っている妻夫木聡、彼の見せる繊細な表情も大きな見所です。

その主演ふたりの演技に見惚れながら、ヤクザの息子を演じる柄本佑の存在感に唸ったり、韓国の女優さんが見せる面白い味にもニッコリしたり、若い俳優陣が素晴らしかったですね。

裏社会に生きるふたりの男の出会いと友情、非現実的なところもある物語なのに登場人物に共感できるところは『メゾン・ド・ヒミコ』と共通したテイスト。そういえばカラオケシーンは、「また逢う日まで」のあのダンスシーンを彷彿とさせますが、鑑賞後に実はあれがクライマックスだったのかと気づく、わりと淡々とした描写。しかし、その描写の核に存在する切なさや温かさが深い余韻を残す作品でした。

PS ビックリしたのはあがた森魚。鑑賞中は「このヌメッとしたオヤジは一体誰?」と思っていたのですが、エンドロールにその名を見て・・・・。

(2009.8.26 梅田ブルクセブン・2)






3時10分、決断のとき


父の背中 / ★★★☆


久々の西部劇、男性陣でほぼ満員の場内、端っこの席が全てふさがっていて、オヤジとジジイに挟まれて観るはめに。『決断の3時10分』のリメイク。オリジナル版はTVの洋画劇場で見たことがあるような気がします。本作を観た帰り道、頭の中にヴァン・ヘフリンの顔がボーッと浮かんできました。

鉄道敷設に備えて土地の収奪を図る富裕層、主人公は借金が返せないために牧場を奪われかけており、反抗期の息子からも疎まれている。そんな惨めな境遇にある牧場主が人間の尊厳を賭けた戦いに挑むというテーマはきわめて今日的で、生き辛い世を生きるお父さんたちは共感必至、女の私でも最後は胸が熱くなりました。

牧場主を演じるクリスチャン・ベイルの神経症的な演技が秀逸です。もうひとりの主役、ならず者を演じるラッセル・クロウはタイプ的には適役でしたが、若干鈍重な感じがちょっとミスキャストだったでしょうか(好きな俳優さんなのですが)。むしろNo.2を演じたベン・フォスターのキレッぷりが印象に残りました。

興味深かったのは、中国人苦力のいる鉄道建設現場の描写。彼らの苦闘を映画化しようとしていたのが「香港の黒澤明」と称されていたキン・フー。しかし、その製作を目前にして亡くなったのが返す返すも残念です。

(2009.8.24 シネリーブル梅田・1)






人生に乾杯!


シニア版・シュガーランド急行 / ★★★★


老夫婦の強盗行脚を描く本作、銀髪のワンレングスという妻の髪型がフェイ・ダナウェイを彷彿とさせて、確かに「シニア版・ボニー&クライド」という趣き。『バニシング・ポイント』を思い出させるシーンもあったりして、この映画を作った人たちは、あの頃のアメリカ映画が好きなのでしょうか。

一台の車を追うパトカーの列、既視感のあるシーンにもう一本、1974年のスピルバーグ作品『続・激突!カージャック』を思い出しました。「養育する資格なし」と子供をお役所に取り上げられた若妻が、脱獄させた夫とともに警官を人質にとり、子供を取り返すために逃亡、一般市民やメディアを巻き込んで大騒動に・・・・というストーリーなのですが、ヒロインの子供じみた言動(ゴールディ・ホーンがチャーミング)やスピルバーグの稚気もあいまって、社会派アクションながら可愛い印象の作品になっています。邦題は無粋ですが、原題は「The Sugarland Express」。

どこか可愛い本作も、「年金では生活できなくなった老夫婦の異議申し立て」という社会派的な側面があり、この作品の影響を受けているように思います。しかし、主人公が老夫婦ということで、当然テイストは異なってきます。何かにつけ、の〜んびり、ゆ〜ったりで、巧まざるユーモアが生まれ、また今風のオフビートなコメディ風味には思わずクスクス。

登場人物も風変わりながらも憎めない人ばかりで、特にヒロインのおばあちゃんがチャーミング。顔形はちょっと違うんですけど、表情が小林聡美を思い出させて、それに気づいたとたんにグッと親近感が増しました。

人生の老境にある夫婦が、危機を前にして昔の情熱を取り戻すという物語も心に染みて、なかなか愛すべき作品でした。

(2009.8.3 梅田ガーデンシネマ・1)






築城せよ!


だんだんよくなる / ★★★☆


上方歌舞伎界のホープ片岡愛之助の主演作ということで、愛之助ファンの母のお供で観に行きました。

予備知識なしだったのですが、登場場面での愛之助はドジでノロマな猿投町役場の職員。先輩職員のふせえりにパワハラのやられ放題で、いったいどうなることやらと思っていたら、怨念を残して死んだ戦国武将の霊にとりつかれ、四日で城を建てようとする・・・・、という何とも奇想天外なストーリー。

演出もカメラも序盤は若干ギクシャク、お笑い担当のふせえりもスベリ気味、ヒロインの新人女優さんの表情も硬いしと、ちょっとハラハラしていたんですけど、物語が進むにつれて全てがよくなって行き、クライマックスでは泣かされてしまいました。

愛之助の武将ぶりはお手の物、謡いながら舞うシーンもあったりして楽しめました。ヒロインの海老瀬はなもだんだん表情が輝いてきて、最後はとっても綺麗でした。

猿投町(さなげちょう)は実在する町なんですね。ふせえりが電話で「猿が投げると書いて猿投町」と説明するシーンがありましたが、何か謂れがあるのでしょうか(うーむ、気になる)。「猿を投げると書いて猿投町」と言った方がシュールでふせえりには似合っていたかも(笑)。

実は愛知工業大学開学50周年記念事業として製作された作品だそうです。そういえば、エキストラとして学生さんらしき人がいっぱい参加していました。愛知工大の基本コンセプトは「ものづくり、人づくり、地域づくり」とのことですが、映画まで作ってしまうなんて素敵ですよね。

(2009.7.23 シネリーブル梅田・1)






ディア・ドクター


キャストが魅せる人間喜劇 / ★★★★☆


過疎の村を舞台に、善悪を割り切れない人間の本性を描こうとした本作、キャストが素晴らしいですね。八千草薫、余貴美子、井川遥という花(華)も実もある女優陣、そして男優陣には、香川照之、松重豊、瑛太と、個性も演技力もある面子が揃いすっかり魅了されました。鶴瓶師匠は演技というよりは地なのでしょうか。しかし人懐っこい笑顔とはうらはらに、哀しみを宿した目が、時に悲しく、時に胡散くさく(笑)、存在感は抜群だったと思います。

無医村、独居老人、終末医療といった、現代日本の抱える諸問題に触れて「医の本質」を問いながら、基本的には人間喜劇として、狡猾でもあり、卑小でもあり、しかし優しくもあり、温かくもあり、つまるところは愛おしい人間群像を軽やかな笑いとともに見せてくれます。

そして、多くを語らずに登場人物の人生を感じさせる脚本、特に鶴瓶の演じる伊野治の想いや半生を浮き彫りにするところが秀逸でした。

伊野治が僻地の村という環境に育てられた医師だったとすれば、研修医・相馬はそんな伊野の人となりに触れることによって医師として成長したといえるでしょうか。環境や人との関わりによって成長できる、人間の受容力に胸を打たれるところもありました。

(2009.7.20 TOHOシネマズ西宮OS・PREMIER)






