Vivien's CINEMA graffiti 8




ハピネス


恋愛映画の巨匠? / ★★★★☆


「恋愛映画の巨匠」(いつの間にか、そう呼ばれているらしい)ホ・ジノの新作。あまり話題になっていなかったので、危うく見逃すところでした。とりあえず劇場に駆けつけて、鑑賞後に劇場にあったチラシを見ると、ヒロインはイム・スジョン・・・、いゃあ、全然気づかなった。『箪笥』、『サイボーグでも大丈夫』、そして本作と、見るたびに別人になっている彼女にビックリ。童顔を生かした今までの少女役もピッタリでしたが、今回は実年齢に近い役柄で新境地といった感じです。

ナイトクラブの経営には失敗し、自堕落な生活の末に肝硬変を患って田舎の療養施設にやって来た男と、その療養施設に8年間入所している女のラブストーリー。彼女にとっては多分最後の恋、失意の男にとっては生きる意味を取り戻す恋。前半はその恋の始まる幸福感が、光あふれる草原や風の吹き過ぎる林を舞台に、いかにもホ・ジノらしい繊細さで描かれ情感たっぷり。

しかし、もちろんそれだけでは終わりません。後半は『春の日は過ぎゆく』の男女を入れ替えたような展開になりますが、女の心変わりの不可解さがテーマのひとつでもあった『春の日は過ぎゆく』と違い、本作での男の心変わりは単純明快。自分の病が癒えてしまえば、病気の女が側にいるのはうっとおしい。慣れ親しんだ都会の生活や昔の女が恋しくなった。勝手といえばあまりに勝手ですが、その気持ちは分らなくもない。しかし分るから許せるというものでもない。

イム・スジョンの演技が秀逸で、男の心変わりを悟るあたりから別れまで、揺れる女心にどっぷり共感していた私は、去って行く男に、「お前なんか、もう一度病気になって、地獄に堕ちろ」と心の中で毒づいてしまいました。しかしその怒りには、自分もまたそんな不埒なことをやりかねないという恐れも混じっているような・・・・。

あまりにもリアルで胸の痛くなるような物語。ラストも痛切でしたが、しかしそこには一条の光が差しているようでもあり深い余韻が残ります。恋愛を通して生きることの意味や幸福の意味を問いかけるホ・ジノに、「恋愛映画の巨匠」という安易なネーミングはやはりそぐわないような・・・・。言い出しっぺは反省するように(笑)。

(2008.12.28 心斎橋シネマート・1)






ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト


必死のスコセッシ / ★★★★


ローリング・ストーンズについては、昔も今も特にファンではありませんが、ミック・ジャガーのパフォーマンスが千円で観られるなら安いもんと、レディースディに足を運びました。

やっぱりカッコよかったですね、ミック・ジャガー。体型が昔のままで、これはちょっと驚異的。あの小さなお尻から目が離せませんでした(笑)。しかし、他のメンバーも負けず劣らず魅力的。平均年齢64歳で、日本でいえばみんな定年を過ぎたおじさんなのに、キース・リチャーズはキュートだし、ロン・ウッドはチャーミング、実は昔から一番好きなチャーリー・ワッツはエレガント。でもチャーリー・ワッツ、一曲終わると「ああ、しんど」という感じで肩で息を・・・・。そこに挿入される若き日のインタービュー映像。このへんの呼吸が絶妙でしたが、時の流れにも淘汰されない人間味が感じられてちょっと感動。ミックの若い頃の映像も「イノセントな不良」という感じで興味シンシン。昔の映像と比べると、さすがにみんな顔の皺だけは年齢相応、でもかえって過ぎ去った年月の重みを感じさせて味わい深かったです。ゲストもパワフル、特にバディ・ガイのヴォーカルにはピックリしました。

会場が小さな劇場なので、全身像はフレームぎりぎり、アップも迫力があって臨場感満点。撮影と編集が特筆もので、その映像に興奮しているうちにアッという間の2時間。ライブの前後に配されたプロローグとエピローグも気が利いていて楽しめました。

(2008.12.10 TOHOシネマズ西宮OS・10)






夢のまにまに


夢か現か幻か / ★★★★


『東京流れ者』など鈴木清順とのコラボや、林海象のデビュー作『夢みるように眠りたい』など若手監督への協力でも知られる、映画美術の巨匠・木村威夫の長編映画第一作。Wikipediaによると「長編映画監督デビューとしては世界最高齢(90歳)であるとして、ギネスブックに登録された」とのこと。先日観た『石内尋常高等小学校 花は散れども』の新藤兼人の95歳もすごいですけど、90歳というのも充分すぎるほどすごいですよね。そのエネルギーに敬服です。

主人公は監督自身をモデルにしたと思われる映画学校の学校長。介護が必要な老妻との生活、精神を病んだ学生との交流、折りにふれて思い起こされる戦争への想いなどが、登場人物の心象風景とともに描かれていますが、全編を貫いているのは「志半ばで夭折した人々への鎮魂」。知覧の特攻基地跡や上田の無言館(戦没画学生慰霊美術館)が登場する、その表現はストレートに過ぎるかもしれませんが、逆にその想いの強さが胸に迫ります。

しかし語り口には新藤監督にも共通する自在さがあり、夢や幻、現在や過去、それらを行き来するイメージの奔放さが魅惑的。突然動き出す風景、水のあふれ出ている蛇口のアップ、お城の上で踊るモンローなど、その発想にもニコニコでした。豪華な俳優陣も見所のひとつですが、二役を演じる宮沢りえの、過去のパートでの陶然とするぐらい美しい(衣装の色合わせも含めて)アップが特に印象に残りました。

(2008.12.10 第七藝術劇場)






練習曲


台湾シネマ・コレクション3 / ★★★★


台湾シネマ・コレクション2008、三本目に観た本作は、NHKの朝のニュース番組でも「台湾に自転車ブームを巻き起こした映画」として紹介されていましたが、昔、NHKの番組で、冨田勲のテーマ曲が印象的な「新日本紀行」というのがありました。日本各地の風物や生活を紹介する番組ですが、青森編で三上寛が取り上げたられことがあって、半裸で歌うシーン(何分にもずいぶん前のことなので記憶を捏造している可能性あり)もあり、一緒に見ていた家族はいつもと違う内容に首をひねっていたのですが、当時はもう映画ファンだった私は『行く行くマイトガイ 性春の悶々』に主演したフォーク歌手・三上寛を知っていて、NHKだっただけに「よくこんな企画が通ったな」と内心ひそかに感心したりしました。

脱線気味の前置きが長くなりましたが、私の言わんとすることは、監督の狙いは「新台湾紀行」ではないかということです。旅に出た主人公の目を通して、美しい自然や人情とともに、決して愉快なばかりではない台湾の現状をも描くこと。知り合って招かれた若者の家に、雨の中をようやく辿り着くと、母親の離婚問題で不機嫌になった若者に邪険にされて・・・・。しかし別人のようになった若者を責めるでもなく、屋根のある部屋で寝られる幸福感を書き記す主人公。特に印象に残ったので、このエピソードを取り上げましたが、いろいろな人々との出会いを通して明らかになる社会の諸問題が、美しい風景と交互に綴られて行きます。

早期退職する(させられる?)小学校教師や、中国の安い労働力に縫製工の職を奪われたおばさんたち(引率者を演じるのは脚本家・監督の呉念眞)など社会状況に翻弄される人々、原住民の歌手や木彫り名人のお爺さんなど実在の人物、さらには『サヨンの鐘』のイメージ映像(!)なども織り交ぜて、現在台湾をモザイクにしたような興味深い作品になっています。

主人公を聴覚障害のある青年にしたことで、ストーリーに起伏を富ませ、また温かい人情を自然に描けるという利点が生じているような気もします。これが初監督作ということで、主人公の弾くギターのように、語り口には多少滑らかでないところもありましたが心に響く作品、特にラストの温かさには涙があふれました。

トリビアをメモしておきます。
台湾では小学6年生で『カモメのジョナサン』を習うらしい。映画化もされたヒッピー文化を代表する小説ですが、なぜ教科書に?

私のヒアリングに間違いがなければ、元縫製工のおばさんたちは主人公に「シュワイガー(カッコいいお兄さんの意)」と呼びかけた。引率者のおじさんもそう呼んだので、今では若者に呼びかける時の一般呼称になっているのだろうか?

(2008.12.6 シネマート心斎橋・1)






Tattoo−刺青


台湾シネマ・コレクション2 / ★★★☆


お目当ての『遠い道のり』のあと、ついでに観たので予備知識ゼロ。ネットアイドル小緑と日台混血の刺青師竹子のレズビアンラブを描いた作品で、そのトンデモ設定にピックリ。しかし現代の風俗を巧みに取り入れた展開で飽きさせません。竹子の過去や現在に不幸がテンコ盛りで、ちょっと話を作り過ぎの感はあったのですが、竹子に刺青をいれてもらうチンピラ、小緑のサイトを内偵する警官という準主役の男子たちも含めて、それぞれの孤独が身にしみる切ない青春映画、観終わった印象は悪くなかったです。

監督は女性ですが、レズビアンであることをカミングアウトしているそうで、本人にとってはけっこう切実な物語なのかもしれません。センセーショナルな題材にまず目を奪われてしまったのが、ちょっと残念だったかも。

オープニング、エロいダンスを踊る少女をアップで捉えた映像が魅惑的。この少女が小緑で、ダンスはネット上で顧客に見せるもの。演じるレイニー・ヤンは中華圏では人気のあるアイドルだとのことで、またビックリ。女性どうしの濃厚なキスシーンもある役柄、ちょっと天晴れです。加賀まりこの若い頃を彷彿とさせる小悪魔風の美少女。けっこう好きなタイプで、YouTube で動画を見たりしましたが、エロカワ系じゃなくて純正可愛い系アイドルでした。

竹子を演じるイザベラ・リョン、私は初めてですが注目の新人女優とのことで、過去のトラウマから心を閉ざした女性を好演しています。成人後のミステリアスな雰囲気や、まるで少年かと思わせる高校時代の容姿(ダルビッシュ有みたい)も魅力的。レイニー・ヤンとは対照的で、ふたりの異なる個性が楽しめる作品でもありました。

(2008.11.30 シネマート心斎橋・1)






遠い道のり


台湾シネマ・コレクション1 / ★★★


台湾シネマ・コレクション2008の一本。ベネチア映画祭批評家週間最優秀作品賞を受賞ということで楽しみにしていたのですが、ちょっと期待はずれでした。

主人公は、恋人にふられた痛手から立ち直れない録音技師、破綻した結婚生活に決着をつけられない精神科医、そして上司との不倫からアルコール依存症になりかけているOL。その三人がそれぞれの現実から逃避して旅に出るロードムービーなのですが、三人に共通している後向きなところに共感できませんでした。録音技師の設定や性格がホ・ジノの『春の日は過ぎゆく』に似ていることも減点材料です。

しかし、録音技師が台北から東海岸を南下しながら、行く先々で波の音や風の音を録音し、そのカセットテープを元カノに送ったつもりがOLの手に渡り・・・・という軸になる物語や、冒頭並行して描かれていた三人の話が繋がって行くという展開は悪くなかったです。

さらに素晴らしいのがロケーション。観光地ではない田舎の駅や漁港、防風林や稲田など、常に波の音が聞こえているような場所も多く、それがとても心地よかったです。OLが原住民のトラックの荷台に分乗させてもらい一緒に歌を歌うところや、商店の店先で録音技師がひそかに店内のカラオケの歌声を録音するところなど、地方での生活感のある描写も好きでした。

(2008.11.30 シネマート心斎橋・1)






石内尋常高等小学校 花は散れども


オープニングから涙 / ★★★★


27歳の新人監督の『東南角部屋二階の女』を観たあと、ちょうど時間的に都合がよかったのでハシゴしました。新藤監督は95歳で、その年齢差は何と68歳!

