RIVER WILLOW
第9号
ダニエル・デイ=ルイス特集
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「小さな神の作りし子ら」と「地上に降りてきた小さな神」 |
「小さな神の作りし子」"Children of a Lesser God" というのはウィリアム・ハートが主演した「愛は静けさの中に」の原題で、耳の聴こえない子供たちのことを指していたが、「マイ・レフトフット」の主人公、アイルランド人の画家・作家であるクリスティ・ブラウンもまた「小さな神の作りし子」といえるだろう。いや、生まれながらの脳性小児麻痺によって、自分の意志通りに動かせるのは左足だけというハンディキャップを負ったクリスティは「もっとも小さな神」の子供だったかもしれない。しかし、クリスティはその過酷な状況を乗り越え、自らの内部に眠る才能を開花させる。これは涙なくしては観られない作品であるが、それは哀れみを誘われるからではない。ここにあるのは人間が闘う姿であり、どれだけ人間が強くなれるのかという物語である。他の動かない四肢を補うかのように、左足がどんどん力を得てゆく事実だけでも、人間はどれだけのことを成し遂げられるのかという感慨を引き起こすが、その左足によって表現される魂にまた感動させられる。そういう才能が外に出ようとそこに待っていたこと、そしてひとりの人間の超人的な努力によって日の目を見たということに畏敬すら覚える。さらに彼を支えた家族の存在。とりわけ医者も匙を投げた子供を見守りつづけた母。叱り、慰め、励まし、常に愛し続けた母の姿には「母は強し、母は優し」と他愛もない言葉をつぶやくしかない。そして、父とたくさんの兄弟も、それぞれのやり方で彼を愛し力になる。物質的には貧しくとも、愛情だけはたっぷりある生活が奇跡をもたらすのだ。
と、いかにも前半は労働者階級の貧しい暮らしぶりもまじえて感動的なエピソードが綴られるが、クリスティが成長し恋する年頃になると、そこに別種の苦悩が加わる。この頭のいい努力家の身障者は惚れっぽくて、愛する女のことになると感情を抑制できなくなるのだ。恋した女医が他の男性と結婚すると知った時のその反応はすさまじいもので辟易としてしまう。そして「この身のほど知らず」と冷たいことを考えてハッとしてしまう。しかし、それこそがこの映画のポイントなのだろう。さまざまな欠点を負った生身の人間。クリスティ・ブラウンもその例外ではない。そして、萎えた肉体に閉じ込められたその魂を思うとき、クリスティは愛されることが切実に必要な人間だったのだと思い至る。彼にとっては恋もまた生きるための闘争だったのである。そして、私たちはそこに同情や哀れみを介在させる必要はないのだ。なぜなら、ひとりの対等の人間としてクリスティを理解し、愛することのできる女性が存在するからである。
クリスティ・ブラウンが「小さな神の子供」だとしたら、「エバースマイル、ニュージャージー 」の主人公ファーガス・オコーネルは「地上に降りてきた小さな神」である。神さまにしては出来が悪く、偉い神さまに「地上で修行してきなさい」と命じられたなんて、私が勝手に想像しただけだから、まるで的外れかもしれないが、偉い神さまのお言葉は続く。「世界を救うなんて大それたことはお前の力には余るから、虫歯の予防と撲滅に努めなさい。今日からお前は歯医者なんだよ」。
そして「僕は歯医者だ」という言葉を頭に刻み込んで地上へと降り立った小さな神は、アイルランドから来た歯科医と称し、邪気のない笑顔に物をいわせて裕福なアメリカ人女性の主宰するデュボア財団と歯ブラシ会社をスポンサーに南米を旅する巡回歯科医になった。しかし、これは何しろ修行だから、いくたの試練が降りかかる。人間の無知、金儲けに忙しい歯科医との問答、警察による資格剥奪、盲目的な信仰との闘い、さらには悪魔の誘惑。歯医者としての自尊心をくすぐられて、出来の悪い神さまはその誘惑に負けてしまう。しかし、ファーガスに恋してついてきた人間の娘、エステラに救われるのだ。悪魔の化身の妖艶な美女にうつつをぬかすファーガスに愛想をつかし去って行くエステラ。彼女の残した「見損なったわ」という手紙に、おのれの使命を思い出すファーガス。
しかしさらに試練は続く。笑顔で獲得した妻は去り、デュボア財団は虫歯撲滅からパンダ救済に鞍替えする。人間の気まぐれに落ち込んでしまうファーガスに追い討ちをかけるのが、我が日本のハイテク・デンタルカーなのは笑うに笑えない。最新鋭の歯科設備を備えた車をTVで見かけ「日本人がやってくる」と半狂乱のファーガスをまたも救うエステラ。「世界が崩壊しかけているというのに、僕は立っている」という一言には笑ったけれど、いいのよ、ファーガス。神さまにだって休息は必要だ、慰めだって必要だ。そして、人間の娘からエネルギーをもらった小さな神と、神と結ばれて天使となった娘の新たな旅が始まるのであった。
そして「世界が崩壊しかけている」というこの一言をヒントに、健康な歯を蝕む細菌は、人間の心を害する物質主義の例えだということが明らかになる。つまり、ファーガスの虫歯との闘いは、やはり、他ならぬこの世界を救うための闘いなのであった。だから、滑稽なほど真摯にがむしゃらにファーガス・オコーネルは理想を追い求めるのであると、はるかな空想を呼び起こすこの映画、小品ながらも無限の広がりをもった傑作である。