ハゲタカ


男の映画−2 / ★★★★


経済とかには興味がなくてTVドラマの方も見てなかったのですが、友達がその全六回を録画したビデオを貸してくれたので、見るはめに(笑)。「(『たそがれ清兵衛』で印象的だった)田中泯も出てるよ」という言葉に釣られて見始めたら、これがとても面白かったのです。

TV版も鷲津が主役ですが、裏主役というか、真の主役は芝野でしょうか。愚直ともいえるその真面目さがとても印象に残ります。それに加えて「西野のリベンジ」や「鷲津の贖罪」といった日本的な情でドラマを牽引しながら、企業買収のABCも解説してくれるという、非常に見応えのある作品でした。

そして同時に、互いの痛みを共感することによって信頼で結ばれて行く男たちを描いた「男のドラマ」でもありました。

映画版も基本的にはTV版を踏襲していますが、信頼で結ばれた男たちの前に現われる敵は「赤いハゲタカ」。その劉一華が今回の真の主役ですよね。TV版のレギュラーだった俳優陣も魅力的でしたが(個人的には、その後の西野を見られたのがうれしかった)、劉を演じる玉山鉄二が新鮮味もあいまって魅惑的といってもいい好演。いつの間にこんなに成長したのかと、ちょっとピックリでした。

中国の社会主義市場経済という訳の分らない混沌の中で、アイデンティティーを金に売り渡した男。主筋のアカマ自動車の買収劇はTV版の復習といった感じでいく分新味を欠きますが(といいつつ、充分に面白かったのですが)、その劉一華を主役とする人間ドラマが身にしみます。彼の生き方は身につまされこそすれ、誰も笑うことなどできないのでないか。映画が終わったあと、「人間いかに生くべきか」といった感慨にも導かれる力作でした。

(2009.6.30 TOHOシネマズ西宮OS・4)






劔岳 点の記


男の映画−1 / ★★★★☆


撮影の状況を多少なりとも知っているので白紙では観られない作品。正直、ドラマ部分には気になるところもあったのですが、厳しく美しい自然を捉えた圧倒的な映像に心を奪われます。

それでも、クライマックスのあっ気なさには「あれっ!?」と思ったのですが、そのあとの怒涛の感動に、それもすぐに忘却の彼方に・・・・。ああいう展開は、分っていても泣けるという、わたくし的にはウイークポイント直撃でした。

肉体的にも過酷な現場だったと思いますが、俳優陣も大健闘。シンプルで力強い「男の映画」だったと思います。

(2009.6.26 TOHOシネマズ伊丹・5)






ガマの油


ヘンな映画−2 / ★★★☆


仏壇とガマの油でつながるあの世とこの世。本作もかなりヘンな映画でしたが、こちらのヘンさはけっこう好みでした。導入部では、光の笑い方やサブチャンのデクノボーぶりや主人公の「どんなもんじゃーい」とかにちょっとイライラしたのですが、途中からはすっかり引き込まれました。

全体的にはファンタジックで、あれこれテンコもりで、中高年向けの遊園地といった感じ。わたくし的にはそれがとても楽しかったのですが、そんな中にも、胸を突くシーンや胸を打つシーンもあり、観終わった時にはしみじみと心に染みる作品でした。序盤がギクシャクしていたのが惜しまれます。

好きだったシーンは、光とおばあちゃん(八千草さん、可愛い!)のシリトリ、主人公夫婦のジャンケン、ガマの油夫婦・妻の「よしよし」、おばあちゃんの家から見える夕暮れ、などなど。全編を通して木々の輝く緑も印象に残りました。

PS 私も小林聡美に「よしよし」されたい・・・・。

(2009.6.17 TOHOシネマズ西宮OS・6)






ウルトラミラクルラブストーリー


ヘンな映画−1 / ★☆


一部で絶賛ですが、正直、どこがいいのか、何が面白いのか、不可解でした。前半ではまだ、無理やりにちょっと面白いかもと思っていたのですが、後半は匙を投げました。

若い方が褒めているようなので、ジェネレーション・ギャップかもしれませんね。1950年代生まれには楽しめない映画でした。

俳優陣の演技はよかったと思います。

(2009.6.9 シネリーブル梅田・1)






アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン


雨を降らす男 / ★★★★


独特の映像美が魅惑的なトラン・アン・ユンの9年ぶりの新作ですが、過去の作品とはかなりテイストの異なる作品。ずい分前に「次回作はフィルムノワール」というニュースを見た覚えがありますが、そういうジャンルでは括れない異色作でした。

聖書を下敷きにしているようですが、知らなくても問題はないような気もします。差し出されたものを感じるという方向で、自分なりの解釈をしてもよいと思うのですが、わたくし的には「他者を救うことによって、自己が救われる」というのが心に響いて、映画が終わった瞬間、涙があふれました。

俳優陣が素晴らしいです。主役の三人は、字幕の言葉を借りればそれぞれが「地獄を見た」男たち。その苦悩や痛みを体現する美しい肉体や容貌に魅せられます。実は私はキムタクファン。好きになったのは『武士の一分』からで、つい最近のことですが、ヌルいTVドラマになんか出てないで、もっと映画に出てほしい逸材だと思います。でも、日本では思い切った役柄をオファーするのは難しいですよね。俳優・木村拓哉にとっても、本作はよい挑戦になったのではないかな。

監督の夫人であるトラン・ヌー・イェン・ケーは、前作『夏至』では「キスしたら子供が出来る」と思い込んでいたオボコ娘を演じていましたが、今回はマフィアのボスの情婦、でもどこかピュアなところが感じられる好演でした。

映像も素晴らしかったです。素材的に過去の作品ほどの魅惑性はなかったのですが、冒頭のロスの邸宅の冷え冷えとした質感にグワッと引き込まれ、また、外国人の目が捉えた香港が、香港映画とは一味違った感覚でした。人物のアップが頻出するのにも目をひかれましたが、上下が切れるような極端なクローズアップが生み出す不安感、複雑でグロテスクな現実にたじろいでいる人間を象徴しているのかと思ったりもしました。

そんな中で、緑の草むらをバックにシタオ(キムタク)を正面から捉えたシーンが、ホッとするような温かさを湛えていたのが印象に残ります。

PS サム・リーも出てました。あの顔は絶対サム・リーと思ったものの、ちょっと自信なかったので、あるブログで確認しました。あっ、ショーン・ユーも出ています。忘れてごめん(ジョシュ・ハートネットとふたりで食事するシーン、本作での唯一の和みポイントでした)。

(2009.6.12 TOHOシネマズ伊丹・3)






夏時間の庭


印象派映画 / ★★★★☆


『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン』と同じく、オルセー美術館20周年を記念した作品。引き続きジュリエット・ビノシュが出演しています。

舞台は画家のアトリエ。そこには美術館から貸し出された本物の美術品が配置されて目を奪います。オープニングは夏、大叔父の遺したアトリエに住む母を訪ねてきた三兄弟。世界に散らばる兄弟が一年に一度集まる母の誕生日。丘や池もある広大な庭には夏の陽光が降り注ぎ、孫たちの歓声が響く一日。しかし、宴を終えて子供や孫たちが帰ってしまうと、母と家政婦のふたりが残され、室内には夕刻の青い光が差し込むだけ。

主題は「母の老い、死、そして思い出」。何気ない生活描写を交えながら淡々と描き出されるその主題は、ことさらに感動を煽るものではないけれど、時として切ないほどの実感をもたらし、思わず涙がこぼれます。