新藤作品にはあまり馴染みがなく、それほど期待もせずに観たのですが、95歳ともなると怖いものなし、その悠然かつ自由自在の境地がとても楽しい作品でした。特に童心に遊ぶといった趣きの前半にはニコニコ。同時に人間味あふれる市川先生に心打たれます。オープニングのいねむり三吉のエピソード、市川先生と同時に私の目にも涙が・・・・。

唐突に「三十年後」という字幕から始まる後半では、戦争の傷跡や時代の移り変わりなどが描かれ、楽しいだけでは終わらないのですが、軸になっている師弟の交流が心に響きます。貧しさゆえに結ばれなかった幼い恋人たちのその後、時にドキッとするような描写を交えた、グズグズ男とキッパリ女の恋愛模様も楽しめました。特に可愛いような、怖いような(笑)大竹しのぶに目が釘付け。

他の役者さんもみなよかったのですが、市川先生の妻を演じた川上麻衣子が予想外の好演で印象に残りました。子役と大人に違和感がなかったのもよかったと思います。同窓会で角替和枝から始まる昔話、子役さんのシーンになると、それだけで涙が出たりしました。

何度か出てくる校歌のシーンも印象的。川上麻衣子の生真面目な指揮に従い、直立不動で校歌を歌う元生徒たち。最後には、その裏にある時の流れや人の想いに粛然とした気持ちになりました。

(2008.11.24 第七藝術劇場)






東南角部屋二階の女


心地よい空気感 / ★★★★


新人女性監督の作品。心が温かくなるような話をさり気なくも繊細に描写した気持ちのよい作品でした。特に心ひかれたのは登場人物の距離感。スタンダード・サイズのこじんまりとした画面に、ひとり、ふたり、あるいは三人、登場人物がさまざまに配置される時の、それぞれの空気感が何とも心地よくて見入ってしまいました。

撮影はたむらまさき、「大ベテランのカメラマンにビビっていた」というのは監督の言葉ですが、なかなかどうして、舞台となる古アパートやストーリーのどこか懐かしい昭和テイストもあいまって、強烈さはないけれど味わいのある作品になっていたと思います。

個性派がそろったキャストも見所のひとつ。西島秀俊や加瀬亮の屈託には共感するところもあり、ずっと無表情だった西島秀俊が笑うシーンではこちらもホッとしました。彼に比べると加瀬クンはちょっと甘い役。でも最後、甘ちゃんなりの筋の通し方が気持ちよかったりしました。

香川京子、高橋昌也、塩見三省のベテラン勢はさすがの存在感。カウンターに並ぶふたりの若者の向うに塩見三省のシーン、ちょっと微笑している表情がいいなあと思っていたら、果たして、後半にはだんだん重みを増してくる役でした。終始無言の高橋昌也、穏やかな佇まいの香川京子も秀逸。特に香川さんが温泉宿で我知らず歌を口ずさみ、そのあと周囲を窺ってはにかむ表情が素敵でした。

(2008.11.24 梅田ガーデンシネマ・1)






僕は君のために蝶になる


ヒロインが素敵 / ★★★☆


脚本が『ラブソング』などを書いたアイヴィ・ホーだということは、ジョニー・トーの自前の企画ではなさそうですね。頼まれた仕事を手堅くまとめたというところでしょうか。ミスマッチとも思えるジャンルですが、随所にトーらしさを散りばめつつ、けっこう楽しめる作品になっていたと思います。内容は全然知らずに観たので、ちょっとビックリ。大甘のタイトルが、実は意味深だったのですね。

キャストがよかったです。特にヒロインのリー・ビンビン。最初のうちは20代半ばという設定に、「そんなに若かったっけ?」と首をひねっていたのですが、いつの間にか引き込まれてけっこう涙でした。今までメイクの濃い悪女役しか見ていなかったので(それも魅力的だったのですが)、素顔に近い今回はとても新鮮でした。

男優陣では、『ブレイキング・ニュース』でも渋い味を出していたユウ・ヨンの演じる父親が存在感たっぷりで泣かされました。あと金城クンをブチャイクにした感じのチンピラ役の男の子も面白い個性(サングラスの時はイケメン)。トー監督、どうもこのふたりの方に共感しているようで、肝心の主役のヴィック・チョウは影が薄かったような。でも端正な顔立ちが役にピッタリでした。彼のおかげか、トー作品にしては観客が多かったのもうれしかったです。

(2008.11.19 テアトル梅田・1)






その土曜日、7時58分


悪事魔多し / ★★★★☆


シドニー・ルメットの作品では『旅立ちの時』が好きでした。社会派的な視点から描かれた青春映画で、リバー・フェニックスの瑞々しさが強く印象に残っています。それから約20年、ルメット84歳で撮った本作は、やはり社会の諸問題に目を向けながらも、サスペンスに満ちた犯罪ドラマになっており、その年齢を感じさせません。

主人公が性格の異なる兄弟ということで『ゆれる』を連想したりしましたが、もっと骨太で硬質にした容赦のない展開で、これを日本人でヤラれたら、ちょっと辛いものがあるかもしれません。発端は数日の内に大金を工面しなければならなくなった兄が、慢性的に金に困っている弟を犯罪に誘いこんだこと。この弟がどうしょうもないヘタレで、そんな弟に強盗をやらせようとした兄の精神状態もちょっと正常とは思えません。「うまく行くというのは、あんたの単なる願望やろ」とツッコんだりして(笑)。金のために常軌を逸した人間たちが右往左往、そこに父と息子の確執も絡めた重厚な人間ドラマ、後味がよくないので好き嫌いは分かれそうですが、見応えたっぷりな作品であることは保証します。

ベスト・アンサンブル・キャスト賞をいくつか獲得しているように、脇役にいたるまで俳優陣が素晴らしいです。近親憎悪的な父子を演じたアルバート・フィニーとP・S・ホフマンもさすがの名演でしたが、わたくし的に今まであまり馴染みがなかったイーサン・ホークが、幼い娘にまで「負け犬」と詰られるような男をリアルに演じて、目が離せませんでした(そのヘタレぶりに泣き笑い)。

時系列を前後させ息詰まるような緊迫感を生み出した脚本や扇情的な音楽も特筆もので、いゃあ、面白かったです。

(2008.11.11 梅田ガーデンシネマ・2)






レッドクリフ PartT


ジョン・ウーの男祭り / ★★★★


いゃあ、面白かった。ずっと「ジョン・ウーのあかかべ」と呼んでいたぐらいで、三国志については無知な私ですが、後半の男たちの熱い闘いに血湧き肉躍る思い。「ちょっとやり過ぎ」というシーンも二ヶ所ほどありましたが、すごい迫力にすぐにまたのめり込んで・・・・。いってみれぱ「ジョン・ウーの男祭り」、魅力的な男たちの勇姿にワクワクでした。

キャストも健闘。荒武者の中でひときわ目立つ諸葛孔明の静かな佇まい、金城クンに魅了されました。でも一番好きだったのは熊みたいな張飛かな。男はやっぱり強くなくっちゃ(笑)。たおやかな小喬、男勝りの尚香、対照的なふたりの女性も素敵です。ヴィッキー・チャオはお転婆娘がピッタリ。

後半の圧倒的な迫力に比べて、前半はエピソード集という感じで、あまり深みはなかったように思いますが、個々のエピソードに含蓄があり楽しめます。まるでジャズのセッションのような琴の場面も好きでした。

これはまだ前哨戦ということで、「Part 2」が楽しみです。

(2008.11.5 TOHOシネマズ伊丹・1)






その日のまえに


花火の夜に / ★★★★


大林テイストが全開で、またまた好き嫌いが分かれそうな作品ですが、ファンの私はもちろん楽しめました。非リアルの中に存在するリアルな感情に胸を打たれるといえばいいでしょうか。雨も雪も作り物のまるで舞台劇のような背景の中で(音楽も終始鳴り続けているので音楽劇と呼ぶべきか)、その日までを懸命に生きる人々の心情の切実さに涙々でした。

しかし、お涙頂戴とは明らかに一線を画した作品。誰もがいつかは死ぬのであれば、死ぬことそのものは何ら特別なものではなく、主題は死によってさらに強められる生の輝き。普段は意識しないで生きているけれど、実は世界は美しさに満ちている・・・・。帰り道で、ふと見上げた空の青さや木々の緑がことさらに胸に染みるような作品でした。

脚本が市川森一ということで、『異人たちとの夏』を思い出させるような昭和テイストも楽しく、常連の役者さんたちも適材適所、特に山田辰夫と峰岸徹(合掌)の表情が心に残ります。女優さんでは原田夏希と宝生舞かな。宝生舞とヒロシの若いカップルとか木造のアパートとか、もろに好みでした。

ただ、上映時間は少し長かったような気もします。宮沢賢治に馴染みがない(読みかけて挫折した経験あり)のがその一因かもしれません。

(2008.11.4 梅田ブルクセブン・7)






チャウ・シンチーの熱血弁護士


アニタ・ムイが大暴れ / ★★★★


七本の未公開作品を日替わりで上映する香港レジェンド・シネマ・フェスティバルの一本。主演がチャウ・シンチーとアニタ・ムイ(惜しくも数年前に亡くなった香港の国民的女優兼歌手)、監督がジョニー・トーという珍しい組合せで、苦手なレイトショーに足を運びました。鑑賞後に YouTube で見つけた予告編に「香港影壇三大至尊破天荒首次携手合作」とあって、この三人の初顔合わせがセールスポイントだったようです(香港では1992年の興行収入第一位)。

清の時代が舞台のコメディで、白を黒と言いくるめるようなやり手の弁護士シンチーと武術の達人であるその嫁アニタが、夫殺しの罪を着せられた妊婦のために大活躍というストーリー。その妊婦さんの事情がちょっと複雑で、後半の裁判シーンが分りにくかったんですけど、まあ、最後は大団円というお決まりのパターン。シンチーとアニタの夫婦漫才みたいなやり取りもお楽しみのひとつですが、言葉の壁がある日本人では大爆笑とまでは行きません。それでも、なかなか楽しい一作でした。

何といっても、事あるごとにカンフーで大暴れするアニタ姐さんが愉快で、ワイヤーワークで飛び跳ねるそのお姿にニコニコ(アクション監督はチン・シウトン)。場面ごとに変わる色鮮やかな衣装も楽しめます。シンチーはアクションなしなのでちょっと損してるかも。帰りのエレベーターで三人連れの女性と一緒になったのですが、いちばん若いお嬢さんが「男の方はイマイチだった」と言って、年上の二人を絶句させていました(私も横で苦笑)。でも、シンチーも女装したり、レクター博士をパロったり、充分面白かったですよ。

ふたりとも三十歳ぐらいで、シンチーは卵みたいにお肌つるつる。色っぽいアニタ姐さんもとてもチャーミングでした。実は、私の亡き父もアニタのファンで、一緒に『酔拳2』とか『レッド・ブロンクス』の試写会に行ったりしました。当時は父娘ともども香港映画にハマり、日曜の午後はビデオ大会だったりして・・・・。

観客は二十人ほどでちょっと淋しい客席、ほとんどが女性でした。ジョニー・トーつながりで、新作『エグザイル/絆』の予告編が見られたのもうれしかったです。キャストが傑作『ザ・ミッション 非情の掟』とほぼ同じで、続編なのでしょうか。前情報読みたいけど我慢して正月公開を待ちます。

(2008.10.28 第七藝術劇場)