そしてもうお気づきのように、ダニエル・デイ=ルイスに恋してしまった私。確かにアカデミー賞授賞式を見たときにその予感はあったのだ。その予感どうり、五月の第二週に上のニ作品を続けざまに観て、ダニエル・デイ=ルイスは絶対にいい人だと確信してしまった。地味ながらも筋の通った作品を選ぶ姿勢といい、ふたりの主人公に共通する純な魂を表現しつくした才能といい、これからが楽しみな俳優である。その美しい容貌は私にはハンサムすぎるけれど、どこか人間ばなれしたその笑顔が愛おしい。
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MY FAVORITE MOVIES ☆ 4.17〜5.29 |
病院へ行こう
医者も患者も「ヘンなヤツ」ばっかりで人間博物館と化した病院コメディ。後半の展開が予想通りかなという気もするけれど、役者陣が充実していて楽しめる。とくに注射も打てなくてオロオロしちゃう研修医のひろ子ちゃんが可愛い。でも、演技というよりは地みたいね。
白く渇いた季節
特殊メイクなしでもヴィトー・コルレオーネみたいになってしまったマーロン・ブランドに時の流れを感じるが、彼の演じる飄々とした弁護士と、ドナルド・サザーランドの大きな青い目が涙にうるむところに見ほれた。デモをする黒人の子供たちの身体がリズムに乗ってるところに感動。そのあとの無差別発砲には胸が痛んだ。人間は自分の知らない人間に対してはどれだけ冷酷になれるかということに。反対に、主人公の白人教師が黒人虐殺の真相糾明に乗り出すのは、その黒人と親しかったからである。そのへんが差別を無くすとっかかりになるのだろうが・・・・。
マグノリアの花たち
難病で死ぬ娘とその母を中心に展開される涙と笑いの物語。どうしても元気のいい女たちに目が行くけれど、男たちも捨てたものじゃない。とくに、日頃はヘンなことばかりしているくせに、娘の手術の前日に腎臓移植をネタに冗談ばかりいってる家族に本気で腹を立てる父、トム・スケリットが好きだった。そして、死んでしまった者への悲しみが生きている者、生まれてくる者への愛しさに変わるラストがいい。
晩秋
老いてボケてきたうえガンで死を宣告された父と仕事にかまけて疎遠だった息子の献身的な看病の日々。これはもう涙々だけれど、あまり評判がよくなくて、私って甘いのかなと、今さらながらに思ったのだけれど、弱くなってしまった人間は力のある次の世代が支えればいいのだという絶対的な受容に感動した。さらに興味深いのは「成功精神分裂症」。つまらない日常からの逃避として、もうひとつの人生を想像し続けているうちに、それが現実と見分けがつかなくなる病である。そういう人生を送らざるをえなかった人間に対する哀惜が感じられるところも好きだった。
チャイナシャドー
「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」や「ラスト・エンペラー」の主人公と同じく、傲岸さと脆さをあわせもったヘンリー・黄。こういう役をやらせるとジョン・ローンは絶品で、ただ、うっとり。で、私としては物語のほうはどうでもよかったんだけれど、それでもラストが唐突だった。頭で考えると納得できるんだけど、それを感情で納得させてもっと泣かせてほしかったいう気がする。清水靖晃の音楽は素晴らしい。
グローリー
南北戦争もただの聖戦じゃなかったんだよね、確か。で、この人たちも政治に利用されたんだ、という考えが浮かんだりもしたけれど、二十代前半の白人将校が理想と栄光を求めて、また、黒人の逃亡奴隷たちが人間としての誇りを求めて、決死の戦いに赴くラストに感動。これはやはり政治的思惑とは次元を異にする、人間の生き方の問題である。それ以外にも、黒人対白人、黒人対黒人の泣かせる「男の世界」があちこちにあって好きだった。デンゼル・ワシントンをはじめ俳優陣も素晴らしい。マシュー・ブロデリック君はずっと気になっていたけど、これで決まりだ。
香港パラダイス
大沢誉志幸が何いってるのか分からないのが難だけど、斉藤由貴ちゃんが可愛いし、小林薫さんは達者だし、他のみんなもそれぞれおかしいし楽しかった。とくに胸の谷間を覗かせて及び腰で竹の橋を渡る由貴ちゃんが最高。目が大きいからコールディ・ホーンみたいと思っていたら、それが狙いだったようだ。最後はちょっと胸キュンです。
シュア・シング
××さん、とうとう観ました。「大毎地下名画鑑賞会」さまさまです。「スタンド・バイ・ミー」でゴーディのお兄さんだったジョン・キューザックの主演する青春映画。お内裏様のような整った顔でお調子者をやってくれるのがうれしい。結末は最初から予想がつくんだけれど、そこにいたる過程がおもしろいのだ。最初と最後に出てくる女の先生(カッコいい)の授業が楽しそう。「ハワード・ザ・ダック」、「さよならゲーム」のティム・ロビンス(ちょっと好きなんだ)が出ていた。
あとがき 先日、仕事に行ってる会社の女の人と「誰とだったら結婚したい?」という話になって、「難しいねえ」といいながらも私があげたのは、ロビン・ウィリアムス、トム・ベレンジャー、ハリソン・フォードの三人。その人のいうには「ショーン・コネリーが好きだけど、結婚するには歳がちょっと」ですって。つくづく映画ファンというのはおめでたい。
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