残された人々の、それぞれの悲しみ、それぞれの記憶、それぞれの思い出。ほんの脇役に思えた人がクローズアップされる終盤、すべての人々が自分なりのやり方で死を悼んでいるという、その事実が心にじんわりとと染みるのでした。

夏の陽光にきらめく緑、室内を満たす穏やかな光、自然光を捉えた撮影が素晴らしくてうっとり。また長男、長女、次男という三兄弟のゆるやかな絆と距離感も好ましく、とても心地のよい作品でした。

(2009.6.10 テアトル梅田・1)






おと・な・り


風をあつめて / ★★★☆


隣り合わせの部屋に住む男女がなかなか出会えないといえば、思い出すのは香港映画『ターンレフト・ターンライト』。あちらは大爆笑のコメディでこちらはロマンチックなラブストーリーと、雰囲気は全く異なりますが、思い返してみるといくつかの共通点が。谷村美月の演じる茜は『ターンレフト・ターンライト』のがさつな食堂のお姉さんを思わせるし、主人公が外国行きを目前に控えているという設定も同じ、ほかにも・・・・。

でも、これはこれで悪くなかったと思います。○○さんも指摘されている自然光を生かした撮影が素晴らしかったですね。アパートの全景から前庭の樹木、そして側道へと移動する冒頭のシーンからとても心地よかったです。

七緒の仕事ぶりを丁寧に描写しているところも好きでした。赤い薔薇とかすみ草のブーケを買ったお客さんとのやり取りなどで、七緒の性格をさりげなく描写しているところも好感大。

ただ、終盤はちょっと引っ張りすぎではないでしょうか。ドキドキするというよりは、まだ続くのかという気になってしまいました。それと偶然が多すぎるのもちょっと違和感あり。そのあたり、もう一工夫欲しかったところです。

PS 昔、細野さんのファンだったので、はっぴいえんどの懐かしい曲、『風をあつめて』の使い方がうれしかったです。

(2009.6.9 梅田ガーデンシネマ・2)






THE CODE/暗号


ツッコミ所満載のB級活劇 / ★★★☆


これはもう好きか嫌いかの世界でしょうね。魔都上海を舞台にした探偵映画、導入部の快調なテンポに比べると後半はちょっとかったるい感じでしたが、昭和テイストのレトロな雰囲気が悪くなかったです。いかにもB級なところが好みでしたが、上映時間が長すぎる気はしました。終盤はもっとシンプルな方がよかったと思います。

主演のおふたりが素敵でした。尾上菊之助、暗号解読の天才という世間知らずのオタク的な役柄にその中性的な容姿がピッタリ。特に考え込む時の表情にトキメキました。上海の歌姫、謎の中国美女を演じる稲森いずみも雰囲気ピッタリで、ふたりで○○るシーンが切なかったです。

舞台が上海なのでみなさん中国語を話すのですが、それをチェックするのも楽しかった(笑)。菊之助さんは合格ですが、宍戸さんと松岡さんはちょっと・・・・。青龍公司の御曹司がえらい流暢なので、てっきり中国人かと思ったのですが、エンドロールを見ると「テイ龍進」。帰宅後に調べたら、日本生まれの華僑とのこと。道理でうまいわけだ。ただし、演技の方は『プラック・レイン』の優作さんをマネしてましたよね(間違ってたら、すみません)。

一般的には「エースのジョーの復活」とかが話題なのでしょうか。観客の年齢層が高めでした。

(2009.6.1 シネリーブル梅田・2)






甘い生活


堂々巡りの迷路 / ★★★★☆


NHKBSで放送されたものを録画で。
自宅では集中しないので、映画はあまり見ないのですが、去年リバイバル公開された『フェリーニの8 1/2』が素晴らしかったので、本作も見ることにしました。。

初見ではなく、十代の頃にNHKの「世界名作劇場」で見た記憶があります。上映時間は意識していなかったのですが、約3時間という長尺で、しかし、それはほとんど気になりませんでした。途中で一度カウンターを見たのが2時間7分のところ、あと10分ぐらいかと思っていたら、それからも延々と(笑)。結構同じようなことの繰り返しなのですが、モノクロ映像が美しいこともあり、引き込まれてしまうのですねえ。そして繰り返しの合間に挿入される、さまざまなエピソードが心に響きます(父親のシーンでは訳もなく泣きそうになりました)。

しかし、比較するなら前半が後半よりさらに魅惑的でした。アニタ・エクバーグの出演シーンが最高なんです。ゴージャスな肉体と超個性的な顔、これはもうスペクタクルと呼んでもいいかも。トレビの泉のシーンは以前も印象に残りましたが、その直前に子猫と戯れるシーンがあって、こんなに可愛いシーンをなぜ忘れてしまってのかなあと自問したりして(笑)。鑑賞後は削除するつもりだったのですが、当分は残しておいて、あそこを何度か見るつもり。

マストロヤンニも素敵でしたが、『8 1/2』ほどアップのシーンがなかったのはちょっと残念。でも一ヶ所、心がとろけるような表情を見せるところがあって、そこももう一度見るつもり(笑)。

全体的に『8 1/2』の習作のような趣きがあり、イメージの豊かさでは劣るような気もするのですが、『8 1/2』のテーマが「人生は祭りだ」とするなら、本作のテーマは「人生は堂々巡りの迷路だ」。で、この「迷路」からあの「祭り」へ、その飛躍の軌跡を思うと感動してしまいました。ああ、見てよかった。

PS 「パパラッチ」の語源にもなった作品。あの頃、クイズの問題になったりしてましたよね。






グラン・トリノ


21世紀の『アウトロー』 / ★★★★


あの重苦しい後味が苦手で、近年のイーストウッド作品はあまり好みじゃなかったのですが、本作はとても楽しめました。今までいろいろな作品で取り上げられてきた、ポーランド系やイタリア系というアメリカの二級市民への差別ネタや、さらにそれより下級のアジア系との摩擦などを、ひとひねりして軽快なコメディに仕立てた脚本がきわめて今日的で秀逸です。

祖父の世代が息子の世代との確執に悩み孫の世代との交流で救われる、あるいは孫の世代が祖父の世代に救われるというのもよくあるテーマ。そんな古い伝統を現代に蘇らせた娯楽映画で、さらに主人公は昔のイーストウッド映画から抜け出してきたようなタフガイ。いゃあ、ニコニコでした。

『ミリオンダラー・ベイビー』の時はそれほど意識しなかったのですが、イーストウッドもすっかりご老人に。でも、歩き方とか、噛み煙草をペッと吐き出す仕草は昔のままで、その頑固ジジイぶりが何とも愛おしかったです。

主人公とモン族一家との関係から連想したのが、1976年の西部劇『アウトロー』。「家族を失った元南軍兵士がインディアンや開拓民(おばあさんと孫娘)と擬似家族を形成する」というのがその大まかなストーリーですが、大きく異なるのは結末。本作では、強いだけでは生きて行けない今という時代の様相が最後に立ち現われてくるわけですが、そんな時代へのメッセージを込めた重いテーマを軽やかに描いた快作だったと思います。

(2009.5.27 TOHOシネマズ西宮OS・3)






四川のうた


時代の記憶、人生の詩 / ★★★★☆


四川省・成都にある国営工場が50年の歴史に幕を下ろし、跡地にホテルやマンションが建つことになった。そこで働いていた労働者たちがカメラに向かって過去の思い出を語るインタビュー集。彼らの言葉から浮き出してくる中国の現代史や時代の波、あるいは悲喜こもごもの生活の記録。