フェリーニの8 1/2


フェリーニの監督・ぱんざい! / ★★★★☆


映画史に残る傑作、恥ずかしながら今回初めて観たのですが、やはり素晴らしい作品でした。スランプに陥った映画監督の心象風景を綴り、「フェリーニの監督・ぱんざい!」といった趣きです。

しかし、北野武ならお笑いに走るところを、フェリーニは女に走る。次々と登場する美女、美女、美女。その個性的な顔、顔、顔。衣装やメイクや歩き方なども見所たっぷり、女優さんたちを眺めてるだけで訳もなく楽しかったです。なかでも本人役(!)で登場する光り輝くクラウディア・カルディナーレと、くわえ煙草で歩く姿が超クールなアヌーク・エーメ(ハーレムのシーンでは母性を感じさせて、まるで別人)にほれぽれ。余談ですが、愛人役の女優さんは土屋アンナ似、でもタイプが全然違うので、上映中ひとりでウケてしまいました(笑)。

男もいっぱい出てきますが、似たタイプ(頭髪の薄いじじい)が多い中、マストロヤンニの美貌が際立ちます。男優に「美貌」という言葉は相応しくないかもしれませんが、でもそうとしかいいようがない。役では43歳ですが、実年齢40手前のマストロヤンニが超素敵で、帽子もサングラスも黒縁眼鏡も似合う伊達男にため息(実は私は黒縁眼鏡フェチ)、睫毛のつくる陰影にまでうっとりでした。

台詞の多い作品で、その内容がまた面白いので字幕にも注目。もちろん美しいモノクロ映像も見逃せない。イタリア語は分らないのに、知っている単語や英語が時おり混じるので耳も澄まして。というわけで頭フル稼働。主人公が追い詰められる終盤、私の頭もパンク寸前になってしまいましたが、そこに突然訪れるラスト・・・・。幸福感のあまり涙があふれました。

何度か出てくるダンスシーン(ルンバを踊るサラギーナ、大好き!)やノスタルジックでどこか奇妙な子供時代の思い出など、豊かなイメージの連なり、豊饒な映像に、映画を観る歓びが堪能できる一作でした。

(2008.10.22 第七藝術劇場)






グーグーだって猫である


40過ぎにして乙女 / ★★★★


ちょっと予想と違って、漫画家の麻子さんと愛猫をめぐる「群像劇」でした。エラソーな口を利く謎の青年とか、英語で吉祥寺を案内するヘンな外人とか、動物園の飼育員さん(二人)とか、井の頭公園にタムロする女子高生とか、ワンシーンだけ登場するリリィと鷲尾真知子とか、さらには通行人のおじさんまで登場人物がウン十人(?!)。で、脇の登場人物も重要な役目を果たしたりするので目が離せませんでした。

原作は読んだことがないので的外れかもしれませんが、主題は「生命」でしょうか。人も動物もいつかはこの世から消えて行く。出会いがあれば別れがある。「だからこそ、生きている間は一生懸命生き、一生懸命愛せばいい」というのが私の得た教訓ですが、それはそれとして、男にも女にも猫にも慕われる「40過ぎにして乙女」の麻子さんのキャラや、「お金はないけど楽しい」、「好きなことやってるから幸せ」と言いたげな四人のアシスタントに少なからず共感。もうひとりの主役ともいえる吉祥寺の街も素敵だったし、遊び心も満点で楽しめました。

サバとの別れと再会、チアダンス、泣きじゃくる上野樹里など、心に染みるシーンもテンコもり。実は冒頭の「さよなら」で心を鷲づかみにされて涙があふれ、その後も断続的に涙々、泣き過ぎて終映後は頭痛が・・・・。というわけで、傑作とか秀作とか言うつもりはないですけど、わたくし的にはニャンとも愛おしい作品でした。

(2008.10.12 梅田ガーデンシネマ・2)






トウキョウソナタ


アンバランスのバランス / ★★★★☆


「こんな実も葉もない映画ってあっていいものか」という某評論家のお言葉にのけぞってしまいましたが、わたくし的には「花も実もある映画」でした。今までの黒沢作品では不可解なことも多かった「実」の部分が、今回は明快で、また共感もできるということで高得点でした。でも、やっぱりヘンなところも健在。「三時間前」という字幕から始まるクライマックス、「さあ、始まるでえ」と、ワクワクしてしまいましたが(笑)、思いっきり虚構に見えて、映画的なリアリティは湛えており、すっかり引き込まれてしまいました。そのエピソードの収束点も意外ながらもストンと腑に落ちる快感。撮り方によっては陳腐になりかねないラストも、そこに差し込む希望の光に感動の涙があふれました。「花」の部分は相変わらず素晴らしいですね。オープニングから「むむっ」って感じで、何度か息を呑むショットもありましたが、室内シーンの心地よさがまた格別でした。

キャストも好演でしたが、特に香川照之。リストラから就活とプライドを傷つけられて行く社会での顔(カラオケの場面に絶句。波岡一喜を嫌いになりそう。笑)、それでも権威を保とうとする家庭での顔、それを少しアクセントの強い演技でリアリティを感じさせるなんて・・・・。子役の井之脇海クンも素晴らしいです。演技もさることながら、その顔に見惚れました。柳楽クンを彷彿させる力のある目と、幼い感じの残る頬から口元が絶妙のバランスで、「アンバランスのバランス」という言葉が頭に浮かんだりしました。

作品全体も「アンバランスのバランス」といってもいいかもしれません。現代社会に存在する諸問題とささやかな希望というアンバランス。リアリティとフィクションのアンバランス、悲劇性と喜劇性のアンバランス、子供っぽい大人と大人のような子供のアンバランスなどなど。それらさまざまな要素は、しかし全体としては危ういバランスを保っているような・・・・。とにかく、わたくし的には映画を観る歓びに満ちた一作でした。

(2008.10.6 梅田ガーデンシネマ・1)






イントゥ・ザ・ワイルド


ヘラジカのエピソードが圧倒的。 / ★★★★


ショーン・ペンの監督作は初めてです。題材に興味を引かれて観に行きました。恵まれた家庭環境にありながら、あえて物質的な成功に背を向け、放浪の旅に出た青年を描くロードムービー。青臭いけれど真摯で純粋な主人公への共感に満ちた、とても瑞々しい作品で、私も少なからず共感しました。

社会的には成功した人物、しかし家庭では父親失格という主人公の父親がキーパーソンだと思います。そんな父親への反発が彼の行動の出発点となり、「父親の期待なんか裏切ってやる」といった、一種の復讐心がエネルギーになっていたような気がします。無意識のうちに、不平等な社会でぬくぬくと育った自分を罰したい、と思ったのかもしれません。洪水多発地域での野宿、禁止されているカヌーでの川下りといった無謀な行動も、そう考えると納得が行くように思います。

しかし、旅の途上で出会う人々との触れあいでその頑なな心が溶け始め、さらに大自然の中で内省を深めることにより、ある種の真理に到る・・・・、無知や無鉄砲が招いた悲劇的な側面は確かに痛々しいものの、その成長の軌跡には胸を打たれ、清々しいといってもよい印象が残りました。

最終目的地アラスカでの生活とそこへ到るまでの旅や生い立ちを交互に語る構成が効果的、またキャストも好演で(特に久々のハル・ホルブルック)、2時間28分という長尺も気にならない見応えのある作品になっていました。

(2008.9.30 TOHOシネマズ梅田・6)






アキレスと亀


涙、笑い、共感。 / ★★★★☆


『TAKESHIS’』、『監督・ぱんざい!』と、「訳分からんけど何か面白い」という作品が続いた後の北野作品、「今度は一体どんな映画!?」と、ワクワクしながら観に行きましたが、涙あり、笑いあり、訳も分かる作品でとても楽しめました。

第一部の少年時代、主人公に次々と襲いかかる不条理な悲劇。泣き虫の女中さんや寒々しい田舎の風景など、すでにここから泣き出してしまった私(笑)。特に少年の最後の表情には胸を突かれました。

第二部の青年時代は60年代あたりでしょうか。画家を志す青春群像に胸が熱くなり、仲間がひとり、またひとりと欠けてゆく寂寥感にやっぱり涙。でも、ハプニングのようなアートの場面が楽しかったですね。

ポップアート4連発はどのタイミングで登場したのかな。あまりにもインパクトが強くて忘れてしまいましたが、元の絵との落差に反射的に大笑い。そこで笑いのタガがはずれてしまったようで、そのあとは笑いっぱなし。悪魔の囁きのような画商のアドバイスに乗せられて、右往左往する中年画家とその妻。でも、笑っているうちにふと気がついた。自分だって、じたばたしながら生きてきたんじゃなかったのか、と。で、今度は共感の涙が・・・・。

悪戦苦闘しながら夢に向かって走り続けた主人公がアキレス、主人公の核に存在するただ絵を描くのが好きな自分が亀、というのが私の解釈。でも、そんなじたばた生きる人間を、北野武は否定していないとも思います。生きるということはじたばたすることなんだと、共感を持って見守っているような気もして、何だか感動してしまいました。

その感動の余韻か、帰り道では、ケバいネエチャンやイカレたニイチャンを見ても、「みんな生きてるんや」と、視界が滲んでしまうのでした(笑)。

たけし自筆の絵も楽しかったですね。「ポップアート4連発に大笑い」と書きましたが、最初の二作はモデルへの愛が感じられる素晴らしい作品でした(もっとじっくり見たかった)。ノック師匠の髪型が、とってもキュートだったわ。

(2008.9.24 テアトル梅田・2)






おくりびと


万人向けの良心作 / ★★★★


企画の発案者はモックンのようですが、面白いところに目をつけましたね。誰もが無関係ではないけれどよく知らない職業、納棺師という異色の題材が最大の勝因。題材は異色ですが、涙あり笑いありの観客を選ばない作品。平日でもけっこう混んでいた客席、終映後は、そこここで「私の場合は・・・・」とお喋りに花が咲いているようでした。

失業したチェロ奏者とWEBデザイナーの物分りのよい妻。ふたりの悩みにも葛藤にもそれほどの深みはなく、さらさらと流れて行くようなストーリーは若干甘いような気もするのですが、モックンが関わるそれぞれのご遺体とその遺族の人間模様が、面白くもあり共感するところもあり。わたくし的には特に山田辰夫と杉本哲太に大泣きでした。

個性派ぞろいのキャストが大きな見所。山崎努、吉行和子、笹野高史、余貴美子といった曲者たちの演技が楽しく、そんなベテラン勢に囲まれ、モックンと広末涼子が演じる若夫婦の清新さもひときわ引き立ったような気がします。

山形の美しい四季とチェロの柔らかい音色も心地よく、楽しめる一作になっていました。

(2008.9.18 TOHOシネマズ伊丹・5)






言えない秘密


放課後の恋人たち / ★★★★


俳優ジェイ・チョウは結構好きなのですが、今回は監督、脚本、音楽、主演の四役を兼ねた作品、見逃すわけには行きません。今までのトボけた役柄とは違って、ピアノの才能にあふれてはいても普通の学生の役。それを普通に演じていたので、個性だけの人じゃなかったんだとちょっと驚きでした。もちろん初監督作とは思えない作品自体にもびっくり。

それにしても、高校生だったなんて・・・・。芸術大学の音楽科の学生だと思ってたなあ。相手役のグイ・ルンメイもそうだけど、とても高校生には見えないもの(笑)。

まあ、余談はさておき、一部ではずい分以前から話題になっていた作品。核心やストーリーにはなるべく触れないよう用心していたのですが、公開までにはだいたいの内容、察しがついてしまいました。でも、全然没問題(ノープロブレム)。ストーリーそのものより、細部の豊かさを味わうべき映画。負け惜しみじゃないけど、そんな風に思いました。特に前半の流麗ともいえるタッチが心地よかったです。

ふたりの女優さんも素敵でした。特にグイ・ルンメイの瑞々しさに魅かれます。彼女の魅力を最大限に生かした撮影は、侯孝賢作品でお馴染みの李屏賓。光の捉え方にもうっとりでした。

大林映画と少女マンガを足して2で割ったような青春映画。大好きなジャンルなので、本音をいうと、やはり予備知識なしに観て、思い切り驚きたかったなあと思います。

(2008.9.14 テアトル梅田・1)




ジェイ、うっとりの図




ダークナイト


倫理の紊乱者 / ★★★☆


わたくし的には、『バットマン ビギンズ』が可もなし不可もなしだったので、本作もパスするつもりだったのですが、あまりにみんなが「凄い、凄い!」と言うので、思わず観に行ってしまいました。

確かにヒース・レジャーのジョーカーは凄かったです。あのメイク、しゃべり方、目の動き、手の動き、舌の動き、思い出すだけで頭がクラクラします。何でこうなってしまったのか、その理由は謎。目的は金銭といった物質的なものではなく、敵を自分と同じ種類の人間に貶めること。対する、金髪碧眼の絵に描いたような「ミスター正義」が標榜する「絶対の正義」にも「何か嘘くさいなぁ」と思っていたのですが・・・・。

時に映画の中の犯罪者に肩入れして、周囲の顰蹙を買う天邪鬼な私、ミスター正義にはちょっと反発を感じましたが、さすがにジョーカーには共感できなかったです。いわば「倫理の紊乱者」と名づけたいようなジョーカーの存在・・・・、怖かったです。

で、終盤の展開には息を呑み、その結末にはちょっと感動してしまいました。終わりよければ全てよし。しかしアクションシーンのつるべ打ちとかは、わたくし的にはあまり有難味がなくて、中盤ではアクビ連発。

現実世界にリンクするようなリアルさは興味深いものがありますが、コミックの映画化としては如何なものでしょうか。振り返れば「牧歌的」とも思える『ティム・バートン版バットマン』が懐かしくなったりして。

でも、香港の夜景に舞うバットマンと、ナースのシーンは好きだったなあ。

(2008.9.10 梅田ブルクセブン・3)






それぞれのシネマ


至福の映画体験 / ★★★★


カンヌ映画祭60周年記念企画ということで、カンヌにかかわりの深い33組の監督によるオムニバス。東京フィルメックスやユナイテッド・シネマ豊洲での上映は地方在住者には縁がなく、もう映画館では観られないと思っていたので、一般上映のニュースに接した時からとても楽しみにしていました。オフィス北野にスペシャル・サンクスです。

一作品あたりの上映時間はわずか3分。しかし3分でも様々なことができるもので、個性豊かな作品が並び、夕刻の移り変わる自然光を捉えた『夏の映画館』(これが本当の「マジック・アワー」!)を幕開けとして、涙あり、笑いあり(首をひねるものも二、三)、楽しい時間を過ごしました。

「映画館」がテーマなので引用される映画も多く、2時間で映画の歴史を体感できます。監督名が最後に出るのでクイズも楽しめます。私の専門は中華系、もちろん全問正解でした。といっても、ホウ・シャオシェンの作品は、実は一般上映が決まる前に YouTube で見てしまい感動が半減、一生の不覚でした(涙)。リンチ、カウリスマキ、ルルーシュも正解。終映後は、自分自身の映画的記憶も交えて、余韻にひたりながら帰りましたが、頭の中では、『軽蔑』のテーマと『ロミオとジュリエット』のテーマが交互に響いていました。

笑った作品
北野武 二度目ですが、「農業一枚」にまたフフフ。外国語字幕ではどうなるのかな。英語だったら「One farmer」?、フランス語では?
ラース・フォン・トリアー 上映中の私語。共感度100パーセントでした。
ロマン・ポランスキー 『エマニエル夫人』とあえぎ声。『エマニエル夫人』は昔、試写会で観たことがありますが、宣伝コピーは確か「きれいなポルノ」!?

泣いた作品
クロード・ルルーシュ 父は母をフレッド・アステアの映画でナンパした。私の両親も初めて一緒に観た映画はアステアの『青空に踊る』だったとか。
ツァイ・ミンリャン 家族がみんな映画好き。祖母は串刺しの梨で後の座席の男(祖父?)を誘う。艶かしいのに、切なくもあり、最後に流れる中華歌謡もよい。
チェン・カイコー 少年は30年後にも映画を観に行った。

ベストファイブは
1.イニャリトゥ ゴダールの『軽蔑』と泣く女。『アモーレス・ペロス』は途中退場、『21g』は未見、『バベル』には疲れたけれど、これには感動。
2.ウォン・カーウァイ 濡れているような赤、レスリー・チャンに似た男優、中文字幕に陶然。
3.ツァイ・ミンリャン 上述。 
4.コンチャロフスキー 『8 1/2』を独り占めするもぎりのおばさん。私も老後はもぎり嬢(?)になりたかったんですけど、今はシネコンの時代・・・・。
5.ナンニ・モレッティ 『ロッキー・ザ・ファイナル』を見逃したくせに共感。でも、声を大にして言いたいこと、私も一杯ありますから(笑)。

そして特別賞
テオ・アンゲロプロスとジャンヌ・モロー 圧倒されました。

トリビアを少し
引用されている映画は、ゴダールのものが一番多かった。
トリュフォーの『家庭』、イタリアでの題名は「気にするな、ただの浮気だ」(by モレッティ)。
ホウ作品の映画館の看板に描かれていた『養鴨人家』は、「台湾映画の父」と呼ばれる李行(リー・シン)の代表作。『恋恋風塵』にも登場します。

(2008.8.26 梅田ガーデンシネマ・2)






ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン


侯孝賢のパリ / ★★★★☆


「珈琲時光・パリバージョン」といった趣きの本作、オルセー美術館の開館20周年事業として製作されたようですが、外国人を起用するなんて太っ腹ですね。フランスでは侯孝賢は人気があるのかな、それともその芸術性に重きを置いた選択なのかな。ともかく、ファンの私はさっそく観て来ましたが、公開二日目の日曜日というのに空いてました。小津生誕100年を記念した『珈琲時光』はけっこうヒットしたみたいで、文句を言う人が一杯いましたが、今回は大丈夫そうですね。って、喜んでいいのかな(笑)。

主演はジュリエット・ビノシュ、私の苦手な女優さん。初めてこの映画製作のニュースを見た時、侯孝賢+ジュリエット・ビノシュ、どんな映画になるのかなと想像がつかなかったのですが、結論からいうと、ビノシュはとても良かったです。感情の起伏の激しい役で、ヒステリックになったりもするのですが、けっこう共感してしまいました。床に散らばるたくさんの書類、でも捜す書類が見つからなくて涙目になってるビノシュに、思わず自分自身を見たりして・・・・。

そんな雑事や時間に追われる日々に、しかし、ふと訪れる安らぎに満ちた時間。何気ない日常の描写の中から、そんな奇跡的な瞬間を浮かび上がらせる侯孝賢、私はいつものように魅了されてしまい、二度ほど涙ぐんでしまいました。

アルベール・ラモリスの『赤い風船』へオマージュを捧げた作品でもあります。子供の頃に観たことがある『赤い風船』、本作の前に、もう一度観て来ましたが、生活感のあるパリの描写が素敵でした。本作でもそれは同様。さらに狭いアパルトマンの描写が面白かったです。左側にドア、右奥に狭い台所がある居間を捉えた画面が多かったのですが、夕刻、居間には灯りがともり、台所には青い外光が差しているシーンにうっとり。カメラはコンビの李屏賓、映像はいつも通りの素晴らしさでした。

(2008.8.24 第七藝術劇場)






カンフー・ダンク!


ジェイ・チョウ全開! / ★★★☆


ジェイ・チョウといっても、日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、中華圏で一番人気のある歌手。私も当初は知らなかったのですが、初主演の『頭文字D THE MOVIE』を観て、その面白い個性が気に入ってしまいました。

監督のチュー・イェンピンも、やはり馴染みがないと思いますが、台湾映画のヒットメーカーで、金城武が王家衛に出会うまで師と仰いでいた人です。何でこんなことを知っているかというと、当時、私は金城ファンだったからで、日本未公開の金城主演作品も何本か観たことがあるのですが、あまり笑えないコメディでした(香港風のベタとも違う、ちょっと泥クサイ感じ)。

というわけで、本作もそれほど期待せずに観に行ったのですが、けっこう垢抜けていたのでちょっと驚き。アクションやバスケのシーンは迫力あったし、何よりお目当てのジェイが、天然系の個性を全開していて楽しめました。エリック・ツァンもいつも通りいい味を出しているし、ふたりが絡むシーンは和めます。特に野良猫さんも陪席の路上のレストランにニコニコ。

ただし、使い古されたような設定やギャグは相変わらずで、思わず苦笑。「メガすげェェェけど、ちょいトホホ」な作品でした。でも、私は嫌いじゃないなあ(笑)。

(2008.8.19 梅田ブルクセブン・5)






インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国


懐かし劇場 / ★★★★


このシリーズ、もちろん人並みに好きでしたが、二十年ぶりの新作といっても、それほど鑑賞意欲はわかず、見逃したら見逃してもいいやと思ってたんですけど、時間がちょうど都合よくて他の映画と連チャンで観ました。

結果的にはなかなか楽しめました。見所はテンコ盛りなのに、全体的にはノンビリしているところが懐かしくもあり、また新鮮でもあり、という感じでしょうか。過去の映画のパロディ満載なのも楽しいし、ハリソン・フォードはやっぱりチャーミングだし、50年代のファッションも素敵でした。

パロディといえば、蟻の大群で『黒い絨毯』という映画を思い出しました。記憶に残る最初の映画かもということで、幼児の頃に観たのですが、すごく怖くてトラウマになってしまい、黒い粒粒の集まりは今でも苦手。本作ではCGですごくリアルでしたが、そんなに怖くなかったですね。リアルすぎると嘘が丸見えというわけで、またまたCGの功罪など考えてしまいました。

しかし、「そんなアホな!?」という描写も、こうヌケヌケとやられては笑うしかないです。そういう稚気たっぷりなところ、昔は大好きだったなあと思い出に耽ったりもしました。まあ、ある意味では、「これが映画だ!」と言えるかもしれませんね。

(2008.8.19 梅田ブルクセブン・5)






きみの友だち


心に染みる思春期群像映画 / ★★★★☆


ポスターの北浦愛と石橋杏奈の空を見上げる表情に魅かれて鑑賞。中学生のさまざまな友情を、成人したヒロイン恵美の回想で描く本作、瑞々しくて切なくて、とても心に響きました。

主軸になるのは恵美と由香の物語。交通事故で足が不自由になった恵美、身体が弱い由香、周囲に溶け込めないという共通点から、性格の異なるふたりの少女の間に友情が生まれ、深化して行くさまが繊細に綴られて行きます。

原作は未読なのですが、10篇からなる短編集のようです。そのうちのいくつかの話を、恵美の撮った写真を媒介にして繋げるという構成も面白かったと思います。唐突に三好クンが登場した時にはちょっと途惑ったのですが、三好クンや佐藤先輩など、中学生男子の屈折した心情にも、懐かしいような気持ちで共感したりしました。

その間もずっと由香ちゃんのことが気になっていた私。最後にまた由香の話に戻ってからは、かけがえのない友情に涙々。終映後も涙が止まらず、トイレに直行でした。

若い俳優さんがみな好演で、清々しい印象が残ります。恵美と由香の小学生時代を演じる子役さんも好演。特に由香を演じる子役さんは、北浦愛に顔も似ていて役にピッタリでした。

原作はぜひ読みたいと思います。

(2008.8.10 シネリーブル梅田・1)