インタビューを受ける人々の中にはジョアン・チェンやリュイ・リーピンといった有名女優もまじり、多くの人の話を元にした「フィクション」を語っていますが、それは「時代の記憶」と呼びたいような普遍性を持ち、同じ時代を生きる者として共感を覚えずにはいられません。

柱になるインタビュー集に加えて、カメラに向かいポーズをとる労働者たちの肖像や解体されてゆく工場の映像が、イェイツの詩や越劇の歌詞などとコラージュされ、全体としては一編の詩情あふれる映像詩となっています。

さらに前作『長江哀歌』同様、挿入される流行歌も忘れがたい印象を残します。山口百恵主演のテレビドラマ『赤い疑惑』の主題歌、斉秦(台湾出身の歌手)の『外面的世界』など、それらの歌が時代の移り変わりを表しているのが興味深いです(聞き覚えのある広東語の歌もあったのですが、曲名不明)。

(2009.5.13 テアトル梅田・2)






チェイサー


痛い、怖い、面白い! / ★★★★


雨に濡れた坂道、闇を駆ける疾走感・・・・、いゃあ、ゾクゾクしました。

パク・チャヌク並みの力技で見せる、カタルシスのある『殺人の追憶』といったところでしょうか。この系統の韓国映画はけっこう好みなので、久々の力作を堪能しました。早い段階で犯人が捕まるのが意外だったのですが、そのあと、警察の無能ぶりを交えながら、登場人物の人間描写でぐいぐい見せる展開に引き込まれます。

主人公は猟奇殺人者ヨンミンと警察を首になったデリヘル経営者のジュンホ。シリアルキラーVSダーティヒーローの追跡劇という構図は、『ノーカントリー』にも通じるものがあり極めて現代的ですが、殺人の動機は謎に包まれたまま人間性の闇を暗示します。しかし、ジュンホが子供との交流から人間性を取り戻して行くのがかすかな救いで、終盤の展開には唖然としたものの、後味は決して悪くなかったです。

主演のふたりの演技が大きな見所。ハ・ジョンウの名前に見覚えがあると思ったら、ギドク作品に出演していた人だったのでビックリ。全然別人になっていました。うすら笑いを浮かべながら「殺した」と呟くところ、ゾーッっとしながらも魅惑的だったりもして・・・・。風吹ジュンの若い頃を思わせるデリヘル嬢、その娘を演じる子役さんも印象に残る好演でした。ジュンホの弟分、空豆みたいな顔形やちょっと間の抜けた言動が、息詰まるドラマの中で癒しポイントになっていました。

(2009.5.13 テアトル梅田・1)






新宿インシデント


暗くて重いジャッキー映画 / ★★★☆


正確にいえば、ジャッキー映画ではなくイー・トンシン作品ですね。監督イー・トンシンが入念なリサーチを経て生み出した、90年代の新宿歌舞伎町を舞台にしたヤクザ映画。ラストが衝撃的でボーッとしてしまい、ちゃんと見ていないのですが、エンドクレジットの最初に確か「顧問」という名目で中国人ジャーナリストなどの名前が挙がっていました。

カンフーアクションを封印したジャッキーは、日本で行方不明になった幼馴染みの恋人を探して密入国してきた中国人の役。恋人を演じるシュー・ジンレイは30代半ばということで、年齢的に見てミスキャストなのですが、なかなかの熱演で泣かせます。シュー・ジンレイも今まで「地味な人」という印象しかなかったのですが、片言の日本語を話す本作でのヤクザ妻は妙に色っぽかったです。この二人以外のキャストも豪華なのにはちょっとビックリ。中国側はイケメンのダニエル・ウー、ジョニー・トー組のラム・シューにホウ・シャオシェン組だったジャック・カオ、日本側は竹中直人、加藤雅也、峰岸達、長門裕之、倉田保昭、吹越満。出演しているのを知らなかった人もいて、その登場場面でいちいち「エーッ」と驚いていた私です。

ただ恋人を探しに来ただけの実直な中国人が、生き抜いて行くために犯罪に手を染め、さらに同朋を守るために大罪を犯しヤクザの抗争に巻き込まれて行く、その運命の悲痛さ。そしてその最中に生まれる友情や信頼もやがて失われて行く。このストーリーに、村上春樹の小説の一節を思い浮かべたりしました。本が手元にないので原文通りではありませんが、「人の生は放物線を描き、ただ一点で交わり、その後はまた遠ざかって行く」。暗い気持ちで映画館を出ましたが、あとから振り返るとなかなか見応えのある人間ドラマだったと思います。

しかし、「R-15」のバイオレンス描写はリアル過ぎて怖かったので、そこはちょっと減点です。

(2009.5.5 TOHOシネマズ西宮OS・8)






バーン・アフター・リーディング


Oh my fuck ! / ★★★★


『ノーカントリー』のリハビリを兼ねたようなユルユルのブラックコメディですが、これはこれで楽しめる作品でした。ラストが拍子抜けなんですけど、よくよく考えると意味深でもあり・・・・。この最後を締めるCIAの偉い人(J.K.シモンズ)、余談ですが目元がDAIGOに似ている。なんて思ってるうちに映画が終わってしまって、ズッコけそうになりました(笑)。

登場人物のキャラがちょっとずつ過剰で面白いし脚本も絶妙。顔の表情ひとつでも楽しませてくれるキャストが、また最高でした。

フランシス・マクドーマンドが同じ映画を二度観るエピソードで昔の事を思い出しました。同じような話を知人(男)から聞いたことがあるのです。「『愛と哀しみの果て』を二回観たよ。だって相手が観たいって言うんだもん」。複数の女性とデートしたことを仄めかしているわけで、要するに自分がモテるということを言いたかったんですね、この御仁は。しかし、私は内心「あんな退屈な映画、よう二回も観たなあ」と違う意味で感心しました(笑)。

内容にはあまり触れられないので、こんなレビューになってしまい、失礼いたしました。

フィットネスクラブのロッカールームに落ちていた一枚のCD、そこから始まるてんやわんや、似たようなことは、今日も世界のどこかで起こっているのかも・・・・。

(2009.4.29 TOHOシネマズ伊丹・8)






花の生涯〜梅蘭芳〜


前半が素晴らしい。 / ★★★☆


どんな割引も適用されない2000円という料金設定。何か特別の理由でもあるのかと調べてみたのですが、配給の角川エンタテイメントが「特別興業」と決めただけのようですね。「シネマ歌舞伎」なども特別興業で同様の料金設定ですが、観劇料が1万円以上必要な歌舞伎がお手軽に観られる「シネマ歌舞伎」にはお得感がありますが・・・・。1000円で観ていたら満足度80点にしてかもしれませんが、角川に抗議する意味もこめて70点(笑)。

映画は青年梅蘭芳が師匠を乗り越えるまでの前半が抜群に良かったです。その後は波乱万丈の割には平板で伝記映画としては興味深く観ましたが、それほどの感動を覚えるところまで行きませんでした。でも、男役の孟小冬との恋模様や、梅蘭芳の妻と孟小冬との対決などは見応えがあったし、美しい映像も印象に残りました。

舞台のシーンでは、現代劇「一縷麻」の奥様役が色っぽかったですね。劇の筋も分らないのに、あのワンシーンだけで泣きそうに・・・・。もっと舞台のシーンが観たかったですね。

(2009.4.27 神戸国際松竹・3)