崖の上のポニョ


恥ずかしながら、大興奮! / ★★★★☆


宮崎駿の待望の新作、賛否両論盛り上がってますが、わたくし的にはとても楽しめました。母と一緒に行ったのですが、ふたりとも大満足。満席で子供さんが多くて、煩いのは覚悟の上だったんですけど、もしかしたら私たちの方が煩かったかも(笑)。

なぜなら、疾走するポニョを見たとたん、アドレナリン全開! 溢れんばかりのプリミティブなエネルギー、生命力の輝きにすっかり引きこまれ、歓声なんか上げちゃったりして・・・・、「芸術は爆発だ!」という言葉を思い出したりして・・・・(笑)。

シンプルな物語、あっけないほどのラスト。しかし、そのあと流れる主題歌からは新しい意味が伝わってくるようで、涙があふれました。

海のさまざまな青、草木や緑、手描きの絵の素晴らしさにも魅了されました。もう一度、じっくり観たい作品です。

(2008.8.7 TOHOシネマズ伊丹・1)






ドラゴン・キングダム


出たあ、酔拳! / ★★★★


「奇跡の競演」、観て来ました。わたくし的にはハリウッド映画というのは不安材料だったのですが、いやいやどうして、カンフー映画や香港映画への「愛と敬意」が詰まった作品で感激してしまいました。カンフー映画のポスターをうまくコラージュしたオープニング・タイトルからニコニコ。

ストーリーは確かに大したことはありません。まあ、定番というか、今までにイヤというほど目にしたような・・・・。しかし、目的はカンフーです、バトル・シーンです。出たあ、酔拳! 出たあ、蟷螂拳! カンフーオタクじゃなくても、やっぱり楽しかったです。わたくし的にはカンフー映画を好まない人の気持ちが理解不能。あの技の数々、身体の動き、単純に目の快楽だと思うんですけど。

ロケーションも素晴らしかったし、女優さんも綺麗だったし、見応えたっぷり、予想以上の作品でした。

それにしても、ジェット・リーはお猿さんが似合いすぎ(笑)。ジャッキーは酔っ払いが似合いすぎ(笑)。でも、ガチンコ・パトルはさすがにすごかったなあ。

(2008.7.31 梅田ブルクセブン・1)






歩いても 歩いても


光、風、緑、海。 / ★★★★☆


「あの坂は大変よね」。終映後のトイレで他人の会話が耳に入ってきました。湘南の高台にある家。建てた時には自分が老人になることを想像もしなかったのでしょう。もちろん息子が海で死ぬことも・・・・。

死と老いを主題にした、生者の悔恨も交えて展開される家庭劇は、並々ならぬリアリティをたたえ、時に苦味さえ感じられるのですが、俳優陣の好演、光や風を捉える映像の美しさ、そしてゴンチチの心地よい音楽と、とても楽しめる一編になっています。何より、ある家族の一日を描いて、夫婦や家族の歴史、さらには、そこにいない人々の存在さえ浮かび上がらせる脚本が秀逸でした。

事故死した長男の命日に集まった家族。何気ない会話に本音と建前が交錯し、それぞれの想いが行き違い、ただ穏やかなだけではない一日が、ユーモアも交えて描かれて行きます。死んだ兄とことごとく比較され居心地の悪い次男が物語の牽引役。子連れの未亡人と再婚し、おまけに失業中という、いわば三重苦(笑)の境遇を与えられ、周囲に対する焦燥が軽いサスペンスをもたらします。しかし、そんな彼だからこそ分かる想いもある。長男に救助された少年(今は冴えない青年)をかばうシーンではちょっとジーンとしました。

家族の中に居場所のない父親、チャッカリ者の娘、そして調子のよいその夫はコメディリリーフ。さんざん笑わせていただきましたが、父親の滑稽さは老いの切なさと表裏一体、しみじみとした共感を誘います。そんな中で、死んだ息子への母の想いの痛切さが際立つのですが、わたくし的にはあつし君と同じ子供目線でちょっと怖かったりしました。その代わり、あつし君には共感したりして、人それぞれ、共感するポイントは違うかもしれませんね。

しかし、やがて全ては時の流れとともに消えて行く。それでも、全てが消え去るわけではない。連綿と続く人の営みに愛おしささえ覚えてしまうラスト、清々しい感動が残りました。

(2008.7.29 梅田ガーデンシネマ・2)






カメレオン


アクションスター藤原竜也!! / ★★★★


アクションというよりは活劇、平成というよりは昭和、そういうレトロな雰囲気、イマドキの映画ファンには受けないようですが、わたくし的には大満足でした。今の邦画界において、ありそうでなかった作品、もっとヒットしてほしかったですねえ。

藤原竜也が素晴らしいです。好きな役者さんなので、わりと出演作観てますが、これは新境地といえるかもしれません。とにかく身体の動きが速いし美しい。見応えたっぷりのアクションシーンにシビれました。

他のキャストも健闘。特に加藤治子、犬塚弘、谷啓の後期高齢者トリオがいい味を出してました。宴会で芝居を始めるところを、長廻しで撮っているシーンがよかったですね。

廃工場や寂れた漁師町など、ロケーションも雰囲気たっぷり。負け犬の心意気がつまった、ちょっとセンチメンタルなB級アクション、泣けてくる「男の世界」でした。

PS 左腕には驚いたんですけど、そういえば終盤のアクションシーンで、ちょっと不自然に感じたことをあとから思い出しました。確かめるために、もう一度観たかったのですが、大阪でのロードショーは昨日までだった(涙)。

(2008.7.21 なんばパークスシネマ・2)






純喫茶磯辺


仲里依紗に魅せられた。 / ★★★☆


小ネタで笑わせる作品は食傷気味だったのですが、そういうものに頼らない本作はわりと正統派(?)のコメディで好感が持てました。でも、登場人物はみんなちょっとヘン。ヘンだけど共感するところもなきにしもあらずという感じで、なかなか面白かったです。家族を描いたホームドラマでもありますが、崩壊した家族が再生する話かと思っていたら、そうでもなくて、でも最後はちょっとハッピーな気持ちにもなれるという、きわめて今日的な作品でした。

個性的な役者さんが揃っているキャストも楽しかったのですが、初めて見た仲里依紗にはうれしい驚き。竹内結子とテゴマスの増田クンを合わせて2で割ったようなキュートな顔も好みだし、その顔でいろんな表情を見せてくれるので、もうすっかり魅了されてしまいました。

他人の気持ちが分かっていないようで、肝心のところでは女気を見せた麻生久美子もよかったです。濱田マリも出てくると何か得した気分になる人で、女優陣は特にわたくし好みでした。

(2008.7.20 テアトル梅田・2)






パーク アンド ラブホテル


美香の話が好き。 / ★★★


緑と青がボケた背景に銀髪の少女のアップ、いったい何が始まるのかと思わせるオープニングにワクワク。しかし、全体としてはちょっと期待はずれでした。

屋上に公園のあるラブホテルを舞台にしたオムニバス風の映画。美香という少女が主人公の第一話は心に染みましたが、二話、三話と進むにしたがい、リアリティが感じられなくなって行きました。わたくし的にはマリカの話は全然共感できなかったので、三話を削って、一話と二話をもっとふくらませたらよかったのにと思います。

ただ、最初から気になっていた、手持ちカメラの微妙な動きに酔ってしまい、だんだん気分が悪くなってしまったので、ちょっと辛口の評価になっているかもしれません。

銀髪の少女については、××さんに同感。今後に要注目ですね。

(2008.7.20 第七藝術劇場)






イースタン・プロミス


怖いけれど魅惑的 / ★★★★


予告編のただならぬ緊迫感に心ひかれたものの、監督がクローネンバーグということでちょっとグロイかもとドキドキしながら観に行きました。クローネンバーグ作品は『エム・パタフライ』以来です。

しかしヴァイオレンス自体は嫌いではないので、かなり過激なアクションもぎりぎりセーフ、過激だからこそ魅せられるところもありました。ロシアン・マフィアの生態、死と隣り合わせの娼婦たちなど、物語もリアルな怖さを感じさせますが、ロンドンの冬の空気感もあいまって、なかなか魅惑的な一編になっていました。観終わった時には人間味や温かみを感じられるところも高得点。キーになるのは人間関係でしょうか。ニコライとキリル、キリルと父親、そしてニコライとアンナ、それぞれの間に存在する、あるいは生じるさまざまな関係性に引き込まれました。

非情なマフィアの親玉、出来の悪い二代目、正体不明の切れるその手下、ちょっと「裏・男祭り」といった風情ですが、俳優陣がみな好演。私がいちばん心ひかれたのはキリル。空威張りの裏にある屈折を思うと泣けてきたりして・・・・。紅一点のナオミ・ワッツも素晴らしかったです。

公衆浴場での死闘は全然予備知識なしだったのでピックリ。演らせるほうも演らせるほうですが、演るほうも演るほう、見上げたプロ根性をとくと拝見させていただきました(笑)。

(2008.7.8 シネリーブル神戸・2)






1978年、冬。


ここより他の場所 / ★★★★


初日に観てすごく気に入った『ミラクル7号』をレディースディにも再見したところ、そのあと頭の中がすっかり香港映画のコメディ・モードになってしまい、久々の中国映画、最初の十分間ほどはちょっと違和感(笑)。

しかしフィックスの長廻しにも馴染んでくると、中国西北部の冬、一面の荒れ野原、工場の煙突から立ち上る煙など、寂寥たる風景に心を捉えられました。内容も追憶の青春、追憶の初恋、とても好きな題材です。

監督はリー・チーシアン、名前に覚えがあったので調べてみると、以前に『思い出の夏』という作品を観ていました。中国の山間部に映画の撮影チームがやって来て、村の子供(『男たちの挽歌』のチョウ・ユンファに夢中)を主人公に映画を撮るという話。ドキュメンタリータッチで悪くなかったのですが、終盤が予定調和というか、ちょっとガッカリしたような記憶があります。

今回も別れの場面などはまるで定石通り。ここでこうなって、あそこでこうなって、全部予想通りだったので、ちょっとビックリ。でも、やっぱり泣いてしまいましたけど(笑)。

主人公は18歳の不良青年。工場勤めなのに、いつもサボって、秘密基地(!)で壊れたラジオをいじったりしている。それは「ここより他の場所」からの音楽を流してくれるはずのラジオ。そしてマイ箸ならぬナイフとフォークをいつも携行し、それで弁当を食べたりする。それは「ここより他の場所」への憧れたる、ナイフとフォーク。田舎で悶々としている、そんな若者の気持ちにはすぐに共感してしまいましたが、彼が北京から来た女の子(反革命分子の娘)に恋するさまが、年の離れた弟の視線で淡々と描かれて行きます。そのあたり、ちょっと口元が緩むような微笑ましさもあったのですが、やがて何度か思いがけない展開があり、切ない余韻の残る物語になっていました。

(2008.7.8 シネリーブル神戸・1)






ぐるりのこと。


コミュニケーションについての映画 / ★★★★☆


春先ぐらいから、どのミニシアターへ行っても本作の予告編が流れ、結局10回近く見かけたような気がします。橋口亮輔の6年ぶりの新作、なるべく白紙状態で観たかったので、見ないようにしていたのですが、音声だけはいやでも聞こえてくる。で、加瀬亮のセリフが耳にこびりついてしまいました。

しかし、加瀬クンひとりにとどまらず、次々と出てくる法廷シーンが意外で、たいへん興味深く拝見しました。ある夫婦の10年の歩みを描きながら、その間の社会状況を裁判シーンで見せるという脚本が秀逸、演出も端正で心地よい緊張感が持続し、2時間20分という長尺も全く気になりませんでした。

キャストの演技も秀逸でしたが、実は主役のおふたりはあまり好きじゃなくて、最初のうちは共感もなしに観ていたのですが、夫の包容力や微笑を取り戻した妻の姿などが心に染みて、エンドロールを眺めながら静かな感動を覚えていました。法廷画と日本画の対比にテーマが集約されているような気もします。

脇役陣も好演だったと思いますが、私は特に安藤玉恵を買います。登場シーンからしてすごい存在感で、「何や、この女は」と反感を覚えたんですけど、お金がなくなっても態度はデッカイままで、姑とやりあうところでは笑けてきました。このあたりは人間喜劇と呼びたいような趣き、とても面白かったです。

夫婦それぞれの職場シーンもリアリティたっぷりで、「こんな人いる、いる」、「こんなことある、ある」と心の中で頷いてしまいましたが、キャラ的に一番好きだったのは柄本明。再登場シーンでは思わず、「おかえり」と声をかけそうになったりして(笑)。

夫婦、家族、職場、それぞれの人間関係、ディスコミュニケーションも含めて、コミュニケーションについての映画という側面もありそうです。

(2008.6.30 シネリーブル梅田・1)






ミラクル7号


チープなSF? 実は感動作! / ★★★★☆


前情報入れないで楽しみにしていたチャウ・シンチーの新作。いかにも香港映画らしいコメディ、おまけにサプライズも一杯で、とても楽しめました。

しかし、何を書いてもネタバレになりそうで、感想は非常に書きづらいです。過去の作品へのオマージュやらリスペクトやら、そしてパロディやらパクリやらが、88分という短い時間の中にパンパンに詰め込まれています。何か見たことあるぞ、というシーンも多かったのですが、それこそがお楽しみ。基本的に、ベタな日本映画よりはベタな香港映画の方が好みに合う私としましては、もう大満足。大笑いの大泣きでした。

中国の現状にも目配せした作品(日本人にとっても他人事ではない)、見方によっては説教くさいともいえますが、好きな人からされる説教というのは胸に染みるものでして(笑)、実は感動してしまいました。

とにかく、愛すべきキャラに満ちた幸福感あふれる作品、また観に行ってしまいそうです。

(2008.6.28 梅田ブルク7・7)







シークレット・サンシャイン


青い空と陽だまりと。 / ★★★★


理不尽な不幸に見舞われたヒロインが精神的に破綻して行く様を追った作品。正直、序盤の淡々とした日常描写には眠気を誘われたし、キリスト教に入信したあとの描写には、観に来たことを後悔しそうになったのですが、中盤から以降、さりげなく提示されていた伏線が収束されるラストまではぐいぐいと引きこまれました。容易には答えの出ない問題を扱っており、また上映時間も2時間22分と長く、観客にある種の忍耐を強いる作品ですが、その忍耐のあとに報われるものがあるのも確か。これだけ暗く重い物語が、かすかではあっても確かな温かみの中に着地した時、涙を抑えることができませんでした。

演技が大きな見所です。極限の悲しみを経験した女性(しかも、その原因の一端は自分にある)を体現したチョン・ドヨン。時にエキセントリックにも見えるその精神の彷徨には胸が痛くなるようなリアリティが感じられました。髪型のせいか、いつにもまして顔がデカく見えるソン・ガンホ。図体も何だかいつもより大きいようで、こんな男に好意を寄せられてもうっとおしいかも、と思わせる地方のオヤジを好演かつ巧演。ふたりを取り巻く市井の人々も、それぞれがリアリティを感じさせる好演でした。

(2008.6.18 シネマート心斎橋・1)






ザ・マジックアワー


柳沢慎一! / ★★★☆


映画作りをネタにした三谷作品、充分に楽しかったし、実は三谷さんご本人も好きなので、あまり文句は言いたくないんですけど、この内容で2時間超は長い感じがしました。中盤まではとても楽しめたのですが、そのあとちょっとテンポが悪くなり、少々飽きてきたりして。終盤も拍子抜けの上に若干クドかったような・・・・。

登場人物、男性キャラはそれぞれ楽しめましたが、女性キャラには不満あり。終始ふくれっ面のヒロインって・・・・。ホテルの女主人のナンセンス感はとても好きでしたが、演じる戸田恵子さんがちょっと苦手。妻夫木クンもミスキャストかなあ。わたくし的にうれしかったのは柳沢慎一。『メゾン・ド・ヒミコ』でも好きだったんですけど、今回もいい味出てましたね。

セットは素晴らしかったと思います。ただ、タイトルが『ザ・マジックアワー』ですから、その自然光で撮ったシーンもひとつぐらいあっても良かったのにと思います。

文句ばっかりですいません。

(2008.6.12 TOHOシネマズ伊丹・1)






ブレス


ギドク流奇想 / ★★★★☆


いゃあ、爆笑でした。って、声は出さなかったけど、心の中で大笑い。ますます独自の道を行くキム・ギドク、ファンとしてはうれしい限りです。それまでの作品との落差にちょっとガッカリだった前作『絶対の愛』も、本作を観た今なら違う見方ができるかも。

夫の浮気で壊れかけた家庭。妻子を殺して刑の執行を待つ死刑囚。そんな俗っぽい設定から紡ぎ出される、世にも奇妙な物語。まあ、ありえない展開ですけど、そこは何分、ギドクワールド、わたくし的には納得です。可笑しさと哀しさが表裏一体となって胸を打つ、純愛映画にしてメロドラマにしてミュージカル・コメディ!!! ギドク一流の奇想がとても楽しめる一作でした。

張震の出演が話題でしたが、私はヒロインの方に魅かれました。『コーストガード』で準主役だった女優さん、とても印象に残り2005年の私の助演女優賞だったのですが(「ヨンギル〜」と、恋人の名を呼ぶ声が今も耳に残っていたりして)、その時は名前が分からなかったんです。美人だけれど魅力が感じられなかった『絶対の愛』のヒロインの真逆といってもよいでしょうか。摩訶不思議な魅力を発散する、あのパク・チアから目が離せませんでした。

それにしても、次から次へと、いろんなアイディアを思いついてくれる監督さんですよね。EPSONやCanonのCMにも使えそうな面会室は、仮想空間に侵食されつつある現代社会の縮図でしょうか。PCの画面に誘発される嫉妬などもきわめて現代的。そのような世界でお前は本当に生きているのか? ギドクに問いかけられているような気もしました。

『サマリア』の援交や『絶対の愛』の整形など、アクチュアルな題材で異形の映画を作り続けるキム・ギドク、その一方では『春夏秋冬そして春』や『弓』といった神話的ともいえる作品を撮っているわけで、私にとっては興味の尽きない存在です。

(2008.6.1 シネマート心斎橋・1)







山のあなた 徳市の恋


走る女 / ★★★★☆


幸か不幸か、清水宏のオリジナルは観たことがなく、予備知識なしで望んだ本作、懐かしくも新鮮で、とても楽しめました。鑑賞後に読んだ解説では、リメイクというよりは完全カヴァーを目指したそうで、オリジナルの素晴らしさが伺えます。

山の中の温泉場、東京から来た訳ありの女、親戚の男の子を連れた独身男、そして負けず嫌いの按摩さん。劇的な出来事は起こらないけれど、温泉宿の盗難騒ぎを交えつつ、登場人物の、それぞれの心に起つさざなみをしっとりと描いて行きます。そこはかとないユーモアに心和み、突然のアクションに心奪われ、そして最後はちょっと胸キュン。

人生は一期一会、だからこそ後ろ髪を引かれてしまう。その辺の機微に無縁の子供を登場させることで、さらに強まる切なさ・・・・。それぞれの想いが胸にしみます。

俳優さんはみな健闘。マイコの美貌にも見惚れました。按摩仲間や女中さんなど、脇にも個性派をそろえ、何気ないシーンも楽しめます。

そして特筆すべきは、オリジナルに付け加えられた色彩。風薫る山間の緑、粋でモダンな和服の数々など、うっとりするような美しさでした。控え目な音楽や鳥の声なども心地よく、清水宏へのオマージュにして、現代感覚も加味された石井克人の「和の世界」、私はすっかり魅了されました。

(2008.5.25 TOHOシネマズ伊丹・3)






愛おしき隣人


A day in the life / ★★★☆


しりとりコント・・・・!?、ロイ・アンダーソンは初めて観ましたが、何とも独特な映画でした。予告編の感触からカウリスマキ風の作品を予想していたのですが、もっと取り留めがないというか・・・・(笑)。でも、観終わってみると、ひとつの世界観が感じられるという、技ありの一本でした。

正直、「何これ?」というところもなきにしもあらず。でも、すごーく好きなところもありました。他のみなさんもお気に入りの結婚のシーン、私も大好き。絵的にも胸がキュンとなるような美しさがあったし、しみじみとした幸福感も漂っていて、思わず涙でした。このロック歌手に恋する女の子と悩めるおばさんがいちばん主要なキャラでしたが、ふたりともだんだん愛しくなってきたりして・・・・。おばさんの突然ミュージカルにもニコニコ。あと何回か、あの手を使ってもいいと思うのに、一度っきりという慎ましさも好ましかったです。

スウェーデン的わび、さびの世界・・・・!?、何だかウフフの一作。ただ終盤は、わたくし的にはホントに「何これ?」でした(笑)。

(2008.5.21 梅田ガーデンシネマ・1)






ゼア・ウィル・ビー・ブラッド


21世紀の古典になりうる作品 / ★★★★


現代につながる骨太のテーマ、デモーニッシュな主人公、そして神話的なストーリーと、PTAの五年ぶりの新作は21世紀の古典を目指したかのような意欲作。アメリカの荒野を捉えた撮影やキャストの演技も素晴らしく、ほぼその意図通りの作品になっていると思いますが、好きかと尋ねられると、答えに窮します。わたくし的には、主人公の「家族を作ろうとして果たせなかった男」という側面を、もう少し強調してほしかったと思います。

とはいえ、見応えたっぷりの作品、充分に堪能いたしました。ダニエル・デイ=ルイスとポール・ダノ、ふたりの演技が絶妙でした。ポール・ダノ、どこかで見た顔だと思っていたら、『リトル・ミス・サンシャイン』の兄役だったんですね。あの作品、世評に反して、私は期待はずれだったのですが、あのお兄ちゃんはとても印象に残っています。眼技が冴える子役さんも素晴らしかったですね。

音楽も好評のようですが、まるで前衛音楽のようなあの音楽、私はちょっと違和感ありでした。他の方も言及されていますが、エンドロールに流れる曲とエンドクレジットの色(渋い緑地にクリーム色の文字)や字体は、私もとても好きでした。

(2008.5.14 TOHOシネマズ梅田・8)






アイム・ノット・ゼア


万華鏡で見るボブ・ディラン像 / ★★★★


ボブ・ディランをモチーフにした六つのパラレルワールドがシャッフルされて、ディランの曲をバックに展開される本作、「ヒップでクール」と、死語まで持ち出したくなるような、とにかくカッコいい映画でした。「ディランの世界へようこそ」という感じのオープニングからワクワク。

ディランについては、そんなに詳しいわけでもないので、正直、わけが分からないところもあったのですが(リチャード・ギアのパートがあまりピンとこなかった)、「生ける伝説」の、万華鏡のように瞬くイメージを楽しめば、それでいいのかなと・・・・。ひとりの人間を複数の俳優に演じさせるという発想がユニークだし、構成と編集が凝っていて、とても見応えがありました。

六つのパートの中ではやはり60年代編が白眉。モノクロの映像がクール、ケイト・ブランシェットもクールで魅了されました。時代背景や衣裳も楽しいし、大好きな『ビートルズがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!』 のワンシーンまで引用されていてニコニコでした。