レッドクリフPartU−未来への最終決戦−


面白かったけど / ★★★☆


火攻め、槍攻め、怖くて泣いてしまいました。知っている人が死んでしまうのも悲しかった。で、後半は涙々、観終わった時には戦いの虚しさがずっしりと心に・・・・。その気持ちのままエンドロールを眺めていると、「In the memory of 〜」とあった名前が、スタントマンの一番最初に・・・・。「えっ、もしかして」と、帰宅後に調べたら、やはり撮影中の火災事故で蘆燕青という23才のスタントマンが亡くなったとのことでした(合掌)。映画撮るのも命がけですが、それに見合う作品だったかはちょっと疑問。

わたくし的には、単純に血湧き肉躍る PartT の方が好み。というか、二部作にする必要はなかったような気が・・・・。前編の地上戦、後編の水上戦をまとめて2時間半ぐらいの作品にして、一気に見せた方がベターだったと思います。PartU は無駄に長くて少し大味な感じがしました。

でも、女性陣が活躍するところは悪くなかった。それと今回は曹操の人間くさいところが気に入って張豊毅を見直しました。

(2009.4.22 TOHOシネマズ伊丹・5)






フィッシュストーリー


魚より鴨が好き。 / ★★★☆


伊坂幸太郎×中村義洋の第2弾、全体としてはチャーミングな法螺話という感じで楽しめましたが、前作『アヒルと鴨のコインロッカー』が大好きで期待値が高すぎたのか、ガッカリ感もなきにしもあらずでした。

オムニバス風の構成、各話の出来にバラツキがあるのが惜しまれます。1999年、2009年の前半(森山未來が出てくるまで)が全然面白くない。しかし、物悲しさと熱気の混じった1975年が素晴らしく、それが終盤に置かれたことで、観終わった印象は悪くなかったです。ラストも爽快、「そうだったんだ!?」という感じでニコニコでした。

キャストが健闘です。情けない濱田岳とカッコいい森山未來が秀逸。逆鱗のメンバー四人もよかったです。最初は影が薄いけどだんだん存在感を増してくるギターとドラムの人がいい味を出してました。金髪の江口のりことオカルト風味の高橋真唯も印象強烈。ただ、多部未華子の魅力というものがイマイチよく分らない私です。

(2009.4.13 シネリーブル梅田・2)






PLASTIC CITY


フィルムノワール in サンパウロ / ★★★★


世評はあまり芳しくないようですが、わたくし的にはとても面白かったです。サンパウロの東洋人街を舞台に中国系の父ユダと日系の息子キリンという、血のつながりのない父子の絆を描くフィルムノワール。アマゾンの密林から都市へと移動する俯瞰撮影に、タイトルがかぶさるオープニングが何ともカッコよくてワクワク。それに続く前半部も、映像や音楽が蠱惑的でドキドキ。ユー・リクウァイの作品はこれが初めてですが、魅惑的な映像が私好みでした。

評価が分かれるのは後半でしょうか。脈絡もなく差し出されるイメージの数々、確かに編集には問題があるようにも思うのですが、そのイメージのひとつひとつの新奇さや美しさに魅了されます。CGも多用されていましたが、リアルな嘘を作り出すためのCGではなく、粒子の粗い映像が生み出す嘘っぽさが面白い効果をあげていたと思います(浮遊感、非現実感など)。特筆すべきは工事中の橋げたの上で繰り広げられる死闘。『キル・ビル』の「青葉屋の死闘」を彷彿とさせるあのシーン、私は大好きでした。というような観客は、またしても少数派のようですが(笑)。

(4/19 キリンの配下の少年たちが復讐を誓ったあと、飛び跳ねながら疾走するシーンも印象に残りました。何であんなに飛び跳ねなきゃならんのか不可解で、あまり必然性が感じられないシーンなんですけど、インパクト大で楽しいんですね。ちょっと『パラノイドパーク』風でもありました。スケボーは使わないんですけど)

テーマは確かに分りづらいですが、わたくし的にはグローバリゼーションに代表される、全世界の画一化・システム化に抗する個人の尊厳を描いていると思いました。「楽して大儲けしよう」というミスター台湾の提案を断るキリン。財産の半分を敵対する組織に奪われるぐらいなら全て燃やしてしまうというユダ。彼らの行動にちょっと共感しながら、血のつながらない父子が互いを思いやることで共に自滅してゆく、その悲壮な美しさに酔い、そんな男たちを黙って見ているしかない女たちの哀しみが心に染みました。ただ、ラストがちょっと不可解で残念。

キャストはおおむね好演。オダジョーは『悲夢』よりずっとセクシーで魅力的(ワルの方が似合うね、笑)。ポルトガル語と中国語(北京語)を話す役。ポルトガル語の良し悪しは分りませんが、中国語の方は正確だけどちょっと不自然だったかも。でも、アンソニー・ウォンの中国語も差不多(似たようなもん)でした。中国人とブラジル人の女優さんが魅力的なのもよかったです(女優さんが好みだと点数があがる)。ミスター台湾がツァイ・ミンリャン作品の常連だったチェン・チャオロンだったのにはビックリ。パーツはそれほど変化していないのに、顔の幅が二倍(印象比)になっていて全然分りませんでした。

(2009.4.6 梅田ガーデンシネマ・1)






リリィ、はちみつ色の秘密


光り輝くダコタ・ファニング / ★★★☆


原作(リリィ、はちみつ色の夏)を読んだことがあります。図書館へ行った時にちょうど新刊書のコーナーにあったので借りて帰りました。何の予備知識もなかったのですが、公民権法が制定された1964年という時代背景や、アメリカ南部というロケーションが興味深くて引き込まれました。ただ読み終わった時には、ちょっと話が出来すぎかなと思ったりもしました。

映画の方も小説とほぼ同じ印象で、少しきれいにまとまり過ぎているような気もします。しかし、心に傷を負った少女の成長や、彼女を包み込む温かさが心に染みました。キャストも素晴らしかったですね。特にダコタ・ファニング。大人でもない子供でもない微妙な年齢が見せる輝きに魅了されました。彼女に関わる黒人女性たちも、それぞれの個性が際立って見応えたっぷり。女優さんたちもみな好演でしたが、特に好きだったのはメイを演じたソフィー・オコネドー。

鑑賞後にふと思い出したのですが、小説ではザックはとびきりのハンサムという設定だったような・・・・。映画の方はそういう感じではなかったですよね。全体的に男性陣は影が薄くなっている印象ですが、多分故意にそうしているのでしょうね。原作者も監督も女性ということで、女性による女性の映画といったところです。

手縫いのサマードレスなど、衣裳もとても素敵でした。

(2009.3.25 TOHOシネマズ梅田・10)






天使の眼、野獣の街


プロフェッショナル・香港警察編 / ★★★★


『映画は映画だ』のあとに続けて観ました。こちらはジョニー・トー作品の脚本を手がけてきたヤウ・ナイホイの監督第一作で、トーがプロデュースを担当。香港警察刑事情報課監視班が宝石強奪を繰り返す犯罪組織を追い詰めてゆく物語を、ひとりの新人女性警官の成長を絡めて描いています。

上映時間は90分。三人の主役が一台のトラムに乗り合わせるオープニングから、各所に散りばめられた伏線が収束して行くラストまで、無駄のない語り口で展開されるスリリングな物語に引き込まれます。同時に監視班と、監視班と連携する分析班の仕事ぶりが丹念に描写され興味が尽きません。

NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」をよく見るのですが、取り上げられている人自体に魅力があると面白さが倍増。「プロフェッショナル・香港警察編」と呼びたいような本作でも、魅力に満ちた人間像がかくし味となっており、作品全体に温かい印象を与えています。新人女性警官「子豚ちゃん」を指導する監視班のリーダー「犬頭」が見せる人間味、演じるサイモン・ヤムが秀逸です。どうも「犬頭」は叩き上げのようで、上司は彼よりも若い女性(トー組の常連マギー・シュウ)。しかしこのふたりのやり取りや、班全体の雰囲気にも温かさがあふれていて、わたくし的にはもう堪らない世界でした(笑)。

犯罪組織のリーダーを演じるのはレオン・カーファイで、『エレクション』に続いてサイモン・ヤムと対決。犯罪組織を維持するには鉄の規律が必要ですが、それだけでは組織をまとめることはできないわけで、彼が見せる人間味もまた秀逸。反省会のバーベキューのシーン、お馴染みのラム・シューも一枚噛んで、やはり堪りませんでした(笑)。

本作も『映画は映画だ』と同様、後半がかなりエモーショナルで涙々。泣きすぎて頭が痛かったのですが、満足できる作品ばかりで充実した一日でした。

PS 何と日本でのリメイクが決定しているそうです。監督は誰? キャストは? 舞台はどこに? などなど興味津津です(本作では坂の多い香港の街や雑踏が魅力的に活写されていました)。

(2009.3.22 シネマート心斎橋・2)






映画は映画だ


リアル・フィクション / ★★★★


キム・ギドク原案、製作の韓国映画。監督チャン・フンはギドクのお弟子さんということで、どんな変な映画かと期待しましたが(笑)、全然変じゃなくて、でも見応えたっぷりの作品でした。

ヤクザと映画スターが一本の映画で共演することで、互いに影響を与え合い、それぞれの生き方が変化してゆくというストーリーなのですが、見終わって振り返ると、どこからどこまでが映画(フィクション)だったのかが判然としない構成はいかにもギドク風。

しかしそんなことは気にせずに、男の熱いドラマとして観ることも可能な作品。韓流には疎いので名前も知らなかったのですが、主演のふたりが何とも魅力的。まず目を奪うのはヤクザを演じるソ・ジソブ。哀しみを宿した瞳、哀愁漂う後姿、いゃあ、シビレました。中盤になると自分の生き方に疑問を持ち始める映画スターの心情にも共感してしまい、カン・ジファンにも魅きつけられます。そして、とどめは・・・・。後半はかなりエモーショナルで胸が熱くなり涙々でした。

別の見方をすれば、自分を見失って生きていたふたりの男が、本当の自分を見つける話と取ることもできます。ひとりの人間の中に存在する虚像と実像のせめぎ合い、このあたりもギドク的ですが、基本的には娯楽映画、「男の世界」が好きな方なら楽しめる作品だと思います。

監督自身が影響を受けたという『インファナル・アフェア』の一場面が引用されていたり、ヤクザが子分と映画ごっこに興じる場面(とても好きだった)など、印象に残るシーンがいろいろありました。

(2009.3.22 シネマート心斎橋・1)






停車


大阪アジアン映画祭で観ました。 / ★★★★☆


大阪アジアン映画祭で上映された台湾映画。路上に車を駐車してケーキを買いに行き戻ってくると、横に二重駐車されていて車が出せなくなった男の一夜の物語。男を中心にして6〜7組の人生が交錯する物語は寓話的ですが、その中に今を生きる人間のさまざまな状況が垣間見える展開が興味深く、寒色系の抑えた色調の映像も素晴らしくて、とても見応えがありました。

上映後に監督の質疑応答があったのですが、スコセッシの『アフター・アワーズ』と比較された質問者がいて、言われてみれば確かに類似点のある作品(ひとつの場所でいくつかの話が交錯するという展開から、私は『運命じゃない人』を連想したりもしました)。監督の答えは「スコセッシは好きだけれど、特に意識はしなかった」とのこと。

好きな監督はカウリスマキとのことで、本作にもオフビートなユーモアが満載です。中でも魚の頭が重要な役を果たすシーンがあるのですが、「あの魚の頭は何を表しているのですか」と質問された女性がいて心の中で拍手(私もそれが聞きたかった)。「人生においては何が起こるか分からないということを表しています」というのが監督の答え。映画をご覧になっていない方にはちょっと禅問答みたいになってますが、私のメモ代わりなのでお許しください(笑)。

映画の作り方としては、俳優には先入観を持ってほしくないので、撮影の時に初めて脚本を渡したそうで、いってみれば「ウォン・カーワイ方式」でしょうか。そういえば、ウォン・カーワイの影響を感じるところは何ヶ所かありましたが、チャップマン・トーが香港から来た仕立て屋で、過去を回想するシークェンスはもろカーワイ風。チャン・チェンが主演した『愛の神、エロス』を連想しました。顧客から預かった最高級の生地にハサミを入れる仕立て屋、「俺の人生で最高の瞬間だった」というモノローグ。しかしその生地はワインレッドの地に「風神雷神」の模様、本当に最高級の生地だったのかな(笑)。

豪華なキャストがみな好演でした。気は短いけれど気のいいところもある主人公を、チャン・チェンが等身大の演技で演じています。彼の気のいいところが、物語のキーにもなっているのですが、観ていて微笑ましくもありとても印象に残りました(会場で偶然会った友達とも、「あの気のよさがよかったよね」と意見が一致)。元ヤクザの理髪師ガオ・チェとけちな売春組織のボスを演じるレオン・ダイがまた出色の演技で、一癖も二癖もある人間像が面白かったです。しかし、レオン・ダイにしても根っからの悪人ではないことを示すシーン(弟分とのやり取りが楽しい)もあり、作品全体としては温かい印象のオフビート・コメディになっていました。

(2009.3.14 ABCホール)






少年メリケンサック


キャストがドンピシャ / ★★★★


「この内容で、この映画を製作し、こんな台本で映画をやっていいと言った東映が一番パンクだと思う」(by 宮藤官九郎)

近所のTOHOシネマズで観たので、まず冒頭の東映マークにちょっとビックリ、エンドクレジットの製作に「黒澤満」という名前を発見してまたビックリ。去年は『カメレオン』、そして今年は本作、実に素敵なラインナップですね。

しかし最初は観るかどうか迷っていたのです。宮藤監督の第一作『真夜中の弥次さん喜多さん』が好みじゃなかったので・・・・。ところが、NHKの『純情きらり』と『篤姫』ですっかり宮崎あおいファンになった母が観たいと言い出して・・・・。絶対内容知らずに言ってるよと思ったのですが、70代の氷川きよしファンがどんな反応を示すか興味シンシンで(笑)一緒に観に行きました。

いゃあ、面白かった。最初から最後まで大笑いしながら、小汚いオヤジたちの熱い心にちょっと共感してしまいました。泣かせには持って行かず、しかしドライなだけでもない、素材はパンクですがテイストは和、言ってみれば「四畳半パンク」。カッコ悪い男たちのカッコよさ、心に響くものがありました。

キャストがハマってましたね。少年メリケンサックの四人や勝地涼、ユースケ・サンタマリアに田辺誠一、主演級の俳優さんにはさんざん楽しませてもらいましたが、ワンシーンだけ登場の、瞬間ノリノリ広岡由里子(ジミーさんの妻、元追っかけ)や振り向けば烏丸せつ子(佐藤浩市の昔の女)にも、何だかニコニコしてしまいました。