もちろん、ディランの曲もとても楽しめました。代表曲ぐらいしか知らなかったのですが、印象に残った曲、家に帰ってから YouTube で検索したりして・・・・。

(2008.5.4 梅田ガーデンシネマ・2)






軍鶏 Shamo


お目当ては呉鎮宇 / ★★★☆


『ドッグ・バイト・ドッグ』の監督ソイ・チェンの新作。前作はけっこう好きだったのに、監督の名前をすぐに忘れてしまい、それとは知らずに、久々のフランシス・ンを目当てに観に行きました。

原作の漫画は読んだことがありません。冒頭、「鯵が崎高等少年院」というのが出てきて、『頭文字D』方式だと分かりました。香港映画ではあるけれど、舞台は日本で俳優さんが演じるのも日本人なんですね。しかし日本ロケはしなかったみたい。「これのどこが日本やのん?」と、文句をつけたくなるようなロケーションばかりでしたが、それが反ってマンガチックで楽しめました。

だいたい香港映画自体にマンガチックなところがあるから(ツイ・ハークの時代劇アクションなんか、まさに漫画)、香港映画と漫画って相性いいみたいですね。ソイ・チェンはわりと硬派のようで、ユーモアに乏しいのは残念ですが、まずまず楽しめる漫画的世界を構築していたと思います。といっても、少年院仲間との友情や安っぽい風俗嬢の純愛など、既視感のあるクリシェ満載なんですけど、わたくし的にはこういうの決して嫌いじゃないんですよね。とりわけ、竹林での師弟対決のシーンが気に入りました。美術と照明凝りまくりの「這就是日本!(これが日本だ)」。思わず頬がゆるみました。

お目当てのフランシス・ンは憂国の武道家という役柄。これがまたカッコよくて大満足。ショーン・ユーも今までとはかなり異なる役柄を好演していたと思います。

PS 香港映画を見慣れていない原作ファンにはお勧めしません。

(2008.5.3 天六ユーラク座)






パラノイドパーク


青春スケッチ・ダーク篇 / ★★★★☆


ガス・ヴァン・サントは苦手なので、本作もパスするつもりだったのですが、予告編を見ると、撮影がクリストファー・ドイルということで、ちょっと観てみようかなという気になりました。

というわけで、ストーリーの概要も分かっていたのですが、やはりガス・ヴァン・サント、予想とはかなり異なる作品でした。特にラストが『エレファント』同様、肩透かしな気もして、「また、やられちやったよ」なんて思っていたのですが、数日たってもこの作品のことを考えている自分がいたりして、自覚していた以上に魅了されていたようです。

子供たちにとってはただでさえ生き辛い世界において、偶然が重なって生起したひとつの事件。それは主題ではなくあくまでも背景で、その事件によって追い込まれる主人公の心が本作の主題です。不安や恐怖や焦燥、堂々巡りしながらゆらめく少年の心模様を魅惑的な映像と音楽で綴る、青春スケッチ・ダーク篇。こうして振り返ってみれば、あのラストも納得の行くものだったと了解され、もう一度観たいと思う自分がいたりして・・・・。

主役の男の子が超級美少年でした。けっこうそこにも魅かれたかも(笑)。

(2008.4.23 テアトル梅田・1)

PS 5月1日に再見しました。今度はすっかり引き込まれ、終映後、トイレにこもって泣きました。で、点数を80点から90点に変更しました。







王妃の紋章


見所は美術と衣裳とコン・リー / ★★★☆


昔の作品と比べれば貶したくもなりますが、まあ、これはこれで楽しめる張芸謀の娯楽映画でした。冒頭の、ほしのあきちゃんみたいにオッパイを露出した女官の群れに始まり、次から次へと繰り出される物量作戦、わたくし的にはちょっとツーマッチな印象も受けましたが、まあ、見世物としては一見の価値ありかも。

正直、最近の張芸謀作品にはガッカリすることが多いので、それほど期待はしていなかったのです。お目当てはズバリ、チョウ・ユンファとコン・リー。かっての亜州影帝と亜州影后の初共演、見逃すわけには行きません。さすがに二人とも貫禄たっぷりの好演でしたが、特にコン・リーは素晴らしかったですね。演出も大味で特に感動することもなかった本作ですが、コン・リーが見せる様々な感情の表出には共感するところもあり、最後には泣かされてしまいました。長男を演じるリゥ・イエも好演。「頭文字D THE MOVIE」で面白い味を見せたジェイ・チョウは、今回、可もなし不可もなしでした。

アクションもどこかで見たようなシーンの連続で、わりと大味だったのは残念ですが、とにかく、贅を尽くした美術と衣裳が素晴らしく、料金の元は取れたかなという感じです(笑)。

(2008.4.16 梅田ピカデリー・3)






マイ・ブルーベリー・ナイツ


ウォン・カーウァイ映画というジャンル / ★★★★☆


前作の『2046』はそれまでの作品の集大成という感がありましたが、アメリカを舞台にした本作は意外や、今一度、原点に帰ったという趣き。『欲望の翼』から『恋する惑星』、そして『天使の涙』といった初期の作品を彷彿させます(ジュード・ロウが金城クンに見えちゃった)。で、今だにこんなことしてるのか、と文句をつける人もいるかもしれませんが、これはもう王家衛映画という「ひとつのジャンル」になっているのかも。

そうはいっても、鬼才も年齢を重ねるわけで、往年の才気走ったキラメキは影をひそめ、こじんまりとまとまった感があります。で、傑作と呼ぶのは躊躇されるのですが、王家衛の新作を観るたびに興奮していた、あの頃を思い出させる本作、わたくし的には充分に楽しめました。白状すると、魅了されてしまいました。

撮影がクリストファー・ドイルじゃなかったのは意外ですが、やっぱり王家衛印の映像、カッコいいですねえ。文学の香りがするモノローグもカッコいいですねえ。そして何より、切なさをたたえた登場人物が、やっぱり王家衛ですねえ。今回のテーマは「届かない想い」かな。私はどうも男に感情移入してしまうみたいで・・・・。俳優陣も魅力的かつ好演でした。

そのキャストが豪華で、前作に引き続き拡大ロードショー。大きなスクリーンで観るシネスコは格別魅惑的で、もう一度、観に行ってしまいそうです。

(2008.3.26 TOHOシネマズ伊丹・2)






ダージリン急行


重荷を捨てる心の旅 / ★★★★


ヴィトンの特注品か何か知らないけど、「心の旅」に荷物はいらんやろ、と思っていたら・・・・。

オフビートなホームコメディにすごーく和みました。すごーく怖かった「ノーカントリー」の数日後に観たので、もしかしたら和み感が倍増されたのかも。

それにしても、インドって行ったことないけど、ちょっとこれは違うんちゃう。脱力系漫才トリオみたいな、あんな兄弟もいてないやろ。でも、それが楽しいんです。おもちゃみたいな列車が可愛くて、どうでもいいようなことで揉める兄弟が可笑しくて・・・・。幼児的なんですけど、アホクサイんですけど、でも、最後は心に染みるんです。合わない人にはトコトン合わないかもしれないけど、子供っぽい人にはおすすめ(笑)。

何やら神妙な顔でお祈りする三人の男・・・・、ポスターの写真に惹かれて鑑賞しました。だって、絶対面白そう。ウェス・アンダーソンは「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」しか観ていないけど、あれも悪くはなかったし。で、その三人が兄弟であるということも知らなかったので、前半は謎の多い展開でしたが、その謎が氷解したあとは、一気に感動。同じような経験があるので、最後は涙々でした。

個性的なキャストも最高でしたが、特にエイドリアン・ブロディ。細長い体型に仕立てのよいスーツがぴったりで惚れ惚れ。でも、ベストドレッサー賞を選ぶならインド人のパーサーですね。脇役陣も素敵でした。

(2008.3.22 シネリーブル梅田・1)






ノーカントリー


暗くて重いノンストップ・アクション / ★★★★☆


アカデミー作品賞を受賞したコーエン兄弟の映画。どちらか一方だけだとさほどでもないですが、この二つのカプリングに、一体どんな映画なのかとワクワク。前情報入れないで鑑賞しましたが、冒頭から唖然としたまま、ハラハラドキドキの2時間でした。

瀕死のメキシコ人の懇願を脳裡から振り払えなかったばかりにドツボにハマるベトナム帰還兵、モス。買い物する時の世間話さえ受け付けない殺人マシーン、アントン・シガー。いってみれば、モスは「話せば分かる男」で、シガーは「コミュニケーション不全男」。この対照的なふたりの追跡劇がノンストップ・アクション(!?)として描かれ、もう息つくヒマもありません。あまりの怖さに笑うのも忘れていましたが(笑)、時々、ブラックユーモアも挟まれます。

何ともユニークな作品でしたが、もうひとりの登場人物である老保安官の嘆き節が効果的で、今現在、誰もが感じているはずの「何か変な感じ」が如実に(増幅されて)実感されます。そのあたりで嫌悪感や不快感を覚える人がいるのも頷けるのですが、私はそれも込みで評価したいと思います(未来のいつか、社会学の教材にされるかも)。

アクセントの置き場所を間違えれば、既存のジャンルに落ち着きかねないところを、あえて際どいところで勝負を挑んだ意欲作。とにかく、とても面白かったです。

(2008.3.18 TOHOシネマズ梅田・3)






胡同の理髪師


黒猫も好演 / ★★★★


急激な社会の変化と人間の生死というドラマチックな出来事を、極力ドラマ性を排して描き出した佳作。急な流れの中でも自分を見失わずに生きる人間の姿に胸を打たれます。

時に生真面目、時にユーモラス、何といっても、自分自身を演じて滋味深い名演を見せるチン・クイお爺さんが素敵です。序盤、ゆるやかな時の流れを捉える長廻しや、北京の胡同に差す光線の具合があまりにも心地よく、我知らず眠りに誘われそうになったのですが、お爺さんの描写が進むにつれて、その佇まいに魅了されて行き、終盤の「喪の準備」に見られる死生観には深い感銘を受けました。

毎日、同じことが同じように繰り返される静かな日常。しかし、その生活も社会の変化と決して無縁ではいられない。登場人物の間で交わされるさりげない会話、やり取りされる金銭、それらを通して、変化を迫られている人々の暮らしを、静かに繊細に描き出す語り口にも魅せられました。

理髪代として差し出されるニ枚の百元札を拒絶するお爺さん、ひ孫の誕生を祝う金を渡そうとするお爺さんを制止する息子、ふたつのシーンが特に印象に残ります。

・・・・お金じゃないよ、心だよ。

(2008.3.9 第七芸術劇場)






潜水服は蝶の夢を見る


詩的で美しい難病映画 / ★★★★


難病映画に「詩的で美しい」という形容詞がつくなんて、私も予想もしませんでしたが、感動的な実話を元にしたユニークな作品、とても楽しめました。

バラバラに砕け散った人生を、記憶と想像力で再構築しようとする主人公の苦闘、カメラはそれを追いながら、同時に記憶の断片と想像の世界を行き来し、魅惑的な映像に満ちた作品になっています。バッハからトム・ウェイツまで、音楽と映像のコラボレーションも効果的。特に大好きな映画『大人は判ってくれない』のワンシーンが、音楽もそのままに引用されていたのはうれしい驚きでした。

ファッション誌「ELLE」の元編集長にしてプレイボーイ、ユーモアにも満ちた主人公のパーソナリティが魅力的で、難病映画といってもお涙頂戴とは無縁の作品。むしろ命の輝きや魂の自由を実感させられ、勇気づけられたりもします。主人公と彼を支える女性たちの間に生まれる親密な関係、主人公と血のつながった父と息子の涙など、心に響くシーンもたくさんありました。

原作もぜひ読んでみたいと思います。

(2008.3.2 梅田ガーデンシネマ・2)






ラスト、コーション


好みに合いませんでした。 / ★★★


2月は観たい映画が他にもいくつかあり、後回しにしているうちに鑑賞意欲も失せてきたのですが、いやいや、ヴェネチア・グランプリを見逃すわけには行かないと、近所のシネコンの最終日に滑り込み。

うーん、でも、わたくし的には別に観なくてもよかったかも。正直、どうしてこんなに世評が高いのか不可解。それでも、前半の青春篇は結構好きでした。大学生のスパイごっこが思わぬ展開を見せ、勘違いしたヒロインが任務遂行のために○○を捨てる。痛々しくはあるけれど、ドキドキするような展開に思わず引き込まれたのですが、後半の愛欲篇には興味が途切れてしまい、あくび連発。そのうち、タン・ウェイは誰かに似ているけど、誰かなあ、と余所事を考え始める始末。大人の恋愛を描いた映画は昔から苦手なので、みんな私が悪いのかもしれません。でも、ヴェネチア・グランプリはやはり納得行きません。私の観た中でも、「ジェシー・ジェームズの暗殺」の方が、本作の三倍ぐらい面白かったのに・・・・、なんていう映画ファンは少数派なのでしょうか。

PS タン・ウェイ、化粧をして帽子をかぶっている時は若い頃の田中絹代、初々しい大学生の時は林寛子に似ていると思いました。どちらも例えが古すぎるかな(笑)。

(2008.2.29 TOHOシネマズ伊丹・7)






人のセックスを笑うな


赤子の手を捻るような恋 / ★★★★☆


「観ているあいだ、小さな共感に満たされて、頬がゆるみっぱなしでした。時々、ほんの小さな笑い声も立てたりしながら・・・・」。これは井口監督の前作『犬猫』の感想からの抜粋なのですが、本作にもぴたりと当てはまります。切なさと可笑しさがそれぞれ10パーセント、そして共感は80パーセントの心地よい作品。あの長廻しがダメな人が多いようですが、現在の主流となっている、物語を効率的に語ろうとする映画の対極にあるような作品で、わたくし的にはそれだけでも高得点です。

それにしても、ユリさん的には「赤子の手を捻るような」恋でした。捻る場面は固唾を呑んでしまいましたが(笑)、捻られたみるめ君の、足が地に着いていないようなワクワク感に思わず微笑。もう一度捻られたあとの悶々ぶりも、何だか懐かしくてやっぱり微笑。松山ケンイチ、好きだし・・・・(笑)。しかし、捻った方にもそれなりの悶々はあるわけで、えんちゃんと堂本君も含めて、三者三様の悶々ぶりにも共感するところがなきにしもあらず・・・・。何だか、みんなが愛おしくなってくるのでした。

脇役陣も含めてキャストが最高。主演の四人のリアルで自然な演技は素晴らしかったし、あがた森魚もいい味を出していました。そして、みなさん、とてもチャーミング。

ちょっと田舎っぽいロケーションや、木村威夫さんのレトロチックな美術も見応えたっぷり。V字型の道路がある場所は、『犬猫』で榎本加奈子がウロウロしてた所じゃないかな。前作を観た時にも思ったんですけど、あんな場所、よく見つけてくるなあ。そして、冬の空気感を捉えた映像が気持ちよい作品でもありました。吸い込まれそうな青空に思わずため息。

(2008.2.20 テアトル梅田・1)






陰日向に咲く


原作とは別物 / ★★★


原作がとても好きだったので観に行きましたが、確かに泣ける映画でした。特に「親の期待を裏切った息子の話」というのは私のウイークポイントで、中盤からラストまで大泣きだったんですけど、あまり後に残るような感動はなかったです。

原作のいくつかの短編をシャッフルしてうまくまとめてありますが、つなぎが悪くて冗長になったきらいは否めません。一緒に観に行った、やはり原作ファンの母は「長くて退屈だった。原作はさっと読めたのに」と不満を漏らしていました。

ラストのあたりは映画だけの脚色。確かに気持ちよく終わるのですが、そこで完結してしまった感があります。原作はもっと湿度があるというか、台風一過のような明るさは間違ってもありません。しかし、実はそこが魅力。いっそ昔のATG映画みたいに撮ったら、その本質を生かせたのではと思いますが、それではテレビ放映できなくて、日本テレビさん困るよね(笑)。あるいは、短編小説集の体裁をそのまま生かして、複数の監督によるオムニバスにするという手もあったかな。

とにかく素材がよかっただけに、ちょっと残念な気がしました。

(2008.2.14 TOHOシネマズ梅田・2)






L change the WorLd


L の成長物語 / ★★★★


松山ケンイチの演じるLの大ファンです。とにかくLというキャラが好きなので、スピンオフが作られると聞いて、「LはいかにしてLになったのか」という成長物語のようなものを期待したのですが・・・・。『DEATH NOTE デスノート』シリーズと同工異曲の本作、しかし、ある意味では成長物語といえなくもなく、ちょっと感動してしまいました。

予告編を見た時、猫背で全力疾走のLに「わあ、走ってる!」と驚いたのですが、本編ではさらに・・・・。究極のひきこもり青年のようだったLが、自分と同質の、しかしさらに非力な子供たち(子役さんも好演)に関わることによって生じたさまざまな変化(成長)に心を打たれたし、ラストのセリフも切ないけれどしなやかで、涙があふれました。

突っ込みどころは一杯ありますが、ちょっと目をつぶってこの世界観に同化してしまえば、人間Lの活躍にワクワクしながら共感できる作品ではないでしょうか。

(2008.2.13 TOHOシネマズ伊丹・1)






母べえ


山ちゃんにニコニコ。 / ★★★☆


母と一緒に観に行ったのですが、冒頭から泣き出してしまって・・・・。一体どうなることかとヒヤヒヤしつつ、私はといえば、山ちゃんの登場場面で大笑い。山ちゃん、好きやあ。浅野クン、最高だあ。鶴瓶が演じる奈良の叔父さんも面白かったし、山田監督の久々の喜劇タッチが予想外で楽しめました。

作品自体も、戦時下の家族を描くホームドラマとして悪くなかったと思います。子役さんも好演で、初べえの思春期の潔癖感や照べえの食い意地など、共感しつつ泣き笑いでした。吉永小百合については、わたくし的にはあまり興味のない人で、出演作を観るのも十何年ぶり。この役には年齢がどうかと思ったのですが、年齢不詳の美貌で違和感がなかったのは驚き。周りの男たちがこぞって親切にしたがる役柄に不足はなかったという感じですね(笑)。

ただ現代の部分は不要な気がします。ラストのセリフも、そこまで言葉にしなくてもと、ちょっと白けました。映像だけでその想いは充分に伝わっていたと思うのですが・・・・。

(2008.2.7 TOHOシネマズ伊丹・2)






アメリカン・ギャングスター


人それぞれにドラマあり。 / ★★★★☆


ラッセル・クロウ、役作りのために体重を増やしたのでしょうか。去年観た「プロヴァンスの贈りもの」では仕立ての良いスーツがいちおう(笑)サマになっていたのに、今回は三つ揃えのスーツが見事に似合っていない。でも、すごーく男くさい役にドキドキしたし、自分の置かれた環境に逆らう天邪鬼(なんじゃないかな、多分)的性格にも共感するところがありました。

ベトナム戦争末期という時代背景、ニューヨーク、ニュージャージー、そしてタイのゴールデントライアングルへと及ぶロケーション、警察の腐敗や人種差別といった社会的背景、そんなさまざまな要素が絡み合ったカオスの中で展開される男と男の闘い。いくつか過去の映画を想起するような既視感はあったものの、それもお楽しみのうちで、とても見応えのある犯罪アクションになっていました。

黒人の麻薬王と正義を貫く刑事、対照的なふたりの人生が上述のカオスを背景に平行して描かれ、やがてその二本の線がぶつかって一本の太い線になり終幕へとなだれ込む。構成が秀逸だし、山場以降の展開にも興味津々。麻薬王の母親や刑事のそれぞれの親心など、エモーショナルなアクセントも利いており、さらに主人公のみならず、周辺にいる人間の人生まで想像させる脚本も素晴らしく、人間ドラマとしても一級品だったと思います。

いゃあ、堪能しました。

(2008.2.6 TOHOシネマズ伊丹・1)






子猫の涙


オリンピック銅メダル・ボクサーの第二章 / ★★★☆


メキシコオリンピックで銅メダルを獲得しプロに転向したボクサー、森岡栄治の引退後の人生を描いた本作、作品の出来はまずまずだと思うのですが、素材の面白さに魅せられました。

女好きでだらしのないダメ親父を娘の視点から描き、湿っぽい話にもなりかねないところが、思いの外、爽やかな映画になっていて楽しめます。森岡栄治さんのことは何も知らなかったのですが、エンドロールに挿入されていた新聞記事からすると、ほとんど実話なんですね。いゃあ、面白すぎるやん(笑)。

キャストはおおむね健闘で、特に主演の三人が素晴らしい。正統的な二枚目からはハミ出したところもある武田真治、型破りだけれど憎めない男に意外とハマっていたし、鍛え上げた素晴らしい肉体、試合のシーンでは目を見張りました。惜しむらくは大阪弁。ちょっと違和感ありでした。広末涼子の大阪弁は完璧。演技も新境地と呼びたいような好演でした。さらに娘役の藤本七海ちゃんが実は本作のキモ。生き生きとした演技と元気一杯のナレーションで作品を支えていたと思います。

PS 森岡監督は猫が好きなのでしょうか。時折挿入される猫が似合う下町の風景、猫好きの私は思わずニッコリ。鑑賞の動機も「子猫の涙」というタイトルに惹かれたからでした。

(2008.1.31 梅田ガーデンシネマ・1)






ジェシー・ジェームズの暗殺


今年の映画初め / ★★★★☆


今年は1月も半ばを過ぎての映画初めでちょっと面目ない気分。しかし、年末に見た予告編の映像と音楽に心を奪われ、公開を心待ちにしていた本作、期待通りの秀作で良い年明けになりました。

「映画は光と影の芸術である」ということを如実に思い出させる開巻の夜のシーンから、素晴らしい映像の連続。もともと荒涼たる風景は好きな方なのですが、文字通り画面一杯に広がる荒野に魅了され、途中で退場した人が画面を遮った時には舌打ちしそうになりました(笑)。

ストーリーはいたって単純。観る人によって様々な捉え方ができるようで、みなさんのレビューを面白く拝見しましたが、鑑賞中に私の頭に浮かんで来たのは「祭りのあと」という言葉。かっては強い絆で結ばれていた男たちの間に生まれる疑心暗鬼、華々しい時期を共にしたからこそ生まれる強い愛憎・・・・。××さんはジェシーをロックスターに例えていますが、私は一世を風靡したあと落ち目になっているロックバンドを連想しました。

おすぎが週刊誌の短評欄で「結局、作り手が言いたかったのはラスト15分のことだけでしょう」と述べていましたが、その15分に起こることは、消費の速度が違うだけで、今現在、起こっているさまざまな事象にも共通するところがあり、私も大変興味深く観ました。西部開拓時代のならず者の話であっても、現在とシンクロするところがあるという感じです。さらに言うなら、登場人物の心理も自分と全く無縁のものではなく、共感するところがなきにしもあらず。で、おすぎの言葉はさらに「2時間40分は長い」と続くのですが、わたくし的にはここは「異議あり!」。ひとつの主題が変奏されて繰り返され、次第に緊張感が高まって行く語り口や、キャストの素晴らしい演技もあいまって、すっかり引き込まれた2時間40分でした。

(2008.1.16 梅田ピカデリー・2)





星取表点数

★★★★★ 100点
★★★★☆  90点
★★★★    80点

以下略




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