宮崎あおいももちろん素晴らしかったです。母もあおいちゃんには大満足。さすがにライブシーンには閉口したみたいですが(聞かないようにしていた・・・・!?)、それ以外は面白かったと申しておりましたので、意外と一般受けする作品かもしれません。佐藤浩市のヤンチャぶりが可愛かったと、ふたりの意見が一致。

そうそう、G○t や ○x をパロった音楽シーンが個人的にツボでした。面白くて楽しくてノリノリ。勝地涼の歌(「さくら」が頭にこびりついてしまった)やアニメも見所のひとつですね。御堂筋側から撮ったグリコの看板もクールでした。

(2009.2.19 TOHOシネマズ伊丹・4)






悲夢


痛みは愛の証し / ★★★★☆


夢をモチーフにした奇妙なラブストーリー、ギドクの今までの作品でいうと『うつせみ』の系統でしょうか。どちらかというと『サマリア』や『弓』といった過剰な作品が好みの私、ちょっと物足りないようにも感じました。しかし、「オダジョーが凡庸」と感想を書きかけて、「本当に凡庸だった?」と確信が揺らぎ始め、翌日、もう一度観に行ったのですが、二度目でも全然退屈しませんでした。

嫉妬や執着に翻弄される恋人たち、その愛の修羅の果てに立ち現われる優しさに満ちた浄化。シンプルながらもギドクらしい味わいのある作品だったと思います。

問題のオダジョーは凡庸ではなかったのですが、特に好演でもないような・・・・。日本語のセリフというのも意味があるようなないような・・・・。ギドク+オダジョー、何かとんでもないものが観られるのではないかと、ちょっと期待度高すぎた私です。ヒロインのイ・ナヨンにそれほど魅力を感じられなかったのも残念。

しかし、『プレス』に続いて出演のパク・チアに魅せられました。とても印象的だった『コーストガード』と似た役柄で終盤は彼女に目が釘付け。最後の優しさに満ちた表情が忘れられません。

主人公ふたりの部屋や古い街並みなど映像が美しく、目に楽しい作品でもありました。中盤で突如現われる葦原も印象的でしたが、そこで同性が同性を労るシーンが、ラストとともに心に響きました。突然、心の内が愛おしさで満たされ涙があふれるという感じ・・・・。

(2009.2.9 梅田ガーデンシネマ・2)






大阪ハムレット


ちょっと残念 / ★★★☆


笑って泣ける大阪人情コメディ。三兄弟がそれぞれの悩みを乗り越えるという物語や、ラストの温かさは心地よかったのですが、前半の笑いが不発気味だったことや、加藤夏希がミスキャストだったこともあり、もどかしさも残る作品でした。

加藤夏希、大阪弁が微妙。大阪生まれの大阪育ちの役柄に大阪弁をしゃべれない女優さんを起用するというのがまず疑問です。父親の愛情に飢えているという役柄でしたが、こちらは少しやり過ぎではないかと・・・・。絵本のシーンなど、正直、軽い違和感を覚えました。しかし、これは演出の問題かもしれませんね。

大らかな母親を演じた松坂慶子(大阪弁はちょっと微妙)、人の好い叔父さん役の岸部一徳はさすがの存在感。出番の少ない白川和子と本上まなみも印象に残る好演でした。

何かというと兄弟が集まる堤防のシーン、おばあちゃんの島での海のシーンなども印象に残りました。水のある風景って、なぜか心が和むような気がします。

(2009.2.1 TOHOシネマズ西宮OS・6)






ザ・ムーン


あれから40年 / ★★★★


宇宙飛行士の証言と当時の映像で綴られるアポロ計画の全容。1969年の月着陸はリアルタイムでテレビで見た世代、『ライトスタッフ』や『アポロ13』も観たことがあるし、立花隆の『宇宙からの帰還』(宇宙飛行士へのインタビュー集)を読んだこともあり、内容的にはあまり期待していなかったのですが、自分が生きてきた時代の追体験、予想以上に感慨深いものがありました。冒頭のアメリカに活力があった頃の映像だけで泣けてきたりして・・・・。

アポロ計画は、ソ連との冷戦における国威発揚がひとつの目的であったわけですが、一方では人類にとっての未知なるものの探索という面もあったわけで、アポロ11号の月着陸に「我々人類初の・・・・」と興奮する人々に共感するところがありました。文字通り前人未踏の体験、コンピュータのエラーや、大統領声明の原稿など、初めて明かされる事実に興味津津、着陸船が月から離れる場面ではドキドキしてしまいました。

「ミスター・クール」、「ランデブー博士」、飛行士自身の口から語られる宇宙飛行士の肖像が面白いです。やはり、ライト・スタッフ中のライト・スタッフは普通じゃないなあと内心ニコニコ。スクリーンに登場する飛行士の面々も個性的で、その面構えを眺めているだけで楽しかったりして・・・・。特に宇宙飛行士らしからぬノンシャランな語り口のマイケル・コリンズに魅了されました。

(2009.2.1 TOHOシネマズ西宮OS・5)






英国王 給仕人に乾杯!


少し予想と違った。 / ★★★☆


給仕人ヤンの浮き沈み人生を通してチェコの現代史を描くという本作、私にとっては面白いというよりは興味深い作品でした。チェコの歴史について無知だったので、勉強させていただいたという感じ。ヤンの人生と時代背景を時にシニカルに時にコミカルに、軽妙洒脱な語り口も楽しめます。ただ内容を知らずに観たので、ちょっと戸惑ったのは事実です。

エロティシズムが満載なのにもビックリ。雨にぬれた衣服が肌に張り付き、乳首が透けて見えるところなどはドキドキ。次々に登場する美しい衣裳をまとった美女たち、その瑞々しさを捉えるカメラが印象に残ります。

忘れてはならないのが、ヤンが師と仰いだ給仕長。世の大勢に流される人間もいれば、自らの信念を堅持する人間もいる。前者の喜びや悲しみはもちろん愛おしいけれど、後者の、人間としての尊厳は胸を打たずにはおきません。

(2009.1.25 梅田ガーデンシネマ・2)






エグザイル/絆


カッコいいとは、こういうことさ! / ★★★★☆


キネマ旬報2008年度外国映画ベストテン第8位に輝いたジョニー・トーの新作。多数決の弊害も感じられる(観た人が多い作品ほど上位になりやすい)キネ旬ベストテン、無闇に有り難がる必要もないと思いますが、これで観客が増えてくれれば万々歳。大阪での通り相場、2週間のレイトショーから脱却してほしいと切に願うものであります(今回はお昼の上映もあって助かりました)。

キャストの顔ぶれから予想した『ザ・ミッション 非情の掟』の続編ではなかったのですが、登場人物やストーリーの設定に類似点があるということで、兄弟編といったところ。何よりも「絆」という主題は共通しています。

しかし、いくつかの反復によって成り立つ物語にはいささかのルーズ感があり、若干の予定調和感も否めません。二転三転するストーリーという点から見れば『PTU』の方が面白かったし、人間ドラマとしては『エレクション』(2はどうなったのでしょうか)が上。

「ジョニー・トーの最高傑作」という謳い文句には異議ありですが、稚気あふれる登場人物、それを嬉々として演じている個性派の面々、そして悠揚迫らざる演出がとても楽しめる作品でした。稚気あふれる作品としては『柔道龍虎房』が頭に浮かぶのですが、あの作品での乱闘シーンを銃撃戦に置き換えたと考えれば、6回(合ってますか?)を数える銃撃シーンの多さも頷けるというもの(絆を確かめ、強めるための装置)。まるでバレエの群舞のような銃撃戦の数々、『ザ・ミッション 非情の掟』の緊張感漲る銃撃シーンとは別種の魅力がありました。

キャストはみんな素敵だったのですが、ひとり選べというならやはりフランシス・ン。見た目からして好みで、冒頭の右斜め後から撮られた横顔にシビレました。超色っぽいです。大事なところを撃たれてガニ股で歩く極悪非道の伊達男、サイモン・ヤムも印象に残りました。思い出すと、何か笑けてくるんですよね。当分、楽しめそうです(笑)。

(2009.1.21 第七藝術劇場)






悪夢探偵2


人は悲しみが多いほど / ★★★★


松田龍平主演の『悪夢探偵』シリーズ第2弾。前作がすごく怖かったので、ちょっと迷っていたのですが、個性的な作品を創り続ける塚本晋也は応援したい監督のひとり。キャストに韓英恵ちゃん(ずっと注目している女優さん)の名前を見つけたこともあって観に行きました。

でも、やっぱり怖かったです。前作の流血シーンのような突出したところはなかったのですが、全編を通じてゾクゾクするようなホラー仕立て、身構えて観ていたせいで肩が凝ってしまいました。「来るぞ、来るぞ」と息をつめていると何事もなく一段落、フーッと息をついたあと不意打ち! 「もう止めて」といいたいほど怖いけど、実は楽しんでいたりして(笑)。

主題は現代社会や人間の深層心理に存在する不安。その不安を鋭敏に感じ取る人間は孤立し、孤立することによって傷つけられる。傷つけられた人間の恨みと傷つけた側の葛藤が堂々巡りしているような暗い物語。しかし、最後には傷ついた人々を包み込む優しさが描かれ、ちょっと感動してしまいました。

自分自身は孤立するほど敏感な人間ではないけれど、そういった心のありようを想像することは可能だし、傷つける側の心理も理解できなくはない・・・・、ということで共感するところもあった作品でした。主人公のキャラが前作よりポジティブになっていて、ここぞという時には駆けつけて来る悪夢探偵に何だか微笑。松田龍平は前作よりさらに好演だったと思います。

(2009.1.18 テアトル梅田・2)






The ショートフィルムズ みんな、はじめはコドモだった


キョンキョンのひとり漫才 / ★★★★


朝日放送(大阪の放送局)が新社屋完成記念事業の一環として製作した、「こども」をテーマにした5編からなるオムニバス映画。最近の日本映画では『ユメ十夜』や『歌謡曲だよ、人生は』も同じような趣向でしたが、作品数が多く退屈なものも混じっていたのに比べ、粒よりの作品がそろい楽しめました。

・通天閣の展望台で一夜を過ごすことになった、自殺しようとしていた男と母親に置き去りにされた少年のふれあいを描く阪本順治編(展望台)。
・小学校を舞台にヘンな先生と三人の男子児童の攻防を描く井筒和幸編(TO THE FUTURE)。
・母と息子のそれぞれを思う心を描いた大森一樹編(イエスタデイワンスモア)。
・ガンで死期の迫った父親と知的障害のある息子を描く李相日編(タガタメ)。
・中流家庭の母親と出戻り娘の日常を描く崔洋一編(ダイコン〜ダイニングテーブルのコンテンポラリー)。

テーマは「こども」ですが、切り口はそれぞれ異なり、かなり自由に描かれています。正直、崔洋一編などはテーマからズレているような気もします。他の作品の狙いがハッキリしているのに対し、タイトルからして気取っているというか、意図が分りづらい作品だったようにも思います。でも、私は主人公の母と娘の中間の世代なので、どちらの気持ちにも共感できて楽しめました。娘を演じるのは小泉今日子。以前はあまり好きじゃなかったのですが、去年の『トウキョウソナタ』と『グーグーだって猫である』でちょっと(笑)好きになりました。今回もほとんどノーメイクで根性のあるところを見せていますが、英国に留学している息子への電話で、ひとり漫才を演じるところが可笑しくも切なかったです。一世を風靡したギャグでさえも、やがて時代遅れになり、そしていつかは思い出に変わって行くのですね(という無常感)。『歩いても 歩いても』に引き続き、娘から「ちゃんと働いたことないくせに」と言われる母親は樹木希林。すっかり白髪頭になった細野晴臣が父親役・・・・って、このキャスト、超すごくない?(笑)。

いちばん好きだったのは阪本編。佐藤浩市と子役の小林勇一郎クンがいい味を出しています。「大人の事情に疎いように見えて、実は何でも分っている子供」という設定が、あとから振り返ると深い余韻を残し、『ぼくんち』にも通じるファンタジックな味付けも好きでした。

李相日編の男親の親心には涙々(私以外にも鼻をすする音が)。藤竜也が渋いし、息子役の川屋せっちん(何という芸名だ!)も好演。宮藤官九郎が意外な役で出てきて笑わせてくれる、そのひねりの利いたストーリーも面白かったです。

大森編の高岡早紀と佐藤隆太、井筒編の光石研と、俳優陣はすべて好演。大森篇はあるアメリカ映画(私も大好きだった作品)を思い出させる設定ですが、それを時代劇で描いたところがミソで、ほのぼの感に和める一編でした。全体的にブラックで光石研の怪演が見物だった井筒篇は、三人の子役さんも個性的で楽しかったのですが、ラストがちょっと・・・・。あれで一気に冷めてしまって残念でした。

PS 井筒編の子役のひとりはNHKの連続ドラマ『七瀬ふたたび』にも出ていた宮坂健太クン。このドラマ、川井憲次の音楽が好きでした。

(2009.1.11 梅田ガーデンシネマ・2)






K−20 怪人二十面相・伝


2009年の映画初め / ★★★★


例年なら正月映画にはあまり鑑賞意欲をそそられないのですが、今年は金城クン主演の本作で映画初めと年末から決めていました。小林少年と呼ばれる友達がいたという世代なもので、とにかく怪人二十面相という題材が懐かしい。

しかし、オープニングから「えっ、今、何て言った!?」とピックリ。第二次世界大戦が回避されて華族制度が維持された世界という設定ですが、明治大正の続きというよりは、まるで白土三平の「カムイ伝」のような・・・・、と突っ込みを入れたのは映画館を出てからのことで、この衝撃的な幕開けに一気に引き込まれてしまいました。

「何でもあり」にしてしまう、その着想が秀逸でしたが、内容の方はネタバレしそうであまり触れられません。宮崎アニメやらスパイダーマンやらバットマンやら、パクリというかオマージュというか、既視感のあるシーンも多かったのですが、それも込みで楽しめる痛快活劇。ありえない展開も「良家の子女の嗜みですわ」の一言でクリアさせる荒唐無稽さに思わずニコニコ。飛んだり跳ねたりのアクションの合間に挿入される、のんぴりムードのユーモアもツボでとても楽しめました。

俳優陣も快調。持ち味がうまく生かされた金城武と松たか子がとてもチャーミングでしたが、脇を固める國村隼と高島礼子の夫婦もさすがでした(高島礼子の尼僧姿に萌えーっ! 笑)。

あっ、言い忘れるところでしたが、主人公の二人が「自分のできること」に気づくという「目覚め」の物語になっているところもポジティブで好印象。老若男女が楽しめる快作になっていたと思います。

(2009.1.1 TOHOシネマズ伊丹・5)





星取表点数

★★★★★ 100点
★★★★☆  90点
★★★★    80点

以下略




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